第十四話 初陣
一部に残虐な表現があります。
ご注意下さい。
2016/11/22 若干修正。
えっ?
どうして俺、ここに連れてこられてるんですか?
何で武器を持たされなきゃいけないんですか?
訳が分からないよ?
ここは、戦場だ。
正確には、今から戦が始まる平原に俺は立っている。
周りには、大勢の武装した味方の兵士が見える。
騎兵は鉄の鎧を身につけ、歩兵は革鎧を着ている。
俺も、着ろと言われたので革鎧を装備している。
武器は青銅のショートソード。
手に持ってみると、ずしりと重かった。
全員、前を向いて、黙って立っている。
空気が重い。
天気は晴れているけれど、ピリピリした緊張感が伝わってくる。
お、オーケー。
もう一度、思い出してみよう。
そう言えば、朝からみんなの様子がおかしかったんだ。
まず、早朝の稽古が無かった。
いつもなら、朝食まで素振りをやらされるが、今日はしなくて良いと言われた。
朝食も卵と肉に果物まで付いてびっくりした。
どうしたのかと聞くと、良いからしっかり味わって食っておけと言われた。
その後、すぐにコレを着ろと言われて、革鎧を装備した。
アルフレッドやお館様と一緒に、みんなでお出かけした。
狩りかな?
とは思った。だが、どこに何をしに行くかは教えてもらえず、黙って付いてこいと言われた。
みんな口数が少なかった。
くそっ!
どこで間違えた?
途中で戦だと気づいて逃げていれば、俺は助かったのか?
いや、落ち着け、まだ死ぬと決まった訳じゃ無い。
でも、圧勝の戦でも、被害がゼロって事は無いだろう。
勝ってる軍でも、運悪く死んじゃう兵士がいる。
…俺、運は良い方じゃないんだよね…
生きて帰れるのかな。
手がさっきから震えてるし。
足も震えてるし。
「ユーイチ! それは武者震いだ」
いや、アルフレッドさん、そんな晴れやかな笑顔で言われても。
怖いから震えてるだけなんですけど。
朝靄で平原の向こう側は見えない。敵がもう布陣しているそうだが、それも見えない。
余計に怖い。
いや、見えていたらもっと怖いのだろう。
何で殺し合いなんか。
戦だと告げられたのはついさっきだ。
青天の霹靂だ。
大勢人が集まってるし、式典でもやるのかなーと思っていた。
逃げたい。
逃げちゃおうか?
逃げちゃう?
いやいや、待て待て、どう考えても、敵前逃亡は重罪だ。
確認するまでも無い。
くそ、落ち着け。
「ユーイチ、ユーイチ」
「なんですか、トムさん」
今、話しかけないで欲しいな。考えてるんだから。
だが、トムを見ると、彼も震えているようだった。
怖いのは俺だけじゃ無いんだと気づくと、不思議と落ち着いた。
トムは、アルフレッドにしごかれていた騎士連中では一番の若手で、十六だと言うから俺と同い年だ。
財布を持っていない俺に、小袋をくれた良い奴だ。
騎士なので「トム様」と俺は呼んだが、「様付けされる柄じゃ無いからトムで良いよ」と、はにかんで言う気さくな奴だ。
「僕さ、婚約してるんだ」
トムが言う。
「は?」
「だからね、この戦が終わったら、結婚する予定なんだ」
いや、婚約の意味くらい知ってるが。
「相手は町娘なんだけど、幼なじみでさ。まあ、僕は三男坊だし、家も小さいし、良い家柄のお嫁さんなんて無理だから」
だからなんだと。ああ、暇つぶしの世間話か。
まったく、こっちは、今、それどころじゃ無いんだけど。
どうやって逃げだそう?
隙を見て…ひとまず、挙動不審は目立つから、まずいだろうな。
ここはくだらないトムの話に付き合うフリでもしておくか。
「ふうん。それで、その子、不細工だったり、性格が悪かったりするの?」
「いや、美人で気立てが良いんだ。お互い好き合ってる」
…それなんてリア充ですか? 爆発しろ!
「それ、自慢?」
「い、いやいや、そうじゃないよ。ちょっと聞いて欲しい惚気話だったりするけどさ、アハハ」
死、ね、よ。
こっちは奴隷だぞ?
彼女もいねえんだぞ?
「だからさ…生きて帰らないと。僕は彼女のためにも、ここじゃ死ねないんだ」
ああ…、騎士階級でも、死ねば同じか。
「…そうだな」
「ああ、うん。ユーイチも、生き残ろうな」
「ああ」
それはいいが、ここでそう言う死亡フラグを、俺を巻き込む形で立てるのって止めて欲しいなあ。
「ユーイチ、もしも…」
トムがそこまで言ったところで、大きな声が上がった。
「敵襲!」
「来るぞ。全員、剣を抜け!」
隊長の指示が飛んでくる。
抜きたくは無いのだが、言われたとおりにする。
ドス、ドス、と地面が鳴るので、何の音かと思ってそちらを見ると、矢が突き刺さっていた。
おい。
そこに立ってたら、俺、死んでたんじゃないのか?
冗談じゃ無いよ。
「弓矢だ! 盾を構えろ!」
しかも、俺、盾は支給されてないんですけど!
どうすんのよ!
仕方なく前方斜め上の空に目をこらすが、何本も矢が飛んでくるのが見えてしまった。
「うわ」
「狼狽えるな! 神のご加護は我らに有り!」
ほ、ホントだね? 信じて良いのね?
「ぎゃっ!」
「ぐえっ」
近くで悲鳴が上がり、味方の兵士が何人か倒れ込むのが見えた。
駄目じゃん。
「下がるな! 押せ! 押せ!」
怒声が飛び、悲鳴が上がる。
金属を打ち合う音が聞こえ始め、弓矢が飛んでこなくなった。
ほっとする。
あんなの避けろとか、無理だから。
「ユーイチ! 何をしている。早く敵を斬れ!」
そんな事言われても、どこに敵が、と思ったら、もう目と鼻の先に白い鎧を着た兵士がいた。
味方の兵と剣を打ち合わせている。
「くっ」
トムが馬上から剣を振り下ろす。白い鎧の男の兜に当たったが、ふらついただけで、死ななかったようだ。
だが、敵はこちらが見えていないようで、隙だらけだ。
迷うことは無い、チャンスだ。
銅の剣で白い鎧の中心を突き刺す。
カツンと、手に結構な衝撃があり、弾き返されてしまった。
くそ、そうか、鉄の鎧だから、隙間を狙わないと駄目なのか。
でも、この鎧、全身鎧で隙間がなさそうなんだが。
え? じゃあ、無敵?
装備で思い切り差が出ちゃう?
「この、奴隷風情が!」
うわ、しかも、白い鎧の人、怒って、俺に狙いを付けてきた!
「ひい!」
敵の一撃をこちらの剣で受け止められたのは、単に運が良かっただけだ。思わず目をつぶってしまい、身を縮めただけ。
「任せろ!」
アルフレッドが馬を割り込ませたかと思うと、ぶんっと剣を大振りに振るった。
ガンッっと派手な音がして、兜が宙に舞う。
「次だ!」
え? いや、まだそこの白い鎧さんが、
「おわっ」
首が無い。
え? 今の、首斬っちゃった?
でも立ってるよね?
と思ったら、ゆっくりとその鎧は後ろに倒れた。
ドサリ。
死んだのだろう。
首が無くて、生きてる人間などいないだろうし。
「済みません、隊長」
トムが謝る。
「構わん。お前らの腕では、鋼の鎧は難しかろう。白い兵は無視して、他の手合いを探せ」
「はい! 行こう、ユーイチ」
え? 俺も行かなきゃ駄目なの?
「急げ! 騎兵から離れると、その方が死にやすいぞ」
そう言って、アルフレッドは先に行っちゃうし。お館様も先に行ってしまったようだ。
「ま、待ってくれ、トム!」
俺も慌ててみんなの後を追う。
次の相手は、黒い革鎧を身につけた兵士が二人。トムと斬り合っている。
俺は素振りの練習をしただけで、剣の型もろくに教わっていないので、前に出るのは無謀だろう。
なので、トムの少し後ろから、回り込もうとしてくる敵を牽制する。トムは鉄の鎧を身につけているので、少々のことではやられないはずだ。
「くっ!」
だが、敵が二手に分かれてしまい、トムと距離が出来た。
黒い革鎧の敵と、一対一になってしまう。
ここは無理をせず、トムの方へじりじりと下がりながら、防御。
「ひっ!」
ぼ、防御!
「うわっ!」
重い。敵の一撃で、俺の剣は持って行かれそうになる。それに、くそ、連続攻撃って。
「任せろ!」
トムが横から馬を走らせ、俺を斬ろうとしていた敵を一撃で撥ね飛ばしてくれた。
「た、助かった…」
「大丈夫かい?」
「ああ、問題ない。転んだだけだ」
起き上がる。見ると、もう一人の敵もトムがすでに片付けてしまったようだ。
「良かった」
爽やかに白い歯を見せて笑うトム。
やだ、トムがなんかカッコイイ。駄目よ、駄目、あなたには婚約者がいるでしょう。
「ユーイチ、手を出さないと、余計に隙が出来て攻撃されるぞ」
「ああ、そうか、それもそうだ」
身を守れば防御力が二倍、と勝手に思い込んでいたが、何もしてこない敵ならその方がタコ殴りできるか。
迂闊。
トムが助けてくれなかったら、多分、死んでたぞ、俺。
「よし、次だ」
「えっ! ま、待って、トム」
お前は騎兵だから、足が速いが、俺を待てっての。
「あっちは、白い鎧がいるなあ」
トムが立ち止まる。
「じゃ、こっちだ。革鎧が三人だ」
味方の騎士が一人で応戦しているが、苦戦している様子。俺たちが加われば、騎兵がいる分、形勢は逆転だろう。
馬上の騎兵は剣を歩兵に向かって振り下ろす形になるので、剣に重力で重みと速度が加わる。歩兵の側はその逆に、上に向かって切り上げなければならない形なので、不利だ。
「分かった。そっちに行こう」
ついでに、いきなり後ろから戦闘に割って入っても、敵かと思って混乱するだろうから、言う。
「スレイダーンの為、助太刀に来ました!」
「助かる!」
敵兵の一人に斬りかかり、注意をこちらに逸らす。その間に、トムがスピードを乗せてアウトレンジから振りかぶって、タイミング良くズバッと敵兵を切り捨てる。
いや、トム君、君、実は強いでしょ。
味方の騎兵もすぐさま目の前の歩兵を片付け、俺の対峙していた歩兵も片付けてくれた。
「礼を言う。次はアイツだな」
先ほど、後回しにした白い鎧の兵士。良い装備を身に纏っているが騎兵では無い。が、偉そうだったし、身分は高めなのだろう。
足のすねまで鎧で覆われており、フルプレートと言うヤツだろう。
「分かりました」
トムと一緒に挟み撃ちにする。
「おのれ、こしゃくな。ミッドランドの騎士が、スレイダーンごときに!」
いや、なんと言おうと、アンタの動きトロいし、三対一なら逃げた方がいいだろうに。まあ、こんな重そうな鎧を身につけていたら、騎兵からは逃げられないか。
兜もはめているし視界は悪いだろうから、背後に回り、敵の死角を突く。
「おりゃ! いてて」
だが、鉄の鎧はビクともしない。いや、アルフレッドが鋼と言っていたな。鋼の鎧に青銅の剣では、ちょっと分が悪そうだ。
「ふん!」
味方の騎兵が強引に剣を当てて、勢いでフルプレートの敵を薙ぎ倒した。
「うおっ!」
まだ死んでいないが、もがいているフルプレートは、おお、コイツ、一人じゃ起き上がれないとか?
チャーンス!
タコ殴りにしてやんよ!
「うわっ」
だが、剣を滅茶苦茶に振るってくるので、ふう、危ない。足を切られかけた。風圧がぶわって。
「そいつは放っておけ」
味方の騎士が言う。
え? いいの?
「ですが」
トムが心配する。
「構わんさ。アレは味方の兵がいないと起き上がれない。この辺はもう制圧したようだ」
おお。ひょっとして、勝ち戦?
周りを見るが、確かに敵兵はいない様子。
なんだよ、それを早く言ってよ、アルフレッド隊長…。楽勝の戦じゃないっすか。
「やった…」
「さて、敵将の首でも挙げに行くか」
騎士はそう言って、向こうの方へ駆けていく。
「僕らも行こう」
「ああ」
トムと一緒に彼を追う。
すでに勝敗は付いたのか、この辺に立っている敵兵はいない。
「なんだ、僕は初陣だったんだけどさ、こんなものか」
トムが言う。
「俺も初陣だけど、楽な方が良いよ」
「そうだね。はは」
ついでに、位の高そうな敵将を捕まえられれば、完璧。
王様から褒美をもらっちゃったりしたりして。
お姫様が一目惚れして来たらもう、うひょひょ。
俺がそんな浮かれたことを考え始めたとき、突如、轟音が辺りに響き渡った。
地面が少し揺れた。
「な、何だ?」
「地震? いや、今の音は…」
爆弾のような…。
「あっ! アレを見ろ! 火の玉だ」
人間の身長より大きい感じの炎の玉が、空中を飛び、地面に直線で突っ込んで来る。すぐに大きな爆発が起こり、近くにいた味方の兵が一斉に吹っ飛ぶ。
え? なんなのあれは。
あまりの威力に愕然とする。
あんなの、鋼の鎧を着てたって、意味ない。
俺が当たれば、一撃で死ぬだろう。
「くそ」
走る。
「どこへ行く! ユーイチ」
「決まってるだろ、逃げるんだ!」
「ええっ? いや、でも」
「彼女と結婚するんだろ、トム」
「だが、逃げれば騎士の恥だ」
知るかよ。俺は騎士じゃ無いし、この世界で死ぬなんてまっぴらごめんだ。
美少女と結婚できるなら、それでいいだろうに。
「ま、魔導師だ! 魔導師がいるぞ!」
「もう駄目だ、逃げろ!」
他の味方の兵も、逃げ出し始めた。
魔導師って。
この世界、魔法があったのか…。
とにかく、今は逃げないと。
逃亡罪、みんなで逃げれば怖くない。
「トム、俺たちも、ええ?」
振り返ってトムを呼ぼうとしたが、見当たらない。
向こうを見ると、火の玉が飛んできた方向へ駆けていくトムの姿が見えた。
「はあ? 何考えてるんだ、アイツ…」
他にも数騎だが、同じように向かっていく騎士がいる。
火の玉は飛んでこない。
連発、出来ない?
いや、駄目だ。飛んできた。
しかも、さっきまでのと違い、大きい。
「逃げろ! トム!」
ああ、そんな。
俺は見てしまった。
トムとその近くの騎士が、巨大な火の玉に飲み込まれるのを。




