第十二話 キノコマイスターへの道
2016/3/13 改行を変更しました。ご指摘ありがとうございます。
男爵の使用人のノルド爺さんと一緒に、キノコ狩りに来ている。
だが、キノコ狩りなどと気軽に呼ぶべきではないだろう。
これは殺るか殺られるか、
キノコと俺のデスマッチだ。
森の周囲に神経を研ぎ澄まし、キノコが現れようモノなら即座にロックオンするつもりで行く。
ノルド爺さんが足を止めた。
「ここらでいいだろう。木の周りを探してみろ」
「はい」
ノーヒントでも良かったのだが、木の近くに寄って確かめる。
「有りました」
シメジのような、傘が灰色の小さなキノコ。
見た目は、美味そうと言う感じでは無いが、まあ、食えるかなというのが第一印象だ。
「手にとって良く見ておけ。コイツは大事だぞ」
ほう。
しっかり観察する。
見れば見るほど、シメジだ。
シメジの土鍋、食いたいなー。豆腐と春菊と糸こんにゃくも入れて。
おっと、注意がそれた。
次は匂いを嗅ぐ。
「くんくん。んー、やっぱりシメジかな?」
「シメジ? それはニセミニキノコという。猛毒じゃ」
またかよ。
「ニセのミニキノコと言うからには、本物のミニキノコがあるんですか?」
「その通りじゃ」
おお、当たったよ。まあ、これくらいはね。
「それを持ったまま、付いてこい」
言われたとおり、ニセミニキノコを持ったまま移動する。
「これが、ミニキノコじゃ」
ノルドが自分でひとつかみのシメジを採って見せてくれた。
「むう」
俺の手に持っているキノコと、区別が付かない。
「比べてみろ」
自分の両手にそれぞれ持って見比べてみる。
「ええ…?」
サイズ … そっくり。
形 … そっくり。
色 … そっくり。
匂い … そっくり。
重さ … 変わらない。
「分かるか?」
「いやあ、ちょっと。どうやって見分けるんですか?」
「それは自分で見つけるもんじゃろう。見つけられんなら、キノコは死ぬまで採るな」
なるほど、ノルドが俺にキノコの採り方を教えたがらない理由が、
今なら分かる。
これは危険なのだ。
普通の食べられるキノコと、食べられない毒キノコの見分けが極めて困難。
いや、困難というレベルでは無い。
はっきり言って、素人には無理と言って良いだろう。
そうすると、今はノルドが教えてくれるから見分けが付いたとしても、しばらくして見分け方を忘れてしまうかもしれない。
そうなったときに、うろ覚えでキノコを採って食してしまえば、誰かが死ぬ可能性がある。
だがしかし。
俺には切り札がある。
他にも現代のサバイバルテクニックの知識を用いれば、少量を口に含んで毒物かどうかのパッチテストも可能だろう。
だが、パッチテストも完璧では無い。
そちらは本当に最後の切り札として取って置いて、今は見分け方を習得するのが良いだろう。
見る。
何か違いがあるはずだ。
ノルドは見分けが付くんだから。
先入観を捨てろ。
人間は物体を記号化して認識する。
例えば、目の前のシメジのようなものを、「シメジ」と認識しているが、
その瞬間に、俺は過去に見た「シメジ」のイメージを頭に思い浮かべてしまっている。
これではすぐ側に銀髪の美少女がいても、金髪エルフじゃないからという理由だけで、攻略対象から外すようなものだ。
目の前に一万円札が転がっているのに、千円札じゃ無いからと言って、ゴミ扱いするようなもの。
そこにロリっ娘美少女がいてもすぐに認識できるように…いや、待って待って!
頭に水色の髪の美少女が思い浮かんでしまったが、キノコだから、今は。
美少女は脇に置いとけ。
集中しろ。
煩悩を捨てろ。
あるがままを受け入れ、比較しろ。
見比べろ。
間違い探しだ。
「ん? なんとなく、こっちのミニキノコは、色が灰色のような…」
白い部分は違いが無いが、傘の部分の色が微妙に違う。
「おお。良く気づいたな。そうだ、ミニキノコとニセミニキノコの見分け方は、傘の色を見れば良いんじゃ」
「なるほど…」
奥が深い。
違いは無いと思い込んだが最後、ノルドに諭されなければ、俺は違いには一生、気づけなかっただろう。
これは恐ろしい。
毒キノコだけの話では無い。
ひょっとして、俺は今までも、重要なサインを見落として、人生のチャンスをフイにしてきたのではなかろうか。
あり得る。
いや、きっとそうだ。
「ノルド先生」
「うん?」
「バスケがしたいです…」
「バスケット?」
「さ、諦めたらそこで試合終了だよって言って下さい」
「訳の分からんことをゴチャゴチャ言ってないで、どっちが毒キノコか言ってみろ」
「ええっと…アレ? こっちでしたっけ?」
どっちがどっちか、分からなくなっちゃった。
うお…。
「いいか、一度しか教えんぞ。何度教えても駄目な奴は駄目だからな」
「むう。分かりました」
暗記術のテクニックを使うとしよう。
「灰色の方が毒、茶色い方が食べられる。いいな?」
「ニセミニキノコが灰色、ミニキノコが茶色ですね?」
ニセミニキノコは毒でブラック、と覚えることにしよう。
こいつはワダニの仲間、と。
ワダニに鞭で殴られるイメージを想起しつつ、目の前のニセミニキノコをじっと見る。
あとは定期的に思い出して反復していけば、長期記憶として定着するだろう。
「よし、じゃあ、聞くぞ。これはどっちだ?」
ノルドがキノコを取りだして見せてきた。
むう、これ単体で判断するのは、今の俺にはまだ無理そう。
「カンニングしても良いですか?」
「カンニング?」
「この手元の、両方のキノコを見れば、見分けが付きます」
「ああ、ま、今はそれでもいいだろう。じゃが、もしもお前が一人でキノコを取りに行くなら、ぱっと見ただけで、どちらか見分けが付くようで無いと食ってはいかんし、取ってきてもいかん。
迷っても駄目じゃ。一発で自信を持って見分けられるくらいでないとな。昼と夜で見え方も違う」
「くっ。それは、なかなか大変ですね」
「ああ。じゃから、キノコは人に教えるものじゃ無いんじゃ。まあ、今は見て良いから、言ってみろ」
「はい、それは茶色い方なのでミニキノコ、食べられます」
「よし、思ったより早く覚えたの。じゃあ、毒の方は捨てて、付いてこい」
偉大なる師匠の後を付いていく。
俺は今まで勉強でこれほど真剣になったことなど一度も無かった。
そりゃそうだろう。
答えを一つ間違えれば死ぬ、
そんな状況が存在しなかったからだ。
だが、この世界では死はもっと身近に存在する。
奴隷から抜け出すことを当面の目標にしていたが、
俺は間違えていたかも知れない。
この世界では、まず、生存を最大の目標にしなければならない。
生き残ることが最優先だ。
なら、それ以外のキツイだとか痛いだとか、そんな事には目をつぶっていい。
…美少女は、お預け…くっ、よし、生きて元世界に帰れたら、
その時はナンパしまくるぞー。
どうせ向こうに帰ったら、そんな勇気はとても出せなくなるだろうが、生きて帰ればもうそれでいい。
生き残るんだ!
この先生き残る為には…くっ、邪魔だキノコ先生、俺の頭の中でキノコってんじゃねえ。
「ああ、ユーイチ、それを見てみろ」
雑念が多すぎる俺に比べ、ノルドは真面目にキノコ探しをしているようで感心する。
人間は、マルチタスク―――聖徳太子が同時に十人の話を聞き分けたというような事―――は向いておらず、
まず無理なのだから、
今はキノコ狩りに集中せねば。
「おわっ!」
ノルドがあごで指し示した方向を見て、ビビった。
何これ怖い。
人間より大きな、白くてまあるい物体が、そこに横たわっていた。
巨大なマッシュルーム。
異様な圧迫感。
ドキドキする。
心臓に悪い。
いやしかし、デカすぎるだろ。
高さ三メートル、直径五メートルくらいじゃないの、コレ。
何が何やら。
「これ、まさか、キノコなんですか?」
「ああ。パンキノコと言うんじゃ」
「えー…」
言われてみれば、上の方がちょっと小麦色になっていて、ちょうどふっくら美味しいパンに見えなくも無い。
やべ、ヨダレが出てきたよ。
香りは無い。
「焼けば少し香ばしくなるんじゃがの」
「えっ! コレ、食えるんですか!」
こんなデカ物が食えるとなると、食糧事情は一気に改善、…まあ、持ち運びをどうするか、保存はどうするか、そちらが問題になるか。
切り取って食べる分だけ持って帰れば良いのかも知れないが、食えるんですか…。
「ああ。じゃが、これは大きくなりすぎじゃ。苦くて食えたもんじゃない。もっと、できたての、ほれ、これは行けるぞ」
サッカーボールくらいのパンキノコを拾い上げるノルド。
これでも、お、おっきぃです…。
キノコだよ?
しかも俺の世界では間違いなくマッシュルームだろう。
デカいマッシュルーム。
味は知らんけど。
「これ、触っても?」
デカい方の親玉に近づく。
「いや、よせ! 駄目だ」
「え? うわっ」
触りかけていて、慌てて手を引っ込めて離れようとしたはいいが、そこで足をもつれさせてしまった。
ああ、倒れるな、と思った次の瞬間、
ボフッ! と俺の体は巨大なパンキノコに後頭部から突っ込んだ。
マッシュルームだから、弾力があるのかと思いきや、中はすかすかで、風船のような構造らしい。
しかも、ぶわっと、白い粉が一斉に飛び、
くそ、胞子か。
「ゲホッ! ゲホッ! くそ」
し、死にたくない!
必死に逃げようとする。
「慌てるな。もがけば余計に粉が飛ぶぞ。死にはせんから、少し大人しくしていろ。今、引っ張ってやる」
ノルドが俺の足を掴んで、引きずってパンキノコから引き抜いてくれた。
体が真っ白になっている。
口の中が苦い。
「うう。ぺっ、ぺっ。どうもすみません」
「まったく。ま、これで良い勉強になったじゃろう。籠を拾って、ついでに小さいパンキノコを取ってこい」
「はい」
籠にパンキノコを二つ入れる。それ以上は持って帰っても、キノコ料理づくしになってしまい、飽きるとのことで、二つだけにしておく。
別の場所にやってきた。
「アレだ、ユーイチ」
ノルド師匠が指差す。
「んん? ああ、うえ…」
今度は、毒々しい真っ赤なキノコ。鹿の角のような変な形で、燃え上がる炎のようにも見える。
「炎茸だ。コレは分かりやすいじゃろう」
「分かりやすいですけど、これが、まさか食えるんですか?」
「フン、何を言う。こんなおかしな色のキノコなんぞ、食えるわけが無かろう。猛毒じゃ」
いや、だったら、食えるキノコだけ教えてよ、と思うのだが、食えないキノコを覚えておくのも重要だろう。
この異世界の生物に当てはまるかどうかは不明だが、通常、毒を持つ生物は、警戒色というド派手な色で、自分には毒があるから捕って食っちゃやーよ、とアピールしている。
今後も、こんな原色というか、蛍光色に近いものは、手を出さない方が良いだろう。
「さて、ミニキノコとパンキノコも採ったし、今日はこのくらいでええじゃろう」
「そうですか」
少し、物足りない気もするが。
帰り道は、ミニキノコがあれば、もっと採っていこうと思い、探しつつ戻る。
「ユーイチ、動くな」
「え?」
急にノルドが立ち止まって言う。
どうしたのかとそちらを見るが、何も無い。
…いや。
ガサガサと。
何かが四メートル先の茂みの中で動いている。
ノルドは慎重な動きで腰の短剣を抜いて構えた。
えっ、今の状況って、そう言う状況なんですか?
おいぃ…。
動くなと言われたので、そのまま停止した状態で、待つ。
ゴクリと唾を飲み込む。
ガサッ!
と一際大きな音がしたかと思うと、何かが猛然と茂みの中から飛び出した。
「いかん! マッシュマンじゃ」
「ええっ?」
何ですかそれは。モンスター?
考える暇も無く、そいつはノルドに飛びかかった。
「うお!」
三十センチほどの椎茸に、短い手足が生えている。
なんだこりゃ?
それがノルドに体当たりして、なおもしがみつこうとしている。
ノルドも短剣をそいつに突き刺そうとするが、かするだけで、クリーンヒットに至らない。
いや、冷静に観察している場合じゃ無い。
ノルドがモンスターに襲われている!
「ノルドさん!」
「いや、これくらいの小物なら、大丈夫じゃ。ええい、ちょこまかと。大人しく、せいっ!」
短剣がモンスターの傘の中心にズブッと直撃した。
可愛い手足をジタバタさせたそいつは、すぐに動きが鈍くなり、痙攣して止まった。
「ふう、やれやれ、驚かせおって」
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気じゃ。この程度の魔物、痛くもかゆくも無いわい、いたたた…」
いや、しっかりやられてんじゃん。
「傷を見せて下さい」
出血があるなら、まずは止血しないと。
「うるさい。コレは持病の腰を痛めただけじゃ。やられとりゃせん」
「ああ」
ノルドもプライドがあるようで、オーケー、持病なら仕方ない。
「じゃ、これを使って下さい」
持ってきたサロン草を渡す。
「おう、これは」
ノルドが受け取った葉っぱを背中に貼る。
「ふう。こいつはマッシュマン、大きいモノは人間と同じくらいになるそうじゃが、この近くではデカくはならん。せいぜい腰の高さくらいまでじゃ」
ノルドが短剣を椎茸のお化けから引き抜く。
「死んでるんですよね?」
「ああ。じゃ、帰るぞ。それも籠に入れておけ」
「えっ、ま、まさか、食べる?」
「決まっとるわい。なかなか旨いぞ」
いやあ。動いてたモンスターを、食べるって。しかも、キノコ型ってのが、何とも。手足が付いてるし。
しかし言われたとおりに持って帰った俺は、その椎茸入りのスープが気に入ってしまった。
味は、椎茸そのもので、大変美味しゅうございました。




