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異世界の闇軍師  作者: まさな
第九章 料理の魔術士

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第十五話 侯爵令嬢のお出迎えの準備と、納豆

2016/11/24 若干修正。

 アンジェリーナ=フォン=エクセルロット侯爵令嬢ご一行がロフォール領に向かっていると一報が入ったのは、その翌日だった。


 着々と準備は進めていたのだが、もう少し時間があればと言うところ。とは言え、旨いモノは出せる。

 向こうだってこんなド田舎に来るんだ。ティーナに嫌みの一つや二つは言うだろうが、あのお嬢様、馬鹿には見えなかったし、上品な感じだったから、叫き散らすなんてことは無いだろう。


 ……無いよな?


 不安だ……。


 ともかく、報告してくれたヘイグ男爵には感謝せねばなるまい。ティーナもお礼の手紙を書いておくとは言っていた。ここの顔合わせに来たときは態度が悪かったが、俺たちには協力的なようだ。隣の領主、しかも同じ国の味方同士で争ってちゃどうにもならんし。


「いかがでしょう、ユーイチ様」


 クラウス料理長と相方のテッド、それに、普段はラインシュバルトの城で料理長をしているローランが三人そろって緊張の面持ちで聞いてくる。

 ローランはガイウスの次男坊だそうで、頑固そうには見えないが、父親の面影がある。今回、ガイウスから指名されていたことも有り、エクセルロット侯爵令嬢にお出しする料理の総指揮を執る人物だ。


 俺の前には当日のメニューと全く同じフルコースが並んでおり、その最終チェックというわけだ。

 できればもっと色々メニューを凝りたかったが、明日には本人が来ちゃうしな。時間切れだ。


「いや、まだ口に入れてないし。見た目はいいんじゃない? それに、うん、食欲をそそる良い香りだな。ハーブは何を?」


 ハンバーグをナイフとフォークで切り分けたが、肉汁がじゅわっと出てくる。


「ローリエ、セージ、バジルを加えました。ナツメグやシナモンもスパイスとして入れてあります」


 ローランが言うが、色々入ってるなあ。食べてみると、味も良い。肉の臭みが完全に取れていて上品な味だ。 


「お、なるほど、これはいいね」


「お気に召したようで何よりです」


「ティーナはなんて?」


「いえ、お嬢様は、ユーイチ様に任せると」


「ううん、そうか。アイツが食べる方がアンジェの味覚に近いと思うんだがなあ」


「ですが、ユーイチ様の舌も相当に鍛えられている様子。いったい、どちらでそのような料理を…?」


 ローランが聞くが、隣にいたクラウスとテッドが、おい、それを聞いちゃうの? みたいな顔をする。


「内緒」


「でしょうね…」


 一通り料理を食べて、特に指摘もせず、合格を出した。

 いや、だって、全部美味しいし、これ以上の改良は時間的にも無理だ。

 直前で下手にいじるより、当日にミスをしないよう気を付けた方が良いだろう。


 三人はまだ不安そうだったが、料理だけで接待の質が決まるわけでも無いし、あとはティーナのトークと、セバスチャンやメリッサ、執事とメイドの頑張りどころじゃないのかね。

 もちろん俺は、挨拶と晩餐会には出席するが、他のイベントでは顔を合わせるつもりは無い。

 向こうもティーナに会いに来るんだろうし。同格でも無いし。



 中途半端な時間に料理を食べ終え、苦しいお腹を抱えてティーナを探す。

 外に行ったと聞いたが、準備はもう万端なのか?


「いました、あちらです!」


 ケインが見つけてくれ、そちらへ向かう。ティーナもこちらを見つけて馬で駆け寄ってきたが、こんな時に兵を率いて演習とか。


「何やってるんだ?」


 問う。


「見れば分かるでしょ。兵の訓練よ」


「いや…明日はアンジェが来るんだぞ?」


「だからよ。規律の取れた騎士団を見せておかないと、新領主としての能力が疑われてしまうじゃない」


「ああ、軍事最優先ですか」


 割とまともな理由だった。


「別に、最優先ってわけでも無いけど、いざと言うときに剣の取れない領主は無能だわ」


 それを最優先と言う。まあいいけど。

 領主がほぼワンマンで即断即決するから組織としては動きも速い面もあるのだが、ティーナがいないと何も決まらない、そんな印象も受けるので、ここの封建制度も微妙だなあと思う。

 軍事の専門家に指揮を任せたり、内政の専門家を置いたり、もう少し官僚を使えばどうかと思うのだが、まあ、俺が口を出す立場じゃないか。


「それで、ユーイチ、そっちの準備はどう? 料理は行けそう?」


「ああ、問題無いよ。ローラン達は自信無さそうだったけど、しっかり良い感じに仕上がってたぞ」


「そ。舌の肥えたあなたがそう言うなら、大丈夫でしょうね」


「君がチェックするのが一番良いと思うんだがな」


「私はあなたの国の料理なんて知らないもの。一番良いアドバイスを出せるのは、あなたでしょ?」


 真っ当すぎる理由だった。


「むう。いや、申し訳ない、ティーナ。いちいち君を見くびってた」


「もう、何よそれ。じゃ、他に用が無いなら、もういい? 兵を待たせてるから」


「ああ、済まない。失礼します」


「む。形式上は家臣だけど、あなたは仲間(パーティー)の一員よ。アンジェの前でも対等な口を利いてね? 私に対しては、だけど」


「むむ、大丈夫なのか?」


「私が良いと言ってるのだから、問題無いわよ。アーサーとは違ってアンジェは下の者には寛大だし」


「ふうん?」


 まあ、俺に唾を吐いたりしてきたアーサーと違い、アンジェには特に何かされたわけでも無いか。


「じゃ、分かったわね」


「ああ」



 屋敷の中に戻る。

 暇だ。

 掃除の方はメイド達が総出で行っており、俺も何か手伝おうかとメリッサに問うたが、かえって邪魔ですからと断られている。


 窓の側に行き、つつーっと指で汚れを確かめる。


「む、ここまでとは」


 綺麗にして有った。周囲のメイド達がチラチラとこちらを気にしているので、変なプレッシャーを掛けるのは止めておこう。


「ユーイチ様、何か問題でもございましたか」


 メリッサがやってきてしまった。若いが、ティーナの専属と言うだけで無く、メイド長も兼ねている様子。


「ああいや、全く問題無いよ。気にしないでくれ」


「こちらが気になります。お嬢様にお相手してもらうなり、適当に気に入ったメイドに手を付けて結構ですから、引っ張り込んで部屋に引っ込んでて頂けますか」


「い、いやいやいや、わ、分かった。引っ込んでるから、変なお誘いは止めて!」


 今のは絶対に罠だ。

 形式的には中世の封建社会だもの、平民の使用人を少々好き勝手したって文句は言われない、はずだ。

 だが、ここの領主はティーナ、彼女は何となくだが、むしろ現代日本の感覚に近い気がする。


 合意の上ならまだしも、嫌がるメイドを部屋に連れ込もうとして現場を押さえられたら、どうなるか。


 ひい。


 部屋で一人で大人しくしていよう。


「でも、クロもみんなもいないしなあ…」


 明日の当日は屋敷にいるようにとティーナがパーティーメンバーに領主として指示を出しているが、今日は大掃除と言うことで、皆、街や村の方へ出かけているようだ。

 うむ、俺もセルン村に行こうっと。




 工房に行くと、クロがいた。


「ああ、ユーイチさん。料理のチェックはどうでしたか」


「うん、問題無いと思う。少なくとも俺はそう思った」


「なら、多分…大丈夫だと思います。私が食べても美味しかったですし」


「うん。まあ、変な粗相さえしなけりゃ、問題無いだろう。街道の優先権の度合いが動くだけらしいし」


「ええ」


 どこから街道の整備を進めていくか、これは貴族の間で綱引きが常に行われており、もちろん、街道は早めに整備してもらった方が、自分の街も発展するし、税収だって良くなるに決まってる。通う行商が増えるだろうし。

 ただ、あまり過激に綱引き合戦をやると末端の農民に増税や労役という形でしわ寄せが行きかねない。

 国王やエクセルロット侯爵に全体の状況は見えているのだろうか?


 少なくとも、セルン村のような末端の状態は、国王の目には入っていないだろう。病人がわんさかいたが、俺もこの村に赴任してくるまで何も知らなかったからな。

 病人の数と治療した状況を簡潔に数字でまとめた報告書をまずはティーナに出して、ティーナも王宮に送ったと言っていたが、これが官僚制なら、厚労省や保健所、病院あたりがやってくれるんだろうけど。


「ところでクロ、今、何を作ってたんだ?」


 鍋には蓋がしてあるが、何かを煮込んでいる。


「大豆を煮ています。その…アレは失敗してるような感じが」


 クロが工房の隅をチラッと見て言う。


「むむ」


 味噌だ。パンのことで気を取られていて、最近、チェックを怠っていたが。

 端っこに置いている壺の蓋を開けてみると、腐敗ではないが、味噌の匂いでも無い。


 スプーンで掬ってみると、うえ、糸引いてるし。


「あっ! これは納豆かぁ…」


 味噌を造ろうとして、納豆が出来ちゃった。


 ううん、まあ、納豆もいずれ、作ろうとは思ってたのよ?

 でもね…醤油、醤油が欲しいんだ。

 あなたは要らない子なのよ。


 一応、分析してから、皿に入れ、食べる。


「えっ!」


 クロが凍り付くが、まあ、こちらの世界の人に納豆はちょっと理解不能かもしれん。


「ん、やっぱタレが無いと食えないな」


「は、早く吐き出して下さい」


「いやいや、大丈夫、ウインドウを見てくれ」


「でも、あれ?」


「んん?」


「私が確認したときは、腐敗した豆と…」


「ああ。まあ、原理は同じだし、君にとってはタダの腐った豆かもなあ」


「食べます」


「いやいや、クロ、これはかなり上級者向けだから、そんな決意の籠もった目で言わなくても」


「いいえ、食べます!」


 何なんだ。俺の食べられる物は全部挑戦しないとって感じなのか?

 まあ、食って死なないのは分かってるし、健康食品だからね。


 だが、クロ、スプーンを持つ手が震えてるよ。


「無理はしなくて良いぞ。食っても大丈夫だが、美味しくは無いからな」


「でも、んくっ、お、おえ」


 ふむ、俺の世界の食べ物は何でもかんでも受け入れられるって物でも無さそうだ。ま、日本でも食べない人、いるものね。


「クロ、それは醤油が出来てから、また挑戦してくれ。かなり違うと思う」


「そうですか…ううん…」


 名残惜しそうだが、皿を取り上げ、ミミの工房へ持って行く。


「キュッ!」


 コイツなら、何でも食うだろ。


「ほれ、アクア、ちょっと珍しい豆を持ってきてやったぞ」


「キュ~♪」


 喜んでる喜んでる。ウヒヒ。


「あ、私も食べる!」


「いや、量が少ないし、ミミはまた今度な」


「ええー? ヤダ!」


「んー、ミミはお姉さんだろ?」


「むー、うん、じゃ、アクア、食べて良いよ」


「キュ…キュッ!」


 ちょっと迷った様子だが、食欲が勝ったか、べろんと舌を出して皿に乗っていた納豆を丸ごと舐めて食べるドラゴン。

 食べてモグモグすると、ぴたっと動きが止まる。


「キュッ? キュウ…」


 首を傾げ、あれえ、変だなあと言う感じの仕草だ。

 そして最後に恨めしそうに俺を見るアクア。

 ほほう、味が分かるか。

 思ってたよりもグルメさんだな。


「ええ? 美味しくなかったの?」


 ミミも意外そうに言う。俺が持ってくるのはたいてい、試食を終えた美味しいモノばかりだったしな。


「ほれ、これで機嫌直せ」


 猫の実を出してやる。


「キュイー♪」


 エンシェントドラゴン、アクアの大好物は猫の実、苦手なモノは納豆。

 飼育記録にメモっておこう。


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