第二話 サンドイッチ
2016/11/23 若干修正。
クーボの卵は数日で孵るらしいが、クロは一日中背負ったままだ。
朝食にやってこないのでティーナと俺とリサで心配してクロの部屋を見に行くと、ローブのお腹に卵を入れて愛おしそうにナデナデしているクロがいた。
見ようによっては妊娠に見えたので、俺たちは一瞬、言葉に詰まったが。
「すみません、すぐ行きます。この卵、暖かいんですよ。生きてます」
「ふふ、そう。じゃ、ユーイチは部屋から出てて。結んであげるわ、クロ」
「あ、はい、お願いします」
重いし落っことさないか不安だったが、クロは慎重にしていて、大丈夫そうだ。
ティーナの屋敷を出て、いつも通りセルン村にのんびり向かう。
俺とクロとエリカの三人だ。
「木材、余ってるんだけど」
エリカが言う。ベッド作りや農機具作りは一段落したしなあ。大工さんが来てくれれば、風車とか取りかかれるんだが。
「そうか。じゃ、他の村で必要としてれば、運ぶかな。でも、今はそのまま置いといてくれれば良いよ」
「む、それじゃ雨が降ったら、腐るでしょ。屋根付きの木材置き場、作っておくわ」
「ああ頼んだ」
今日は趣向を変えて、サンドイッチを作ってみることにする。
最初は炒り卵。
フライパンに大さじ二杯の菜種油を敷いて、ボウル1でかき混ぜておいた普通の卵を流し込んで焼く。
ちなみにフライパンとボウルはミミに作ってもらった。完全な円形では無いが、実用としては充分だ。
卵に、黒砂糖と塩と麦粉をちょっと入れておく。バターも入れたいが、無いものは仕方ない。
中火で、フライパンを傾けて焼きながら箸でかき混ぜ、生っぽさが無くなりかけたギリギリの頃合いを見計らってボウル2に移して、できあがり。
ふあふあだ。
次は、ツナマヨ。
生卵の黄身とお酢と大豆油をボウルにぶちこんで、ひたすらかき混ぜる。
「うぉりゃあああ!」
うん、やっぱり上手く混ざらない。自分、素人ですから。
材料は間違ってないと思うんだけど、比率が悪いか、何かコツがあるんだろうな。
仕方ないので、必殺魔道具、求めの天秤にマヨネーズをイメージしてセットし、右の皿に器も予め置いておく。
成功。
淡い黄色のクリーム状のモノが皿に載った。
「クロ、これがマヨネーズだ」
「へえ」
「見た事無い?」
「いえ、卵焼きならあるんですけど…チーズやクリームみたいに見えますね」
「ちょっと味見してご覧」
「はい、では失礼して」
小さいスプーンで掬って食べるクロは上品だ。
「んっ! あ! これは美味しいです!」
「んー、そうだろう、そうだろう。マヨネーズはメタボや心筋梗塞を作る魔のコレステロールと脂肪の塊だからな」
たった大さじ三杯で、お茶碗一杯のご飯に匹敵する凶悪なカロリーだ。
「えっ、ど、毒?」
「いや、少量なら問題無いし、クロは太ってないから安全だ」
「そ、そうですか」
これを油漬けの魚と軽く混ぜ合わせて、できあがり。
油漬けの魚は街で普通に売っていた。壺入りだけど。ちょっとお高い140ゴールド。
そしてトマトとチーズとレタス。
この村にもトマトとレタスは普通に育てている家があるので、買い上げた。もっと作れと言っておいた。
それらを挟んで、サンドイッチのできあがり。
「じゃ、食べようか」
「はい!」
バターは塗ってないけど行けるはず、と思ったのが素人の浅はかさ。
「むう、パンが固い…これ違う…」
台無しでございました。
あと、キュウリが欲しいんだよなあ。塩を振ってバリバリ食べたい。ルキーノが帰ってきたら頼んでみるか。
「でも、美味しいです」
クロがニコニコと笑って食べてくれる。
あどけない美少女が幸せそうな笑顔を向けてくれると、もっと美味しい物を作ってやろうという気になるよね。
ただ、クロも王女様だったわけで、王宮ではもっと美味しい物を食べていたはずだ。
その辺もなんとかしてやりたいが…。
「ケイン様、お館様がユーイチ様をお呼びです」
工房の外で兵の声が聞こえ、ケインがノックして入ってきた。自分は警備ですから外で待機しますと言って生真面目な奴。
「失礼します、ユーイチ様、お館様が―――」
「ああ、聞こえた。すぐ行く。これ、ケインの分ね」
サンドイッチを渡す。
「ありがとうございます。ですが、今は食べている時間など」
「分かってる。食べながら行こう」
「え? はあ」
こちらの世界では立ち食いはあっても、あまり歩きながら食うってことは無いようだ。
行儀も悪いしね。だが、こういう急いでいるときの栄養補給には役立つ。
水筒の水を一口飲んで、固いサンドイッチをどうにか飲み込んでから、俺は馬にまたがった。
「じゃ、行ってくる」
「はい、お気を付けて」
呼び出しは俺だけのようなので、クロは村に置いていく。警備兵やエリカもいるし、問題無いだろう。まあ、こんなのどかな田舎の村だと、治安の心配も要らないんだけどな。
ケインを先行させて、俺も付いて行く。
「ケイン、もう少しゆっくり行こう。火急の用件じゃ無いんだろ?」
「はあ、ですが…いえ、分かりました」
急ぎなら急ぎだとはっきり言うだろう。
ただ、夕食には一緒になるはずの俺を呼び出したからには、何かあったんだろうな。
王宮関係か。
ヤダなあ。
ティーナの屋敷に到着し、馬を兵に預けて玄関から入ると、セバスチャンが待ち構えていた。
「お嬢様は執務室におられます」
どうせそうだろうと思ったけど、ま、邪魔しないならそれでいいよ。
二階の執務室に行き、ドアをノック。
「どうぞ」
中に入ったが、ティーナとリサ、それに家臣のリックスだけだった。
「それで、何があった?」
ティーナに問う。
この三人なら無礼講で良い。ティーナもそう言っている。さすがに他家の人間がいると、礼儀を尽くさないといけないけどね。
「これよ」
ティーナが執務の大きな机の向こうで座ったまま封筒を見せるので、手を伸ばして受け取る。
青い封印にバラの形。
封は開けられているので、俺も遠慮無く中の便箋を開く。
収穫祭の盛況ぶりや王宮での噂、お抱えの絵師の話など、長々と書いてあるので、眉をひそめながらも適当に読み飛ばす。
誰からの手紙だろうと思って、先に一番下を見たが、
あなたの永遠のライバルにして親友のアンジェリーナ=フォン=エクセルロットより。
と達筆でサインがしてあった。
あの、おーほっほっと笑う、金髪縦ドリルか。
署名の一行上を見ると、近々遊びに行きますわ、と書いてある。これか!
「アンジェがこっちに来るって?」
「そうよ。早いわね、読むの」
「いや、全部読んだわけじゃ無い。最後だけ見た」
「ま、それでもいいけど。どうでも良い自慢話だけだったし」
「ああ」
自慢話だったのか。文章も上手いし、まあ、そう言われるとさりげなさを装いつつ、お抱えの絵師の作品を絶賛してたり、婉曲な自分の領地の自慢か。
「アンジェが自ら乗り込んでくるとなると、問題は二つあるわ」
「ふむ?」
「一つは接待。彼女は正式な政務官の役職を持っているから、私は領主として視察に対する便宜を図らないといけないの。もう一つは街道の接続と整備のルートの選定。エクセルロット侯爵が商部として街道を任されているのはもう話したでしょ?」
「ああ。ミッドランド国の街道の責任者にして、国家予算の一部を与えられているんだよな」
現代日本の国土交通省。他にも大きな権限と予算を持っている大貴族。
逆らえば、街道を外されて納税すら困ることに…なんてなるのかな? そこまではしないだろうな。
王宮に上納する税を邪魔したら、王様や宰相に怒られるだろ。
「ええ。街道のルートは国王陛下やお父様もチェックを入れられるけど、基本的にエクセルロットが全部決めちゃうから、あそこに睨まれると王宮への納税用の街道すら迷路のようになって酷い目に遭うわ」
「ちょっ! それ国家に対する反逆みたいなものだろ?」
「そこをもっともらしい言い訳を付けてやっちゃうのがエクセルロットなのよ。もちろん、物言いが付いたら改善もするけど、街道は整備に時間がかかるから、その間の不便だけでも大打撃よ」
酷え貴族だな、おい…。
「それなら、もっと丁寧な対応をすべきだったんじゃないのか」
いくら幼なじみで親友と言えども、睨まれたらマズいだろうに。
「ん? ああ、別に私は親しいからああ言う態度になるだけで、アンジェもそこは気にしてないと思うわよ。むしろラインシュバルトは監査の権限を持ってるんだから、私に配慮しても良いくらいだわ。まったく!」
ティーナが言うが、それは公私混同だろう。
この世界の貴族における公私の分別ってどの程度かさっぱり不明だけど。騎士の公私の区別についてはセバスチャンやリックスに教わっている。
基本的に王宮や貴族に逆らったりしなければ大丈夫。後は全部アバウト。ルールははっきりしてる方が分かりやすいし、違反者も少なくなると思うんだがね。
「ですが、今回はロフォール子爵領ですからな。ラインシュバルト侯爵が物言いを付けるにしても、何らかの妨害工作が行われると思っておいた方がよろしいかと。エクセルロットにしてみればラインシュバルトの一派が領地を広げるのは面白くありますまい」
リックスが言うが、派閥争いなのね。そんな国内の足の引っ張り合いなんてしてる余裕、この国にあるのかね。村人や平民の暮らしは過酷だってのに…。
なんとかしたいが、一騎士でしかない俺には、どうにもならないか。せいぜいあのゴージャスなお嬢様に愛想良く対応して睨まれないようにしておかないと。
「うーん、それはあるでしょうね。ふう、いちいち家の争いなんて気にしなきゃいいのに」
ティーナがため息交じりに言う。
「エクセルロット家とラインシュバルト家って仲が悪いの?」
リサが聞く。
「いいえ、お互いの家のパーティーには出席するし、色々、特別な便宜も図ったりするから、良い方よ。ただし、大貴族ってね、どっちが子分を多く持つかで競っちゃうから、その辺は足を引っ張りまくりよ」
「意味がわかんないわよ」
「つまり…ええと…」
「つまりな、普段は仲が良いが、領地が広がったり、派閥が増えそうになると、妨害工作をやってくる、そういうことだよな?」
「ええ、その通りよ。うちは格下の子爵だから、確実にターゲットになると思った方が良さそうね」
「ええ? ティーナって侯爵の血筋なんでしょう?」
「そうだけど、嫡子でも無いから。うーん、アンジェに敬語、使わないとダメかなあ? どう思う?」
なんて俺たちに聞いてくるティーナ。知るかよ。わかんねえよ。
「そこは親しい間柄、他家の目の無いところでは、無礼講でよろしいのではあるまいか」
リックスが思案顔で言う。
「そうね。じゃ、向こうが怒らない限り、普通で話すとしましょう。ただし、配下のあなたたちは別よ。特にリサは平民だから、態度には注意して」
「分かってるわよ。リムやレーネは会わせないように、注意すべきね」
リサが二人の名前を挙げたが、あの二人は礼儀に問題がありそうだ。
「ええ。私の屋敷に出来るだけ釘付けにして、あとは街とユーイチの村を視察、それで追い返しましょ」
「待て! 何で俺の村をピックアップするんだ」
「そりゃあ、色々、面白いことをやってくれてる発祥の地だし、ふふ、ゴーレムが動き回って、あの脱穀装置もアンジェが見たら、何て言うかしら、フフフフフ」
ダメだコイツ、ライバル心に取り憑かれてやがる!
「ご愁傷様。きっちり対応しなさいよ、ユーイチ」
とリサが押しつけてくるが。
「ティーナ、真面目な話だが、ゴーレムも脱穀装置も伏せるべきだ」
「理由は?」
「アンジェはエクセルロット侯爵の名代として視察にくるんだろ? そして、ラインシュバルト一派と見られている俺たちは、足を引っ張られる立場、なんだよな?」
「ええ、そうよ」
「なら、目立たないようにして、取るに足らないド田舎を拝領したと思わせて同情を誘った方が…」
「ちょっ! 冗談じゃ無いわ! そんな事をしたらアンジェに一生、笑いものにされるでしょ!」
怒り出すティーナだが、街道を迷路にされて上納が遅れたらどうすんだよ。
「一生って事は無いだろうし、今回は我慢してくれ」
「はああ?」
「待て、ユーイチ。向こうに舐められるのはマズい。他の、ラインシュバルトに従っている貴族は日和見の者も多いのだ」
リックスが指摘したが、なるほど、派閥の力関係に影響するのか。見栄って面倒臭いな…。
「そうよ、うちの派閥が減ったらどうしてくれるのよ。お父様に叱られるだけじゃ済まなくなるわよ。いいでしょう、領主として命じます。アンジェが泡を吹くような素晴らしいモノを披露しなさい。いいわね? ユーイチ」
「は、畏まりましてございます…」
そんな理由、やる気、出ねぇわ。
「む、やる気の無い声ね」
「いいえ、任務の重大さに恐れおののいているだけでございます。それで、問題は二つあるんだっけ?」
「ええ。街道のルート、ロフォールの街と砦はもう行軍用にアーロン侯爵が整備してくれてるけど、村と村は小さな馬車が通るのがやっとでしょ? 道がでこぼこで悪いし。アンジェになんとか頼み込んで、村と村の道を良くしたいのよ。そうすれば、みんなとすぐに会えるし、ユーイチも通うのが楽になるわよ?」
「んー、まあそうだけど、俺は村に自分用のベッドも作ったし、料理がまともになってくれば、あっちで寝泊まりしようかと思ってるけど」
「ええ? それはダメよ」
「え? なんで?」
「なんでって…」
「アンタがあの村に引っ込んだら、私達となかなか会えなくなるでしょうが」
リサが咎めるように言う。
「ふふ、領主の館に顔を見せぬ家臣は不忠義者だぞ? ユーイチ」
リックスが軽く笑って言うが、まあ、そう言う理由か?
「そ、そうよ。私のパーティーなんだし、家臣なんだから、顔くらい見せなさい」
「別に毎日で無くたっていいだろうに…村長なんだし」
「ダメ。陛下から領地を与えられたけど、ロフォール領内の村長は私の任命権の範囲だから、そんな事言ってると解任しちゃうわよ?」
「な。それ、横暴臭いな…」
村長も面倒臭いし、どちらかと言えばやりたくないのだが、そんな理由で解任ってのも納得行かない。あと、ネルロに任せるのは激しく不安だ。
「む。悔しかったら、爵位をもらいなさい、ユーイチ」
なるほど、貴族なら、そう言う横暴も受けないか。
「そう簡単にもらえるとは思わないけど」
「それはそうだけど…ううん、ごめん、今のやりとりは無しで。少し頭に血が上ってしまったわ。ユーイチはよくやってくれてるし、解任はしないから。でも、時々は顔を見せてね?」
「そりゃ当然だよ。分かった、ロフォール子爵家の一員だしな。夕食はここで食べるとしよう」
「ありがとう」
ティーナが優しい笑顔になるが、別にお礼を言われるような事でも無いような。
「で、街道の選定の件は具体的にどうするつもりなの?」
リサが聞いた。




