第五話 逆転の発想のピザ
2016/11/23 若干修正。
ティーナ=フォン=ラインシュバルト侯爵令嬢改め、
ティーナ=フォン=ロフォール初代正子爵。
加封された我らがお館様のため、大貴族エクセルロット侯爵の接待が、家の重要課題となっているわけだが。
俺がなんかやらかしてしまったせいで、大事な料理長を失ってしまった。
腕もラインシュバルトで一番だったそうで。
いや、悪気は無かったし、結果としては痛手だけど、俺が悪さをしたわけでも無いのよ?
料理長もまだ死んだわけじゃ無いし。
ティーナに愚痴を言われたものの、罰は食らってないし。
みんなからは、ボロクソに言われたけどね。
「それで、どうこの責任を取るつもりなのかしら?」
リサがなおも詰問する。
止めて! もう俺の精神ポイントはゼロよ!
「…逆に考えるんだ。新進気鋭の若手にチャンスが回ってきたと。新たな時代の幕開けだと」
詭弁だなぁと自分でも思いつつ、言う。
「フン、そのチャンス、活かせるのかしら」
当然だ、活かして見せろ!
と言いたいが、やらかした俺が言うことじゃないな。
「誠心誠意、頑張らせて頂きます」
「よし」
ふう。
結局、これという打開策は出ないまま、各自、アイディアを考えるということで解散。
でも、貴族の接待と言われてもね。
何をどうしたら良いのか、ワカンネ。
料理は悪くないと思うんだがな。
料理長を目覚めさせたわけだし。
ハンバーグは出すとして、魚介類以外で何かないかな。
シチュー…は牛乳とバターが要るような気がする。
品質の良い新鮮な牛乳が無いんだよなあ。
ステーキは止めておいた方が良い。あれは素材の肉が決め手だから、舌の肥えた貴族に出す戦力は無い。
この村、家畜がほとんどいねえし。
いてもロドルとか、トカゲじゃあなあ。
フルコース料理…は腕の良い料理人が必要で、あああ…。
「ふう、考えてたら、腹減ってきた。なんかぱっと食べられる物、ないかなぁ」
カップ麺とか、袋のインスタントラーメンとか、ソーセージとか、冷凍ピザとか…。
「ハッ! その手があったか!」
ピザだ。
ピザならパンが固くても、ごまかせるんじゃね?
チーズならある。
「クロ、トマトとピーマンをもらってきてくれ」
「はい」
その間にパン生地を作り始める。
「もらってきました」
「よし。じゃ、水洗いして、薄く切ってくれ」
トマトソースから作るべきだろうが、すぐ作りたい。トマトとチーズとピーマンを薄く切って、作ったパン生地に載せる。
マヨネーズとオリーブオイルを少々。
「あとはオーブンでしっかり焼こう」
待つ間、他の料理の事も考えようとしたが、ピザしか思い浮かばなかった。
あのチーズがとろーり糸を引くアツアツで、極薄切りの程良く焼けたピーマンの大人の苦みの、酸味の利いたトマトを、ああもう、早く食いたい!
「よし、時間だな」
タイムの呪文で、アラームもセットしている。石のオーブンを呪文で開けてみると、おお! 良い感じ。
チーズの表面が、ちょうどきつね色にほんのり焦げて、ピザの生地も火が通っている、…ように見える。
焼けたパンとチーズの香ばしい匂いがふわっと漂ってくる。
「じゃ、切り分けて…硬いな…」
苦労して切り分け、不安に思いつつ、一口。
「おお、ハフハフ、これは、間違いない。ピザだっ!」
具材がシンプルすぎるが、チーズの塩味が利いていて、トマトの酸味も絶妙。
生地を薄くした分、良い感じに火が通ってカリッと焼けてる。
相変わらず硬いが、ピザは硬い方がらしくなるからな。
「少し硬いけど、美味しいです。タルトみたいですね」
クロが言う。
「ああ。タルトはどんな具でやるんだ?」
「林檎や苺ですね」
「あー。林檎だとアップルパイか」
「パイですか?」
クロが変な発音で聞き返したが、この世界にはパイは無いようだ。あのパン生地の薄い重なりってどうやって作るんだろうな?
生地を何枚も薄く重ねてるんだろうか?
ともかく、クロにイメージを簡単に説明しておく。
「うん、紙みたいな薄いパンが重なってる感じかな。一度作ってみたいんだが…」
「楽しみです」
「おう。いつか作ってやるよ」
クロに楽しみって言われたら、もう頑張るしかないじゃんね。
おっと、バクバク食ってたら、あっという間に一枚、無くなってしまった。
みんなの分はまた後でまとめて作るかな。これなら簡単だし。
「あっ!」
クロが背中を気にする。今日もずっと朝からクーボの卵を背負ったままだ。
カツンカツンと卵の中から音がして、ああ、これはもう孵るな。
「じゃ、下ろそう」
「はい」
風呂敷の結びを解いてやり、床に下ろす。すでにところどころ穴が開いた卵から、大きな雛鳥が顔を出した。
白いな…。
クーボって黄色と灰色しか見た事無いんだが。
「わあ」
「クエッ!」
「あっ、危ない」
クロが心配したが、ごろんと転がるようにして卵から抜け出してくる雛。まだよちよちだ。体長四十センチで濡れてるとちょっと気持ち悪いな。
「よしよし」
「あ、クロ、何かで拭いてから。汚いぞ」
「大丈夫です」
「クー」
クロに撫でられるのが気持ちいいのか、自分から体を寄せてくる雛。
布を持ってきて、クロと二人で拭いてやる。
「おお?」
濡れた毛が乾いてくると、かわいらしさが出てきた。
「可愛いです!」
感激するクロ。
「クエッ、クエッ」
「ああ、腹が減ってるみたいだな。ほれ、猫の実でも食っとけ」
確か分析では雑食と出ていたので、大丈夫だろう。クーボの雛は、ガツガツと鳥特有の噛み方で飲み込んだ。
「クエッ! クエッ!」
「くそう、コイツも食いしん坊みたいだなあ…」
猫の実をまた出して、食わせてやる。
八個目を食って、いったい何個まで食うんだろうと心配になってきたところで、ようやく腹一杯になったようだ。うずくまって寝始めた。
「やれやれ、ようやくか」
「たくさん食べましたね。あ、名前、決めないと…どんなのが良いでしょう?」
「クロが飼うんだから、クロの好きなので良いだろう。何でも良いぞ」
「じゃ、じゃあ…マリアンヌで!」
なんだかお妃様みたいな名前だな。
「お、おう、マリアンヌか」
鳥にお上品なお名前のマリアンヌ…この世界のネーミングセンスとしてはどうなんでしょう?
前にティーナが不敬とか言ってなかったっけ。
「えっと、ダメ…、ですか?」
妹分の銀髪美少女にそんな上目遣いに聞かれたら、ダメとは言えん。
「いいや、問題無いぞ」
「良かった。じゃ、今日からお前はマリアンヌね。ふふっ」
雛鳥を優しく撫でるクロ。
和むなあ。
夕方、ティーナの屋敷でみんなにもマリアンヌを紹介。
「へえ、可愛いなあ。よしよし」
「うん、可愛いねー」
ミネアとティーナが気に入ったようで撫でている。マリアンヌの方は気持ちよさそうに目を閉じているが、大人しい奴だ。
クーボって気性が荒いとアナライザーさんが言ってたんだが。個体差もあるんだろうけど。
「でも、白いクーボなんて珍しいわね。火山の麓に赤いクーボがいるって聞いたことはあるけど」
リサが言う。
うあ、多分それ、強くてヤバい奴でしょ?
「嘘かホントか知らないが、火を噴くそうだな。白い奴は…足が速いのか?」
レーネは足の速さが気になるようで、まあ、クーボは馬代わりだったな。
「ん、白は聖獣の証。きっと将来、クロはマリアンヌに乗って魔王を倒す勇者となる」
などとミオがふざけて言い出すし。オマエ、魔王なんて俺が言うまで知らなかったじゃん。
「えっ? えっ!」
クロが困ってるし。
「真に受けなくて良いわよ。ミオの冗談だから」
リサが言う。
「うふふ。ですが、白は聖なる色として縁起が良いですからね。大事にしてあげて下さい」
クレアが言う。
「はい」
「誰かさんは縁起の悪い色を着ているけど…」
ティーナが俺に当てつけてくる。
「フン、クロも黒猫だったんだから、別に関係ないでしょ」
エリカが言うが、なるほど、確かにそうだな。クロが魔法を唱えてくれて、色々助けられたし。
「ああ、そうね」
ティーナは毒気を抜かれたようで、素直に同意した。
「じゃ、飯にするニャ」
「ええ。あ、それとユーイチ、大工の応募があったそうだから、明日、街へ一緒に行きましょう」
「分かった」
これで風車に取りかかれるな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、ティーナと俺の二人と、ケインら護衛の兵士も連れてロフォールの街に向かう。
領主の屋敷が街から少し離れた森の中にあるため、こういうときは勝手が悪いのだが、じゃあ引っ越すかと言うとそれも大変だからね。広い屋敷でないと、みんなが寝泊まりできないし。
街に到着し、冒険者ギルドの職員に聞くと、まだ今朝は大工が顔を見せていないという。電話が無いから面接も一苦労だな。
「じゃ、酒場の方にいるかも知れないし、行ってみましょう」
「ああ」
ポニーテールの赤髪の人族の若い女だそうだが、いた。
酒でも飲みつつ暇を潰してるかと思ったのだが、酒場の屋根に上がって、トンカチで板を打ち付けている。
紺色のタンクトップのシャツの上に、ポケットの付いた革の短い上着を羽織っていて、下は紺の厚手の布のズボン。
腰には太めの革ベルトでポシェットを付けている。あれに釘でも入れてるんだろう。
「よし、これでもう大丈夫だ」
「おう、助かったぜ、姉ちゃん。じゃ、駄賃だ」
はしごをささっと降りて受け取る赤髪の子。作業も慣れてる感じだな。
「あなたが、大工のヴァネッサね?」
ティーナが声を掛ける。
「ああ。ふうん、そう言うアンタは、ミスリルレイピアの白マント、ここの新しい領主か」
などと不遜に腕組みして言うヴァネッサ。ティーナよりやや背が高い。別に謙れとか、控えおろうとか言うつもりは無いけれど、こんなんで大丈夫かな。
「む」
護衛のケインや兵士がむっとしたが、文句までは言わない。ティーナは基本、無礼講を好むし。
「ええ、そうだけど、貴族の中にはそれで怒る人もいるから、言葉遣い、少し気を付けた方が良いわよ」
ティーナも心配したか言う。
「はっ、攻め込んできた奴らに、ご丁寧な口が利けるかってんだ。この話、無かったことにしてくれ」
ううん、ヴァネッサ、君は何しにここに来たんだと。ああ、スレイダーン気質としては、敵の親玉に文句の一つも言ってやりたかったって事か。
酷い目に遭わされたらどうするつもりなんだろう。
「ちょっと。私がミッドランドかどうかに関係なく、雇い主に横柄な口の利き方じゃ仕事ももらえないわよ。それと、あなたを雇うのはセルン村の村長、元はスレイダーンの人間だから」
そう言えば、俺はスレイダーンの農夫の子ってことになってるよね。うん、そういう事にしておく。
「なに?」
回れ右して立ち去ろうとしたヴァネッサが足を止めた。
風車も作りたいところだし、ここは説得するに限るな。
前に出て言う。
「ヴァネッサさん、セルン村は今、大工が一人もいなくて困っています。スレイダーンの村人達が大工も手配してくれない悪逆な領主に虐げられているというのに、おお嘆かわしい、威勢は良いが自分のことしか考えない人でしたか」
「何だと!」
「ちょっと、ユーイチ」
ティーナが怪訝な顔をしてくるが、ここはミッドランドへの反感を利用させてもらおう。普通に説得したんじゃ、絶対、ミッドランドの犬めとか思って、相手にされないだろうしね。
パーティーチャットの呪文でティーナには話を合わせてもらうよう頼んでおく。
『ここは俺に任せておいてくれ』
『えぇ? 上手く行けば良いけどね。私が恨まれるんだけど…』
『領主とセルンの村人ってそんなに接点は無いだろ。会うことは無いんだから、いいじゃないか。いずれ機会を見て、こんなに素晴らしい領主なんですよって、後でみっちりしっかりプロパガンダしておくからさ』
『いやいや、そういうの要らないから、普通に紹介して欲しいんだけど』
『わかったよ。じゃ、普通にね。でも今は駄目元でさ。こうでも言って引き留めないと、それまでだよ?』
『仕方ないわね。じゃあ…』
「ユーイチ、だからこうして大工を募集してあげたじゃない。でも、大工のほうが来たくないと言うのだから仕方ないわね。今の口の利き方で私は腹を立てたから、もう募集はしてあげません」
ティーナが腕組みして言う。もうちょっと、悪逆で高圧的な喋りをして欲しいのだが、まあいいか。
「おい、それはおかしいだろう。アタシが断るのは別にコイツのせいじゃないだろうが」
「そうだけど…む、とにかく領主がダメと言ったらダメだもの」
「なっ。クソ貴族め…」
ヴァネッサは握り拳を作って睨み付けたが、それ以上のことはできない。
「ヴァネッサさん、怒りは静めて下さい。ここであなたが手を振るうような事があれば、セルン村の人がどんな目に遭わされるか…」
「ええ? ちょっとそんな事は私もしないっての」
自分の道徳観が曲げられないのか、すぐに否定しちゃうティーナ。
「そう言って、以前、約束を違え、Uさんを失意のドン底に叩き落としましたよね、子爵様。おとぱの付く話で」
おっぱい。
「む、まだ根に持ってるんだ。ドン底って…。あれは、まあ、いずれは…ね」
必然、歯切れが悪くなり、目をそらすティーナ。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
乗ってきましたよ!
「だ、ダメよ! ユーイチ、その話は禁止だから。他の村人に話してるんじゃ無いでしょうね?」
「いえ、そんなことは。それより、ヴァネッサさん、セルン村の村長としてお願い致します。どうか、村人達のために、一肌脱いで頂けないでしょうか。村はあなたを必要としているんです。先日も大工がいないばかりに、何人も病気で死にかけ、挙げ句に毒キノコ騒ぎで村の少女が死にかけたばかり」
「むっ、毒? どういうことだ!」
直情的なヴァネッサは、なんかティーナと似てるよね。これは普通に話したら馬が合うかも。
「ちょっと、話を盛りすぎでしょ。思い切り勘違いしてるじゃない。言っておくけど、それ、私の責任じゃ無いから。強いて言うなら、注意事項の指導を怠ったあなたと、不注意なベリルが悪いんだから」
「はっ! 他人のせいか、お前ら貴族はいっつもそうだ」
「ええ?」
「まあまあ、ヴァネッサさん、ここはなにとぞ、抑えて下さい。ティーナ様はお気が短いですから。私も何度もレイピアを突きつけられ、正座させられたのも一度や二度ではないのです」
「それ、あなたが全面的に悪かったわよね?」
「ユーイチ様、さすがにそれは…」
ケインも事情を察してか、止めに入る。だが、もう一押しだから。
「どうか、ヴァネッサさん、どうか」
泣きそうな顔で上目遣い。
「くっ! 分かった! セルン村の大工をやってやろうじゃねえか」
「ありがとうございます! じゃ、細かい条件の方は村に着いてからということで。宿のチェックアウトと、お荷物持ってきて下さい」
「分かった。ちょっと待ってろ。すぐに戻る」
ヴァネッサが走って行く。
「知らないわよ? 後でなんか言われても」
「それは覚悟の上だし。風車さえ作ってくれれば、後は別のを募集してもいいし」
使い捨てというわけじゃ無いが、大工はどこでも食って行けるだろ。必要なときに必要なだけの人材がいれば良い。
「む、ユーイチ、それは領主として私が許さないわよ。人を雇い入れると言うことは、家臣に加えるようなものだから、最後まできちんと責任を持って面倒を見てあげないと」
むむ、ティーナ・カンパニーでは、リストラは難しいようです。
まあ、いちいち面接するのも面倒だし、俺の好みの性格の女の子が出てくるまでガチャしまくるというのも職権濫用だろうしな。
「分かった。でも、それなら、もうちょっと慎重に面接すべきだったなあ…」
今更である。
「まあ、少し扱いにくいと思うけど、私は気に入ったわよ、あの子」
「へえ。まあ、馬は合いそうだと思ったんだ。性格が似てるし」
「ええ? 似てるかしら」
眉をひそめるティーナに対し、俺とケインと兵士たちは、うんうんと頷く。
特に無鉄砲さが似てるよね。あと、真っ直ぐな性格。
宿をチェックアウトし、着替えや大工道具一式を持ってきたヴァネッサは、ロドルの荷台に荷物を載せており、結構な量だ。
「荷物、多いのね」
「当然だ。大工は道具が無きゃ何にもできねえぞ?」
ヴァネッサが言い返す。
「そう。別に咎めたわけじゃ無いんだけど…」
「ふん。じゃ、セルン村に案内してくれ、村長」
「分かりました。では、領主様、また後で」
「ええ…ふう」
ため息交じりに返事をしたティーナがちょっと可哀想になったが、ま、嫌われるタイプじゃないからね。
すぐに仲良くなるだろう。




