第五話 初会合
2016/11/22 若干修正。
街を視察して屋敷に戻ると、ちょうど日が暮れてきた。
玄関から入ると、セバスチャンとメリッサが待ち構えていたように俺たちに一礼する。ラインシュバルト家の老執事と、ティーナの直属らしいメイド。この二人もティーナに付いて、この屋敷にやって来ている。ジジイの方はいらないんだけどなあ。いるだけで俺は無駄に緊張するし。
メリッサのグリーンの髪も目を引くのだが、いつも澄ましていて俺にはちょっかいを出してこないので、印象は薄い。
「ティーナ様、晩餐会の準備、整っております」
セバスチャンが告げる。
「そ。客人のほうは?」
「ヘイグ男爵はすでにお見えですが、町長は二人だけ、村長は八人だけにございます。町長の一人と、村長の四人からは病欠する旨のお返事がございました。他は不明でございます」
「むぅ…」
「全滅でないだけ、よろしいのでは? 来なかった者は、首をすげ替えてもよろしいかと」
メリッサがさらりと言うが。占領地の地方役人も大変だよね。
「そんな事を荒立てることをいきなりやってもね。いずれ視察なり、呼びつけるなりするとして、いいわ、来ているメンバーだけでやりましょう」
「承知致しました。それではお客様方にお伝えして参ります」
セバスチャンが一礼して引っ込む。
「ティーナ様はお着替えを」
メイドのメリッサが言う。
「えー? 別にこれでいいでしょう?」
ティーナはいつもの白マントに、赤いミニスカ。
「ご冗談を! 領主としての初顔合わせですよ。そんな冒険者風情の格好では舐められるだけです」
とんでもないというようにメリッサが声に力を入れて言う。
「どう思う?」
俺に聞いてくるし。
「知らないよ。君が判断することだろう」
「家臣としてアドバイスくらいしなさいよ。ユーイチとしての意見は?」
「んー、無礼講で行くと言うし、パーティーをやらないんだから、それでやってもいい気はするけどね。ただし、俺はこの世界の慣習なんて知らないんだからな。そーゆーのはギブソンさんとかに―――」
「俺に聞くな。俺も知らんぞ」
速攻で言うギブソン。この家のベテランの上級騎士なんじゃないの?
「前途多難ね。こういうのに詳しい家臣はいないの?」
リサが言う。
「ああ、セバスチャンかリックスね。まあいいわ、いちいち聞くほどのことでも無いだろうし」
そう言って、冒険者服で行こうと決めたのか、食堂に向かうティーナ。
「お待ちを。主は最後に入るものです」
メリッサは服はもう諦めたのか、マナーの方を言った。
「ああ、そうね。じゃ、みんなは先に入ってて」
「ええ」
食堂に入ると、席に着いていた何人かが慌てて立ち上がった。
ティーナがやってきたと思ったのだろう。
緊張した村長たち。ほとんどが年寄りだが、若いのも一人いた。
誰も何も教えないし、可哀想なので俺が言うことにする。
「ティーナ様はもうじきお見えです。お掛けになってお待ち下さい」
「そ、そうですか…失礼」
俺たちが空いた席に座り、だが、沈黙の空気。やりづらいなあ。
「黒色のローブ。ふうん、お前さんが騎士になった奴隷か」
ダークグリーンの上等な服を着た貴族が言う。ヘイグ男爵だろう。思ったより若い。二十代前半か。
「はい、左様にございます」
「見た感じ、色男って感じじゃねえなあ。ティーナ子爵ってのはよほどの好きもんなのか?」
「な、何だと!」
「貴様!」
席に着いていた町長が二人、気色ばんで席を立ち上がる。この二人はラインシュバルトの騎士で、スレイダーンの元町長が職を辞して逃げ帰ったために、交代で着任した人材だ。つまり、スレイダーン側の町長は一人も今日は来ていないと言うこと。
お嬢様を侮辱されて怒るのは分かるけど、アンタ達、下級騎士でしょ。相手は男爵なんだから。
「オホン、ティーナ様はそのような方ではありませんよ。魔法使いとしての腕を買って頂き、冒険者としてお目を掛けて頂いただけですから」
咳払いして冷静に否定しておく。
「そうか。で、お前らはなんか文句でもあるのか?」
「むう」
「我らがお館様を侮辱するなど」
「そいつは悪かったな。俺は元々口が悪いんだ、気にするな」
「こちらも失礼しました。二人とも席に着いて下さい。客人の前です」
男爵の前だと言えば、こっちは子爵だ侯爵だと言い返しかねないので「客人」にしておく。
「…ふう、承知した」
「…ふん」
渋々だが、席に着いてくれた。頼むから間違っても斬りかかってくれるなよ。
とても歓談という雰囲気じゃ無いし、早くティーナ来てくれよ…。
扉が開いたが、やってきたのはセバスチャンだった。一礼して壁際に引っ込む。紛らわしいな、ジジイ。
「待たせたわね」
ティーナがギブソンとリックスを引き連れてやってきた。ティーナはそのまま冒険者の服装で、上級騎士の二人は平服に着替えている。
再び、村長達が立ち上がった。
「そのままでいいわ。今日は無礼講、楽にして頂戴」
ティーナが軽く手で制して上座の席に着く。ギブソンとリックスも着席して、村長達がようやく座った。
「では、改めて自己紹介をするわね。私が新しいロフォールの領主、ティーナ=フォン=ロフォール子爵よ」
あ、名前の名字が変わっちゃうんだ。へえ。
「それから、上級騎士のリックス=アレグレット」
「いえ、お館様、私ども騎士よりも先にお客様の方を」
「ああ、そうね、失礼。それでは、男爵」
「ああ。ジャック=フォン=ヘイグ男爵だ。ま、領地が増えたんだ。お祝いは申し上げるぜ」
下級騎士の何人かが眉をひそめるが、こういう貴族もいるんだな。それとも、無礼講となっているから、ぞんざいな口を利いているのだろうか。
「ありがとう。では、町長、お願い」
町長と村長が名前を述べ、ギブソンとリックス、そして俺、あとはリサ達。
セバスチャンなどは席に着いていないし、名乗りもやらないようだ。
その辺の区分がよく分からんが、まあいい。
「では、ロフォールとミッドランドの栄光を願って、乾杯!」
ティーナが乾杯の音頭を取り、ようやく食事となった。初顔合わせとは言え、こう人数が多いと、自己紹介だけでも面倒臭いな。次からなるべくパスで。
「ニャー、ようやく食えるニャー」
豪華な食事を堪能する。村長達は難しい顔をして、ほとんど手を付けていない様子だが。
「さ、遠慮無くどうぞ」
ティーナも村長達に声を掛ける。
「恐れながら、閣下…」
村長の一人が何か言おうとしたが、男爵が口を挟んだ。
「おい、止めとけ。今日はタダの顔合わせだぞ」
「いえ、構わないわ。何かしら?」
「は…」
男爵が気になった様子。
「では、すぐのことで無いのなら、食事の後でどうかしら?」
「ありがとうございます」
腹一杯食べて、それでも、かなり食事が残った。もったいないなー。この世界だと、冷蔵庫が無いから、後は家畜のエサか、いや、兵士達が食うかな。
「さて、ごちそうさん。俺はそろそろ失礼させてもらう」
豪快に食っていたが、酒は少ししか飲まなかった男爵が立ち上がった。
「では、セバスチャン、部屋へ案内してあげて」
「いや、結構。俺はこのまま帰るぜ」
「ええ? でも、もう外は夜中だけど」
「問題無い。この辺の土地には詳しいからな」
そう言って男爵は出て行った。
「食事が気に入らなかったのかしら?」
「いえ、おそらく長居して親しくなるのを避けたのでしょう。かの御仁は、援軍を求められたくは無いはず」
リックスが言った。
「ああ。なるほどね」
それで招待には最低限の義理として応じたが、横柄な態度を取ったか。いやー、結構あれが地だったと思うけど。
「閣下、先ほどの話でございますが…」
村長が、男爵がいなくなったので安心したか、言う。
「ええ、何かしら?」
「我らを歓待して頂いた事はありがたく思いますが、この地は豊かではありません。なにとぞ、税は軽くして頂きたく」
それで食事にあまり手を付けられなかったか。この贅沢が自分たちの血税から出てくると思えば、食欲も無くなるか。農民の仕事って大変だしなあ。
「ああ。うーん…」
食事をちょっと豪華にしすぎたね。ティーナも自分の失敗に気づいたのだろう。
「なにとぞ、お願い致します!」
床に土下座とか。他の村長も同様に頭を床にこすりつけてくる。よっぽど生活が苦しいんだろうな。バーラインの村長のような明るさが無い。
「わ、分かったわ。とにかく頭を上げて。ちょっと! 上げなさい。これは命令よ」
「は、ははーっ」
今度は一斉に頭を上げる村長達。見てて痛々しい。
「税についてはお触れを出したと思うけど、来年の八月いっぱいまで、無税とします。それから、再来年、その次の年も無理な取り立てはしないわ。それまでに開墾をして生産量を上げるから…」
「か、開墾ですと!」
「お、おやめ下さいませ。我らに余力などございませぬ」
血相を変えた村長達は、うーん、開墾も大変だろうからな。
「ええ? でも…」
「どうか、どうか、お願い致します。これ以上はとても」
「働き手が次々と倒れる始末。兵にも取られ、もはや我らには普通の年貢すら無理でございます」
村長の一人が言うが。
「ええ? そんなに酷い状況なの?」
「はい。村人は全員、満足に食えず、飢えております。病に倒れる者も多く、娘を奴隷に売って、年寄りを森に捨てて、口減らしもしておりますが…」
なんだか悲惨だなあ。ティーナも顔が険しくなる。
「むっ、そんな事までしているの!?」
「はい…忍びないですが、他に手がございませぬ」
「調査はした方がよろしいでしょうな」
リックスが言う。
「そうね。分かったわ。払えないような重い税は掛けないと約束する。開墾も無理にやらせるつもりは無いから」
「おお、ありがとうございます。ありがとうございます。うう」
「だから、奴隷に売ったり、森に捨てるなんて事はしないように。いいわね?」
「は…」
「これは命令よ」
「わ、分かりました」
「ティーナ、そこは命令してもあんまり意味が無いよ。飢えて仕方なくだから、ひとまず、村長に金を渡すなりして急場を凌げるようにしておかないと」
俺が言う。
「ああ、そうね。では、これでパンを買いなさい」
「な、なんと、金貨でございますか」
目を白黒させる村長。
ティーナが金貨を適当に渡そうとするので、止める。
「ティーナ、そんな大金、きちんと公平に渡さないと」
帳簿にも付けて欲しいし。
「そうよ。それにこちらでパンを買い上げて届ける方が、荷物でしょうし、村長達もありがたいと思うわよ?」
リサが言う。
「ああ、そうね。じゃあ、悪いけど」
「いえ、そうして頂けるなら、そのほうが」
金を受け取った村長もすぐに返却する。
「では、そうしましょう」
税がいくら取れるか、村をどう発展させるか、そんなのんきなことを考えていた俺だったが、状況はそんなに甘くないようだ。




