第四話 ハンバーグで料理長を泣かせる
2016/11/23 若干修正。
俺が食べたかった唐揚げをセルン村の名物にしてやろう。
そんなちょっとした思いつきだったのだけれど。
唐揚げの試作品、みんなには評判が良かったが、ティーナお抱えのシェフ、ガイウスはなんだか手強そうだ。
まあ、料理対決してるわけじゃないから。
日本の店で出てくるような唐揚げなら文句の付けようが無いと思うが、俺の手作りだと、カリッと感が少ない。
「冷めると、味も落ちるしなぁ」
ティーナは冷めた品で美味しいと言ってくれたが、料理長がメニューを変更するほどとは思えない。
ティーナの屋敷の料理、かなり美味いし。
セバスチャンかメリッサが作っているのかと思ったが、専門の人がいた。名門の家だから、執事やメイドが片手間でやることでもないか。
昨日は布に包んで持って行ったが、衣が剥がれてしまうので今回は石のバスケットを作り、ケインに運んでもらった。別に木製でもいいのだが、ストーンウォールの方が簡単になってきた。
それに、ファイアーウォールで器ごと温められる。
でも、直前でそうしたら、熱くて運べなくなってしまった。仕方ないので、ガイウスには皿とフォークを持って外に出てきてもらう。
「では、拝見します」
ガイウスはナイフとフォークで器用にバスケットから唐揚げを取りだして自分の皿に載せた。他の二人の若手料理人にも分ける。
「良い香りがしますね。テルペかな」
「うん、テルペだな。それに、麦粉が掛かっている。うん、これは美味い! 良い焼き加減だ」
若手料理人が香りを嗅いですぐに手を付けたが、ガイウスはじーっと皿の上の唐揚げを見てるし。
「ガイウス、約束よ。食べなさい」
そう言ったティーナにガイウスは何も言わず、片手で制した。ちょっと黙ってろ、と言う感じ。食べないと言うよりは、観察してるよね。
ティーナもそれが分かったか、黙り込む。
皿をゆっくりと回し、フォークでつついてひっくり返し、いや、毒や針は入ってないけどね?
「ぬう…これは、どこを下にして焼かれたのですか」
俺を睨むガイウス。ああ、この世界には揚げ物は無いんだな。
これは、インパクトあるかもね。本職が作ればだけど。
唐揚げや天ぷらの歴史って結構古いはずだが、油が貴重なんだろうか。
「それは、大量の油で漬け込むようにして火を通し、焼くのでは無く、揚げてるんですよ」
「えっ?」
「へえ」
「むう、しかし、それでは油が強くなりすぎると思いますが…」
「実際に調理してもらえば分かると思いますよ」
「お前達は準備しろ」
「分かりました!」
二人の若手料理人が厨房へ走って行く。ガイウスはようやくフォークを突き刺し、だが、その突き刺した感覚も確かめている。
ティーナが黙ってはいるが、もどかしいのか、さっさと食いなさいよ、と言う風に、ていっ、ていっ、と、フォークを突き刺す真似。
ナイフで唐揚げ肉を二つに切って、これでもかと観察するガイウスは、うん、タダもんじゃないわ、この人。
ようやく観察が終わり、手で香りを寄せて鼻で嗅ぎ、口に入れてゆっくり咀嚼。
緊張の一瞬。
ゴクン、と飲み込んでから、俺をギロッと睨み、怒鳴られるのかと思ったら、スッと片膝を突いた。ああ、この人、騎士階級だったんだな。
「申し訳ござらん。非礼はお詫びします。なにとぞ、この揚げるという料理法を教えて頂きたく」
「頭を上げて下さい、ガイウスさん、最初からそのつもりですから」
俺も美味いもん食いたいだけだし、この屋敷でたくさん食べさせてもらってるし。
「おお、ありがたい。では、さっそく参りましょう」
晴れて厨房に入れてもらい、おお、スゲえな。竃が五つも並んでるよ。
「これでよろしいでしょうか?」
若手料理人が聞いてくるが、一番左の竃に鍋が載せられ、油が入っていた。まあ、鍋でも問題無いはず。
大きなテーブルの上には木のボウルと麦粉、それにモモ肉が一口サイズに切ってあり、教えなくてもこの人達ならやれそうだね。
「はい。では、まず、唐揚げ粉から作ります」
塩とテルペの実をすり潰した粉を入れ、ここは適当なので変えても良いと伝えておく。
次に肉を包丁の背で叩いたが、声は上がらなかったので普通にこちらでもやっているようだ。
「衣をまぶします」
「コロモ?」
「ああ、揚げ物の粉のことを衣と言います。肉に服を着せるようにって意味のはずです」
「おお」
「まんべんなく付け終えたら、火を入れて下さい」
「火だ!」
「はい!」
竃に普通に火を入れ、待つ。
「じゃ、そろそろかな。油が跳ねるので、入れるときには注意して下さい」
注意事項を教えて、おっかなびっくり投入。
「む、火が弱いな」
「強くしろ!」
「はい!」
若手料理人がガンガン薪を入れ始めるので、途中でストップさせる。
「火が油に移ったら、火事になりますので、気を付けて下さい」
「気を付けんか、バカもん!」
「す、済みません!」
いや、理不尽でしょ。まあいいけど。
少し待って、パチパチ言い始めたので、全部投入していく。
「ふむ、強火か」
「火の加減は僕もよく分かっていないので、適当に調節して下さい。焦げずに中まで火が通ったら、それでオーケーです」
箸が無かったので、フォークを二本使って取りだし、皿に移す。あれだな、おたまの網のヤツが欲しいな。あとでミミに作ってもらおう。
「ここで、油は邪魔なのでよく切っておきます。後は食べるだけなので、どうぞ。ああ、火傷に気を付けて」
「うむ! 焦げ目も無く、良く火が通っている。食感も良いな」
「さっきのより、美味い! なるほど、出来立てがいいのか…」
冷めても美味しい料理の部類だけど、やっぱり出来立てが一番だ。
「火は、消しておきましょう」
揚げ物で一番大事なところだな。薪をつつく。
「ああ、やります」
若手が代わってくれ、火かき棒で薪を出して、火を消す。
「ふふ。じゃ、後はよろしくね、ガイウス」
ティーナがにっこり言う。
「ははっ! 必ずやお褒めの言葉を頂ける料理をお出しします」
「ええ、期待してるわ」
ティーナはもう大丈夫だと思ったか、先に厨房を出て行った。
俺ももういいか。この人達なら上手くやるだろう。
「じゃ、何か質問があれば…」
最後に質問を受け付けて、終わりにしようと思った。
「ユーイチ様! この方法は他にも品があるのでは?」
食いつき良いな。
「ええ。後は天ぷらですね。野菜や芋やエビを適当に切って、卵に溶いた衣で揚げます」
「むっ! 卵か!」
「へえ。違う感じになりそうだな」
これも百聞は一見にしかず、実際に作って見せることにする。
でも、俺、母さんの手伝いでやったことはあっても、一人で全部は無いなあ。
簡単そうな玉葱とジャガイモ、あと持っていた紫の毒消し草を紫蘇の代わりにやってみることにする。
「天ぷらの具材は、色々出来ると思いますが、水っぽいモノはダメです。油が跳ねまくると思います」
注意事項を教え、実際に作っていく。まあ、若手にやらせて、口だけで指示していくので楽ちんだ。
さすが本職だけあって、手際が良いし。
「おお、これは」
「「美味い!」」
琴線に触れたようだ。玉葱と毒消し草は狙ったとおりになったが、ジャガイモは天ぷらじゃない方が美味しいね。
「ユーイチ様、他にも!」
「ええ? もうまた今度で」
「そこをどうか!」
仕方ないなあ。
「他には、エビフライかなあ。エビが無いけど」
「川エビなら、街に行けばあるかも知れません」
川エビ? それってザリガニじゃないのかな。
「それ、味や匂いは海と比べてどうなんですか」
「泥臭いな」
「値段も落ちますね」
「じゃあ、止めておいて下さい。海エビが良いんです」
近場に海が無いこの地域では、残念ながらエビは食えない。魚は、干し魚や油漬けで市場に出回ってるけどね。さすがに、刺身も無い。
一応エビフライの調理法も教えたが、パンを砕いて衣にするという点が、料理人達に衝撃を与えたようだ。
「そんな奇抜な方法が!」
「なんという技法…」
「ぬう、よもやパンにそんな使い方があろうとは」
まあ、発明した人は、偉いよね。俺じゃ無いけど。
「そのパン粉というモノを使った料理は他に何が」
「え? ああ、とんかつがあるなあ。豚肉のステーキ用の肉を、エビフライと同じ要領で揚げるんです」
ソースが肝だと思うので、作ってもらっても惜しい感じにしかならないだろうけど。
いや、カツ丼があったな。カツドゥーンが。
「他には!」
「いや、他は…何かあったかな。ああ、ハンバーグもパン粉を使うんですが、衣じゃ無くて肉に直接混ぜます」
「肉に!? いったい、どのように…」
料理人達が怪訝な顔になるが、ミンチが分からないと、そうだろうな。
「ええと、ミンチの作り方は…ああ、肉を潰すくらい細かく切って、そこにパン粉と卵を入れて―――」
「是非、実演を」
「肉ならありますよ!」
「作りましょう!」
はいはい、分かったよ。
まず、牛肉を細かく切ってもらい、すり潰す。
ハンバーグって牛だっけ、豚だっけ、鳥だっけ?
おお? 分かんねえや。まあいい。色々、後は料理人達で極めてもらおう。
みじん切りにした玉葱を予めさっと火を通してもらう。生でも良いはずだが、あれだとちょっと固すぎるのよね。
それらをボウルに入れて、パンを砕いて粉状にしたモノを加える。普段は固くて微妙なこちらの世界のパンだが、パン粉では大活躍しそうな予感。
さらに卵を加えてこねてもらう。こねるの結構、力仕事で大変だからね。俺はやらないよ。パン作りで大変さは知ってるし。
それに塩胡椒で味を付け、ついでに、料理人達に合いそうなハーブを選んでもらい、数種、加えた。香りが良いんだよな。
山椒っぽいのと、バジルっぽいの。
これは揚げずに焼くので、タネを小さく薄めにする。中が生っぽくなったり焦げたりするのは嫌だしね。
焼き色を見つつ、ひっくり返す。本職はフライ返しをスッと軽く入れてフライパンを器用に素早く動かし上手にひっくり返した。
この感じだと多分、フライ返しが無くてもこいつらはひっくり返せるね。あれは見てて真似したくなるけど、食べ物が床に落ちたら悲惨だし。
フライパンはこの世界でも普及している様子。だが、名前は「焼き鍋」「浅鍋」と言うらしい。フライ返しは「ヘラ」 おう…。
「それでできあがりです」
「よし、試食だ!」
三人がワクテカしながらナイフとフォークで切り分けて口に放り込む。
「………」
あれ? マズかった? まあ、ソースがあった方が…。
「なんと言うことだ……」
「肉が軟らかい!!」
「これは本当に焼いた肉料理なんだろうか? 信じられない…」
なるほど、食感が未知の体験でございましたか。煮込み料理ならもっと柔らかくなるだろうけど、ステーキと比べると段違いだものね。
「ぬ、ぬう、ぬううううううっ!」
唐突に、料理長が唸り始めた。え? 食あたり?
すぐに分析の呪文を使ってみるが、通常で、HPも減ってない。満タンだ。
「ワシはっ! ワシはっ! くうっ! こんな料理法も知らず、編み出せず、何が料理人か! 今まで何をしておった!」
「「料理長!」」
あ、ああ、感動したのね。びっくりしたよ。
「今まで、何を…」
涙を流す料理長。
いや、そんな深刻にならなくても…。ティーナの家でたくさん料理作ってたでしょ。美味しかったよ、俺の知らない料理もたくさんあったし。
「料理長、自分も驚きましたが、これからではありませんか! 一緒に作っていきましょう、ハンバーグを」
若手料理人が良いこと言った。別にハンバーグだけってわけじゃないだろうけどね。
「そうです! 料理長ならば、もっと凄いモノも」
「いや、今の今までこのような料理が作れなかったワシにはこの上などとても無理じゃ。お主らには時間があるが、ワシはラインシュバルトの伝統料理をどう再現するかにこだわるあまり、新しい挑戦を怠ってしまった。無念…!」
「「料理長っ!」」
まあ、後は若手に託して、適当にやって欲しいな。新しい挑戦が出来ないわけじゃ無いんだし。
「後はお前に任せる。テイラーの言っておった事が正しかったとは、まったく不明であった。こうしてはおれん、すぐに旅の支度をせねば」
いや、旅の支度って、え? 何をどうするの?
「料理長、旅に出られるのですか? ここの厨房はどうするのです!」
「そうですよ、料理長、エクセルロット侯爵に集大成の料理をお出しすると張り切っておられたではありませんか」
「むう、その件については、後でワシからローランに手紙を書いておく。あやつに手伝わせるのだ」
「しかしっ!」
「ええい、離せ! ワシは諸国を見て回らねばならんのだ!」
わあ。
「ガイウスさん、ちょっと待って下さい。それでは生きて戻れないかも知れませんよ」
俺も引き止める。
この世界の旅は、本当に命がけだからね。
「構いませぬ! 生きた屍となるより、料理人として死する覚悟。ユーイチ様には目を覚まさせて頂きました」
いや、待って待って、そんな悟りを開いたような澄み切った顔しないで!
俺たちが必死に説得したが、どうにもガイウスは旅に出ると言って聞かず、ティーナの許可を得るのが先だろうと臣下の在り方を説いたのだが。
「もう、どうしてくれるのよ、ユーイチ。暇を頂きたいって出奔しちゃったじゃないの」
「いや、君が止めてくれると思って」
「言うことを聞かせたくば斬って頂きたい、なんて言い出したらどうしようもないじゃない」
「えー」
アレだ、俺はささやかながらティーナの力になれれば良いなと思っただけなのだが、思い切り状況を悪化させてしまったようだ。
どうしましょ?




