第十三話 チーズとバターの作り方
2016/11/24 若干修正。
俺は今、ティーナの屋敷の厨房にいる。
色々試したが上手く行かないので、クラウス料理長からチーズとバターの作り方を教えてもらうことにした。
「バターの方は簡単ですよ」
「ほほう?」
「でも、混ぜるのに力と時間が酷く要ります」
「むむ」
実際に見せて頂いた。
縦二十センチ直径十センチくらいの円柱型のガラス瓶に、牛乳と塩を入れ、平たいコルクのふたをしてその上から紐でぐるぐる巻きにする。
「後はこれをこうやって、ひたすら振ります」
シャコシャコシャコシャコ。
シャコシャコシャコシャコ。
十五分経過。途中、エクセルロット侯爵令嬢にどんな料理を出すかテッドも交えて話し合ったが、クラウスは手を止めずにひたすら振っていた。
「よし、代わろう」
「頼んだぞ、テッド。ふう」
今度は相方のテッドが同じように必死に瓶を振る。
うわあ…これはゴーレムにやらせるべきだな。
生クリームと同じ方法なのが気になるが…。
「ストップ!」
クラウスが止め、テッドに瓶を見せるように言った。透明なガラス瓶なので中が見える。
「むむ、泡だってどろっとしてる感じですね」
「そう。この状態がクリームです。そして、さらに振ります」
テッドがまた振る。
「よく見てて下さいね」
クラウスがそう言うので瓶に注意するが。
「えっ!」
どろっとしていたモノが、急に粉のようにパサパサに変わったように見えた。
「コレがバターの元です」
「えええ…? クリームと同じ方法…?」
「ええ、クリームをさらに振り続けるとこうなるんです。ここから先はヘラでかき混ぜます」
ボウルに入れて、分離している水分を捨てて、ヘラでかき混ぜる。
「ああ、この色は」
うっすらと黄色くなって、間違いない、バターだ。粘り気も出てきた。
これはなんだかもう錬金術っぽいね。
「味見してみて下さい」
「おお、これだ…。なるほど、これは大変だから、品薄になるかなあ」
「と言うより、あまり、バターを使う料理は無いんですよ」
「え? パンやクッキーや色々…」
「ふむ、パンに入れるのか。どうなると思う、テッド?」
「さあねえ。やってみりゃ分かるだろ」
この二人もバターの活用法はあまり知らないようだった。それでバターの需要が無いから市場でも出回ってなかったのか。
だとすると、これから美味しい料理がどんどん生まれそうで、楽しみだわぁ。
「では、瓶詰めにしますのでお持ち下さい」
「ああいや、作り方さえ分かれば、後はこっちでやります」
こっちはゴーレムで楽々出来ちゃうので、もらって帰るのは申し訳ない気分になる。
「そうですか。まあ、色々工夫されてみても良いでしょうね。ユーイチ様ですから」
「そうそう。きっと素晴らしいバターが出来るでしょうね!」
クラウスとテッドが俺を持ち上げる。
「いやいや」
知識が無いと、普通のバターしか作れませんよ。
「もう一つ、チーズの作り方ですが」
「ああ。チーズは、まず、牛乳を温めておきます」
湯煎で適度に暖かくして、ヨーグルトをひとさじ入れて、混ぜる。
む、湯煎はしてなかったが、タネを加えるのは正解だったようだ。
「次に、レンネットを入れます」
「ん? レンネット?」
「はい、子牛のギアラから取ります」
「え? ギアラ?」
知らない言葉が出てきた。詳しく聞いてみると牛の第四の胃袋だそうだ。牛は反芻するために胃袋が複数あるというのは知っていたが、それがチーズの元になるとは知らなかった。
これがあると、牛乳が固まるらしい。
一時間ほど放置して、見てみると、豆腐のように固まっていた。
「ここに切れ目を入れて、おたまで押してやると、水気が出ます。これを絞ったりして取り除きます」
漬け物のように重しをして一晩置き、さらに水分を抜くらしいが、その後に塩とチーズの粉を掛け、一ヶ月も寝かせると出来るらしい。
ふうむ、奥が深いね。
「寝かせてみて、変な匂いや色、苦みが出たら失敗です。道具を予め酒で清めた方がいいですね」
注意事項も聞いたが、雑菌が入るとダメになるのだろう。
ポーションの瓶にレンネットを入れた物を一本ほど、もらって帰ったが、いちいち子牛を殺さなくてはいけないというので、そこはなんとかしたい。
可哀想とかでは無く、面倒すぎるもの。
牛乳は量産できそうなので、あとはレンネットをどうにか出来れば、チーズが量産できる。
美味しいし、食料問題の改善に繋がる。普通の家に冷蔵庫が無いこの世界、牛乳は保存が利かないけど、チーズなら保存が利くからね。
いったん、セルン村に行き、牛の世話をエルが出来たかどうか、確認しておく。
「はい、言われたとおりに。絞った乳は工房に入れてあります」
俺の留守中、指示通りに出来る人間は貴重だ。クロが乳を受け取り、石の容器で冷蔵保存しているのも確認。
「エル、ご苦労さん。これ、駄賃ね」
「い、いえ、銀貨なんて、こんなには頂けません」
「いいからいいから。取っといて」
困ったように遠慮するエルに強引に押しつけ、求めの天秤を持って出かける。
行き先は隣村、牧場主のカールのところだ。
「カールさん!」
麦わら帽子の似合う男は、あの大きなフォークの農具で牛舎の藁を入れ替えていた。
「おお、ユーイチ様。花子のあんばいはどうだべ?」
「ええ、おかげさまで、たくさん乳を出してくれて村のみんなも喜んでます」
「ああ、それはえかっただ。世話もようやってくれとるみたいだな」
「ええ。今日は、ちょっと、子牛を見せてもらおうかと」
「む、持って行くだか?」
「いえ、ちょっと見せてもらって、唾液をもらって帰るだけです」
「ふむ? そんなもん、役に立つとは思えねえべ?」
「まあまあ。自分、こう見えても錬金術師ですから」
発音をちょっと変えて、ローブもファサッと格好を付ける。
「おお、そうだべか。分かっただ。んじゃ、連れてくるだよ」
まだ乳離れしていないという子牛を連れてきてもらい、求めの天秤にポーションの空瓶をセット。
「レンネット、おいでおいで~」
びゅっと子牛の口から飛び出て勝手に瓶の中に入っていく水。
さすが究極魔道具。そこに欲しいモノさえあれば、どんな状態でも引っ張って来てくれるぜー。
今度はまた空瓶を置いて、そこから不要な雑菌をイメージして魔道具で抜き取る。
指定は体に悪いモノ。
フフフ、コレさえ有れば、チーズの雑菌も怖くねえぜ。
「ユーイチ様、レンネットが欲しいなら、潰さねえとダメだべ」
「いえ、ダメならまた来ますが、自分、錬金術師ですから」
「ふむ」
カールは半信半疑だったようだが、俺は自信があるからね。なんと言っても俺の力じゃ無くて、他人様製作の魔道具の力ですから!
これでチーズもバターも完璧だ。
あとはイースト菌だが、もうこうなったら、求めの天秤を持ってヌービアまで出張るかね。
セルン村に戻ると、ネルロが俺の工房で油を売っていた。
お前、ちょっと目を離すと、それだな。ったく。
「ユーイチ、村の南になんか凄いモノを作ってるが、ありゃ、なんなんだ?」
「ああ。ピラミッドだよ」
風車はヴァネッサが歯車を整えれば出来る目処が立っているので、耕しも終わって暇なゴーレム軍団を使って、ミオにも協力してもらい、せっせと石掘りや石運びをやっている。
もう一つ、水源の沼まで水汲みに行くのは大変だから、もっと良質の水が取れるところまで石のパイプをストーンウォールの呪文で整形・接着させつつ伸ばしている。
水道管だ。
こちらはクロやエリカに手伝ってもらっている。
「ピラミッド?」
「ん? ネルロは知らないか? ヌービアにあるのとだいたい同じようなもんだよ。石のでっかいお墓なんだけど」
「ふうん? そんなもん作って、どうするんだ?」
「まー、秘密?」
行く行くは観光スポットになるかなーと言う程度で、何か意味があって作ったわけでは無い。
某ゲームでは作ると大きな発展ボーナスが付いてくるのだが、こっちはリアルだしね。
でも、無駄にハイパワーのゴーレムがわさわさいたら、やらせてみたくなるじゃん?
石を変幻自在に整形できるストーンウォールや、適当な石を探し出せる探知の呪文もあるし。
「ええ? 教えろよ」
「ヤダ。それより、お前、仕事は」
「む。これから行くところだ」
「じゃ、ここで油を売ってないで、さっさとゴー!」
「むう。後でなんか旨いもん食わせろよ」
「ああ、楽しみにしてろ。たらふく食わせてやる」
「おう」
ネルロを追い出し、さっそくクロと二人でチーズとバターを作る。シェイク専用のゴーレムはもういるので、そいつに振らせまくる。
「こんな感じだな」
「ああ、途中までは正解だったんですね…」
「うん。惜しかったが、生クリームからさらに混ぜるとか、普通の発想では出てこない気がするな」
世の中には普通で無いことをやる奴が必ずいて、思いも掛けぬ発明品が生まれてくると。
バン! と勢いよくドアが開き、ちょっとびっくりしたが。
「ユーイチさん!」
護衛のケインがフリーパスで工房の中に入れた男、ターバンを頭に巻いた若手商人のルキーノだ。
「おお、ルキーノさん、戻って来てたんですか」
「ええ、たった今ですけどね! 色々、頼まれていたモノも、手に入れましたよ。荷を下ろしますので、見て下さい!」
興奮気味のルキーノは良い商売でも出来たのだろうか。ロドルの荷台を引き連れ、うん、以前よりは扱ってる荷物が多くなってるな。商売繁盛の様子で何よりだ。
「これが、ご所望のヌービア王国エスターン産のパンです」
壺を差し出してくるルキーノ。
なるほど、普通に運んでくるのは憚られたので、蓋をして密閉状態か。イースト菌、死んでなきゃいいけど…。
「どうも」
「それから、本題の、お願いされた件、分かりましたよ!」
「え?」
本題って何だっけ? 俺、ルキーノにはパンしか頼んでなかった気がするんだが。
「いやあ、苦労しましたよ、鍛冶屋ギルドに行っても追い返されるだけで、方々を回ってようやく聞き出しましたからね」
苦労したようだが、鍛冶屋に関係する話か。なんだろ? ミスリル製品のノコギリはもう何本か届いてるし…あっ!
「そう言えば、溶鉱炉を頼んでましたね」
「ええ? そっちが本題じゃなかったんですか?」
「いやいや、もちろん、軽い冗談ですよ」
「や、人が悪いですよ、ユーイチさん。色々大変だったんですから。それで、溶鉱炉ですが、錬金術でエンチャントをやって普通の鉄の釜を耐熱強化する方法と、もう一つ、マグマタートルの甲羅を使う方法があるそうなんです」
「マグマタートル?」
「ええ。火山の火口付近にいる亀のモンスターで、めっぽう熱さに強いそうで、口からは火を噴く火竜みたいな奴なんです」
「うわあ。それ、お強いんでしょう?」
「いや、ドラゴンに比べると、全然だそうですよ。大きさも、甲羅が一メートルくらいだそうで」
「ふうん。んー、火山かぁ」
危険そうだなあ。
「この近くとなると、クリスタニアの西方の火竜山脈か、東のアルカディア国にあるサラマン山ですね」
「むっ、その西の火山は、火の竜がいるんですね?」
西に火竜がいるという話は何度か耳にしている。
君子危うきに近寄らず。そのためには危険な場所を知っておかないとな。
「ええ。ドラゴンスレイヤーを目指す冒険者の間では有名ですね。道の険しい難所でもありますし、私はそんなところ、行きたいとも思いませんが」
「いや、僕だってそうですよ」
「ふふ。でも、サラマン山の方はドラゴンはいないそうですから、行くとしたらそっちですかね」
「ああ。東の…ええと」
「アルカディア。トリスタンの北にある国ですよ。特にこれと言った交易品もないので、たいていの商人は南のルートを選ぶんですがね」
「へえ」
ルキーノから詳しい話を聞いたが、ここからだと行って帰って来るだけで二ヶ月もかかるので、気軽に取ってくると言うわけには行かない。
ティーナのお金でなんとかならないか、後で聞いてみよう。ミミも溶鉱炉が欲しいと言ってるし。
ルキーノには旅の疲れを癒やすべく、工房の近くに設置しているお風呂に入ってもらい、焼いてバターを塗ったパンと、ハンバーグ、それに鳥の唐揚げをご馳走してみた。
「こ、これは、なんと言って良いやら、とにかく美味しいです!」
各地を歩いている行商でもお墨付きが出るほどだから、ふふ、アンジェリーナの舌もこれならば倒せるはず。
後は俺の生活向上のために、ルキーノにはキュウリなど、この地方には無い種を頼んでおいた。
土地は余りまくってるし、ゴーレムを使えば耕すのは簡単だから、あとは美味しい品種の種さえあれば、いろんな農園ができるぜー。




