第十四話 婚約者アーサーとの一騎打ち
2016/11/22 若干修正。
これね、他の人が話を聞いたら盛り上がるかも知れないけど、俺的には凄く盛り上がらない戦いなのよね。
そりゃ、ティーナが若干ストーカーが入りそうなアーサーと婚約解消できるのは良いと思うし、俺としてもなんとかしてやりたい気分はあるけれど、痛いのは好きじゃないの。
まあでも、ふふ、レベル差からして余裕だろ?
「ユーイチ、ステキ!」
って抱きついてこられたら、うひょひょ。
「ユーイチ、勝たなかったら、どうなるか分かってるでしょうね?」
「え…?」
「まあ、そう脅さなくても、その辺の奴なら勝てるだろう。魔法が使えないのが痛いがな」
レーネが言うが、その通り。俺は剣士じゃないものね。
「じゃ、今から特訓を」
「待て待て、明日の正午にやるんだろ? ボロボロの状態じゃ勝てるものも勝てなくなるぞ?」
「うるさい。薬草があるでしょ。さっさと来る!」
「ひい!」
夜中の二時までぶっ続けで真剣勝負をやらされた。
早朝からもぶっ続けでしごかれた。
地獄を見た。
ティーナが嫌いになったよ、ぐすん。
薬草が無い世界の方が良かったです…。
ようやく勝負の時間となり、城の中庭に俺は腰掛けているが、ふあ…。
「じゃ、いいわね? ユーイチ。アーサーはミッドランド伝統派、真正面からロングソードの技量を生かしてくるはずだから、コンビネーションを上手く切って」
「うん。寝かせてくれ…」
「ちょっと! 私の婚約が掛かってるんだからね?」
「俺の婚約じゃないし…」
「むぅ、じゃ、勝ったら、キスしてあげるから」
「む。それってベロチュー?」
「んん? 何それ」
「ディープキス。濃厚な大人のキス。舌を絡ませ合い、おててはいろんなところを触りまくる…」
「なっ! そんなキス出来るわけ無いでしょ! ほっぺよほっぺ。あとおでことか」
恥じらいで顔を真っ赤にしたティーナは、チッ、こういうときはお子様なんだよな…。
「うわ。そんなので本気出せとか。そんなので本気出す男がいるのかよ」
ちょっとやる気なった俺がここにいるけどね。こう言って、もうちょっとごねてみる。
「ええ? 良いでしょ。それ以上は無理なんだから…」
「でも、いつぞやのおっぱいの約束も果たされてないし」
すっかり忘れてたが、ラジールの炭鉱町でオーガに立ち向かうなら、おっぱいを見せるとティーナが約束してくれていたんだった。
なぜ今まで忘れてたし?
「ん? 何それ」
「うわ、やっぱりそういう落ちですか…汚ぇ…」
「いや、本当に、意味が分からないんだけど、いつの約束なのよ?」
「ラジールの炭鉱町でオーガに立ち向かうときに」
「あ」
「ほらほらぁ」
「でも、おっぱ…おほん、胸って言ってよ、恥ずかしいなあ。それと、夫以外に裸見せたらダメなんだから」
「おい…ああ、結婚したらって話か」
「でも、それだとやる気出ないんでしょ? スケベだから」
「いや、そう断定されると否定したくなるけど、見たい物は見たいよね」
「やっぱりスケベじゃない。いいわ、チラッとだけど、見せるから」
「おおお…頑張る!」
「単純ねえ…」
「本当にゲスね」
「フン、最っ低!」
「不潔です…ユーイチ様」
「ん、すがすがしいまでのスケベ野郎」
「うふふ、男の子ですものね」
後ろの一同の反応がアレだが、おっぱいに勝る物無し!
「凄い約束をされてるんですね…。ああいや、自分は何も聞いておりません!」
鎧を着るのを手伝ってくれたケインが呆気にとられていたが、あんまり騎士団の連中には言わないでね。
多分、後でティーナに半殺しにされるから。主に俺が。
うお、アーサーの方を見たら、面白く無さそうな顔でこっちを見てた。少し離れた位置に座っているし、聞こえてなきゃ良いけど。
脇で配下の女剣士がセコンドとして何か指示を出しているが、さて、実力はどんなもんかね。
あっと、分析の呪文、使っておけば良かったなあ。今はもうマズいだろうし。
セバスチャンの話を信じるか。
でも、アイツ、信用は出来ないからな。
アーサーとの結婚を推してるかも知れないし、いやでも、ダンジョンでレベルを上げまくった俺たちに、親衛隊だかなんだか知らないが、温室育ちのお坊ちゃまが勝てるかね?
やはりそれは無いと思うな。
こっちは死線をくぐり抜けてるんだぜ? 実戦の。
「では、よろしいでしょうか。時間にございます」
セバスチャンが告げ、城の中庭に置かれた椅子から、双方が立ち上がる。
一方は、金縁に白地金のやたらカッコイイ鎧に身を包んだ侯爵嫡子。
一方は、借り物の鉄の胸当てをした下級騎士。元奴隷。
ギャラリーは、俺たちのパーティーと、ティーナの家族と少数の家臣のみ。
ま、勝っても負けても、あまり外聞の良い戦いでは無いし。
「ユーイチ、君が受けてくれて本当に感謝しているよ。よくぞ逃げずに僕の前に立ってくれた。お互い、正々堂々、戦おう」
悪くはないが、微妙に小物臭がする言葉を吐くアーサー。まあ、ここで俺を罵ったり嘲ったりするような男なら、ティーナもお父様も早々に見限っていただろうけどね。
「アーサー様に恨みはございませんが、引き受けたからには全力で行かせてもらいます。勝っても負けても遺恨としないということで、お願い致します」
「分かっている。くどいぞ」
分かってるならいいんだけどねえ。
セバスチャンが間を空けずに言う。
「では、僭越ながら私めが審判を務めさせて頂きます。どちらかが降参するか、戦闘不能と私が判断した場合にはお止めしますので、双方とも全力でどうぞ。必殺以外の急所攻撃は有り、追い打ち有り、肘打ち膝蹴り関節技も有りでございます」
「えっ? それも有りなんですか?」
総合格闘技も真っ青だろ、それ。
「安心しろ、ユーイチ。僕はそんな野蛮な戦い方はしない」
うわ、アーサー、カッコイイ!
とは言え、本当にそうなのか、後は戦ってみないと分からないか。
ティーナの話を聞く限りでは、正々堂々とやるタイプらしいけど。
「それでは、よろしいですな。始め!」
まずは相手の力量の見極め。俺は防御に徹する。これは作戦通り。
「ユーイチは剣士としての経験がゼロに近いから、いきなり攻撃するのは危ないわ。避けられたり受け流されたら、それだけでピンチになるし」
とのにわか師匠のお言葉だし。
「見るがいい! ミッドランド親衛隊の実力を!」
やや細めの長剣を真上に掲げるようにして走り込んでくるアーサー。うん、そこそこ速い足だけど、俺よりは遅いね。
さて、そろそろ…。
「ユーイチ! 何してるの、もう間合いよ!」
は?
だって、まだ、五メートルはあるけど…
「ははは、ド素人が!」
ヒュンッ!
「うえっ!?」
ちょっ!?
なに今の! なに今の!
太刀筋が全然見えなかったんですけど?
「くっ!? 避けた?」
アーサーが信じられないと言う風に俺を振り返る。
おう、避けてるね。見えてないのに、体が動いた俺って、どうしちゃったのやら。
「ほう、思ったよりやるじゃないか、アイツ」
わあ、レーネの認定が来たぁ。
アイツとはもちろん、アーサーの方だ。俺の実力はレーネも知ってるからね。
しかし、そうなると…やべえ、これは相当強いわ。
「なんて速い太刀筋だ。踏み込みも凄い…!」
騎士のケインも驚いてるが、うん、やはり、それだけの実力なのだろう。この世界の剣士がみんなこうなら、魔法使い要らないよね。
「ユーイチ、何してるニャ、動かないとタダの的ニャ」
む、そうだった。フットワーク、フットワーク。
「ふん、その程度のにわか仕込みで、我が剣が躱せるか!」
来る!
右、右、左!
げえ、まだ有るのか。右!
うおっ、水平横薙ぎとか。ひい。
「ば、バカな…全て、避けただと?」
「当然でしょ! 私のパーティーなんだから」
そう言ったティーナだが、顔はかなり渋い。こりゃ、ティーナが予想していた以上にアーサーが成長していたってことだな。
こりゃ、勝てないかもね。
とは言え、斬られるのは痛過ぎるし、当然避ける。
「ええい、なぜ当たらない! 剣士でも無いお前が、これほどの見切りを会得しているのはおかしいぞ!」
俺もそう思うんだけどね。
いや、でも、ティーナやレーネや、あっちこっちのムキムキさんが、ことあるごとにしごいてきたからさあ。
割と避けるのだけは自信、有ります。
ただ、アーサーの剣はやたらリーチが長いし、踏み込みが良いせいか、バックステップで避けるのはちょっと不可能に近い。
それでも連続の縦斬りと、たまーに出る横斬りに気を付ければ、リズムもある程度パターン化されていて、素直な剣術だ。これがティーナの剣術だと、基本パターンは少ないくせに、時々、予想外の変化をしてくるからな。
「むう…」
おっと、動きが止まったか。手詰まりだね、アーサー君。
そろそろ反撃してもいいですか?
フッ、行くぜ!
「うりゃ!」
「あっ! ダメ! まだ早い!」
え?
ガキンと、俺の胸甲が音を立てる。うえ、カウンターをもらっていた。
しかも。
「げえ…鉄の鎧が切れてる?」
胸の真ん中に、斜めの切り裂いた穴が開いてるし。
これ、まともに体に食らったら、死ぬよね?
「ふん、やはりラインシュバルトの鎧、タダの鉄鎧でさえ、それなりの業物か」
あうあう…。
業物じゃなかったら、どうなってたんでしょう、俺。
「ユーイチ! 距離を取って。立て直すのよ」
「お、おう」
「させるか!」
うわ、た、タンマ、ひい。あうっ! うひっ!
くそ、この連続攻撃に入られると、簡単に逃れられん。
「しかし、なんだあの体の柔らかさは。はっきり言って気持ち悪いぞ」
うるさいよ、レーネ。
「ああ…、うん、柔軟体操だ、準備体操が大切だって、あれは私の稽古を嫌がってるのかと思ってたけど…役に立つわね、ホントに」
うん、ティーナが感心してくれてるけど、本当に純粋に、訓練逃れの時間稼ぎの柔軟体操だったんだけどね。スキルシステムで270度開脚とか出来るようになってるんだよね。
「そこはパリィ! パリィや!」
ミネアがアドバイスしてくれるが、太刀筋がよく見えないから、受け流しとか、ちょっと無理。
「アーサー様、大振りはいけません。素早い相手にはもっとコンパクトに」
青ビキニアーマーの剣士が余計なアドバイスを。くそ。
「うるさい! パリィすらできないこんなド素人相手に!」
まあ、ド素人はド素人だけど、実際当たってないじゃんね? そこは素直にセコンドのアドバイス聞けば良いのに。ま、この方が俺は都合良いけどさ。
それにしても、こんなに連続で斬って掛かってるのに、息切れしないとか。
おい…これ、レベル30とかじゃねえの? レベル20は超えてるよね、絶対。
だが、ティーナやレーネの本気モードよりは、弱いし、遅い。
ティーナが本気を出したら、時々、当たっちゃうものね。
それにスピードじゃ無くて、なんと言うか…技量、でも無いな…。
とにかく、アーサーは当てるのが下手なのかな?
いや、そうか、ティーナやレーネは俺の回避パターンを経験で見切ってるから、予測して高確率でヒットさせてくるんだろう。
なら、初見のアーサーは、俺には当てにくいはず。
そして、ふふふ、こっちはだんだん目が慣れてきて、剣の斬ってくる角度はなんとなく分かってきたぜー。
この勝負、時間さえ稼げば、俺の勝ちだ。
そう思った矢先。
「ん?」
「ふう」
アーサーが間合いから外れて、動きを止めた。
お? 降参? 降参しちゃう? ユー、降参しちゃいなYO! 良い戦いだったし。何も恥じることは無いぜ、アーサー。
「審判、必殺でなければ、何でも有りだったな?」
アーサーが問う。
「左様でございます」
「ふむ。ティーナのお気に入りと言うことで、あまり傷つけたくは無かったが、これでは埒があかない。それなりにレベルも高そうだし、本気で行かせてもらうよ、ティーナ」
「「えっ!?」」
俺もティーナも気の抜けた声になるが。
「うおっ! ぬあっ! いてっ!」
くそ、斬られた! ちょっとだけど。
「ユーイチ! ああ…」
ティーナの声に少し悲痛が混じる。それだけ俺がヤバいってことだし。ま、婚約は諦めてくれ。
「くっ、全力でも避けられるだと!」
うわあ…アーサーさん、今まで手加減してらしたのね。その心意気、とても素敵なんですが、どうせなら、最後まで手を抜いてて欲しかったです…。
「レーネ、どんな感じや思う?」
ミネアが聞く。
「さて、ユーイチの方が分が悪いな。いくら素早いと言っても、連続で斬られていては、逃げ場が無くなるぞ」
そういう情報をおっきな声で言うの止めて。
「ううん。頑張って!」
ミネアも声援を送ることしかできないか。
「きちんと避けなさいよ、バカ!」
エリカが応援なのか罵声なのか良くわからんが、叫ぶ。
きっとクロは青い顔をしてると思うが、そっちを見てる余裕は無い。
「くっ!」
ああ、やべ、また食らった。これじゃ反撃どころじゃ無いよ。
パリィを合わせて行きたいが、失敗したらそれまでだし、困った…。
む、アーサーがまた間合いを取って、動きを止めた。
「なぜだ。なぜ、攻撃してこない、ユーイチ!」
いや、したくても、そんな隙が無いじゃん。
格好良い台詞も思いつかないし、アーサーを怒らせたら後が面倒になるから、ここは無視で。
「ユーイチ、攻撃しても構わんぞ。同意の上だ。相手が貴族であろうと、罰は気にするな」
お父様が言ってくれるが。仕方ないなあ。攻撃の振りだけでもしておくか。
えい。
「その程度で!」
「ふおっ!」
カウンターとか。くっそ、これがあるから、怖いんだよなぁ。
だが、避けたぜ。
さらに何回避けたか分からなくなったが、スキルシステムのおかげか、俺の回避率が上がってきた。顔や腕には切り傷がいっぱいで、血も結構流れているが、命に関わるほどでは無い。
ステータスのHP表示も、魔法禁止と言うルールなので使っていないが、これまで戦闘を重ねてきたせいで、ダメージの深さが感覚で分かるようになっている。
安全な暮らしがしたいなあ。
あと、早く日本のおうちに帰りたい…。
何で俺、こんなところで斬り合いなんてしてるんでしょ?
「ユーイチ! 反撃しなさいって言ってるでしょ! 余計に攻撃が来て辛いわよ?」
ティーナがさっきから攻撃しろしろとうるさいが、もうちょっと、もうちょっとだけ待って。今、見切れてきてるんだからさ。
急いては事をし損じると言うじゃない。
「くっ、なんだ? それほど息が上がってるわけでも無いのに…」
ふむ、アーサーも、俺の回避率が上がってる事は気づいてるんだな。
だとすると、破れかぶれの必殺技とか大技を出される前に、反撃した方が良いか。




