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異世界の闇軍師  作者: まさな
第九章 料理の魔術士
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第十四話 幸福のパン

2017/9/26 ご指摘を頂いたので「細菌」→「菌類」に修正。ありがとうございます。

 パンの材料が全て揃った。


 ルキーノがヌービア国から持ってきてくれた柔らかいパンは、当然のことながら賞味期限が過ぎてダメになっていた。

 だが、俺達には求めの天秤様というチート級の魔道具が存在する。

 ダメになっているパンから、イースト菌だけを即座に抽出するという、現代科学をもってしても難しそうに思えることすら可能だ。

 

 茶色い粉に見えるイースト菌をイメージし、原理も仕組みも分かっていないのに左辺にセット。

 手前には蓋を開けた壺に入っているパン。

 駄目元でやってみたのだが、求めの天秤の右辺にセットした空の小瓶の中にはうっすらとだが粉っぽいものが入っていた。


 多分、コレがイースト菌だ。

 高熱で熱せられたはずのパンからどうやって生きたままのイースト菌が取れるのか、そこを気にせずにはいられなかったが、パン工房のあちらこちらに付着し繁殖していたイースト菌がパン職人の手を通じて、冷めたパンにくっついた、という好意的な解釈をしておこう。

 高熱で生き延びるイースト菌とかちょっと怖いし。


 このままでは少量過ぎて使えないので、倍々ゲームで行こうと今度は左辺の皿の上にセットし直したが、一向に右辺の空瓶には引き寄せられない。

 この工房近くには他のイースト菌は存在していないようだ。


 むう。

 ルキーノに頼んで、毎回、パンを運んでもらうか?

 不審がられるだろうが、彼はやりおおせてくれるだろう。ただ、いちいち国から国まで何日も掛けてパンを運ぶというやり方は何とも無駄が多い。


 ここは培養したいところだ。


 普通の高校生の俺は、細菌の培養なんてやったことは無いんだが、栄養分と水分で多分、なんとかなるよね?

 試しにと、ハイポーションを水で薄めたモノに黒砂糖を溶かしてその上にイースト菌を半分だけ掛けて放置。全滅したら目も当てられないので全部は使わず、イースト菌は半分残しておく。


 翌日、見てみると、白っぽい何かが培養液の表面に広がっていた。

 イースト菌とは無関係の雑菌だと困るのでアナライザーさんに確かめてもらったが、



【名称】 イースト菌 

【種別】 酵母

【材質】 菌類

【耐久】 1 / 1

【重量】 1 

【総合評価】 A

【解説】

 錬金術師ユーイチにより純粋培養された菌。

 魔力の無い者でも、パンを膨らませることができる。

 生地に練り込んでしばらく放置して使う。



 おお。

 名前もちゃんとイースト菌だし、高めのA評価を頂いた。


 だが、増殖できると分かった以上、ここでもう一工夫だ。


「良質のイースト菌、良質のイースト菌…」


 求めの天秤の右辺に空瓶をセットし、イメージを左辺にセット。

 空瓶に入った白い粉末をさらに培養させてみた。



【名称】 良質なイースト菌 

【種別】 酵母

【材質】 菌類

【耐久】 1 / 1

【重量】 1 

【総合評価】 AA

【解説】

 錬金術師ユーイチにより純粋培養された菌。

 魔力の無い者でも、パンをふっくらさせることができる。

 生地に練り込んでしばらく放置して使う。      



 おお、ワンランクアップ。

 だが、ここで満足する奴はタダの凡人だ。

 俺は天才だからな! フハハハ!


「最高のイースト菌、そんじょそこらのイーストなんか目じゃない、スゲえ突然変異の最強のハイパワーな奴!」


 ほんのちょっとだけだが、求めの天秤で集めることが出来た。

 コレを培養させてみると…。


「うお!? 赤い…しかも、これ、なんだ? 泡立ってるのか?」


 見た目、なんかヤバそうなのが一面にびっしりと広がり、培養液がぶくぶくと泡立っている。

 きめぇ…。



 念のため、分析(アナライズ)



【名称】 はぐれイースト菌 

【種別】 酵母

【材質】 菌類

【耐久】 1 / 1

【重量】 1 

【総合評価】 AAA

【解説】 

 錬金術師ユーイチにより純粋培養された菌。

 魔力の無い者でも、パンを爆発(・・)させることができる。

 生地に練り込んでしばらく放置して使う。   



「違ーう!」


 俺が求めてるのはこんな兵器じゃねえよ!

 パンを爆発させてどうすんの。


「ユーイチさん、これは捨てた方が…」


 クロも心配したか言う。分かってるよ、クロ。俺はこんな物騒なもん、使う気は無いし。


 デスの呪文を掛けて死滅させ、念のため蒸留酒も掛けて、分析(アナライズ)で全滅を確認してから、村から少し離れたところに埋めた。


 うん。何事も、ほどほどが良いよね。

 普通が一番だわ…。


 良質のイースト菌をまだ残していたので、ほっとしつつ、それを使ってパン生地をこねた。


「あ、ユーイチさん、なんだか柔らかくなってきました」


「そうかそうか。生地の段階でそうなるとなると、これは期待が持てるなあ」


「はい!」


 こね終えて、三十分ほど放置して発酵させ、少し大きくなった生地をつついてみると耳たぶのように柔らかい。


 確信した。

 これはこの世界にかつて無いパンが降臨する。


 石のオーブンで焼き、ストーンウォールの呪文で蓋を開け、専用のパン掴みで皿に移す。


「おお…」


 見るからにふっくら焼けているのが分かる。


「じゃ、食べてみよう」


「はい」


 俺とクロで一つずつ取って、俺は直接、クロはちぎって口に放り込む。


「ああ! ああああ!」


 コレだ! コレを待っていた!


「ふ、ふわふわです!」


 異世界に飛ばされて半年。

 俺は満足レベルのパンをようやく口にすることが出来た。


「うう…」


「ゆ、ユーイチさん…」


 くそう、涙が止まらねえぜ。


「大丈夫だ、クロ。ちょっと感動しただけなんだ」


「はい。分かります」


 そう言ってくれるが、多分、俺の感動に至った理由はクロには分からないだろう。


「まだだ! まだ完璧じゃあ無い。日本のパンに匹敵する、いや、日本のモノを超えるパンを作ってやる。パン職人を極めてやるぜー!」


 俺は立派なパン職人になる。


 固くそう決意した。


 ―――数日後。


「ユーイチさん、こ、これはまた不思議な感じです」


 クロに食べてもらったのは、アップルパイ風の猫の実パイ。

 バターを大量に作ることに成功したので、大量に入れてみたらどうかなーとやってみたら、上手く生地と混ざらなくなって失敗した。

 その反省を活かし、バターをパン生地で包んで焼いてみたが、できあがったパンにはバターが蒸発して全く残っていなかった。代わりに、わずかな隙間を残していたが。


 その現象からもしやと思い、バターをパン生地でサンドイッチしたものを折って伸ばして折って伸ばして、積層構造にして焼いたものだ。

 ま、本物のパイを食ってなかったら、この発想は出てこない。

 最初にパイを作った奴は天才だな。


「ふふ、そうだろう、そうだろう」



 型に入れた食パンも作ったので、パンの耳を切ってきちんとしたサンドイッチも作った。

 失敗作は俺とクロの胃袋で消化し、良い感じになったモノをみんなに食べてもらう。


「す、凄い。ユーイチ、あなた天才よ!」


 ティーナが称賛してくれたが、俺はただ知っている物を再現しただけなので、その称号はふさわしくない。


 日本のこと、話しておくか。


 ただし、全員にと言うわけには行かない。リムなんて無意識に情報を漏らすだろうし。


 ティーナ、クロ、リサ、ミオ。


 よく考えた上で、この四人には俺の素性も話しておこうと思った。

 与太話と思われるかもしれないが、それならそれで別に良い。


 もう俺は元世界に帰ることは諦めた。


 いいや、違うな。

 こちらの世界で生きていこう、そう決心したんだ。


 今は仲間が側にいるし、美味しい食べ物も作れる目処が立ってきたし、子爵と親しい間柄だ。

 セルン村の村長でもあるし、もうちょっとこの村の生活、ロフォールの人達の生活を俺の持つ現代知識でなんとかしてやりたいじゃないの。


 食い物と農機具の開発である程度、自信も付いたからな。


 ……とまあ、綺麗なことを言ってみたが、もちろん本音は、熟練度成長速度倍々スキルのチートや魔法、魔道具、権力、そして何より身近な美少女の存在が有ればこそだ。ウヒヒ。


「ティーナ、リサ、ミオ、クロ。四人には後で話がある」


「「分かったわ」」

「ん」

「はい」



 ティーナの屋敷の俺の部屋に来てもらい、盗み聞きをしている者がいないか確認して、念のため、ドアにノイズの呪文を掛けておく。


「どうしたの? この屋敷なら、問題無いと思うけど」


 ティーナが言うが、セバスチャンあたりに聞かれるとちょっとまずい気がするんだよな。ティーナの親父さん、大お館様がこの情報を国王にそのまま報告したりしたら、どう言う扱いをされるか分からない。


「真面目な話だ。他言無用で頼む。まあ、俺の話が信じられれば、だが」


「もったいぶるじゃない。さっさと話なさい」


 リサが急かす。


「ああ。俺がこの世界に来たのは半年前のことだが…」


 俺はこれまでの経緯(いきさつ)を、かいつまんでだが、全て話した。


「ええ? むう…」


 話していると、ミオを除いて皆、渋い顔になる。

 俺が気でも狂ったと思ったのか、それとも悪質な冗談だと思われたか。


「その日本について、詳しく聞かせて」


 だが、真剣な眼差しで言うティーナは、俺以上に真面目に話を聞いてくれたらしい。


「日本は、そうだな、地形から話そうか」


 世界から見れば小さな島から成り立っていること。

 しかし、重要なのは科学技術や制度がこちらの世界より数百年は進んでいること。下手したら千年。

 そして、魔法が存在せず、代わりに電気が張り巡らされ、魔法と同じくらい便利に発達していること、などなど。


 四人は首を傾げたり、感嘆の声を漏らしつつ、俺の話を聞いてくれた。


「そうだったんだ…もっと早く話してくれれば、力になれたかもしれないのに」


 ティーナ、お前は優しいな。


「なるほどね。貴族でも無いのに読み書きをマスターしているのはそう言う理由だったの。私はてっきりどこぞの密偵だろうと思ってたけど」


 そう言うものの、最初から割と俺に協力的だったリサ。


「ユーイチさん…」


 悲しみか哀れみか、そんな表情をするクロ。いや、別に、最初は悲惨だと思ったけど、今は大丈夫だぞ?


「ん、未来技術でチート、ハーレム万歳」


 怒りそうな二人がいるんだから止めて!


「待ていミオ。悪用するつもりは無いぞ」


「それは認識が甘い。よかれと思うモノも、この世界の歴史を大きく変えてしまう」


 ミオがいつものように淡々と無表情で言うが、軽口ではなさそうだ。


「む…」


「そうね。ユーイチ、その辺もきちんと考えた上でやらないと、後悔するのはアンタよ」


 リサが腕組みしたまま、言う。


「後悔って。美味しいパンを作って、それなら誰も困らないだろ?」


「ふう、これだから、甘ちゃんは」


「何だよ。具体的に起こりえる問題を四百字以内で述べてみよ」


「ギルドの破産、一家離散、命を狙われる、そこまで行くでしょうね、これは」


「んん?」


「リサ、それは、どういう…む…」


 ティーナは聞こうとして何か気づいたようだ。


「降参だ。説明してくれ、リサ」


 何がどうしてそうなるのか、さっぱりわからん。


「ええ。他の世界から来たユーイチにはギルドの仕組みや結束が分かってないんじゃないかと思うから、順を追って説明するわね」


「ああ。頼む」


「最初にギルドを作ったのは商人よ。彼らは取引を円滑に行うために、ぽっと出の(・・・・・)素人と区別してある程度の信用がおける同業者の会合を作った。取引の常識やルールも知らないド素人は商売の邪魔にしかならないものね。奴隷上がりが嫌われるのも、その辺の無知を警戒してのことかもしれないけど」


「ふむ」


「でも、次第にこのギルドは強化・変質していく。領主に対して団結して要求したり、品物を有る一定の値段以下で売らないようにして値をつり上げたり」


 カルテルやトラスト、談合ってヤツだな。

 頷いてリサに続きを話してもらう。


「当然、高い品物を買わされる側から反発が出てくるわ。貴族や王族は力に物を言わせて対抗できるけど、平民はそうはいかない。そうして高値の商品に反発して作られたのが冒険者ギルドよ」


「ふうん? アレは公営かと思ってたが」


「いいえ、国王のお墨付きはもらってるけど、あくまで独立組織よ。他にも鍛冶職人のギルドや特殊な職業、紙ギルドは公営だから違うけど、魔術ギルドなんかが出てきて、商人ギルドに対抗したり領主に対抗したり結びついたり。もちろん、冒険者が全員、ギルドに従うわけでも無いんだけど」


 むしろ帰属意識は低い連中の方が多いだろう。俺も登録はしているが、宿屋や武器屋で割り引きが利く会員制度くらいにしか思ってないし。ただし、国境を越えてカードが通用するし、ルールも揃えてある感じで、冒険者ギルドの依頼(クエスト)は使い勝手が良い。


「パンに話を戻すけど、パンギルド以外の人間が、革新的なパンを売りに出して一世を風靡したら、既得権益で美味しくやってる連中は、どう思うかしらね」


「む、待ってくれ、リサ。別に俺は高値で売りさばこうとは思ってないぞ?」


「だから。安値の方がダメなんだっての。分かりなさいよ」


「ああ、そうか」


 近隣の街のパン屋は、俺がやたら美味くて安いパンを供給し始めたら、客をかなり奪われるだろう。

 商売あがったりってヤツだ。


「じゃ、商売はやらなければ、ううん、でも、広めたいわよねえ」


 ティーナが言うが、セルン村だけでしか美味しいパンが食べれられないとなると、遠出したくないよな。


「じゃ、こうしたらどうだ。パンギルドに話を通してパンを広める」


 利益を渡してやれば、向こうも反発はすまい。


「甘い。パンギルドは職人と商人が半々のギルドよ。商人の方が納得しても、職人の方は伝統的な手法にこだわったりする人間も出てくるでしょうし、揉めるわよ」


「む」


 ガイウス元料理長がそうであったように、道を極めてしまうと、新しいモノに対して評価が低くなりがちだ。ま、それだけの自負と腕があるからこそ、他を見下せるわけだけど。

 となると、面倒だな…。


「あっちこっちで揉め事が起きそうね…」


 ティーナが考え物だと言う風に自分のあごに手を当ててつぶやく。


「うーん。それで、リサ、俺はどうしろと?」


「それは自分で考えなさいよ。私も考えてはあげるけど、これに関しては良い解決策なんて浮かばないわ。だから、覚悟しておけって言ってるの」


「む、むう。だが、俺はこのパンを世に出さない、って選択肢は無いぞ」


 それでは何のために苦労したか分からないし、この先も固いパンを食うなんてまっぴらだ。


「ええ。私もユーイチに賛成だわ。アレを食べてしまったら、後戻りなんて出来ない」


 握り拳を作って笑みを浮かべるティーナは、少し茶化したようだが。


「ん、起こりうる事態を想定して、先手を打つ」


 ミオが言うが、それが良いだろう。と言うか、それしか無い。


「分かった。じゃ、パンに関しては、別に全員で話し合っても良いな。明日のパーティー会議で提案する」


「ええ」


 変な横槍が入っても邪魔だし、まあ、こっちはロフォール子爵が味方だからな。

 パンギルドも高圧的には出てこないだろうし。


 俺はまだその時点ではリサの忠告を甘く見ていた。

最初にイースト菌の作用でふっくらしたパンを食べた人はびっくりしたんじゃないかな、と。パンの酵母はすでに紀元前には利用されていたらしいのですが、その正体が分かって分離培養を始めたのは17世紀後半、顕微鏡が出来てからだそうです。日本にパンが伝わったのは鉄砲と同じ時期だとか。


古代ローマではマゲイロスと呼ばれるパン職人が店売りし、同業者組合も出来たそうです。

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