第三話 唐揚げで接待
2016/9/30 若干修正。
『街道に関して強大な権限を持つ大貴族、エクセルロット侯爵令嬢を全力で歓待せよ!』
という指令をうちのお館様から頂いたので、俺は料理に打ち込むことにした。
決して、決して、
「派閥争いなんて馬鹿らしいし、それって領主のティーナの仕事よねぇ。アタシには関係ないしぃー?」
と、思って普段通りの生活を続けている訳では無いのだ。
だいたい、この村を見栄え良くって、土台、無理でしょ。
…ストーンウォールやゴーレム軍団で壮大な建造物、ピラミッドとかバベルの塔に挑戦できなくもないとは思うけど、そんな見栄だけの建造物に労働力をつぎ込むくらいなら、生活改善ですよ!
貴族の見栄のための公共工事なんてアホらしくてやってられるか。
長旅の疲れをお風呂で癒やして美味しい料理を食えば、大抵の人間はほっとすると思うし。
街道のルート選定の件については、現在有るルートの中で主要な街を結ぶルートを補強するだけにした。他に手は回らないし、森を切り開いたりなんて大変だろうからな。
あまり人通りの無い道を整備しても意味が無い。
で、我らがセルン村の目玉商品は唐揚げ!
にしたいと思う。
理由は、そんなに手間が掛からない、今ある設備で出来る、今後も入手しやすい材料であること、などだ。
ご当地で入手しにくいモノは、流通ルートが交通事情で厳しいこの世界においては無理だしね。
ま、俺の好物ってこともあるけどね。アツアツの唐揚げにレモンとマヨネーズをお好みでかけて、んー、美味しそう。
村長の権限を余すところなく使いまくって、この村の定番料理にしてやんよ!
ここの村人の味覚はチョロいしな。ぐふふ。
「と、言うわけで、今回は鶏の唐揚げに挑戦です!」
パンを使わないなら、何とか行けるだろ。
行けるよね?
「はい、頑張ります!」
アシスタントはいつも通りクロちゃん。俺の工房で二人で料理を作る。
「材料は普通の鶏のモモ肉、胸肉はパサパサするからダメです。クーボも禁止!」
「はい! 禁止です!」
今もクロが大事に大事にクーボの卵を背中に担いでるし、すこぶる不味いらしいからな。
「それから、菜種油、大麦粉、塩、テルペの実、蒸留酒を使います」
蒸留酒は消毒用としてもよく使うので、ストーンウォールの呪文で蒸留器を作っている。
街でも蒸留酒は売っているのだが、品切れの時が多かったので自作した。
蒸溜のやり方は、酒を温めていくと、水より沸点が低いアルコールから蒸発するので、その蒸気を『へ』の字に傾けたパイプに通し、パイプを水の中にくぐらせて冷やし、最後にパイプの先を瓶に入れるよう繋げばオーケーだ。
カレーに近い風味を持つテルペの実は、これまたストーンウォールで加工したすり鉢ですり潰してある。
テルペの実はあくまで隠し味程度に留める。
醤油が欲しいんだけど、売ってない。ラインシュバルトにも無いと言う。
大豆は売ってるし、この村でも育てているので、煮込んで塩漬けにしてみた。
今、工房の隅っこに寝かせてある状態だ。
多分、失敗すると思うが、やるだけはやってみないとな。
大豆は見せてもらったとき、小さいし丸い粒だったので、品種が違うのかと思ったが、煮込んだら水分を吸って俺の知ってるやや細長い大豆の形になった。
「では、唐揚げ粉から作りましょう。ボウルに麦粉、塩、テルペの粉を入れ、混ぜます」
手でいいや。どうせ肉を手づかみするし。もちろん、手は洗って消毒済みだ。
「次に、モモ肉を一口サイズに切り分けます。これを包丁の背で、叩く」
ドンドンドン。
「ユーイチ先生、叩くのはなぜですか?」
「その方が柔らかくなります。肉の繊維が切れるからですね」
「なるほど」
「次に、唐揚げ粉にまんべんなくまぶしていきます。粉は多めにすると良いでしょう。余るけど」
「はい」
「そしてフライパンに油を大量投入します」
ドボドボ。
「えっ! そんなに?」
「クロは揚げ物って見た事無いの?」
「ううん、いえ、料理をやってるところは見た事が無いのでよく分かりません」
「そうか、まあ食べてみればピンとくるかもね。フライパンを熱します。ゴーレム、オン!」
ゴーレムが加熱器の発電機のハンドルを回す。
しばらく、そのままでお待ち下さい。
「よし、そろそろかな。クロ、危ないから、離れてろ」
「は、はい」
ローブで顔をかばいつつ、肉を一個投入。
パチパチパチッと、揚げ物の音になった。ちょっと火力が大きすぎるな。
「ゴーレム、ダウン」
速度を落とさせて、火力調整。つまみで電流を調整すれば格好良いけど、その辺は開発出来てない。まあ、ゴーレムを遅くできるんだから、それでいいや。
続けて投入。
パチッ!
「あっつ!」
来ると思ったんだ。右手を狙われたか。
「だ、大丈夫ですか」
「ああ、平気だ。後はしっかり火を通して…。焼けたかな?」
箸で掴んで皿に載せ、肉を割ってみる。もうちょっとだな。
「よし、こんなもんだろう」
一度皿に移し、油を良く切って、別の皿に移す。キッチンペーパーが欲しいところだけど、紙類の開発まで手が回ってない。
紙は高値だし、村や領地の産業に出来ると思うが、それは料理や農業が一段落してからだろう。年貢がきちんと納められないと続かないし。
油も品質が悪いから、そっちを先になんとかしたい。酸化した油は健康に悪いからな。
それでは、試食。
パクッとな。
「あ、美味しいです! こういうのは初めて食べました」
ふむ、唐揚げはこの世界ではあまり広まっていない様子。まあ、大量の油が必要だしねえ。
「うーん、サクッとさせるには、どうすりゃ良いんだろうなあ」
市販の唐揚げ粉を買って来て家で作っても、こんな感じだったし、店売りには敵わぬのか。
「サクッとですか…」
ノックがあった。
「ケインです。よろしいでしょうか」
「いいぞ。どうした?」
「は、それが、貴族の方がお見えになっております」
「えっ! もう来ちゃったの?」
はえーよ。準備できてねーよ。
「いえ、エクセルロット侯爵ではありません。フランネル子爵だそうです」
ううん、どっちにしても面倒臭えなあ。
「分かった。すぐ行く。このことは、ティーナは?」
「先に屋敷に寄られたそうなので、ご存じかと」
それなら足止めして先に俺に連絡くらい、寄越せば良かろうに。ああ、その必要が無い、つまり、ラインシュバルト派閥の貴族か。
多分そうだ。
それでも、貴族は貴族、応対せねばなるまい。
工房を出て、村の入り口に向かうと、灰色の服の貴族の男が笑顔で片手を上げた。
「ユーイチ殿!」
ああ、まるで旧友と再会したみたいなイイ笑顔してるが、初対面でしょ。
確実にうちの派閥の人だな。
向こうから駆け寄ってきた。
「やあ、ようやく会えましたな。お初にお目に掛かる、私はアーク=フォン=フランネル子爵と申します」
灰色の髪のおかっぱ頭。王宮でも見かけたが、この髪型が貴族では流行ってるのかな。俺は真似したくないけど。
三十代というところか。
「初めまして。ロフォール家家臣、ユーイチです」
握手。
「しかし、あちこちにこれだけのゴーレムを呼び出すとは、さすがティーナ様がお認めになった錬金術師ですな! 驚きましたぞ!」
テンション、高えな。
「お褒め頂き、ありがとうございます。実を言うと、もう一人の家臣、ミオに教えてもらったんですけどね」
「ほお、何人も魔術士をお抱えか。確か、エルフの方でしたかな?」
「いえ、それはエリカで、ミオとは別の魔術士で」
「おお、これは失敬。や、三人もいるとは羨ましい限り」
クロもいるから四人だけど、それより、目的を聞かないとな。タダの挨拶かもしれんが。
「それで、フランネル様、ここにはどのようなご用で?」
「いやいや、フランネル様などと、ユーイチ殿、貴殿は名門ラインシュバルト家の出世頭ティーナ様の直臣、となれば、下っ端の私など、アークと気軽に呼び捨ててもらって結構!」
いや、ねえだろ。俺も貴族のしきたりはよく分かってないが、てめーがゴマをすりまくってるのは分かるぜッ! アーク!
アンタの後ろの護衛騎士が呆れた顔してるぞ。
「いえいえ、お戯れをフランネル様。子爵と言えば、うちのお館様と同格ではありませんか」
「おっと、いやいや、同じ子爵と言っても、血筋がモノを言いますぞ。ピンキリの子爵を一緒にされては、ま、これも何かの縁、是非ともよしなに」
血筋をあれこれ言い出すと俺が奴隷上がりで気を悪くすると思ったか、反論を途中で止めて、縁を持ち出してくるフランネル。
「分かりました」
俺にゴマをすられても意味ないんだけどね。
「末永く頼みますぞ。ところで、お忙しいので無ければ、茶でも一杯頂けまいか」
「ああ、失礼しました。では、こちらに。ケイン、お付きの方々の世話は頼んだ」
「はっ!」
この辺の礼儀は、セバスチャンに習ったからな。
と言っても、俺の工房に案内するしか無い。ネルロの家は土間だし、アイツ、整理整頓が出来ないタイプだから、散乱してるし。応接間、必要だわ…。
「申し訳ありません、フランネル様、生憎と、貴族を招けるような上等な部屋が無いもので。私の工房ですが」
「ほう、錬金術師の工房とは興味深い。しかも、しっかりした石造りで、むむ、継ぎ目が無い…?」
「魔術で建てたものですから」
「ほおー」
「まあ、それでよろしければ中にどうぞ」
「いや、もちろん、手紙も無しで押しかけたのだ、馬小屋でも文句は言わんよ」
いや、貴族を馬小屋に押し込んだら、色々と怒られるっての。ってか、まさかコイツ、泊まっていく気か?
「クロ、フランネル様にお茶を用意してくれ」
「あ、はい」
「おや、そちらの高貴な御方は?」
「いえ、クローディアは平民、ティーナ様の冒険仲間で私の手伝いをしてもらっています」
クリスタニアの王族という話は伏せとかないとな。
「そうですか。いやあ、それにしても美しいお嬢さんだ」
「い、いえ、どうも」
クロも緊張。
「フランネル様、それで、今夜はどちらにお泊まりですか」
話を逸らすためにも聞く。
「や、それが、是非ともユーイチ殿にご挨拶しておきたく、家を飛び出して参ったのだが、とんと無計画でしてな。さてさて、このままでは野宿でもせねばならんが…」
いや、街の宿があるだろ! そこでチラチラ意味ありげに俺を見るの止めろよ。
「では、ティーナ様の屋敷にお泊まり下さい。この近くでは一番まともですから」
「いやいや、ご令嬢の家に独身の私が泊まるわけには行きますまい。それに、少々、歩き疲れましてな…」
「そうですか、まあ、私も寝泊まりはティーナ様の屋敷なのですが」
「なんと、でしたら、私も泊めて頂きましょうかな。はっはっ」
ま、その方が良いと思うよ。一応、宿泊施設も作っとくかなあ。
「どうぞ」
クロがお茶を出す。
「おお、ありがたい。ところで、そこの良い匂いがしている肉料理は…お食事中でしたかな?」
「ああ、近々、エクセルロット侯爵がこちらにお見えになるそうで、そのための料理を試作しておりまして」
「ほほう試作ですか。では、一口、私も味見させてもらってもよろしいか」
「どうぞ」
「ふむ! これは少々変わったソテーですな。や、これは旨い。もう一つ! もう一つだけよろしいか」
「どうぞどうぞ」
どうせまた作る予定だし。
王族と子爵に好評なら、多分大丈夫だろう。まあ、あのゴージャスお嬢様、名門だし舌は肥えてそうだけど。
フランネル子爵に工房の道具を説明してやり、クロが背負っていたクーボの話をして、冒険の話をせがまれたので適当に話して聞かせてやった。
「ふう、ようやく追い返せた」
応接間の必要性を感じたので、石を掘り起こしてゴーレムに運ばせ、工房の隣に応接間と客間を作った。
ティーナの屋敷で応対してもらうのが基本となると思うが、これで急な来客でも落ち着いてお茶が出せる。
夕食には唐揚げを持って行って、ティーナやみんなにも食べてもらった。
「ん、美味しい。これは良いわね。アンジェも納得すると思うわ。そんなに褒めないとは思うけど」
ティーナがそう言うなら及第点だろう。後は作り方をこの屋敷のお抱えシェフに教えておけば、本職が上手くアレンジするだろうし。
ティーナもそんな考えで、屋敷の料理長、ガイウスに俺を紹介しようとしたのだが…。
「む、お嬢様、アンジェリーナ様にお出しする料理はこのガイウスにお任せ頂くというお話だったと思いますが」
壮年のガイウスは見るからに頑固そうな感じで、挨拶してもにこりともしない。
「ええ、もちろんそうよ。でも、ユーイチの作った料理も美味しいから、一品、加えてもらえないかしら」
「むう、お言葉ですが、料理には流れやテーマというものもございます。ラインシュバルトの伝統料理はアンジェリーナ様にもお褒め頂いた事があり、私も自信を持っております。お考え直しを」
「ううん、とにかく、一口、食べてもらえない? ユーイチ、ここで作れるかしら?」
「うーん、テルペの実と鶏のモモ肉があればね」
「ガイウス、ある?」
「ございますが、厨房は部外者を入れぬのがしきたりにございます」
しきたりを持ち出されたらどうにもならないね。多分、毒を入れたりと言うことを警戒してのことだろうけど。
「ユーイチは私の家臣だけど」
「ですが、日が浅い。なりません」
「む…。じゃ、いいわ。ユーイチ、明日また作ってきて。ガイウス、一口食べてもらうわよ」
「仕方ありませんな。ただし、料理としてアンジェリーナ様にお出しするかどうかは、料理長である私が決めさせて頂きたく」
「うーん」
「ティーナ、それでいいだろう。別に奇をてらう必要も無い」
「でも」
「ま、食べてもらって、その上でだよ」
「そうね」
2016/6/19 への字のガラスの冷却用器具は『レトルト』と呼ばれるみたいです。




