第六話 ロフォールの現実
2016/4/9 誤字修正。
初会合で村長達から直訴を受けたティーナは、翌日の朝から、村の調査を配下に命じた。
俺も着任予定のセルン村に、クロとケイン、それに兵士数人を伴って向かった。
昨日の夜、一仕事したので、ちょっと眠い。
「ふむ、ここがセルンか」
麦畑に囲まれた村。すでに収穫は終わっているようで、刈り取られた麦畑が広がっている。
「うーん、水路が無いんだな…水車も見当たらないか…」
ここから見える範囲だけだが、バーラインの村ほどは整備されていない様子。
それから、家。
石のブロックの建物は無く、柱と藁で組んだ屋根だけの、竪穴式住居のような、荒ら屋がいくつか見える。
いつも思うんだけど、この世界、地域差がもの凄いな。
「村長を呼んできます」
ケインが荒ら屋の中に入っていく。
「ああ、頼んだ」
ボロ布を着た男と一緒に出てきたケインは、今度は別の荒ら屋へ向かっていく。あちらに村長がいるのだろう。
お爺さんを予想していたのだが、意外にもまだ若い、体格の良い男が建物から出てきた。
「俺が村長のネルロだ」
「初めまして。新しく村長に任命されてやってきた上級騎士のユーイチだ」
「ふん、そんな話は知らねえな」
「ええ?」
連絡に漏れがあったのかね?
とにかく、説明はしてみるか…。
「ロフォールは条約によってミッドランドに引き渡された。新しいロフォールの領主はティーナ=フォン=ロフォール子爵だ」
「そんな事は俺たちにはどうでもいい。年貢はちゃんと納めるから、帰ってくれ」
「いや、あのね」
年貢を納める気があるなら、俺たちに従う気があるんだと思うが。
「この人は上級騎士、お前が逆らえるような人じゃ無いんだぞ」
ケインが言うが、地位を振りかざしても、この男は聞く耳持たない感じだ。かと言って、兵士の軍団を連れて来て力ずくでと言うのもねえ。
「ふん」
「お前! …どうしますか、少し脅したり、痛めつけましょうか?」
ケインが聞いてくる。
「いや、それは後でいい。村長、俺たちは調査をしている。この村の病人は何人いる? 教えてくれないか」
「嫌だ! 俺も忙しいんだ。調べたきゃ、勝手に家を回れよ」
ま、その方が早そうだな。
「ケイン、調べて回るぞ。手分けして病人を探せ」
「分かりました。行くぞ!」
「はっ!」
兵士を四方に走らせ、俺たちも、家の中を覗いていく。この家の中では、中年の夫婦が脱穀をやっていた。二人とも働いているし、問題無い。
「次だ」
隣の家に向かう。ここでも脱穀をやっていたが、それは妻だけで、夫らしき人物はござで横になっている。
痩せているし、病気っぽいね。
分析っと。
農奴 Lv 12 HP 34/183
【弱点】 特になし
【耐性】 無し
【状態】 飢餓、風邪、発熱
【解説】 ミッドランド領の農夫。
ただし、スレイダーンの階級意識のため、
実情はスレイダーンの農民奴隷である。
下から二番目のカーストに位置し、
労働力のほぼ全てを生存と年貢の為だけに取られる。
ああ…家畜同然だなあ。
ま、風邪と飢餓なら、簡単に治せる気がする。
「失礼します」
「あの、あなた方は…」
中年女性が不安げな声で聞く。
こういうとき、白いローブを着ておけば良かったと思うが、仕方ない。
「私は薬師です」
「ああ、おっとうを見てやって下さい! ああ、でも、お金が…」
「気にしないで下さい。お金は要りません。困ったときはお互い様ですから」
「あ、ありがとうございます。おっとう、薬師様が見てくれるって、しっかりするだよ」
「ううん、薬師?」
「起き上がれますか。薬を飲んで下さい」
ドットの母親の病気を治すのに使った月見草だが、こちらに来たときに見かけていたので昨日の夜に採取して調合まで済ませている。会合で病の話が出たし。
高級ポーションと混ぜているので普通の風邪なら余裕のはずだ。
「おお、楽になった」
「おっとう! 良かった、良かった、うう」
良かったね。
もう一度アナライズしてみたが、HPは60くらい回復していた。微妙に回復量が低いね。飢餓状態はまだ治っていない。
「これをどうぞ」
クロがリュックからパンを出して渡す。クロに荷物を持たせるくらいなら、兵士に持たせようと思ったのだが、クロが断っている。まあ、パンだからそんなに重くは無いけどね。
「いいんですか?」
「もちろん」
「召し上がって下さい」
「い、頂きます。ほれ、お前も」
「あたしはいいから、おっとうが食べて」
「いやいや、お前も」
「ちゃんと二人分、有りますよ。ほら」
「ああ、ありがとうございます。ですが、うちにはお金が」
「要りません。新しい領主様のお恵みですから、気にせずに」
「む、領主様ですか…」
途端に渋い顔になってしまった。よっぽど過酷な取り立てをやってたんだろうなあ。
「いえ、じゃあ、私の奢りと言うことで」
「しかし…」
「食べないと、またすぐ病気になります」
「む、そうですか。頂きます」
干し肉も一切れ置いて、それですぐ栄養失調が治るとも思えないが、何も無いよりは良いだろう。
「水はありますか?」
「ああ、こちらに」
妻が水瓶から柄杓で掬って木製のマグカップに入れて俺に手渡すが、俺じゃなくて、おっとうにと思ったんだけどね。
おっとうに渡してやろうと思ったが、水が濁っているし、なんだかドブ臭い。
「これは、良くない水ですね。これを飲んで下さい」
俺の持っているコップに水筒の水を注いでやり、渡す。
「ありがとうございます」
「水はどこから汲んできてるんですか?」
「この近くには川も無いので、近くの沼から」
「ああ。川が無いのか…」
「はい」
水車は使えないって事だよな。キビシ。
「井戸は…?」
「何カ所か掘ってみたのですが、どれもダメでした」
むう。だが、諦めるのは早い。俺たちには探知の呪文が有る。
「そうですか。また後で来ます」
「あの、この空の桶、使っても良いですか?」
クロが良い物を見つけた。
「ええ、どうぞ、そんな物で良ければ持って行って下さい」
そんな事を言うが、持って行ったら生活に困るだろうに。
「はい。じゃ、これで」
すぐに桶を返すクロ。だが、その桶には水が入っている。
「えっ!」
クロが無詠唱で水を出したので、手品に見えただろう。ウォーターウォールだ。
「あまり美味しく無いかも知れませんが、綺麗な水ですよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、次だ」
「はい」
病人のいないところは、ウォーターウォールで水を出してやり、それだけでも喜ばれた。
「しかし、病人が本当に多いな…」
多分、沼から水を汲んできているせいだろう。泥水じゃあなあ。
「水源、どうにかなりませんかね…」
クロも気にしている。
「後で井戸を掘れないか、探知で探そう」
「あ、その手が有りましたね!」
「うん」
結局、セルン村だけで、18人の病人がいた。33世帯、65人だから、四人に一人は病気だ。
幸い、重病人はいなかったので、俺の手持ちの薬で治すことができたが、余裕で足りるだろうと思ったポーション二十個がギリギリだった。
残り三十個をみんなに手渡しているが、この村でこの調子なら、足りないだろうなあ。
月見草はたくさん生えていたので、今夜、また取って、作るか。あと、ハイポーションはもったいないので、ポーションで。
「ありがとうございましたっ!」
途中で事情を知って俺に土下座している元村長のネルロ。
「もういいから」
「でもっ!」
「それより、手伝え。ロープと桶を持ってきて欲しい。あと、滑車が有ればいいんだが」
「滑車? 何をするんだ?」
「井戸を掘るんだ」
「ええ? それはダメだ。止めた方がいい。俺のじっちゃんも井戸さえ有ればって何度も掘ったんだが、出てこないし、村人には恨まれたからな」
「まあ、俺は魔術士だからな。探し物は得意なんだ。一応、水源が見つかったら教えるから、今言った物を探しておいてくれ」
「分かった。倉の中にあったはずだ」
それは都合が良い。先々代の村長が、用意してたんだろうな。
「我が呼びかけに応じよ、探し物はいずこや、ディテクト!」
水をイメージして探してみるが。むう。この辺には無さそうだ。
次。
「我が呼びかけに応じよ、探し物はいずこや、ディテクト!」
む…光らんな。
次。
「我が呼びかけに応じよ、探し物はいずこや、ディテクト!」
あれぇ?
行けると思ったのにね。
「むう。近くに無い…」
二時間近く探し回り、MPも尽きた。
「ユーイチ様、こっちもダメでした」
クロも疲れた顔で帰ってきた。
「そうか…」
「だから言ったんだ。だが、病人を治してくれたアンタが、次の村長だ」
「そうか。じゃあ、着任はできたって事だな」
「ああ。歓迎の宴を用意させている。今日はここに泊まっていってくれないか」
「いや、それは中止だ。食うにも困ってるんだろう。そう言うのは要らないし、俺はお酒飲まないし」
「むむ。だが…」
「いいから。俺はちょっと領主と相談して、手を考えてくる」
だって、ベッドで寝たいもんね。適当に言い訳して、領主の屋敷に戻る。
「ユーイチ、月見草ポーションが全然、足りないわ。私達も手伝うから、もっと作って」
玄関で待ち構えていたティーナが言った。
「ああ、そんな事だろうとは思ったんだ。今夜、取りに行こう」
「ええ」
人口や税収を増やすゲームも色々やったが、着任を断られたり、病人だらけの村から始まって、ろくな水源も無いとか、もうね…。
予算はたくさんあるんだけどなあ…。




