第五話 アッセリオ連続毒殺事件
2016/6/26 台詞を若干修正。
トリスタン国のアッセリオという街で、毒を投げ込んだという容疑で取り調べを受けている俺だが。
もちろん、俺はやってない。
だが、どうやって身の潔白を証明したもんかね?
「ふむ、つまり、お前は錬金術師でもあり、薬師でもあり、それでポーションや薬草を大量に持っていたという訳だな?」
イザベルが確認してくる。
「はい。薬草とポーションについては、モンスター用の眠り草を除けば、他はすべて回復用ですから、詳しい人間に調べてもらえばすぐに分かると思います」
猛毒用の毒消しを作るときには毒を用いる事も有るのだが、今は調合済みの治療薬しか持っていないので、問題無い。
「コイツが持っていた薬はどうなっている?」
「はっ、鑑定させましたが、回復薬と戦闘用の薬でした。防御力が上がったりします」
「ふむ、なかなか面白い物を持っているな。店ではあまり売っていないヤツだ」
「え、ええ…」
むむ、戦闘用の支援薬って、回復の範疇に入るのかな? ちょっと言いそびれたよね。他意は無いんだけど。
「ふっ、そうビビるな。私も時折、冒険に出るからな。たまにボス戦で使っている。どうだ? 大量に持っているなら、いくつか譲ってくれぬか?」
「ああ、それはもう喜んで」
そりゃもう、いくらでも出しますよ。
「ちょっと」
ティーナが渋い顔で咎めるが、この子、不正とか袖の下とか賄賂とか嫌ってるものねえ。
「無論、代金はきちんと払ってやる。取り調べとは無関係だ。断っても構わんぞ?」
「いえ、材料は割と簡単に手に入るものなので、問題ありません」
軽く肩をすくめたティーナもそれでよしとしたようだ。
「ドンヴェルド伯爵閣下、それで、毒についてですけど」
ティーナが質問しようとする。
「待て、卿で構わん。私の家の名で閣下まで付けては言いにくかろう。そんな柄でも無いしな。イザベルかイザベル様と呼べ」
やはりこちらの世界でも言いにくい家名なのね。
「では、イザベル様、状況を詳しく教えてもらえませんか? 兵士に聞いても、部外者には教えられないと、その一点張りで」
「ううむ、口裏を合わされても困るし、この件については上から他言無用とお達しも出ているからな」
渋るイザベルだが、イザベルがここの領主でトップというわけではないのだろうか? 国王や王宮からの指示とすれば、何やら大事になっている感じだ。
それに、俺がアイスウォールでこぼれた牛乳を掃除したのは昨日の話だ。
となると、以前から、何度も、毒が投げ込まれるという事件が起きていたことになる、か?
昨日の今日で王都まで話が行き来するはずも無いし。
「上とは、王宮ですか?」
確認する。
「いや、ここの内政官、セリーヌの指示だ」
むむ、トリスタンって、官僚制なのかな? ただの代官という事もあるかもしれないが、わざわざ内政と治安部隊の指揮系統を別にしていて、内政官の方が上に位置すると言うのは、官僚制っぽい匂いがする。
世襲で無い専門職の官吏を登用して使うとなると、ミッドランドの封建制より効率的だろう。
「では、そのセリーヌ様にお目通りを願います」
ティーナがさっと言う。
「む。分かった。異国の貴族でもあるしな。私はそのような交渉は御免被りたい。おい、セリーヌをここに呼んでこい。緊急だ」
「はっ!」
セリーヌを待つ間、毒の話はできないので、自然と冒険の話題となった。
「むっ! お前が大盗賊ルゴーを倒した仮面の騎士か?」
などとイザベルが反応するし。
「うえ」
「ちょっ! 違います! それはコイツの作り話ですから! 盗賊を捕まえたのは本当だけど…。ユーイチ、後で責任、取ってもらうわよ」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
吟遊詩人のイシーダを見つけたら、脚色を変えてもらうように頼むとしても、すでに隣国まで広まった英傑譚を修正するのは不可能だろう。
そこまで広まるとは思ってなかったし…。
ティーナが事実を端的に言って説明しなおした。
「ふむ、仮面も付けていない、天に代わってお仕置きとも言っていないか…だが、そのスカートは短いな」
ひい。その先は…!
「え?」
「ゲフッ、ゴホッ、の、喉が渇きませんか?」
「ああ、気が利かなくて済まんな。いや、お前、容疑者の分際で、厚かましい奴め。まあいい、私も喉が渇いた。水を持って来い」
「はっ」
「剣は旋風剣なのだな?」
「ええ、そうですが」
「なら、見えるか」
やめて!
「はい?」
ティーナはまだ気づいていないようだが…。
「連れて参りました!」
た、助かった…。
「おお、来たか。セリーヌ。後は任せたぞ」
「待って下さい、イザベル。それでは事情も分かりません。そちらが、ミッドランドの侯爵様ですね?」
青い長髪の優しそうな顔の美少女がこちらを見やる。
「いや、子爵だそうだ。家は侯爵らしいが」
「そうですか。そちらの、黒いローブの方が、容疑者ですね?」
「そうだ。だが、私の勘ではこいつらは白だな。毒も持っていない」
そうでなくては、和気藹々と冒険譚など話せないだろう。
「では、即時釈放を。何か失礼はございましたか?」
「いいえ。ただ、兵士が聞く耳もたずで、その点については抗議させて頂きます」
「それは申し訳ありません。後で指導しておきましょう」
「ええ。それで、毒の件ですけど」
「ああ、部外者の方には…お教え致しかねますが」
「でも、犯人扱いされて、それに、毒となれば街にとっても大変でしょう。ユーイチは毒消しについても詳しいですから、力になれるかもしれません」
ティーナが言うが、こういう積極性はいいかもね。
「そう言えば、錬金術師で薬師だったな。おい、アレを持って来い」
「イザベル、それは」
セリーヌが渋い顔になったが。
「何か、分かるかもしれんぞ?」
「ふう、仕方有りません。ただし、この件については他言無用に願います」
「分かりました」
街の飲み水に毒を入れた奴がいる、なんて話が広がれば、パニックになると心配しているのだろう。
しかし、飲み水の安全については、早く報せないと、被害が拡大してしまうのだが。
「街の人の飲み水の方は大丈夫なんですか?」
聞く。
「心配ないぞ。犯人は知らなかったようだが、あの水路の水は飲み水には使ってないからな」
自慢げに言うイザベルと、それと何か言いたげな顔でじっと見つめるセリーヌ。ま、俺達が毒を入れた首謀者なら、良い情報を教えてもらったとほくそ笑むところだろう。
「それで、どのような毒を、ああ」
兵士が貼り紙の付いた透明ガラス瓶のポーションを持ってきた。
「これが水路から採取した毒だ。今回では無く、前回の、だがな」
無色透明の水が入っている。貼り紙には『毒』と赤インクででかでかと書いてある。コルク栓の上からさらに紐でぐるぐる巻きにしてあるが、この世界の蓋技術はもうちょっとどうにかしたいところだ。
ポーションがこぼれるときがあるし、それが毒となれば、怖いよ。
「ええ? 前回の? じゃ、今までに何度も、ですか?」
ティーナが驚いて確認する。
「ああ。今回のは採取していない。危険だからな。臭いを嗅ぐだけで気分が悪くなって頭が痛くなるし、咳が止まらなくなったりするんだ。臭いの中心に入ってしまうと、気絶して、たいてい死ぬ。すでに七人、死人が出た」
イザベルが淡々と話すが、最後はギロッと睨む。もしもお前が犯人であれば、容赦しないぞと言うことだろう。
「投げ込んだ犯人は、目星は付いているんですか?」
ティーナが犯人像について聞く。だが、イザベルは苦々しい顔になった。
「いや、毒を投げ込むところを見た者は、今まで誰もいないんだ。だから、今回は、白い物を排水溝に投げ込んだと聞いて兵士が勇み足を踏んでしまった、と言うところだろうな。私の監督が甘かった。その点については謝罪しよう」
「その言い方だと、ユーイチが犯人で無いとすぐに分かる何かがあるようですけど…」
「ああ。この毒は臭いがキツイからな。すぐに分かる。少し嗅いでみるか?」
イザベルがそう言って紐を解き始めちゃうし。
「じょ、冗談でしょう!」
死にたくないよ! 死にたくないよ!
「待って。少しくらいなら、問題無いのですね?」
「少しならな。だが、外でやろう。臭いがこもってなかなか取れないからな」
「ユーイチ、ハイポーションと毒消しの準備を」
「えっ? マジでやる気なの? いや、ティーナ、それは勇気じゃ無くて蛮勇だぞ。よせって」
「む」
「心配ない。冒険者をやっている者なら、そう簡単には死なんぞ。ちなみに、レベルはいくらだ?」
イザベルが言うが。
「35よ。ユーイチは37ね」
いや、なんでそこで俺のレベルを言うんですか? 俺のレベルは関係ないじゃない。
「ほう、高いな。なら、死なないだろう」
いやいや、冒険者も化学兵器とかには無力でしょ! そーゆーのは学者さんや錬金術師のプロフェッショナルにお任せしてですね!
逃げ出したいが、ティーナに毒消しとハイポーション、処方しないといけないし。ああもう!
「よし、ここでいいだろう」
詰め所の近くの何も無い広場に来てしまった。兵士達がすでに遠巻きになってるのがなんとも。お前ら俺の監視役だろ! 逃げてどうするよ。
イザベルが自分で開けるようだが、この人もスゲえな。普通、下っ端にやらせるだろうに。
「じゃ、蓋を開けて少し置くから、そこでじっとしてろ。臭いを嗅ぎに行く必要は無い」
「ええ。分かりました」
あうあう、誰かティーナを止めてくれよう…。
イザベルは紐を解くと、大きく息を吸って止め、コルク栓を抜いて地面に慎重に置いた。すぐさま離れる。
「…臭わないわ」
「まあ、少し待て」
にやつくイザベルにティーナは不満げな顔をしたが、指示は守ってその場から動かない。
…緊張の時間。
俺は何かあればすぐ駆けつけてポーションを掛けられるように、両手に持って待機中。
ステータス呪文も無詠唱ですでに発動してある。
「うっ! おえっ!」
キツイ臭いが来たようで、身をかがめて激しく反応するティーナ。
吐き気を覚えるほどの臭いか。猛毒だろ?
慌ててステータスを確認するが、正常、いや、ちょっとだけ減ってるな。HPとMPとSPが全部。なんだこの毒?
「はは、どうだ、臭いだろう」
「うう、酷い臭い…」
涙目になったティーナが鼻を押さえつつ俺の方へやってくる。
「無茶しすぎだ。ほれ」
アロエ草と毒消し草を渡す。臭いの中心から離れたらダメージの減少は止まったので、ハイポーションで無くても充分だろう。
「ここで節約とか…もう…ああ、大丈夫みたいね?」
「うん。だが、気分が悪くなるようなら、すぐ言ってくれ」
「ええ」
「さて。すーっ! くっ!」
イザベルが大きく息を吸ってダッシュし、コルクの栓を猛然と掴んで瓶に蓋をした。瓶はそのままにしてすぐに離れる。
ビュビュンという感じで、ビデオの早送り再生みたいな精密かつ素早い動きだった。
この人もレベル、高そうだなあ。40は軽く行ってるんじゃないか?
「手を洗ってくる!」
そう言って詰め所の建物へ向かうイザベル。
「じゃ、ユーイチ、ちょっと嗅いで来たら」
そう言って、ティーナが俺の後ろから両肩を掴んでそっと押してくるし。
「ば、バカ、何してんの! ひい!」
「大丈夫、死なないから」
「意味がわからんー!」
「だって、毒の臭いを知っておかないと、犯人も探せないでしょ?」
探すつもりなのかよ。しかも、犬じゃ無いんだから、もっと知的に安楽椅子探偵みたいにするか、侯爵令嬢なんだから人を使おうよ!
「いやっ、遠慮する。というか、ここで押し続けるなら、パーティー抜けるぞ!」
「ええ? もう、意気地無し」
「何とでも言え。毒ガスに当たるなんて、正気の沙汰じゃねーよ! バーカバーカ」
「ふふっ」
ティーナは笑ってるが、後遺症とか、PTSDとか、アナフィラキシーショックとか、色々あるでしょ!
これだから中世の未開人は…。
決めた。
医学を発展させてやるッ!
魔法でナノマシンもMRIも作ってやるんだから!
ん?
何か変な…臭いが―――
「お、おえっ!」
何この腐った臭い。
「あっ、うわ、ここまで。離れましょう」
ティーナが俺を抱きかかえてその場を離れる。
「うう、これは覚えがあるぞ…温泉の臭いだ」
硫黄だな。
「ん? 温泉?」
ティーナは知らないようだ。
「ああ。湯が噴き出す露天風呂と言えばいいのか…」
「ああ、うん、お湯が出るって事は知ってるわよ。ジャン叔父様から聞いたことがあるわ。でも、ああ…こういう臭いがするの?」
「ああ、まあ、全部が全部じゃないんだろうけど…」
「じゃ、あまり行きたく無いわね」
「いやいや、ティーナ君、温泉を知らないと、君、人生の面白さを半分捨ててしまうことになるよ?」
いやむしろ、全人類が、いや、その半分の男子全員が納得すまい!
「む。ユーイチがキリッとしてる時って、えっちなこと考えてるでしょ」
「な、何を言うんだっ。そんな事はこれっぽっちも考えてナイデスヨ」
「嘘ね」
うっ。おおう、お人好しのチョロインと位置づけていたティーナだが、このところ、俺の考えが読まれつつあるな。
なぜだ…。




