第七話 高床式麦倉とベーコン
2016/11/24 若干修正。
カルボナーラの具にベーコンを入れたい!
セルン村に初の大工がやってきたが、ま、ほっといても適当になんか作ってくれるだろ。
他の村人達は大麦の種蒔きに入っている。二毛作だから、秋の今が種蒔きだ。他の村に遅れること二週間ちょいだが、ジーナおババ様は大丈夫だろうと言っていたので一安心だ。
年が明けてから麦踏みという作業があるらしいが、まだ先だ。
エクセルロット侯爵令嬢をお出迎えする予定もあるし、俺の最優先事項はカルボナーラだ。
あのクリーミーな、それでいてピリッと黒胡椒が利いた大人の味の。
みんなに聞いてみたが、この世界にはパスタ料理が無いと言う。
そんなはずは、と思ったのだが、料理人やジーナおババ様、セバスチャンもそんな料理や見た事無いって言うのだから、少なくともこの近辺には無さそうだ。
なら、作ってクロにも食べさせてやりたい。
年端もいかぬ少女に、濃厚でクリーミーな料理を食べさせて「美味しいです…」と恍惚の顔で言わせたい。うひょ。
村のみんなも喜ぶんじゃないかと思う。
でも、独りよがりもアレだし、村長としての支持率も気になったので、アンケート調査を行おう。
反乱は怖いからね。後悔先に立たずだ。
猫の実でこの村の食糧事情は劇的に改善されているのだが、
「パンが無いなら○○を食べればいいじゃない」
って言うの、フラグでしかないし。
なのでセルン村の住人65人プラス、新しく増えた大工のヴァネッサや、一応クロやエリカもカウントして俺の支持率を出してみることにする。
ドキドキ。
「アンケート用紙68枚でいいか」
メモの呪文を使えば、パパパッと出来そうだなと思ったのだが。
「む、羊皮紙はもったいないな…」
アンケートの文言を考え、さあ紙に、と思ったところで手が止まる。
手元に羊皮紙が三枚ほどあるが、全然足りねえ。
買いに行こうにも、そもそも量が出回ってない。
何せ一枚で高級ポーションより値段が高い。透明ガラスより値が張るのだ。
ティーナに聞くと、重要書類はさらに値段が高いヴェラムという高級羊皮紙を使うと言う。
俺は勘違いしていたが、ティーナの手紙や封筒もパルプの紙ではなく、羊皮紙だった。
巻物みたいに反り返ってるのが羊皮紙だと思い込んでいたが、平たくも加工できるようだ。ただし、その分値が高くなる。
一番良いのは村人にスマフォやパソコンを持たせて、ペーパーレスでクリックして集計すれば、環境に優しいし俺も楽ちんなのだが、そんなものはこの世界には無い。
見るからに中世だもんなあ。この村は太古レベルだし。
手が空いたら紙も開発するとしよう。
代替として木の板をウインドカッターで切って、アンケート用紙とした。
あまり細々と質問してもウザがられそうなので、単純に、俺が村長で良いと思うかどうかを「はい」「いいえ」の二択で答えてもらい、後は要望があれば書き込むか直接言いに来てもらうことにする。
だが…。
「これ、何て書いてあるんだ?」
衝撃。元村長のネルロがアンケートの文字を読めなかった。
「ええ? お前、村長として、領主から何か手紙をもらったりしてたんじゃないのか」
「いや、大抵は兵が言付けに来たし、納税書の書き込みはババアにやってもらってるしな」
別段、恥ずかしげも無く答えるネルロだが、平民は文字が読めなくても当たり前の文明社会だった…。街の看板は文字ではなく絵柄だったり。
本や手紙が貴重品だが、それ以外はさほど不便を感じていなかった。でも、こういうときは困るよね。あと、道具の説明書も意味を成さないし。
小学校も作らないといけないのかよ!
大学とか図書館とか、それ以前の問題だった。
浮かれてたわ…。
アンケートに答えられるレベルの読み書きを学んでもらうため、小学校を早急に開設する必要が出てきた。
だが、村人も忙しいからね。夜は明かりの魔道具を行き渡せば時間も取れるんだが…。
ひとまず、集会を開いて「はい」と「いいえ」の読みと意味を村人全員に教えた。
ま、さすがにこれは知ってる者もちらほらいたので、簡単に済んだ。
ついでに選択肢の○チェックの書き方もアンケート用に教えておいた。
で、気になるアンケートの結果だが。
支持率97%、不支持は二人だけでございました。
不支持は多分、エリカとヴァネッサだろう。
うーん…。
低いよりは良いけど、これじゃアンケートの意味がねえな…。
村長にいいえを突きつけても良いのよ?
「だけんど、ネルロよりずっと良いべ」
「ああ、ネルロの代は酷かったべ」
「ホント、無駄に仕事増やして、大事なこと忘れまくりで、大変だったんだから!」
と、村人が口々に言い、
「う、うるせーよ! 俺だって頑張ってたんだぞ!」
と、ネルロが怒ってへこんでたが。
「で、村長、アタシは何を作れば良いんだ?」
ヴァネッサは自分の家の窓とドア、それにベッドや家具も自分で作り上げ、やはり本職、良い感じに仕上げていた。
「じゃあ、穀物庫を頼む」
「穀物庫? 麦倉の事か?」
「そうそう」
「じゃ、床の高いヤツにしないとな」
高床式だ。
一応、この村に元からある麦倉もヴァネッサと一緒に見てみたが、藁葺きの竪穴式住居にスノコを敷き、麻布を上にかぶせて雨漏りをごまかすという原始的で粗末な代物だった。
「オイオイ、これじゃ、ネズミやらカビやら、酷かったんじゃねえのか?」
ヴァネッサが呆れ返って聞くが。
「ああ、ネズミによくやられるし、入れ替えをやらないとカビたり腐ったりするからな。あと、虫が湧いたり」
ネルロが普通に答える。
おえっぷ。この村の麦粉、使いたくなくなったん…。
「だろうな」
「ダメになる割合はどのくらいだ?」
エルに聞く。
「そうですね…納税できないくらいになるのが二割、二百五十袋くらい…」
「えええええーっ!? そ、そんなに?」
驚いた。
農夫の年貢は五割なので、そこからさらに翌年の種籾三割を引いて、不良品二割なら…あれ?
農民の皆さん、どうやって食ってるの?
「よくそれで食っていけてるな」
ヴァネッサも言う。
「いや、かつかつだぜ? 今年は病気になるヤツが多かったし、兵役で取られたヤツも多かったしな。ま、カビが生えてても食えねえ訳じゃねえし、年貢に取られないし、その方がいいかもな、ははは」
うわあ。穀物のカビは、自然界で最強の発がん物質、アフラトキシンなんかも出てきて危ないのに…。
「ネルロ! 数が足りなきゃ、代品で取られるでしょ」
エルが怒るが、ネルロもただの軽口で本気では無いだろう。
「そう怒るなって。ネズミの方はどうしようもねえだろ」
「あなたが袋開けをサボってなければ、虫やカビの駄袋は少なく出来たのに…」
悲しい顔のエル。
「ぐっ、それは…悪かった! 忘れてたし、面倒だったんだよ」
「もう」
「よし! そう言うことなら、アタシに任せとけ。高床にすれば、カビもネズミも減るぞ」
ヴァネッサが威勢良く言う。
「おお、本当かよ」
「高床…そう言えば、お婆ちゃんが言ってたっけ。是非、お願いします」
エルとジーナは高床式を知っていたようだが、何でやらなかったのかを聞いてみたら、麦倉を作るのも大変で手が回らなかったし、釘を買う金も無く、柱の通し方も知らなかったからだそうだ。
悲惨な村だが、釘はミミが作ってくれるし、大工のヴァネッサもいるし、予算も俺とティーナが用意できる。
なら、作るしかないよね!
「よーし、そっちに起こしてくれ。ゆっくりだ」
村人の男衆を手伝いに三人付けてやり、あとはクロと俺とゴーレムも参加。
ヴァネッサが指示を出して、高床式の麦倉の建築に取りかかる。
基礎部分は、柱が腐らないようにストーンウォールでへこみのある石を作り、アースウォールも使って土を掘る。
壁系呪文が便利すぎでしょ?
ヴァネッサに聞いて初めて知ったが、建築用の木や板は乾燥させてからでないと、変形が起きて不具合が出るという。
切ったばかりの木は生木と言うそうだ。
仕方ないので、街から木材を購入し、今、エリカが作ってくれている分は、ゴーレム乾燥機を使って乾かすことにした。
柱が長持ちするように、ひび割れ防止・腐食防止・シロアリ防止の樹脂も表面に刷毛で塗るそうだ。
「釘、持ってきたよ!」
ミミが釘も追加で持ってきてくれた。ヴァネッサの注文で大きめの釘だ。それを難なく一人で作り上げ、頼りになるドワーフっ娘。
「ああ、じゃ、そこの袋に入れておいてくれ」
ヴァネッサが言う。
「うん! まだまだ作るねー」
「いや、大釘はそんなにいらねえぞ」
「でも、たくさん、この倉を作るんでしょ?」
「そうだが、釘はそんなに使わねえからな」
柱の真ん中をノミで四角にくりぬいて、そこに先端を凸型に削った別の柱をはめ込み、組み合わせる工法。
ホゾと言うそうだが、釘よりも強度が増すという。あと、釘の方はメッキでもしない限り錆びてしまう。
さすがにミスリルは貴重で加工もやりにくいからミミには普通の鉄で釘を作ってもらっている。
溶鉱炉が無いと、融点が高いミスリル製品は作れないのだ。
どっかに売ってないのかな、溶鉱炉。
「えー?」
釘は要らないと言われて、ミミが残念そうだ。
「ミミ、手が空いてるなら、調理器具やらナイフやフォークを作ってくれ」
言う。
「分かった!」
ダッシュで戻っていくミミ。
働き者だなあ。
作るのが大好きなんだろうな。
「よし、じゃ、ユーイチは次の土台を用意しててくれ。こっちは板を打ち付けりゃ終わりだから」
「分かった」
大工のヴァネッサは『ネズミ返し』も知っていたので、俺は彼女の指示に従うだけだ。
土台の方は、石をくりぬいて作るのが一番だとヴァネッサが言ったので、ストーンウォールの呪文を披露させてもらったが、そこくらいだね。
高床式麦倉は一日で二棟ほど完成した。
縦五メートル、横三メートル、床下の高さ一メートルのこぢんまりした小屋だ。
麦袋を積み重ねしないなら、二百袋入るそうだ。
何で、もっとデカいのを作らないのかをヴァネッサに聞いたら、
「ああ? そんなの、麦袋の重さで潰れちまうだろ」
と言われてしまった。そりゃそうだ…。
「それに、麦倉は一つにせん方がええ。虫やカビが広がりにくいからの」
とジーナおババ様。
なるほど、全滅を避けるために、小分けにするのか。
効率だけ考えても駄目なのね。
勉強になりました。
その道の専門家に教わる大切さに気づいた俺は、ベーコンについても新料理長やヴァネッサに教えを請い、香りの良い木で肉を燻してみた。
「むむっ! これはタダの焼き肉!?」
煙を当てときゃいいんだよ! みたいなやり方は駄目でございました。




