第十七話 農機具を作る村長
2016/11/23 若干修正。
「村長、俺のベッドも作ってくれよ!」
と、ネルロが俺の家のベッドを見て言うので、作ってやったら、村の評判になり、結局、全員分を男衆にも手伝わせて作る羽目になってしまった。
二週間も掛かった…。
「今年は無税だからいいけど、きちんと年貢は揃えてよ?」
その話を聞いたティーナが釘を刺してくる。
分かってるっての。そんな毎年、ベッドなんて作らないし。
でも、作ってるとハマってしまって、ミミにも技術指導してもらい、曲線的な装飾も施したりと、最後の方に作ったベッドは日本で市販してておかしくないようなレベルのモノが出来た。
ただ、ニスは塗ってないけどね。
アレの材料は何なのか…。
「村長! ベッドはいいだな! 昨日もよく眠れたべ!」
村人には大好評だったが、マットやシーツが無いのよね、この村。藁じゃあなあ。
大工と織物職人、募集中です。月給銀貨四枚。二食パン付き、家付き、猫の実も支給!
街の酒場や冒険者ギルドに求人も出しておいた。
回復役は俺やクレアがいるから良いとして、後は誰が要るかなあ。
「私の村は種蒔きに入ったわ」
屋敷で夕食の時、ティーナがちょっと自慢げに言う。
「えっ? もう? 脱穀は終わったのか?」
「当然でしょ。誰かさんはベッドなんて作らせて遊んでるみたいだったけど」
「いや、アレは俺が作れと言ったんじゃ無くて、みんなが…」
「村長はアンタなんだから、拒否しなさいよ。村人に勝手にやらせておいたら、ろくな事にならないわよ?」
リサが言うが、まあ、そんな感じだよなあ。
全員がと言うわけじゃ無いが、ネルロやベリルに計画性という概念すら無さそうだし。
「うちが手伝いやってる村も、脱穀はもうじき終わりそうや」
「私のところも、来週から種蒔きをすると言っていたな」
…いけません。どうやら俺の村がダントツでドベのようです。
電気モーターは開発済みだし、これをどうにか、脱穀装置にできないもんかね。
「うーん…」
翌日、木材を前に考え込む。
木の棒をクランクに繋いで、回転運動を叩く運動にして、横に回転ファンを付ければ仕分けも楽そうだな。
ただ、叩くの上手く行くかな。
試作してみる。
「うーん、むっず!」
クランク部分の留め金をストーンウォールで作り出した石に変更しているが、動力が上手く伝わってくれない。
木の長さもなかなかピッタリにならないし、やっぱこういうのは設計図からきちんと作らないとダメなのかねえ。
なんとか形にはなったが、同じ部分だけを叩くので、こちらで麦穂を寄せてやらないといけないし、これって、手作業の方が早いわ…。
「改良するとしたら…いや、発想から変えないとダメだな」
脱穀機の仕組みを知っていれば良かったが、生憎そんなの知らないし。
まさか異世界に飛ばされて脱穀装置を作る羽目になるとは思わないでしょ?
とにかく、一から作り直そう。
まず、要求されるのは、麦穂から籾を分離させること。
籾の部分を叩く、叩かなくてもどうにかして衝撃さえ与えてやれば、ぽろぽろと落ちるわけだが。
しかし、電気モーターの方は回転運動なんだよなあ。
じゃあ、ミキサーみたいにしてみようか。
うん、やってみよう。
モーターを繋いだ軸にストーンウォールで加工した石を装着。十字型の刃にしてみた。
それを、これまたストーンウォールで加工した、すり鉢状の受け皿の下部に、上側から刃を差し込んで固定する。
これで、上から重力で押されてくる麦穂がすり鉢の底のトンネルに詰まっていく感じになり、集中しているそこを回転刃で切り刻むと。
「じゃ、ゴーレム、スイッチオン」
「GHAAA!」
お前がもうちょっと器用なら、直接叩かせるんだけどな。
「お? 良い感じじゃね?」
すり鉢状のトンネルを通した麦穂が、藁と籾に別れて出てきた。
「もうちょっとここを角度を付けて、こっちにも受け皿がいるな…」
微調整をすると、麦穂が自重によってスムーズに流れていく。
「よしっ!」
これで一応完成したが、手を突っ込んだり巻き込まれたら怖い。
怖いと思うモノは可能性があると言うこと。
そーゆーのって、事前に説明していても誰かがうっかりやっちゃうんだ。
説明書ってのは結局、訴訟対策でしかないからな。
説明不要の誰でも使える装置こそ、美しい。
「安全装置はしっかりしておかないとな。ここはケチったり面倒くさがっちゃ絶対にダメな部分だ」
販売するなら製造コストや納期なども考える必要があるんだろうが、それにしたって、安全が第一だ。
金の亡者が作る粗悪品は、どれもろくな事にならないからな。
手が刃に当たらないように、すり鉢のトンネルに縦棒の石を加え、ストッパーにする。
麦穂も横にすると通らなくなってしまうが、すり鉢に入れる時の方向を縦にすれば問題無い。横だとどのみち、トンネルに入っていかないし。
排出口にもストッパーをかまして、完璧。
「よし、名付けて、電動ミキサー型脱穀装置一号としよう」
脱穀君一号、も捨てがたいが、名前だけでどんな方式でどんな装置か分かる実直さが良いと俺は思うし。
電動と言いつつ、大元がゴーレムの動力だけど、細けえことはいいんだよ。
ついでに分析っと。
【名称】 脱穀の石臼
【種別】 魔道器
【材質】 石、鉄、銅、エナメル
【耐久】 1000 / 1000
【重量】 40
【総合評価】 CC
【解説】 錬金術師ユーイチが作った魔道器。
脱穀が楽に行える。
魔力の無い者でも動かせる。
おのれアナライザー。俺のネーミングに喧嘩売ってんの?
そりゃまあ、刃が石だから、石臼と言えないことも無いけど…。
鉄の刃に変えちゃおうかな?
ま、ミミも忙しいし、無駄な作業はやらせないでおこう。釘を大量に作ってもらったし、針金もまだまだ要るし。
「こ、これは、凄いです…」
トゥーレに使い方を説明してみたが、うん、価値が分かるヤツには分かるもんだよね。CCランクってさあ…。俺の中ではAランク評価だから。
「じゃ、トゥーレ、お前が現場責任者だ。これと同じモノをあと四台くらい作るから、使い方を他の村人に説明して、変な事をやらないように見張るんだぞ?」
「分かりました」
人選は、女児が良いだろうな。好奇心が低めの落ち着いた子。あと不真面目な奴はここでもダメだ。ネルロやベリルはなんかやらかしそうで怖い。力の有る男衆には他の仕事をやってもらいたいし、老婆はこういう新しいモノは受け入れないだろうし。
これもネルロとジーナお婆さんに相談して、担当の子を決めてもらった。
脱穀装置は置きっ放しにするつもりなので、雨が降っても使えるように、石の壁と屋根を後からストーンウォールで作っていく。
追加で装置を増やすかもしれないので、かなり広めのスペースを取った。
村は畑の他は更地だらけなので、土地には困らない。アースウォールを使えば、簡単に整地できるし。
土の盛り上げも盛り下げも自在って、地味に使えるよな、この魔法。
同じ装置を作っていく。
クロはエリカと一緒に板を作ってもらっている。彼女は機械には詳しくないからね。
トゥーレが村の子供にきちんと教えているのを見届けた後、次の装置に取り組むことにする。
脱籾殻装置だ。
籾をこのまま石臼で潰してしまうと、つぶつぶが入ったパンになって、食感が美味しくないのよね。
しかし、これはちょっと無理かも知れない。
籾殻だけを、コンマ数ミリの浅さで周りを全部削り取るって、凄い技術の気がするし。
ま、何事も挑戦だ。
時間はある。
生活が良くなって、美味しい物が食べられて、身の安全が保障されるなら、俺、もう日本に帰らなくてもいいし。
ってか、帰れる気がしない…。
と、とにかくだ。
石臼から作ってみよう。
形は平べったい円柱を二つ、二段重ねにして上はハンドル付き。回せば上の石の重みですりつぶせる、はず。
ストーンウォールの呪文とイメージだけで、あっという間に出来るし、この呪文、万能過ぎる。
「むう、全然、削れん…」
軸以外は一定の隙間が出来るようにして、そこに籾を置いて、石臼を回してみたが、転がってる感じがするだけで、削れてない。
「表面を荒くしたらいいのか?」
ストーンウォールで、石臼をざらついた表面にしてみる。
「うおっ! 削れすぎた…」
麦の粒が砕けちゃってるし。少し隙間を大きくしてやってみたが、今度は転がるだけになる。
え? じゃ、どうすりゃいいのよ?
石臼の摩擦面の目の粗さを色々変えてみたが、思ったように行かない。籾の片面だけが削れ過ぎる感じ。
「ダメか…」
気分転換と、何かヒントは無いかと村の家々を回って、脱穀作業の観察をやる。
「そ、村長」
「ああ、気にせず続けてくれ」
「は、はい」
家の外では陽気に話しかけてくる村人達だが、なぜか今は緊張したように作業をやる。
バシバシと太めの木の棒で、麦穂を叩くだけの簡単なお仕事。とは言え、これを一日中やれと言われたら、俺は嫌だよ。肩も痛くなるだろうし。
「お、そうだな、サロン草を肩に貼ってやろう」
「おお、ありがとうごぜえますだ。これで楽になったべ」
今まで気がつかなかったな。家を回って、作業している全員に、サロン草を渡しておく。
減ったサロン草は、森に入って採取して補充。
村人には喜ばれた。
初めて村長っぽいことやった気がするなあ。
また、脱穀作業の観察に戻る。
脱穀は麦穂から籾粒を切り離す作業だ。ただし、叩いていると、籾殻も上手く取れる時がある。
むう、やっぱ、叩かなきゃダメなのかな。
でも、回転運動じゃないと、効率がなあ。
「おい、気になるから、見張りはもう良いだろ?」
ネルロの家に行って、ぼんやり考えていたら、ネルロが振り返って言う。
「うん? いや、別に見張ってるわけじゃ無いんだが、まあ、お前は見張りが要りそうだな。手を動かせ」
「くそ。自分だけ楽をしやがって」
「そう言うが、脱穀装置、見ただろう。俺はアレを作ったから、お前の分の作業量はこなしてるぞ?」
「むう、納得がいかん」
「ま、そうだろうな。別の装置を考えてるから、遊んでるわけじゃあない。そこは勘違いしないでくれ。お前が考え出してくれるなら、代わってやっても良いが」
「分かったよ。俺には逆立ちしたって無理だ。魔法も使えねえし」
頭脳労働は成果を出さないと、評価してもらえないし、時々は良いのを出さないとな。
「ネルロ、話は変わるが、籾殻を上手く剥く方法って知ってるか?」
「はあ? 俺に聞くなよ。知るわけ無いだろうが。そんなのはエルか、トゥーレか、ババアに聞け」
「ああ、そうだな。それから、ジーナお婆さんには敬意を払えよ」
「ふん、嫌だね、あんなクソババア」
何があったか知らないが、どうせネルロが悪いに決まってる。ま、しつこく言っても無駄だろうし、俺が敬意を払っていれば、村も自然と変わっていくだろう。
「と言うわけで、ジーナ様、お知恵をお借りしたく」
「フン、ワシに敬語を使っても、そこまでの知恵はないよ。よしとくれ、気持ち悪い」
「まあ、そう言わずに。籾の殻を取る方法、知りませんか」
「ああ、それなら、革で包んで、揉んでみればええ。領主様に献上する一袋は、そうやって殻を取るんだ」
「えっ? ああ、そうだったんですか。チッ、ネルロの奴…」
そう言う大事そうなことは、早く言えと。
ネルロの家に戻る。
「ああ? そう言や、いけねえ、忘れてたぜ」
そんな事だろうと思ったよ。
「じゃ、お前は脱穀作業はもういいから、革揉み作業をやれ」
「分かった。いや、そう言うのはトゥーレの方が良い」
「アイツは脱穀装置の現場責任者にしているから、忙しい。お前がやれ」
「ちっ。じゃエルを呼んでくる」
なぜか自分でやろうとしないネルロ。
「なんでそんなに嫌がるんだ。大変なのか?」
「いや、そこまでじゃねえけど、俺は細かい仕事はイライラしてくるんだよ。叩く方が性に合う」
「ああ。分かった。じゃあ、エルにやらせてくれ。いや、俺が指示してこよう」
「おう、頼んだぜ、村長」
エルは木の実集めに出かけていたので、明日は革揉みをやるようにジーナに言付けを頼み、やり方も教わっておく。
「ふーむ、モミモミするだけか」
どれの殻が剥けているかいないかは気にせずに、ひたすらモミモミしていると、自然と全部の籾殻が剥ける。ただ、地味な作業だ。ネルロには向かないだろう。
「急ぐなら、ワシも手伝うが」
「ああ、まあ、そんなに急がなくても良いです。トゥーレももう少しすれば脱穀、終わるだろうし。むう、木の実集めの人材がいないな」
「それなら、ベリルにやらせればええ」
仕方ない、あまり頼りたくない人材だが、背に腹は代えられんか。
「あ! やるやるやる!」
と、話すと本人はすぐに飛びついてきたが。
不安だわぁ。




