第十一話 キノコ狩り
2016/10/2 誤字修正。
今日は、俺が奴隷となってから25日目、男爵の家に来てから3日目だ。
朝食の時に、ギルバートが言う。
「お館様がキノコを食べたいそうだ。ノルド爺さん、ユーイチを連れて、採ってきてくれないか」
厨房のテーブルには俺の他に五人が座っている。全員、ここの使用人だ。
一人は俺を買ったギルバート。どうやら彼は使用人の取りまとめ役、執事のようなことをこなしているらしい。他の使用人にあれこれ指示を出すことが多い。
もう一人は、あごひげのビル。名字は無い。ただのビルだ。彼は馬の世話や力仕事が専門だ。
おばさんとお婆さん。家の掃除と料理、洗濯が仕事のようだが、奴隷の俺にはあからさまに見下した態度を取ってくる。質問しても無視したりするし。
ふん、こっちも、お前らには用は無いよ。
最後にノルド爺さん。白髪の上にもう腰が曲がっているが、庭の木の手入れなどをしている。
いかにもな頑固爺で、ギルバートにも口答えしていたので、俺はなるべく関わらないようにしているが、
時々、あれを取ってこい、これを取ってこいと、俺をパシリに使ってくる。
聞いたことは教えてくれるので、必要最低限の付き合いで良いだろう。
「嫌じゃ」
そのノルド爺が言う。
「そう言わずに。ユーイチは木の実を採ってくるのが上手いから、キノコも教えてやれば出来るようになるんじゃないかな」
なおもセールストークを交えて説得を試みるギルバート。辛抱強く冷静な男だ。
「教えても出来やせんわい」
決めつけてくる。ここはギルバートの顔を立てておいた方が後々、有利だろう。使用人の中では一番力があるようだし。
長いものに巻かれまくるのがこちらでの俺の信条だ。
「お館様が食べたいと仰っているんだし、僕も頑張りますよ」
やる気を見せて、言う。
「ふん、キノコなんぞ、買ってくればええ」
ノルド爺の頑なな答えを聞いてギルバートが肩をすくめる。
「やれやれ、それだと今日のことにはならないなぁ」
「爺さん、腰が痛いのか?」
ビルが聞いた。なるほど、それで嫌がっていたのか。
「いいや。ぴんぴんしとるわい」
それが本当なら、ワガママだ。
「ユーイチ、お前もキノコ、食いたいよな?」
ギルバートがニヤッと笑って言う。ここは当然、頷く。
「はい。奴隷に売られてから一度も食べてなくて…キノコが恋しいです、ふう」
別にそんな事は無いのだが一芝居打っておく。
「だそうだ。この間、サロン草をくれてやっただろう、爺さん」
「それがどうした」
「あれを持ってきてくれたのはこのユーイチだ。爺さんが腰を痛めてると聞いて採ってきてくれたんだぞ?」
ギルバートが持って行ったのはそれが理由だったか。泥棒扱いしてちょっと申し訳ない気分だ。
うんうんと頷いて話を合わせておく。
「む。…フン、誰も頼んでおらんわ。まあいい、そこまで言うなら、教えるだけは教えてやろう。
じゃが、ワシかアマンダのおらんところで、採ってきたら鞭でぶつぞ」
なぜキノコを採りに行くのに許可が要るのか、俺が逃げる事を恐れてだろうか。しかし、木の実集めは俺が単独で森に入っているのをこの爺さんも知ってるはずなんだが。
「良し、決まった。じゃ、ユーイチ、今日は他の事はいいから、爺さんに教えてもらえ」
「はい。よろしくお願いします、ノルドさん」
「フン」
相当機嫌が悪いようだが、困ったね。
ともかく、了承はしたようだし、他の使用人達も自分の仕事へ向かった。俺は爺さんが食事を終えるのを待つことにする。
「ほれ、ぼさっとしとらんで、籠を用意せんか、籠を」
「あ、はい、分かりました」
俺の寝泊まりしている物置小屋に置いてあったはず。
すぐに取りに行く。一つを俺が背負い、もう一つを持って、厨房に戻る。
………。
爺さんは、木のコップでのんびり、お茶を飲んでいる。
暇を持て余しているので、情報収集でもするか。
「キノコは森に生えてるんですよね?」
「フン! 他にどこに生えるんじゃ」
まあそうなんだけど、くそ、余計な質問をしてしまった。三択にしてくれれば楽なのに。
「この時期はどう言うキノコが採れるんですか?」
「色々じゃ。じゃが、女王茸は夏の終わりから秋だけにしかならんからな」
「女王…どんなキノコなんですか?」
黒光りしてたら嫌だ。
「なんじゃ、女王茸も知らんのか」
「はあ」
「香りが良くて、滅多に採れないから高級品だ。香りは女王、味はミニ」
「ははあ、アレかな」
香り松茸、味シメジ。
「ま、お前には一生、見つけられやせんから気にするな」
「む。はあ」
猫の実で鳴らしたこの腕を、ちょいと甘く見ておいでではないですかね?
初めてですよ、私をここまでコケにしたお馬鹿さんは…
ま、そこは実力というものを見せてあげないといけませんか。
んっふっふっ、スキルシステムもあるから、爺が腰を抜かすのが今から目に浮かぶぜ。
「さて、のんびり行くとするかの」
「はい」
ノルド爺さんに付いて、森へ向かう。クロも付いてきた。
「………」
爺さんはのんびり、黙って歩いている。
さっきから薬草が目に付くが、今日はキノコを採るために来ているので、採るのは止めておこう。
爺さんが機嫌を損ねたら事だし。
薬草はいくつか持ち歩いてるし。
「………」
キノコが生えている場所は、まだ先だろうか?
周りを見てみるが、サロン草をまた発見した他は、木と草しかない。
「森に入るときは」
おっ、レクチャーが始まった!
集中、集中。
「昼から入ってはいかん。夕方からはもっての他じゃ。すぐに暗くなって、迷うからの」
「なるほど」
昼から入ったこともあったが、まあ、奥へは行ってないし。俺も方向音痴にはちょっと自信があるので、そこは注意している。
「お前さんは、何しに来ておるのかの?」
「はい? ええと、いや、このお屋敷の使用人、ですけど」
別にこの異世界に目的が有って来たわけじゃないし、奴隷になったのも俺の意思では無い。
「そんな事は聞いておらん。キノコの採り方を教わるんじゃなかったのか」
「ああ、もちろんです。教えて下さい、師匠」
どうやら、俺からお願いしなきゃ、いけなかったようだ。
「フン、弟子にも取ってないのに、勝手に師匠などと呼ぶな。それより、キノコは採らんでいいのか? ワシも歳じゃから、あまり歩きたくは無いぞ」
「むむ? ハッ! くっ、もしや、もうすでにこの辺りに?」
慌てて周囲を見回すが、キノコは見えない。
「ほっほっ、どこを探しておるんじゃ。お前の目は節穴か」
なにおう!
落ち着け。きっとどこかにあるはずだ。茶色くて、半円のキノコが。
よく探せ!
「んー…」
ねえなあ。
「話にもならんわ」
「うぐぐ」
目を皿のようにして、屈んでみたり、草をかき分けてみたが、駄目。
本当にあるのだろうか?
仕方ない。
「すみません、ノルドさん、お手本を一つ」
「フン、もう音を上げたか。これはモノにならんのう」
そう言って、ノルドは木の側に屈み、手を伸ばした。
あっ! と思ったときには、手に白いキノコが握られている。
手品ですか?
「やれやれ、こんなに大きくて白くて目立つのに、見えもせんか」
「むう、今回は、見落としました。ですが、次は必ず」
「はっ、笑わせる。今回も何も、ここから見える位置にまだ三本は生えておるわい」
「な、なにぃー!」
戦慄する。
これだけの、手のひらの大きさの、真っ白なキノコだ。
見落とすはずが無い。
周りは緑と茶色なんだから、目立つだろうに。
視力に問題があるのか?
遠く、森の奥を見てみるが、それほど視力が悪いようには思えない。
俺の元世界の視力は1.5だ。
それから特に変わったようには見えない。
爺が嘘をついている…?
いや、ここで手品を見せる意味が分からない。
ノルド爺さんは俺にキノコの採り方を教えるのは嫌だったようだし。
なら、あえて手品を見せて挫折させようと…いや、そんな手の込んだこと、しそうに無いな、この爺さん。
嫌なら嫌と言うし、やると言えば渋々でもやる、そんな頑固で律儀なタイプに思える。
キノコが俺の視界から動いて逃げている?
だーるまさんが、うりゃああ!
うっ…首をちょっとひねった。いてて。
「何をやっておる。遊ぶならワシは帰るぞ」
「ま、待って下さい。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ!」
やべーよ、ここに来て超難度モードとは。
俺のこれまでの人生、友達を作ること以外は割と楽勝モードだっただけに
燃えるぜ!
探す。
見つからない。
いや、もうこうなったら
文字通り、草の根分けてでも
探し出してやる。
俺は近場から、草をより分けながら、丁寧に探し始めた。
「おいおい、日が暮れるぞ」
「そう思うなら、コツを教えてくれませんか」
「フン、キノコを探そうとする奴は必ずそう言うが、それを教えて見つかった例しがない。
挙げ句の果てに、ワシの教え方が悪いなどと文句を付けてくる始末じゃ。それにキノコ探しは…」
「言いません! ノルドさんの教え方が悪いなんて、口が裂けても言いませんから、せめてヒントだけでも」
「じゃあ、木の根元を探してみろ」
おう。なに、そんなまともなアドバイス、もっと早く言ってよね!
キノコは菌類、じめじめしたところが良いはずだ。
そうだ、落ち着け、俺にはこの頭脳がある。
じめじめするには、日当たりの悪いところ…。
唐突に、白い物体が見えた。
「あったぁああああ!」
「む」
ダッシュで木の根元の裏側に駆け寄り、それを掴む。
「ゲットだぜ!」
決めポーズで爺に見せる。
「フン、一つ見つけたくらいでいい気になりおって」
いや、一生見つけられないとか言ってなかったですか? あれは女王茸か。
まあいい。
「よろしい、ならば、二つ目も」
探す。
大丈夫、やれる。
俺ならやれる。
もうだいたいの範囲は予想が付いている。
後は、念入りに、先入観を捨てて、悟りを開くように、あるがままを受け入れて………
「あったぁあああ!」
「な、なんじゃと」
ククク、ジジイ!
テメー、今、動揺したな?
俺様のスキルシステムと脳みそを舐めてんじゃねーぞ?
「これで、三つ目ですね」
「うぬぬ…」
しかし、草の葉っぱの後ろに隠れると、もう見えなくなるので、これは探しにくい。
角度を変えるように移動しながら、怪しいポイントは手で草を払いのける一手間も必要だろう。
それを考えると、直線に歩いていて、そのまま何もせずにぱっと見つけたノルドは、相当な熟練度を貯めているに違いない。
「フン、じゃ、それは捨てろ」
「えっ? いや、それを捨てるなんてとんでもない!」
せっかく、俺がこの世界で最初に見つけたキノコなのに。
エキスパートモードをクリアした記念に部屋に飾っておきたいくらいなんだが。
「やかましい。良いから捨てろ。それは毒キノコじゃ」
「はい? ええ? チッ!」
これで美味しい料理が食えるかも、どんな味かなーとちらっと考えてたのに。
でも、真っ白で、手触りもマッシュルームみたいだし、香りも良い感じですよ?
本当に毒なのかなあ。
ねえ、クロ。
「ニー」
クロもくんくんと匂いを嗅いでいる。
「間違ってもかじるでないぞ。それは猛毒じゃ。大の大人でも一本かじれば死ぬ」
「マジですか」
「ニ、ニー!」
慌ててキノコを遠くに放り投げる。
「じゃ、分かったら、次じゃ」
爺さんが先を行くので付いていく。
「ちなみに、今のキノコの名前は?」
「ホワイトキノコじゃ。真っ白だったろう」
「はい、とても、美味しそうでした…」
アレが食えないのはちょっと残念だ。
「ワシを疑うなら、食ってみても良いが、普通の毒消しでは効かんから注意しろ」
「ああ、毒消し草、紫のヤツですよね?」
この世界には便利な毒消し草、紫蘇のような薬草があって、それで毒を消せるらしい。
俺が風邪を引いて寝込んだときに、ロブえもんが採ってきて、食べさせてくれた。
風邪にはあまり効果が無いそうだが、何も無いよりは、と傷治しのアロエ草も食べた。
紫蘇っぽい毒消し草は、紫蘇の味がした。この世界では単に「毒消し草」あるいは「紫の毒消し草」と呼ぶらしい。
「そうじゃ。食中毒にはラッパ草を使うが、キノコの毒にはそれが効かん。ラック草の実が必要になるんじゃ」
「ラック草の実ですか」
重要キーワードだ。声に出して覚えておこう。
「それも、時間が経ってからではダメじゃからの。とにかく、毒キノコは食べたらもう死ぬと思っておけ」
「分かりました。ちなみに、ラック草はどんな?」
「ワシも生えている草は見た事が無い。町の道具屋や行商の薬師なら持っているから、それを買うんじゃ。ピンク色の粒じゃな。すり潰さずにそのまま飲む」
「へえ」
為になる。
やはり、人生経験豊富なお年寄りは大切にしないと。
おばあちゃんじゃないけど知恵袋だね。
誰ですか、ジジイなどとぞんざいに呼んでいたのは。
はい、私です、ごめんなさい。
俺様用メモ
ホワイトキノコ … 真っ白なキノコ。一本で致死量の猛毒。
アロエ草 … 薬草。傷や火傷に効く。まんまアロエ。あかぎれも一日で治る。
サロン草 … 筋肉痛や打撲に効く。水気の多い大きな葉っぱ。高さ一メートル
目は滲みる。
ロキソ草 … 茶色でサロン草に似ている。打撲や筋肉痛に一時間で効果有り。
痛み止め。
コーワ草 … 実をすり潰せば、かゆみ止めになる
アリエ草 … 洗剤に使う。界面活性剤。目に入れるとヤバい。
紫の毒消し草 … 紫蘇のような色。広く使われる毒消し。
ラック草 … ピンク色の実を飲む毒消し草。すり潰さすに用いる。
安価で入手可能。
ラッパ草 … 食中毒用の毒消し。
クロ … ナデナデして精神的な癒やしに使用。枕は不可。




