第八話 罠
2016/9/29 貴族の名前の「フォン」が抜けていたのを修正。
捕虜から得た情報。ロフォール砦に敵国の要人がいるというが。
すぐに大将軍のところへ行き、その報告を行った。
「ほう、スレイダーンの第二王子が。どう思う、レオナルド」
壮年の恰幅のいい大将軍が脇にいる副将軍に聞く。
「は、かの王子は兄弟の仲が悪く、今まで戦功も実績も目立った物が有りません。ならば、王位を狙うため、最前線に赴いて兵士を鼓舞し、国境の騎士団を味方に付けようと画策しておりましょう。また、王子がいなくとも我らの目標はロフォール砦、囮の可能性も低いかと」
「つまりだ、早い話がカモがネギを背負ってきたと言うことだな?」
「左様で」
ネギがあるのか…。
「よし! すぐに砦を包囲し、攻略の準備をするのだ!」
「お待ち下さい、閣下」
レオナルドが止めた。
「なんだ、レオナルド」
「残念ながら、我ら先遣隊は攻城兵器を有しておりません。砦の攻略はラインシュバルト卿の本隊が来るのを待った方がよろしいかと」
「ぬう。だが、せっかくの王子が、逃げてしまうのではないか?」
「可能性は大いにあります。ここは逆に、近く大軍で砦を包囲するとの噂を流し、王子が通りそうな場所に網を張って生け捕りにするのがよろしいかと」
「ううむ、貴様、相変わらず知恵が回るな。小賢しい」
「お褒め頂きありがとうございます」
にこりともせずに頭を恭しく下げるレオナルド。少し陰気だが、賢そうなイケメン。
「褒めておらんわ!」
わあ。
「それは失礼を。お許し下さい」
全く動揺せずに、さらっとそう言って軽く頭を下げるレオナルド。
「ふん、では、手筈はお前に一任する」
「承知致しました。それでは閣下、まず、この者に褒賞を」
「おお、うむ。ユーイチ、捕虜を魔術で脅して拷問し、口を割らせたこと、あっぱれである!」
いや、拷問はしてないんだけど、このおっさんに逆らうのは怖いので、恭しく礼をしておく。
「は、もったいなきお言葉」
「褒美はこれだ」
レオナルドが直接、袋を渡してくれた。おおう? 今回はズッシリだけど。
「レオナルドよ、それはちと、多すぎではないのか? 首級も挙げておらぬ奴に袋一杯とは」
「いいえ、閣下。重要な情報にはそれだけで一軍に勝る価値があります。王子の身柄となれば、スレイダーンに様々な要求もできましょう。敵の総大将の首よりも価値がありますぞ」
「ふうむ、まあ、王族ならばな。よし、なら、これも持って行け!」
「ふおっ! いった!」
急におっさんが硬貨の入った袋を投げてくるので、受け止め損ねた。痛い…。
「なんじゃ、しっかり受け取らんか。ふむ、これは少し鍛えてやった方がいいか?」
えっ!?
ちょっ、その展開はもうお腹いっぱいです。
こっち見ないで下さい…。
「いいえ、閣下、この者には私から任務を与える予定ですので、それはまたの機会に」
「ううむ、ならば仕方ない。だが、ユーイチ、この戦が終わったら鍛えてやるぞ」
「お、恐れ多いことですので」
「黙れ! グレゴリオに鍛えさせれば、少しはまともになろう。後でワシの家に来い」
「は、ははー」
グレゴリオって誰よ? もう名前からしてムキムキじゃん…。
「ユーイチ、こっちだ」
「は」
レオナルドに呼ばれ、そちらに行く。
「お前には、王子を捕獲する部隊の一つを任せることにする」
「はあ、私ごときに、ですか?」
面倒臭いん。やりたくないん。
「そうだ。お前はティーナ様と仲がいいのだろう?」
「ええ、まあ、同じパーティーの一員ですが」
「それでだ、下級騎士と侯爵令嬢では釣り合いも取れまい。出世させてやろうと言うのだ」
「はあ、ありがたきお話ですが、私は騎士になって間もありませんし、王子を捕らえるには確実を期して有能な部下に任された方がよろしいかと」
「なに、それはお前に付けてやるから、お前は隊長として収まっていればいいのだ。そう難しい任務でも無いぞ」
「そうですかねえ?」
敵の領内で、護衛された王子を待ち伏せし、ふん捕まえる。これが自国の領内なら、喜んで引き受けるところだけど。
「王子が来なくても、別に罰したりもしないから安心しろ」
「それはまあ、当然でしょうけど」
「どうもやる気が無さそうだな。わかった、無理強いすることでも無いしな。行って良いぞ」
「申し訳ありません」
そそくさとその場を立ち去り、ティーナを探す。
いた。
うーん、ルークと親しげに話してるし。まあ、兄妹だし当然なんだけど。
「あ、ユーイチ」
戻ろうかと思ったら、ティーナが俺に気づいた。
「ご無事で何よりです、お嬢様」
ティーナの周りには、知らない騎士もいるし、謙っておく。
「ちょっとそれ、止めてよ。ここには気にする騎士もいないわよ。ねえ?」
「まあな。普段通りで良いぞ、ユーイチ」
ルークが言うので、まあ、大丈夫か。
「一つだけ、確認したいんだけど」
「む、何かしら。この場所がどこかは言えないわよ?」
「それはレオナルド様から情報をもらったからどうでもいいんだ。ロフォール砦にスレイダーンの第二王子が視察に来てるみたいでね。今、捕虜から情報を取った」
「えっ!」
「む、それは…報告はしたんだな?」
ルークが確認してくるので頷く。
「ええ。それで、ティーナ、君とレオナルド様の関係ってどうなの? 親しいわけ?」
「ええ? 別に、親しくも何ともないし、アーロン侯爵ってうちとはライバル関係だから」
ライバルが多いな。
「ああ、んん? レオナルド=フォン=アーロン侯爵様?」
同格の侯爵なら、ティーナに対して様は付けないはずだが。さっっきレオナルドは様をつけてたな。
「ええ?」
「違う違う、レオナルド=フォン=カーティス伯爵だよ。アーロン侯爵は大将軍閣下、太ったおじさんの方さ」
ルークが教えてくれた。
「ああ」
貴族の名前も、覚えておいた方が良さそうだ。セバスチャン、大事なことが抜けてるし。まあ、騎士の心得を覚えるだけでも手一杯だったしなあ。
「それで、ユーイチ、なぜそんな事を確認しに来たんだい?」
ルークは頭が回るようだ。
「それが、王子が砦から逃げるように大軍で囲むという噂を流すと言う事になって、その王子をとっ捕まえる伏兵部隊に推薦されたので」
「むっ、ダメよそれ。敵の領内を少数部隊でうろつくつもり? 危険じゃない。ま、まさか、もう引き受けたの?」
「いやいや、俺もそう思ったから断ったよ」
「ふう」
ヤバかったようだ。
「やれやれ、カーティス卿も嫌らしい真似をしてくれるな。君をそれほどに買って、いや、ティーナに責任をおっかぶせて、ラインシュバルトの力を削ろうとしたかな」
ルークが言う。カーティス卿は、俺が失敗しても罰しないみたいなことは言っていたが、口約束だしね。敵兵に見つかったらそれどころじゃないし。
貴族の勢力争いとか、面倒だなー。
「ムカつくわね、それ」
「まあそう怒るなよ、ティーナ。上手く行けば大手柄、索敵さえしっかりしていれば、そこまで危険ってわけでも無いさ」
ルークが笑ってなだめるが、勇猛果敢なお兄様だけに、危険度の認識の度合いが普通と違うと思われ。
「…あ、それと」
「まだ何かあるの?」
「ごめん。敵兵の捕虜を二十人くらい集めたんだけど、その手続きとか、どうにかしてくれない?」
俺は頼んでみる。
「ああ」
「よし、それは僕が引き受けよう。生かして捕らえてるんだ、交渉材料に使って、生かして返すってことでいいのかな?」
ルークが引き受けてくれた。
「はい、まあ、下級騎士と農夫だけなので、交渉もへったくれも無いと思うんですが、家に返してやると約束したもので」
「いいだろう」
笑顔のルークは、やはり簡単なことのようだ。
「ありがとうございます」
ルークが騎士を寄越してくれ、彼に捕虜を任せた。
「よし、騎士は集まれ」
俺の部隊の騎士隊長が呼ぶので、そちらに行く。
「横一列!」
号令に従い、素早く横一列に並ぶ。
「副将軍から非常に困難で重要な任務の命令が下った。この地で少数部隊で待ち伏せし、敵の要人を捕らえるという任務だ」
非常に困難なのかよ。んもう、カーティスったら、いけず。
「よって志願を募ることにする。もちろん、断っても問題無い。私は後ろを向いているから、我こそはと思う者は、一歩前に出るように。いいな?」
「はっ!」
返事はしたけど、俺はじっとしていよう。
「では、志願する者は、前へ」
すると、ザッと、横にいた騎士達が後ろに一歩下がった。
「えっ?」
…えーと。
志願者は一歩前に、だったよね?
後ろって事は無いよね。
騎士隊長がこちらに向き直る。
「ふむ、一人だけか。情けない。ここは我も我もと続くところだろうが。皆もユーイチを見習うように」
「頑張れよ! 新入り」
「成功を祈る」
おい…。
ちょっと。何それ、騎士団の不文律みたいな、アレですか?
そんなのセバスチャン、教えてくれなかったし…泣きそう。
ま、ここは言わないとな。
「いえ、隊長、自分は一歩も動いていません。他の全員が下がっただけなので」
「何を言っているのか、さっぱり分からんぞ、諦めて引き受けろ、ユーイチ」
ニヤニヤしている隊長は、くそ、コイツもグルかよ。まあ、志願する奴は出ろって言ったのもこの人だしな。
ええ? でもこの部隊、ティーナのお抱えのはずだろ?
何で俺をはめちゃうわけ?
む、あれか、ティーナにくっつく虫は排除するというセバスチャンやお館様の意向か。
やべえよ…。
「ちょっと、ティーナと話をしてきます」
様を付けず、俺は彼女と親しいんだぞとアピール。
「捕まえろ」
「うわなにをする、こらあ。後でティーナに言いつけちゃうぞ!」
情けないが、こう言うより他に手が無いし。
「まあ、落ち着け。これも君とティーナ様のためだ。上手く成功してくれれば出世間違いなしと言う話だしな」
「いや、それ、カーティス卿の罠なんですって」
「んん? だが、捕虜からその情報を得たのは我らが先だろう?」
「ああ、まあ、そうなんですがね…」
「なら心配するな。敵に囲まれそうになったら諦めてさっさと逃げれば良い。少数部隊なら可能なはずだ」
「ティーナと話をさせて下さい。あ、ルークさんでもいいですから」
「ちょっと、捕まえておけ。俺が報告してくる」
「あ、止めて! マジで嫌な予感しかしません。戦死したらあなたの責任問題ですよ、隊長ぉ!」
「話には聞いていたが、本当に臆病だな」
「なんでこんな奴をお嬢様がお気に入りになったのやら」
「まあ、魔法の腕は確かだし、その辺じゃないのか」
俺をがっちり捕まえている騎士達が好き勝手言う。
「ケイン、助けて」
「す、すみません…」
「聞かなくて良いぞ。同じ下級騎士だからな。今は」
「出世したらどうするんですか?」
言う。
「その時は恩義に思ってくれるはずだ。なあ?」
「そうですとも」
いかにも良い仕事してるぜ俺ら、みたいな暑苦しい笑顔が鬱陶しい。
出世したらお前ら全員、トイレ掃除確定な!
「ケイン、他のみんなを呼んで来てくれ」
「すみません…」
てか、こっちを見てるリサも気づいてるだろうに、助けろー!




