第一話 クーボの卵
2016/6/25 リムの台詞を一言だけ修正。
村人が毒キノコを食べて死にかけた。
原因究明はもちろん必要だが、誰が悪いかと言うことより、再発防止策をきちっと、まとめなければならない。
危機管理とは、起こりうるあらゆる最悪の事態を想定して対応を考えておくものだ。
たとえそれがどんなに馬鹿馬鹿しいことでも、確率が低いことでも。特に過去に一度でも発生したことについては対応策と予防策のマニュアルを用意して然るべきだ。
為政者は一般人と違い、結果責任が問われる。
権限の大きさと責任の大きさは等価であるがゆえに。
今回の事件で最大の要因は、毒キノコの危険性を理解できていない人材を、現場に監視無しで投入してしまったことだろう。
他にも色々と要因はあるが、俺は村長として、そのように考えた。
なら、再発防止の策としては、まず村人全員に毒キノコの危険性を理解させねばならない。
明日は別の村人が誤って毒キノコを食べました、では笑い話にもならない。
俺は村人を全員集めて緊急集会を行い、事件のあらましを詳しく説明した上で、当面、キノコ採りは禁止とした。
将来的には資格制度にして、試験を通じてキノコ採りをする人間を選別すれば良いと思うが、勝手に採ったらダメというのは分からせないといけない。
ベリルも、しおらしく真面目に頭を下げてみんなに謝っていたが、相当懲りた様子で、あれなら二度と同じ失敗は繰り返すまい。
ま、これで一件落着で良いだろう。
「大変だったわね。でも、助かって良かったわ」
ティーナも笑顔でそう言っていたし。
一方で村の食糧事情の改善も急務だ。
ほとんどの村人が痩せこけていて、食い意地が張っている。
ネルロのように体格に恵まれた筋肉質は少数派で、太った奴は一人もいない。
猫の実のようなボリュームのある木の実が栽培できれば良いのだが、まだ実験段階で、芽も出ていない。
幸い、今年は国王の配慮で無税となっているので、その分、小麦粉をふんだんに使って、パンはいくらでも作れるし。
もし足りなくなるようなら、俺のポケットマネーで、パンを買い入れれば良い。なにせ所持金は五百万ゴールドもあるからね。
パンは二つや三つで一ゴールドとか、安いのはそんな感じだからな。
ただし、不味い!
俺とクロが作るパンは、そこそこの手作りパンになっているが、俺が求めるレベルにはまだまだだ。
牛乳、バター、イースト菌、この三つをどうにかしたい。
農機具の製作は一段落したので、あとは村人達に脱穀作業を頑張ってもらい、俺とクロはパン作りに励んでいる。
村のパン屋さんだ。
「俺は今、猛烈に旨いパンが食いたいんじゃー!!!」
工房の真ん中で、俺はパンへの渇望を叫ぶ。溜まりに溜まったストレスを爆発させる。
「は、はい」
おっと、クロをビビらせてしまった。
「悪かった、急に怒鳴って」
「いえ、私も、美味しいパンは食べたいですから」
うん。クロだってクリスタニア王国では王族として美味しいパンを食べていただろうしな。そこは同じ想いがあるだろう。
よし、クロのためにもここは一つ本気を出すか。
材料の分量や焼き時間を色々試行錯誤して、美味しいパンを目指す。
「んー、柔らかくはならんか…」
卵を多めにしてみたが、思ったように行かない。卵の味が強くなり、外側はカチカチ、中はむにゅっとして、失敗だ。
だが、卵が少ないとパサパサになるし…。
「そうですね…」
クロも小さなお口でモキュモキュ食べつつ、考え込む。
逆に、かりっとサクサクのクッキーってどうやって作るのか…。
俺はお菓子作りなんてほとんどやったことが無いので、知識はゼロ。
そう言えば、小麦粉って薄力粉やら強力粉やらあったよね?
何で力が変わるのかと不思議に思っていたが、ネットで調べるという基本を怠ってしまった。
迂闊!
「小麦粉の種類…ハッ! 求めの天秤を使えば、行けるか?」
さっそく、分析も使って、小麦の粒から調べてみたが、この村で収穫されているのはライ麦だった。
そう言えば、ラインシュバルトのお城でレクチャーを受けたときに、ロフォールの収穫量で、ライ麦と大麦って言ってたなあ。
品種が違うから、ダメだったのね。
もっと早く気づこうよ、俺。
でも、それなら、今あるライ麦はライ麦で美味しくなるよう頑張るとして、これから植えるのを小麦に変えてもらえば、半年後には美味しいパンが食えるのでは?
そう思って村の長老、ジーナおババ様にお伺いを立ててみたのだが…。
「ダメじゃ。小麦は大麦よりも量が減る。収穫も遅くなる」
「むう、収穫の方は少しの遅れなら、脱穀装置でなんとか…」
「それで間に合わなんだら、年貢が納められんかった責任として、お前さんの首が飛ぶかもしれんぞえ」
「うえ、止めておきましょうか」
「それがええ。お前さんが泥人形で自分の畑を作るなら、好きにすればええが」
「はあ、じゃあ、試験的に開墾してみようかな」
ピラミッドで小麦を手に入れていたし、後でミネアに聞いてみよう。
そう思ったのだが。
「あー、ごめんなあ。うちも小麦、育ててみよう思うて、全部、蒔いてもうたわ」
「おう、そうか」
「掘り起こして持って行く? ちょっとしかあらへんけど」
「いや、それなら、買って来た方が早いから」
街で籾殻が付いた小麦を買い、丹念に一粒一粒分析して、傷が付いていないのを選び出す。耐久値がマックスの。
さすが中世の田舎の品だけあって、大麦やカラスムギが混ざってたりする。日本なら回収対象でしょ。
だが、熟練度が上がったおかげで、小麦の質まで分析できるようになった。
その中で最良の粒だけを抜き取り、後は必殺魔道具、求めの天秤様にセットして、釣り合う小麦を倍々ゲームで引き寄せて完了。
両手にひとつかみ、二百五十粒程度だが、最良の小麦の種籾を手に入れる事に成功した。
これを畑の一角を借りて撒いておく。
最初は開墾してやろうと思ったのだが、ネルロが、
「開墾してすぐの畑は上手く育たねえぞ?」
と言うので、俺の畑を他から貸りることにした。
そして肥料。
詳しくは知らないが、石灰を撒けば良いと言うのは俺もアニメを見て知っている。
あと、糞尿ね。こっちは村人も知っていて、藁と混ぜて少し寝かせておいてから撒くそうだ。
これで無双できちゃうぜー!
でも、どれくらいの量を撒けば良いのかがよく分からないので、石灰は畑を四等分して、左下の隅っこは多めに、右下の隅っこは普通に、上半分は何も撒かないで様子を見ることにする。
村人達が何やってんのコイツという顔をしていたが、ククク、収穫が楽しみだぜー。
俺様の無双畑を作った翌日、リムが工房に顔を出した。
「これ! 焼いて欲しいニャー」
そう言うなり四十センチはあろうかという大きな卵を見せてくる。
また卵かよ。
勘弁してくれよ。
アクア一匹で食いまくるから、俺も木の実集めで忙しいんだぞ?
食べるにしても、これだけ大きいと、気色悪くて。どうせ大味だろうしなあ。
一応、分析。
【名称】 クーボの卵らしきモノ
【種別】 卵
【材質】 卵?
【耐久】 50 / 50
【重量】 18
【総合評価】 DD?
【解説】 普通のクーボから産まれた卵。
クーボはほとんど飛べない大形の鳥で、
地上を時速50キロ程度で走ることが可能。
多少気性が荒いが、人間に懐くため、
馬やロドルと同じように扱われる。
雑食で成体になるまでが早い。
卵は数年に一度しか産まない。
味はすこぶる悪く食用には適さない。
うえ、アナライザーさんが戸惑ってるし。
こんなことは初めてだ。
でも、リムが持ってきたので、その時点でもう嫌な予感しかしねぇ…。
「リム、クーボは凄く不味いらしいぞ。買ったんなら返してこい」
「エー? でも、一度は挑戦してみたいニャ」
気持ちは分かるが、コイツに金を持たせるとろくなことにならねえな。
「いくらで買ったんだ?」
「大銅貨五枚ニャ」
「安いな」
「うん。食べられるなら、探しまくって買いまくるニャ! 卵焼きもパンもたくさん出来るニャー」
「止めとけ。持ってきても俺は作ってやらんぞ」
「エー?」
「あの、リム様」
「ニャ、クロ、呼び捨てで良いって言ってるニャ。様なんて呼ばれるとこそばゆくて仕方ないニャ」
「ああ、はい…それで、その卵、私に譲ってもらえないでしょうか?」
「ニャ? 独り占めして食うのかニャ?」
「いえ、食べません。育ててみようかと…」
そう言って、クロがおずおずと俺の顔を見る。
アクアがミミに懐いてるから、羨ましいんだろうな。クロにも結構懐いてると思うんだけど。
あと、猫の実を拾ってくる俺にはミミと同じくらい懐いている。キュッキュッて、もう可愛いのよね!
…オホン。
「ダメだ。クーボなんて…」
まあ、馬代わりになるなら、村に一羽いてもいいんだけどな。そんなに増えないみたいだし。
ただ、エサの量が…不安だ。
「でも、村の役に立つと思います」
む、クロが俺に従わないのは珍しいな。
まあ、村の役に立つならいいよね?
「ちゃんと面倒、見れるのか?」
「はい! 見ます! 猫の実も私が採ってきます」
良い目をしている。
「よし、ならいいだろう」
許可。
「ありがとうございます」
「ニャニャ、食べられないあたしはどうなるニャー!」
「ああ、リムさん、それなら、このパンを代わりに」
クロが焼きたてのパンを差し出す。
「ム。まあ、それなら良いニャ。クーボの卵はまた今度にするニャ」
まだ諦めてねえのかよ。ま、俺のところに持って来ないなら、好きにしろ。
「お、そうだ、セバスチャンに調理してもらえ」
「分かったニャ!」
ふっふっふっ。セバスチャンがどう対応するか、見物だぜ。
騒がしいリムが帰った後、クロが重い卵を抱くのに苦労していたので、持ってやってひとまずテーブルの上に置く。
「これ、抱いて暖めればいいんですよね?」
「うーん、俺もよく知らないが、まあ、そうだろうな。ミミの工房に置いといても良さそうだが」
「いえ、私が育てます」
「ふむ。じゃあ、殻を水拭きして綺麗にしてからな」
「はい」
本当は水拭きなんてしちゃダメだと思うんだけど、クロが汚れたり、変な病気になっても困るし。
消毒用に置いている蒸留酒も使って、綺麗に磨き上げさせた。
「綺麗になりましたね!」
「そうだな。妙にテカテカしてるが…」
気のせいか、内側から光ってるような…。
これ、普通のクーボから産まれてきたんだよね? じゃあ、多分、大丈夫だと思いたい……。
「おう、パンをもらいに来たぜ」
ネルロがやってきた。
「ああ。じゃ、そこの全部、持って行って良いぞ」
「へっへっ、じゃあ、ありがたく…うお、なんだそれ、クーボか?」
「ああ。多分そうだ」
「多分って、この大きさなら、クーボしかねえだろう」
だと良いが…古代竜のアクアもこれくらいの卵でしたのよ?
「これは食えたもんじゃねえから止めておけ」
そう言ってネルロが卵を取ろうとするので、慌ててクロが立ちはだかる。
「いえっ、食べませんから。育てるんです」
「んん? ああ。ならいいが…」
「ネルロ、お前…ああいいや、大ババ様に聞こう」
「おう、じゃ俺は配ってくるぜ」
「その前に、手を消毒していけ」
「面倒臭えなあ」
面倒でも衛生管理はきちんとしないとな。
ジーナに聞くと、クーボの卵はその辺に投げておいても雛が孵るそうで、簡単だそうだ。
「そうですか、でも、面倒見ますから」
クロはそう言って、卵を風呂敷に入れ、背負って結んだ。
銀髪の少女がローブ姿で背負っても、農村の雰囲気はさっぱり出てこないね。
上手く雛が孵ってくれるといいが。
ユーイチの代わりにググってみました。
肥料の三大要素 …… 窒素、リン酸、カリウム
肥料の五大要素 …… 上記に加えて、カルシウム(石灰)、マグネシウム
窒素 …… 葉肥。植物を大きくする。与えすぎると病害虫に弱くなる。
リン酸 …… 実肥。花が早くたくさん開く。実入りが良くなる。
カリウム …… 根肥。水に流れやすいのでこまめに与えるのが良い。
カルシウム …… 病害虫に強くなる。
マグネシウム …… 葉緑素の形成に不可欠。不足すると葉が黄色くなる。
日本はリン鉱石を輸入に頼っており、2060年には枯渇する恐れもあるようです。




