第十八話 セルン村の視察
2016/11/24 若干修正。
翌朝、アンジェからドライヤーについてお褒めの言葉を頂いたが、風呂も満足してくれたらしい。
順調に進むかと思われた接待だが、ロフォールの街をティーナが案内するとアンジェの酷評が目立った。
「舗装もされていない道に粗末な一階建ての建物、街を囲む塀も貧弱で、整備も行き届いていませんわね」
「そ、それは、まだ私も赴任したばかりで、今は開墾に力を入れているから、街はこれからなのよ」
痛いところを突かれたと思ったか、懸命に弁解するティーナ。
まずは食い物から改善するというのは、餓死者も出ていたロフォールでは当然だと思うが。
ただ、ティーナは俺と張り合うために直轄のバリム村に入り浸りになり、街の開発がおろそかになっている気もするね。
「開墾、ねえ? あなたが村長や農業長官でしたら、それでよろしいかもしれませんが、領主として全体を見てもらわねば困りますわよ? 特に、行商は街を見ますものね」
街道を整備するに当たって、一番の利用者はやはり行商だろう。旅人や冒険者、吟遊詩人も使うことは使うが、定期的に行ったり来たりする行商に比べると一過性、一時的でしかない。
極端な話、年貢の荷台が通りさえすれば、後は農村地帯の街道整備など放置しても良いと言うことだ。
パン一個が銅貨一枚にもならないこの世界において、麦袋の年貢より硬貨の税収の方が価値が大きい。
「むぅ、ええ、別に全体を見てないつもりは無いし、すぐに善処するわ」
「ええ、そう願いたいですわね。さて、次はユーイチの治める村も見てみましょうか」
などとアンジェが言い出すが。むう、やはり来たか。
「私の直轄の村にこれから案内しようと思ってたんだけど」
「ですが、あなたは陛下からこの者の後見の任も与えられたのではなくて?」
「そうだけど、ユーイチの統治には問題は無いわ」
「それを判断するのは貴女では無く私ですわ」
「待って。それじゃ、アンジェが後見人みたいじゃない」
「いえ、あくまでロフォール子爵の統治ぶりを視察するだけで、私がユーイチにあれこれ指示を出すわけでも助言を出すわけでもありませんわよ。それとも、見られて何か後ろめたいところでもお有りかしら?」
「まさか。ええ、いいわ。じゃ、セルン村に向かいましょう。そこがユーイチの治める村よ」
「ええ」
片や新任の領主に、片や奴隷上がりの村長。ティーナの方は貴族としての教育を親から受けているというのが常識だろうから、ロフォール領の不安要素は、当然、俺になる。
そこはティーナやリックスと話をして想定内だ。
大丈夫だと思うんだけどなあ…。
あ、そうだ、アクアは隠しておかないと。
「ケイン、村にこれから視察が入ると、報せてきてくれるか」
「はっ、分かりました。では…」
ケインが兵士を伝令に指名しようとしたとき、アンジェが待ったを掛けた。
「お待ちなさいな。ありのままの村を見せて頂きたいので、先触れは無しにして下さいな」
「ええ?」
抜き打ちかぁ。
まあ、アクアはミミの工房か裏庭で遊んでることが多いし、村の入り口からいきなり見える場所にはいないと思うが…。
「ありのままと言っても、今からじゃ片付ける時間も無いと思うけど」
ティーナが言う。馬で先行しても三十分やそこらというところだろう。
「いいではありませんの。散らかっていたとしても、そこは私、気にしませんわよ?」
「だといいけど」
ティーナもアンジェの意向は尊重するようでそれ以上は言わない。
馬車で一時間半近く掛けて、移動。
「ここがセルン村よ」
ティーナがアンジェに紹介する。
かろうじて草が生えていない程度の細道が一本道で続いており、その左右には麦畑と草原が広がっている。その間には、ぽつぽつと石造りや藁葺きの家が申し訳程度に建ち並ぶ。
見たまんまの、田舎。のどかな村だ。
放し飼いの牛も一頭、平和に草を食っている。
人口は百人に満たない小さな村。
「ちょっと! アレは何ですの?」
怒るようなアンジェの問いかけに、ティーナが指差す方を見る。
「ええ? ああ、ゴーレムね」
アンジェの護衛騎士が身構えたが、どうやらモンスターと誤解されているようだ。すぐにティーナも気づき、笑って言う。
「ふふっ、あれはユーイチの呼び出したゴーレムだから、安全よ。人を襲うことは無いわ」
「そうでしょうけど、何のためにあんなものを」
むむ、ゴーレムって禁忌とかなのかね? ミオは別段、何も言わなかったんだが、まあ、アイツの性格からして、言わんだろうしな…むむ…。
「ユーイチ、説明」
「お、おう。アレは、放し飼いの牛が他所に行かないよう、見張らせています」
二体ほど、牧草地と決めた場所の境界線に置いているが、彫像のように動いていない。牛もその辺に草がたくさん生えているので、特に動く必要も無いのでゴーレムが追いやるという場面も無かったりするが。
「それ、人がやれば済むことではなくて?」
「むむ、はあ、まあ、その通りですが…人手がちょっと足りないかな…と」
釈明する。
「あそこで遊んでいる村人がいるのに、ですの?」
ちょうど、ベリルとネルロが村の子供と混ざってだるまさんが転んだをやってるし。
お前らいくつだよ。
「はあ、少し前までは農繁期だったのですが、種蒔きも済んだので…」
「ユーイチ、ちょうど良かった」
ヴァネッサがやってきた。
「何だ?」
「風車が一基、できあがったんだ」
「え? もう?」
歯車を作っていたと思ったが。
「ああ。村の連中も手伝ってくれてるし、エリカも手伝ってくれたしな」
「そうか。じゃあ、今は視察中だから、また後でな」
「む、ああ、済まん、お偉いさんだったか」
「構いませんわ。その風車、見せて下さいな」
アンジェが言うので、皆で連れだってそちらに行く。
「これだ」
ヴァネッサが胸を張って指し示す風車だが、羽は回っていない。
「これは、羽を止めてるのか?」
聞く。
「いいや。風が無いんだろ」
むう。そう言えば、吹いてないな。
「風の魔術は使えませんの?」
アンジェがそう言うので、使ってみることにする。ウインドカッターでは羽の木が切れてしまうので、ウォールの方。
ぎぎーっと言うきしむ音がして、ゆっくりとだが、動き始めた。
「む、動かないって事は無いが、ちょっと重い感じだな」
ヴァネッサが見上げて渋い顔。
「ああ。鉄の軸とベアリングがあればなあ」
大きさが要求される鉄の軸は、ミミの工房にまだ溶鉱炉が無いので街から仕入れるしか無いが、この近くの街でそれだけの鉄棒を作れる鍛冶屋はいないという。
困ったもんだ。
「ん、なら、ゴーレムゴーレム」
ミオがそう言って、この村に置いている自分のゴーレムを手招きで呼び寄せ、羽を押して回させた。
うーん、まあ、これでも動くんだが。
「それだと、最初からゴーレムで回した方がいいんじゃないの?」
リサが言うが、その通りだった…。
「エル、どうだ?」
ヴァネッサが風車の中にいたエルに声を掛ける。
「ええ、石臼もちゃんと動いてますし、大丈夫だと思います」
「どれ」
ヴァネッサも確認するために中に入った。
「じゃ、次は農機具を見てもらいましょうか」
ティーナがここはもういいとばかりに言う。結局、農機具については派閥争いもあるのでアンジェに開示の方向だ。まあ、隠すほどのことでもないか。
「そうですわね」
アンジェも同意し、脱穀装置や脱籾殻装置を見てもらい、実際に動かしてみる。
「GHAAAAA!」
「これは…」
険しい顔のアンジェ。
「どうかしたの?」
ティーナが聞く。だが、それは無視して俺に問うアンジェ。
「このゴーレムは、誰の命令でも聞くのかしら?」
「いいえ、作成者しか受け付けません。そこがちょっと、使い勝手が悪いんですけどね…」
答える。
出来れば登録制にして、この村のエルやトゥーレの命令も聞くようにさせたかったが。
無論、ネルロやベリルに命令権を使わせるつもりは無い。
お調子者のあの二人に使わせて、ふざけて村人に怪我でもさせたら、製造物責任や監督責任を問われるのは俺だもんな。
「そう。ならいいんだけど…。複数いるみたいだけど、全部で何体いるのかしら?」
「え? うーん、百か…二百くらい?」
数えてなかった。
「そんなに? 呆れますわね。魔力は尽きませんの?」
「ああ、一度起動させると、後は何体でも行けるので。魔力消費は少なくて済みます。ただ、作るのに時間と魔石が掛かりますけど」
「そう」
「アンジェ、ゴーレムは力も有るし、疲労しないから単純作業をやらせるのに向いてるわ。私の直轄の村もゴーレムで開墾させてるの。ミオに手伝ってもらってね」
「それについては、後で話がありますわ、ティーナ」
「ん? ええ」
何だろう? 禁忌だからもう作るなって話かな。それとも便利そうだからうちの領地にも何体か貸してくれとか。
「それと、この村の塀が見当たりませんけど、モンスターはどうですの?」
「塀って、こんな小さな村にそこまでの要求を出されても困るわ」
ティーナがうんざりしたように言うが、その通りだよな。まだ俺達、着任して二ヶ月程度だぞ。
まあ、ゴーレムを上手く使えば、出来そうな気もするが…。アースウォールとか。
「いえ、塀はともかく…結界はあるんですの?」
「ああ、それなら、ちゃんとあるから心配はしないで。そうね、立派なのを作ったから、それも視察してもらいましょう」
村の外れの祭壇へ案内する。
「む、これだけの大きさとなると、最初の街も範囲内ではありませんの?」
「え? ああ…どうなの? クレア」
「ええ、効果は弱いですが、あの辺りにも魔除けの範囲が届きますね」
それは凄いな…離れれば離れるほど効果が弱くなると聞いているから、街の結界が不要になるって訳でもないだろうけど。ただ、街道を作るのに有利になるはずだ。作業中にモンスターが襲ってきても事だし。
「だそうよ」
答えを聞いてティーナがアンジェに微笑む。
「ええ。では、一度村に戻って、他の施設を見せて頂きたいですわ」
「他と言っても、何かあるかしら?」
「ううん…あとは宿泊施設と工房くらいしか」
「それでいいですわ」
石造りの風呂付きの宿舎と、俺の工房を案内する。
「このお風呂……ティーナさんの館にあったのと同じ型に見えますけど、この村に前から有ったわけではありませんわよね?」
「ええ、私が作りました」
俺が言う。
「石造りの建物をそんな短期間で?」
「ああ、ストーンウォールの呪文に熟練してくると、石を変形させて簡単に作れるんですよ。ほら」
無詠唱で浴槽の形を円形に変形させてみる。
「なっ! 無詠唱で、しかも、失われた古代魔法を…」
愕然とするアンジェだが、おお、本当に古代魔法だったのね。ミオもそう言っていたが、中二病的なノリかと思って真面目には考えてなかった。
「ピラミッドでボスモンスターと戦ったときに、そいつが魔法を使ってたのよ」
ティーナが説明する。
「こんな魔法を使う相手に勝てたのですか?」
「ええ、勝てたわよ。苦戦はしたけどね」
「しかし、ストーンウォールの呪文が見つかったという話は聞きませんわね」
「ああ、ピラミッドの奥の部分は私達がボスを倒した後で崩れちゃったから、復活しても道は無いと思う…」
あれは今考えても良く助かったとしか思えん。
「そうですの。その呪文、無詠唱の使用は構いませんが、一般公開は控えて下さい。悪用されると困ります」
「分かったわ」
便利な魔法だとしか思ってなかったが、城を変形させたりもできそうだし、ああ、魔法屋に売っておけば凄い金になったんじゃ…くそう…。
「それと、南にあるピラミッドも最後に案内して頂きますわよ」
「ええ、分かってるわよ」
俺の工房に案内し、ゴーレム式電熱オーブンや、ゴーレム式電熱コンロを見せる。
「薪が要らないのは便利ですわね。ゴーレムがいれば、の話ですけど」
多少の評価はしてもらったが、ゴーレムがいないと、人力で発電機を回さねばならず、相当な重労働になってしまう。
画期的とは言いがたいな。
「ところで、そちらの壁もオーブンなのですか?」
ストーンウォールの呪文で開閉する前提なので、壁に埋め込んだような扉が反対側にもある。
「ああ、これは、冷蔵庫です。食料を保管するのに使います。氷は呪文で自作ですけどね」
魔道具があればいいのだが。
「ああ。たくさん入っていますわね。これは錬金術の材料も?」
「いえ、全部食品の材料ですよ。食べられる物しか入れてませんから、ご安心を」
卵、牛乳、小麦粉、大麦粉、ライ麦粉、野菜類、肉類、魚類、などなど。
粉物も冷蔵庫に入れておけば劣化しにくいから安心だ。
間違って口にしないよう、食べられない物なんて冷蔵庫に入れては駄目だ。
錬金術の材料なんてとんでもない。
「そ、そうですの。では、あちらの壺は?」
「大豆の煮込んだモノを熟成させようと、実験中です」
「熟成させると、何になりますの?」
「味噌という、調味料やスープの素ですかね」
「…食品ですわね」
「ええ、食品です」
「あちらの棚にたくさん並んでいるガラス瓶ですけど、あれに入っている物は錬金術用の薬品ですわね?」
「いえ、全部、香辛料や調味料です」
自分でハーブやスパイスを集めたり街で購入したり、ルキーノに頼んだり、結構揃ってきた。後は醤油が欲しいところなんだけども。
「そこに吊してあるのは…」
「干した猫の実、もちろん食べ物です」
アンジェが振り向く。
「ティーナさん、これほど有能な魔導師を、あなた、まさか私の接待のためだけに―――」
「待って、それは違うわよ。私が指示したわけじゃ無いし、ユーイチはやたら食べ物にこだわってるし、別に接待のためという訳でも…ね? ユーイチ」
「もちろん。食への飽くなき探求は人間の根源たる欲求ですから。美味しいモノは全て・正義!」
発音良く、邪気眼風の決めポーズも付けて主張。
「むう、そうですの。色々残念な魔術士というのは分かりましたわ」
「魔術士って変人が多いものね」
ティーナも軽く肩をすくめつつ同意。
何とでも言い給え。凡人に理解できないからこそ、天才なのだよ、フハハハハハ。
「じゃ、次は―――」
ティーナが言い掛けたとき、開けっ放しのドアからアクアが顔を覗かせた。
「キュッ?」
おい。
お前は出てきちゃダメでしょ!
クーボのマリアンヌの方は別に見られてもいいのだが、ドラゴンはまずい。
「ケイン、その大トカゲを向こうへ」
さりげなさを装い、指示する。
「あっ、は、はい」
動揺しつつ、アクアを追いやろうとするケイン。くそ、到着してすぐ指示を出しておくべきだった。
迂闊!
「お待ちなさい」
うえ…気づかれたか?
「そのロドル、色がおかしいですわ。水色なんて、ドラゴンの幼生ではありませんの?」
「い、いえいえ、たまたま…これは…錬金術、そう、錬金術で水色にしてみたんですよ! ハッハッハッ、いや、俺の才能が怖いね。天才過ぎて」
「…形もドラゴンのようですけど。頭に角が生えかけているような」
「! い、イボです、イボ!」
「キュッ! キュッ!」
状況を察したか、慌てて頷くアクアだが。ロドルは頷かないよ…。
「ティーナ、これはどういうことかしら?」
ティーナに向き直るアンジェ。
「う、うーん……見逃して!」
両手を合わせてウインクするティーナ。
「ええ? そうは参りません。人里の結界内に魔物などと、尋常ではありませんわ。しかも竜種。詳しい事情、聞かせて頂きますわよ?」
そう言われては、洗いざらい経緯を話すしか無い。
「よりによって古代竜とは、頭痛がしてきましたわ…」
話を聞いたアンジェも、対処には困るようだ。ま、そりゃそうだよな。
育ってしまったら、無敵に近い。
「でも、この子、悪さはしてないし、大人しいのよ」
ティーナもすでにアクアの可愛さに絆されたのか、かばう。もちろん、俺も。
「責任を持って管理します」
言う。
「お甘いですわ。とは言え、奪って無ければ、成竜が襲ってくることも無いでしょう。くれぐれも殺さぬようになさって下さいな」
そこはアンジェも詳しいのか、殺すという選択肢は無いようでほっとする。
「でも、手が付けられなくなる前に、どうにかすべきでしょ。育っちゃったら私達の手に負えないわ」
リサが言うが。それを聞いてビクッとアクアが震えるし、リサ、何もこいつの前で言わなくたって。
「そうですわね。ただ、時間的な余裕はかなり有りますわよ。竜、それも古代竜ともなれば、成長は相当、遅いですから」
アンジェが言う。
「あ、なるほど…」
問題の先送りでしかないが、ずっと子供の弱いままなら、当分の間は焦らなくていい。
その点についてはまた後で考えると言うことにまとまり、次はピラミッドへ。
「うお…」
目の前の壮大なピラミッドに俺は唖然とした。
料理作りなどで忙しかったので、石の発掘と運搬担当だった俺は、間近で完成を見てなかったのだが。
なんかやたらデカくなってるし。
俺の設計では二メートル立方の石を使い、一辺が百メートルくらいにするつもりだったのだが…
これ、横はとっくに一キロ超えてるだろ。高さもどんだけあるんだか。
「ティーナ、あなた、バカではありませんの?」
「違う! これはユーイチが勝手に作ったのよ」
「俺も言わせてもらうが、俺の計画よりやたらデカくなってる。ミオのせいだ」
「責任の押し付け合いとは見苦しいですわ。とにかく、ロフォール子爵領内において、あなた方が作ったことに変わりはありませんわ」
「む、そうね…」
「それで、何の目的があるんですの」
面白かったから、楽しそうだったから、とは言えないよなー。
俺は出来るだけ小難しく言って煙に巻こうとした。
「ストーンウォールの魔法の考察と天文学の発展に寄与する建築技術の構築を試みる意欲的なプロジェクトで有り、同時にゴーレムの運用の向上を目的とした…」
「天文学? 何か天体観測でもできるのかしら?」
「…できたらいいな…とは思って」
「できないのですわね?」
「う、うん、はい…」
「ふう」
「ん、中に入って、見る。感じる」
ミオが言うが。
「ええ? 入れるのですか?」
「通路と、頂上へ昇る内部階段だけですが」
他にも排水溝や通気口など真面目に設計すると苦労しそうなモノも付けている。それらはストーンウォールで後から作れば、ズレる心配が無い。
入ってみると、奥は複雑な迷路になっていた。
「ユーイチ、あなた、ダンジョンを作るなんて凄いわね」
ティーナが感心するが。
「いや、俺じゃないぞ。ミオが勝手に設計を変更したんだ」
「ん、作ってて欲しくなった。反省はしていない」
迷ってはアレなので、途中で切り上げ、上層へ直通している上り階段を行く。
「結構きついな、これ」
エレベーターが欲しくなるが、ゴーレム式エレベーターは、ロープの強度が不安なので作っていない。
浮遊する石とか、重力を操作したりできる魔道具が有ればいいんだが。
三十分後、疲れた俺達はピラミッドの頂上付近の展望台に辿り着いていた。
「ん、向こうに行くと、外階段で頂上に行ける」
ミオが言うが、もう勘弁。
「行きませんわ! もう結構」
階段に辟易したか、アンジェも断った。
「でも、んー、いい景色ね。この付近が一望できるわよ。あそこがセルン村、あっちがバリルの村、街が向こう側ね」
ティーナが指差して言う。
あんまり景色を見る気力も起きなかったが、ティーナが見てみなさいと言うので見てみたら、結構、いい眺めだった。
「ニャー、凄いニャ。街まで見えるニャ」
「こんなに高いところに登ったんは、うちは初めてや」
皆にも好評のようだ。お、展望台の事を広めれば、観光名所になるかもね。それがいい。入場料は…取らずに、入り口に屋台を出してサンドイッチでも売れば、金になるだろう。
「無駄に凄い物を作ったわね」
リサが言うが、無駄が余計だ。
かくして、アンジェリーナ侯爵令嬢の視察と接待は、余裕で合格点と思われたが。
「ど、どういうこと? アンジェ。街道を作らないって」
アンジェから宣告を聞いて狼狽えるティーナ。
「ですから、ロフォール領内に予算を付ける必要性を感じないと私は申し上げているのですわ。あなた方の建築技術ならば、街道なんて簡単でしょう? ゴーレムでも使って」
「そ、それはそうかも知れないけど、ええ? 何か納得が行かないわ。嫌がらせじゃ無いわよね?」
「まさか。ティーナ、いえ、ロフォール卿、私は短期間にこれほど手を入れた領主を他に知りませんわ。まさに驚嘆、感服の至りです。私はあなたの評価を高く見直しました。エクセルロット次期当主にそう言わせたのです、今回はあなたの勝ちですわよ」
「えっ、そ、そう。まあ、それなら、いいけど」
いいのかよ!
「正直に言うけれど、元々、ロフォール領の街道を整備することには私もお父様も反対でしたの」
理由は簡単だ。いつ敵に奪い返されるか分からない最前線、ここに力を入れて敵の物になったら、街道は敵軍に有利に利用されてしまう。
それなら、他の重要拠点を優先して予算を回したいと言うのも、担当大臣としては当然の思惑だろう。
でも、感心したから、予定通りにするって、なんかね。上手いことリップサービスでごまかされた気分。
まあいいか。実際、呪文やゴーレムを使えば、街道なんてすぐ整備できるだろう。




