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異世界の闇軍師  作者: まさな
第二章 盗賊ですが、何か?
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第一話 逃亡の始まり

2016/10/14 若干修正。

 俺はとにかく走った。

 あんなの、とても敵う相手じゃあ無い。


 だから、トムも、早く逃げるべきだったのだ。

 上手く説得できなかった。

 トムも魔法は知らなかったのだろうか?

 だが、魔導師だという声が上がったからには、魔法の存在はその程度には認識されていると思う。

 珍しいのかも知れないが。


 どうにもすっきりしない。

 後味が悪い。

 トムとは一緒に訓練しただけで、別段、友達という関係でも無かった。


 それでも一緒に話したし、小袋を彼からもらっている。

 ついさっきまで笑っていた人間が、死んでしまうなんて。

 死体は見ていない。

 だから、助かっている可能性も、ゼロでは無い。

 だが、あの爆発で生き残っているとはとても思えなかった。


 だから、あれは俺のせいでは無いし、

 赤の他人が死んだだけだ。

 

 …いや、認めよう。

 俺はトムのことが好きだった。

 恋愛感情というのでは無い。

 ただ、気が合った、と言うだけだ。

 決して、悪い奴では無かった。

 それどころか、俺を助けてくれたし、小袋もくれた。

 良い奴だった。

 

 それに、残された婚約者はきっと悲しむだろう。

 相思相愛なんて、聞かなきゃ良かった。

 俺はトムの最期を看取った者として、トムの婚約者に事情を話すべきなのだろう。

 だが、生憎と、名前も聞いていない。


 お屋敷に戻れば、誰かが知っているかもしれないし、訪ねてくるかも知れない。

 

 …悪いな、トム。

 それでも、俺は奴隷の生活に戻るのはごめんだ。

 

 せっかくの逃亡のチャンスだ。

 これを逃すと、次は無いと思う。

 また戦に駆り出されても事だ。

 

 俺は何よりも、生存を最優先にする。

 そう心に決めたのだ。

 

 高校生だった俺が異世界に飛ばされ、奴隷となってからもう一月が過ぎていた。


「しかし、どこだ、ここは」


 ひたすら走ってきたので、場所も分からない。

 ひとまず、森の中だ。

 後ろを振り向くが、誰も付いてきていない。


 ここまで来れば、大丈夫なのではないか。


 …いや、見つかったらそれまでだ。

 逃亡した奴隷にはどんな扱いが待っているか。

 騎士なら恥程度で済むかもしれないが、俺は奴隷だ。身分が上の者を怪我させるだけで死罪だ。

 ろくな事にならないだろう。


 歩き続ける。

 さすがにもうへとへとだ。

 走る気にはなれない。


 それに、もうじき、日が暮れる。


「しまった。ファイアスターターの木を集めないと」


 野営の準備をしなくてはならない。

 火打ち石は、戦に出発する前に、持って行くよう言われたので、懐に入れてある。

 アルフレッドやお館様やギルバートは無事だろうか?

 ま、彼らは俺の火打ち石が無くても、全く困らないだろう。

 クロのことが気がかりだが、ギルバートかビルが世話してくれるだろう。ネズミを捕ると言うことで、猫はこの世界では割と扱いが良い。クロはネズミは捕れない気がするけど。


「よし、これでいいか」


 森で薬草やキノコなど、必要な物を集めた。

 すでに足が棒のようになってしまっているので、サロン草を足に貼っておく。ちぎった葉っぱをぺたっと肌に押しつけるだけで、くっついてくれるので随分と便利だ。葉っぱに伸縮性もある。


 開けた場所に石を集め、枯れ木とファイアスターターの枝を置いて、火打ち石で火を点ける。簡単に点いた。

 パンキノコを適当な大きさにちぎり、木の枝に刺して炙る。

 キノコ類はこのパンキノコだけだ。ミニキノコも見つけるには見つけたのだが、色違いのニセミニキノコが見つからず、どちらか判定できなかったので、諦めた。


 あとは、猫の実。これは余裕だった。

 今なら、一日三十個でも採れるはずだ。とは言え、そんなにたくさんあっても、持ち運びに困るし、腐る前に食い切れない。


 それから、持ってきていた水筒と干し肉。これは屋敷を出る直前に渡されている。戦の支給品だ。

 水筒はひょうたんに似た植物の加工品だ。名前は聞いていないので、判明するまではひょうたんとしておこう。


「ふう」


 水は冷たくて美味かった。生き返るような感じだ。だが、水筒の水の残りは半分を切っている。

 今日はもう日が暮れるし、止めておくが、明日以降、早めに水を見つける必要がありそうだ。


「ニー!」


「お、クロ。どうしたんだ」


 はっとして、周囲を窺うが、クロの他には誰もいない様子。

 誰かが連れて来たわけでは無さそうだ。


「ニー」


「そうか、勝手に付いてきたのか。お前、戦場は大変だっただろうに。大丈夫だったか」


「ニ、ニー…」


 ぶるぶると震えるクロは、どうやら怖い目に遭ったらしい。撫でてやる。


「よしよし、怖かったな」


「ニー…」


「あ、そうだ、腹が空いただろう。これを食え」


 猫の実を差し出す。


「ニー!」


 喜んで食べた。



 翌朝、俺はさっそく、水を探して歩いた。


「うーん、無いなあ。川が有ればいいんだけど、クロ、分かるか?」


「ニー…」


 ま、そう落ち込むな。お前は癒やし系のペットなんだから、役割が違う。


 いったん、立ち止まり、目を閉じ、耳を澄ませる。

 両手を耳の後ろに当てて、音をより聞こえるように。

 ………。

 ……。

 …。

 だが、水の音は聞こえてこない。聞こえるのは、鳥の鳴き声だけだ。


「行くぞ、クロ」


 クロも俺の真似をして目を閉じていたが、分かってやってるのかね? まあいい。


 歩く。


 川は見つからない。

 どちらを見ても、森。

 直径が一メートルはあろうかという大きな木が、何本も生えている。


 焦るな。

 まだ、正午にはなっていない。今日か明日に見つければ問題ない。

 

 だが、水筒の水が尽きて、三日過ぎると、まずいことになってくる。

 人間の水分補給のタイムリミットは72時間だ。

 こういう所が真剣勝負のリアルな世界であり、ゲーム世界とは違う。


 立ち止まって、また耳を澄ませる。

 聞こえない。

 駄目か。


 いや、魔法がある世界なんだから、ここは、第六感や神の啓示なんてものが有ってもいいのではないだろうか。

 魔力的な何かを目を閉じたまま、探ってみる。


 …わからん。


 少なくとも、こっちじゃないか、という明確な方向性は出てこなかった。

 やはり、俺には魔法の才能は無いのか。

 返す返すも残念だ。

 魔法使いなんて、中二病を煩った奴がやってみたい職業トップファイブに入るだろうに。


「ニー! ニー!」


「うん? どうした、クロ」


「ニー!」


「むむ。何かいるのか?」


「ニー、ニー」


「いや、ニー、じゃわかんねえし」


 有る程度、ニュアンスで掴めるときもあるのだが、俺は猫語なんて使えないし。


「ニー」

 

 クロが先を行く。付いてこいと言うことか。


「いいけど、何があるんだ?」


「ニー」


 分からん。とにかく、俺を罠にはめるような奴でもないだろうし、そこは信用して後を付いていく。


「よっと」


 倒れた大木をよじ登ったり降りたり、移動するのも結構大変。

 かなり森の奥まで来ている気がするし、大丈夫かね、俺。

 迷子になって、出られなくなったりしないだろうか。

 エルフの迷いの森みたいなのがあったら、もうお手上げだ。


「ウニャッ!」


「クロ!?」


 クロが悲鳴を上げ、続いてボチャンという音。

 見ると、大木の向こう側は、すぐ泉になっていたようで、水を見つけてくれたのは良いが、落ちてしまったようだ。


「ええと、猫って、泳げるんだっけか?」


 あまり得意では無かったと思う。


「お、おいおい、クロ、おい、どこだ」


 下を見るが、クロがいない。普通、落ちても、少しくらいは水面でもがくと思うが。

 何か変だ。

 それに、この泉、水面はかなりの透明度なのに、奥の方は緑色で底が見えない。

 クロも色的に下が草だと思ってしまって、落ちたのだろう。

 

 ここで泳げるイケメンなら、迷わず飛び込んでクロを助けるのだろうが、

 悪いな、クロ、俺は泳ぐのは苦手なんだ。二次災害は避けたい。


「んっ? な、なんだ?」


 急に、水面が光り始めた。

 唖然としていると、光に包まれた女性が水面からすーっと浮かび上がってきた。

 金髪の美人。

 彫りが深めで、若いが、俺よりは年上だろう。美少女という雰囲気では無い。

 真っ白な布の服を着ている。

 彼女は水の中から出てきたにも拘わらず、濡れていない。

 それに、肌が内側から光ってる感じ。


 そして、その彼女が両手に抱きかかえているモノ。

 ああ、なんてこった、

 生きてやがる。

 最悪だ。


 見るなり、ぞーっとした。

 全身、黄金色の猫。

 金属特有の光沢感。

 それが毛並みもしっかり再現されて動いてるんだから、

 かなりキモい。

 こっち見んな!


 瞬時に、頭の片隅に、この泉の正体が浮かんだが、いや、まさかな。


「あなたが落としたのは、この金の猫ですか?」


 うわあ。

 当たりっぽい。

 まあいい、クロは多分、助かるだろう。

 俺が正直に答えれば、だが。


「いえ、違います。普通の猫です。早く返して下さい」


 光り輝く女性はにっこりと頷くと、ゆっくりと沈んでいく。

 クロ、窒息してなきゃいいんだが、大丈夫かね?


 また光り輝いて、出てくる女性。

 今度は、色違いの、銀色の生きた猫を抱いて来やがった。

 だから、ちゃんと聞けよ、人の話を。普通の猫だっつったろ?

 しかも、こっち見んな、金属猫。


「では、この銀の猫ですか?」


「違います。さっきも言いましたが、普通の猫です。早く返して下さい。生きたままで。あと、その猫、要りませんから。キモいんで」


 にっこりと頷く女性。

 ホントに分かってんのか、オイ。


 またすーっと沈んでいき、同じように浮かんでくる。


「ニ、ニー!」


「クロ!」


 クロは必死にもがいているが、女は離そうとしていない。がっちりホールドしている訳では無いんだが、なんなのかね、コイツは。


「では、この普通の猫ですね」


「ええ。さっきもそう言いましたけど!」


「では、お返ししましょう」


「ニッ! ニー!」


 クロが宙に浮かび、俺の手元へ戻って来る。


「よし、ずらかるぞ!」


 一刻も早くこの場から逃げねば。

 俺はクロを抱きかかえたまま、一目散に逃げ出した。



「ぜー、ぜー、ぜー。…もー駄目だ。もー走れん」


 地面に大の字になっている俺。

 アルフレッドに追いかけ回された時よりも全力を出した気がする。

 

「ニー」


「ちょっと、見張っててくれるか、クロ。金属の猫が来たら教えてくれ」


「ニー」


 落としたのが斧なら、俺は大金持ちになって、めでたしめでたしなんだろうが、

 それが猫になっただけで、恐ろしい事になっちゃったよ。

 これが人間だったら…

 いや、止めよう。

 想像するだけで、身の毛がよだつ。


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