第十話 王族の護衛
2016/11/22 若干修正。
暇つぶしに使った探知の魔法で引っかかった王族の反応。
凄く嘘臭いので、それでも確認に行くことにしたのだが。
「風下に回った方が良いニャ」
などと、普段の言動からは信じられない発言が出たので、リン以外の全員が思わずリムの顔を見る。
「ニャ、さっきまで干し魚を食べてたから、あちしの口臭が気になるニャ」
恥ずかしそうに頭を掻くリム。ま、リムはこうでなくっちゃな。こういう伏兵の時じゃ無くて、普段の時にそうやって照れくさそうにしてくれたら、萌えそうだが、ま、今はそれどころじゃ無かった。
「そうでござるな。拙者としたことが、犬の獣人の存在を忘れていたでござるよ」
「まあ、可能性はあるけど、大丈夫だと思うわよ?」
リサは気にしていない様子。
「ま、念には念を入れて、出来れば奇襲にしたいしな。風はこっちからやから、向こうに回ろうか」
ミネアが草をちぎって落とし、風の方向を見極めた。
西から東へ向かって流れている感じなので、東側に回り込みつつ、北を目指す。
「むう、足場が悪いな…外れてたら、ごめんな、みんな」
言う。森の中は、人間が歩くようには出来ていない。こうして道なき道を歩き回るのは二度目だが、やはり街道が一番良い。
俺が王族なら、
「朕は街道、人の道以外は通らぬ! それで敵に捕まるのであれば本望じゃ!」
とワガママを言うところだが。
ううん、ますます、別の何かを見つけたっぽいよね。でも、探知の魔法の条件付けは、スレイダーンの第二王子ってちゃんと限定したし。
この魔法の精度も、一度、しっかり検証すべきだな。
「そろそろ、敵の視界に入るでござる。なるべく、木の後ろに向かって歩いて欲しいでござるよ」
「分かった」
「拙者は木の上から移動するでござる」
「え? 出来んの、そんなコト」
「厳しい修行を積めば、出来るでござるよ」
出来たとしてもやりたくねえな、そんな厳しそうな修行。
リンは本当に木にするすると登って行くと、枝の葉の中に消えてしまった。なんか凄いな。リアル忍者って。
「行くわよ」
「ああ」
先に進む。
しばらくして、ミネアが右手を挙げて合図した。何かあったのだろう。止まって、指示を待つことにする。
『当たりや』
えっ? マジで?
『じゃ、奇襲の作戦を立てましょう。相手は八人。うち、鎧を着た騎士が五人。それと魔法使いっぽいのが一人いる』
リサが言うが、人数がちょっと厳しめだ。
『作戦中止というのは…』
『ここまで来て、それは無いでござるよ。つまらない冗談は時間を無駄にするだけでござる』
『お、おう』
本気で言ったんだけどね。
『じゃ、魔法使いは最初に仕留めた方がええな。うちとリサで集中して倒そう』
ミネアが言う。
『ええ』
『拙者は、本命の王子の背後を狙うでござる。人質に取れば、護衛も動きが取れないでござるよ』
『分かったわ。じゃ、後は臨機応変に行くわよ』
リサがリーダー代理として締めた。
『『『了解!』』』
奇襲を前提としているので、魔力の光や流れが相手の魔法使いに気づかれそうなバリアの呪文はまだ使わない。
味方のHP表示のステータス呪文はここに来る前に唱えてある。
ステータス呪文の方は俺の第六感では気づかれないと思うのだが、その時はその時だ。
「ぐあっ!」
男の声がして、リサとミネアが飛び道具を使って攻撃したようだ。
間髪入れずに木の後ろから飛び出し、状況確認。
うお、黄金鎧かよ。
騎士の五人は身を隠すための草色のマントを羽織ってはいるが、下の鎧は金ぴかだ。
ゴー○ドセイントとか呼ばれてるのかな。
前方に半円を描くように展開しており、中心にいる王子らしき男を守る陣形だ。
「むっ、敵か!」
さすがに要人の護衛だけあって、状況判断と反応が素早い。全員が剣を抜き、周囲の確認に努めている。
「な、何じゃ?」
中心の王子は倒れた魔法使いを見て唖然としている。草色のマントは羽織っているが、下が白タイツとか、もうちょっと変装に気を遣えよと敵ながら言いたくなる服装。
「ひっ」
その後ろの女性はおそらくお付きの侍女だろう。剣や杖は持っておらず、倒れた魔法使いを見て顔を引き攣らせている。
そしてうつぶせに倒れている草色のローブの男。ぴくりとも動かないので、戦闘不能状態だ。今は無視して大丈夫。
「行くぞ!」
レーネが一番手前にいる騎士に大剣を振り下ろす。ギンッと激しく金属が打ち合う音と火花を散らし、だが、あの大剣を真正面から受け止めやがった?
「む、やるな?」
「くっ、貴様ら、この御方をどなたと心得る!」
「この狼藉はタダでは済まんぞ!」
そう叫んで牽制してくる護衛騎士だが、こっちは分かってて襲撃してるもんね。
まずはバリアを全員に。リンは姿が見えないので、対象外にしておく。
「くっ、何も見えん!」
リムの攻撃を受け止めようとしていた護衛騎士が、顔の前に手をやって闇を振り払おうとする。
ミオの暗闇の呪文が上手く掛かったようだ。なら、行けるだろう。
俺も暗闇の呪文を無詠唱で使い、レーネを挟み撃ちしようとしているもう一人の護衛騎士を暗闇状態にする。
「くっ! 気を付けろ、こいつら、目潰しを使ってくるぞ!」
「後ろにいる魔術士どもをなんとかしろ!」
護衛騎士が味方に指示するが、もう遅い。手前の二人が暗闇状態、後ろの二人はまだ距離があり、残る一人はレーネが相手をしている。
「聖なる矢よ、魔を討ち祓い給え! ホーリーアロー!」
クレアが向かってこようとした護衛騎士に光の矢を打ち込む。この呪文、聖職者限定らしく、俺が唱えても発動しないのよね。残念だ…。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
エリカが護衛騎士の一人に向けて電撃を飛ばし、俺たちの先制攻撃が終了。
「殿下をお守りしろ!」
む、後ろの護衛騎士の一人が王子の側に行ってしまった。これではリンが王子の背後に飛び降りるのは厳しいだろう。
まあ、この護衛騎士を力押しで全員倒せばそれで良いんだけどね。一応、強さはどんなもんか、分析っと。
護衛騎士 Lv 53 HP 742/763
【弱点】 特になし
【耐性】 物理
【状態】 暗闇
【解説】 スレイダーンの護衛騎士。
騎士の中でも特に優れた技量を持ち、
絶対の忠義を認められた者だけが許される上級職。
武具と馬の扱いに長けている。
げぇ!
デーモンも余裕で倒しちゃうザック級が五人とか。
しかも装備も良さそうだし、マズいです…。
目潰し呪文があっさり効くから弱いのかと思ったのに。
レーネの一撃を止めた時点で気づくべきだった。
『て、撤収するぞ! こいつらのレベルは53だ。敵う相手じゃ無いぞ』
『ええ? むう、行けるかと思ったのに。仕方ないわね。撤収!』
リサは判断が速くて助かる。最初からサブリーダー的な存在だからな。
『ふむ、道理で歯ごたえが有ると思った。さすがに五人となると、私でも無理だな』
レーネも余裕ぶってはいるが、常識的な判断を下す。
『了解や。ほな、うちが飛び道具で牽制するから、リムとレーネは、タイミング見て下がってな』
『ん、こっちもアイスウォールで足止めする。手前の奴』
「ぐっ! 痛いニャー」
リムが70ポイント台のダメージ食らってるし、こりゃ引くしか無いわ。
「ええ? フン、要はアイツを仕留めちゃえば良いんでしょ?」
などと不穏なことを言ったエリカが、無詠唱で電撃を王子に向けて飛ばす。
「ぐあああっ!」
「ちょっ!」
どう見ても非戦闘員の要人を攻撃するとか。ああもう、何やってんの!
俺たちの目的は暗殺じゃなくて、捕獲だっつーの。
「で、殿下ぁ!」
護衛騎士も血相を変える。
ここで王子をやっちまったら、確実に護衛騎士のコイツらがキレて地の果てまで追ってくるだろう。逃げ切れるなら、カーティス卿に怒られるだけで済むかもしれないが。
『エリカ! 王子への攻撃は禁止だ!』
『なんでよ? あいつらの親玉の子供でしょ?』
『そうだが、作戦目的と違うだろうが』
『フン、捕獲が無理なら、抹殺でしょ』
間違った考え方とは言えないが。
「おのれえええ!」
「ニャ! あうっ!」
「リム!」
後ろに吹っ飛ばされたぞ。大丈夫か!?
HPはまだ百以上有るが、くそ、ステータスが重傷になったし。そこでクリティカルヒットとか。
「リムさん!」
「バカ! 戻りなさい、ケイン!」
このままじゃ、ヤバい。
ここは…
「全員! 動くな! 動くと王子の命は無いぞ!」
王子は倒れて動いていないので、すでに死んでるかも知れないが、こうでも言わないと、護衛騎士を止められない。
「むっ! 卑怯な!」
だが、よし、止まった!
「取引と行こう。こちらは王子を見逃して立ち去る、そちらもこっちを見逃して立ち去る。このまま双方痛み分けと言うことで、一つ」
「ふざけるな。殿下を傷つけた狼藉者を生かして帰すとでも思ったか! やれ!」
くそ、頭悪いなぁ、こいつら。その殿下が死んだら、お前らの任務は完全に失敗だろうに。
リムにハイポーションを使いたいが、ここからだと距離がある。俺が出て行っても、護衛騎士に斬られて終わりだし、くっ、どうするよ?
「ん、交渉決裂、足止め」
ミオがそう言って、リムに斬りかかろうとした護衛騎士の前にアイスウォールを出す。
「むっ!」
護衛騎士が呪文を気にして立ち止まった。
「女神ミルスよ、我が願いを聞き入れ給え。大いなる癒やしよ!」
クレアが離れた位置から回復魔法を使った。多分、かなり上級。グレートだし。
「バカな! 大司祭級だと!?」
「さてはミッドランドの精鋭部隊か!」
お?
なんか良い感じで勘違いしてくれたみたいね。
『リム、動くなよ』
『わかったニャ』
護衛騎士がクレアに気を取られている隙に、こっそり、無詠唱でリムにカモフラージュしてと。
「ぬおおおおお! 来たれ地獄の破壊神よ、世界を混沌の闇に包み、理をことごとく打ち崩せ、テレポート!」
両手を上に挙げて、呪文を唱えるフリ。ありゃ? 全員、ぽかんとして俺を見てるが、むう、ほら、リムが消えて見えないっすか?
そこ、そこ!
「む、猫の獣人がいない!?」
よし。
「まさか、味方を消し去ったのか?」
「なんと非情な…」
あれ? そう言う呪文に見えちゃったか。まあいい。
「フハハハハハ、我が精鋭部隊に役立たずなど不要よ! 替えはいくらでもいるのでな」
「くっ! やはりか!」
「他にも伏兵がいると言うことか!」
おーおー、良い方に考えをめぐらせてくれるねえ。
「ふふん、バレてしまっては仕方有るまい。包囲するまで実力を隠してお前らを油断させてやろうかと思ったが、この闇の大魔導師様が直々に、貴様らを残らず消し去ってくれるわ!」
「くっ、させるかぁ!」
うえ、突っ込んでくるなんて、勇気ありすぎでしょ! こっちは大魔王設定なのに!
「待て! 先に殿下を安全なところへ! 時間を稼ぐのだ!」
『ユーイチ、煙玉投げるから、それっぽいの唱えてや』
ミネアが念話してくる。ナイスアシスト。
『了解』
「ふふふ、よもや貴様らごときに、この禁呪を使う羽目になろうとはな…。後悔するが良い、この呪いの煙を吸った者は、三日後にスライムと化す! 元に戻すのは、いかなる薬や聖職者でも不可能!」
「な、なんだと!」
「そんな無茶苦茶な」
「な、なんと恐ろしい」
オーケー、バレてなーい。
「エロエロエッサイム、我は求め訴えたり! フォントハ、オンニャノコニカケテ、フクダケ、トカース、マジューツヲツカイタインジャー!」
「気を付けて! アレを吸ったら終わりや!」
ミネアがそう叫んで煙り玉を投げ込む。
「ニ゛ャー! スライムになりたくないニャー! 助けてー」
こら! お前が引っかかってどうするよ、リム。
『リム、それはユーイチのハッタリだから、平気よ。今すぐ下がりなさい』
リサが念話で言う。
『ニャ? ホント?』
『ホント、ホント』
俺も言って落ち着かせてやる。
『王子も確保したでござる。とっととずらかるでござるよ』
『了解!』
「くそっ、煙が、こんなに広がって」
「殿下を! 殿下を早く下がらせろ!」
「むっ! 殿下が木の根っこに化けた!?」
「「「なにぃいいいい!?」」」
アレだ、忍者の変わり身の術をやったのね。リン、おぬし、出来るでござるな。
大混乱に陥った護衛騎士達は追いかけてこなかった。
「ここまで来ればもう大丈夫でござろう」
森を抜け、ミッドランドの部隊がいる近くまで戻って来た。
「ぜーはー、ぜーはー、助かった…」
ここまで全速力で走ってきたので、ちょっと息が辛い。
「そやね。でも、念のため、ちょっと偵察してくるわ」
ミネアがそう言ってまだ動けるみたいだし、凄いな。
「気を付けなさいよ。さて、その王子だけど、死んでるの?」
リサが、リンがおんぶしている中年男に目をやる。王子って十七歳くらいのキラキラしたイケメンしかいない、そんな風に思っていた時期が私にもありました…。
なんか冴えない感じのおっさんだ。
「いや、息はあるでござるよ。ハイポーションも使ってあるから、問題無いでござる」
「チッ」
いや、そこで舌打ちとか、エリカさん…。




