第六話 ロフォール攻略
描写あっさりですが戦なので人間同士の殺傷があります。
2016/11/22 若干修正。
隊列を確認したが、問題無さそうだ。
うちのパーティーのみんなは、名目上は俺の部下の兵として周りを囲んでいる。
こちらの世界の軍隊における騎士とは、小隊長のような役割をするようで、部下の兵士を何人か連れているのが普通だ。
俺は魔術士なのでローブ姿だが、他の騎士はほとんど鎧を着込んでいて、その中でも全身鎧ともなると、その重量や取り扱いの難しさもあって、一人だと着られない上に、転んだら助けもいる。
下級騎士の基本給400ゴールドでは、とてもお抱えの兵士など養えるはずも無いので、徴兵された農夫が部下として割り当てられ手伝う事になる。まあ、全身鎧は値段からして高いから、そんなのを着込んでいるのは上級騎士しかいないみたいだ。
それだけに、リム、リサ、レーネ、ミネア、ミオ、クレアと、六人も部下を抱えている俺はちょっと目立ってしまっている。ローブ姿もそうだし。
クロも最後まで俺たちと一緒に来たがっていたが、ティーナの母マリーンが妻の務めは夫の無事の帰りを待つことだと説いて、それで聞き分けてくれた。
クロに夫はいないんだが、むう、俺が保護者として、結婚を申し込んでくる虫どもには片っ端からファイアーボールの脅しをかましてやる。
移動していると、近くの騎士達が雑談しているのが聞こえてきた。
「今回の戦は、敵がどう出てくるかな」
「さあな。大軍が出てこなきゃいいが」
「この日のために、鎧を新調したんだが、褒美がもらえないと首が回らなくなりそうだ」
「買えるだけいいさ。俺なんて、見てみろ、爺様の鎧だが、もうあちこち錆びてて、どうにも格好が付かねえ」
「俺も魔法が使えりゃなあ」
「だが、魔法使いはそんなに強くないぞ。俺は八年前の戦でファイアーボールを食らったが、死ぬほど熱いってわけじゃ無かった。近づいて切り捨てたら、あっという間だ」
ファイアーボールは同じ名前でも呪文の階級や術者のレベルで、結構、強さが変わるからなぁ。
俺が前の戦で見たあの巨大なファイアーボールは、間違いなく上級の代物だった。轟音と地鳴りすら発生するほどの威力。ミオやエリカにも確認したが、自分の身長より大きな火の玉を出す呪文は知らないと言う。
上級呪文のファイアストームは、見た目それに近い物が有るのだが、威力はそこまででもない。あれは範囲攻撃で、中級のファイアーボールよりは上だが、地形変化はせいぜい草むらを焼き払う程度だ。持続すればかなりの威力は出ると思うけど、そうではない。
ミッドランドには鋼の賢者と宮廷魔術師の双璧がいるという話だから、おそらく宮廷魔術師の術だろう。
呪文を全部覚えたいというコンプリート欲求はあるのだが、どうも、あの巨大なファイアーボールは俺のトラウマになっているようで、宮廷魔術師に会いたいとは思わない。
ミオが知らないと言うことは、ミオのお師匠様も知らないはずなので、そこはちょっとほっとしてしまったくらいだ。
「ケイン、どうだ、一戦交えて、緊張もほぐれたろう」
「いえ、あっけなさ過ぎて一戦という程では…」
後ろで、先輩とおぼしき中年騎士が若い声の騎士に声を掛けている。
「贅沢な奴め、ま、初陣で震えていないのだから上等だ。それにお前は運が良い。この部隊にいる限り、キツイ戦闘にはならんだろうしな」
「んん? どうしてですか?」
「あの黒ローブの魔術士様がいるからな。お嬢様のお気に入りとなれば、下手な最前線には送り込まれんはずだ」
いや、ティーナはそう言う配慮、あんまりしないと思うよ? さっきの戦闘も最前線だったしさあ。司令官は別の貴族だし。
「ああ…歳も僕とそう変わらないのに、凄いなあ」
ケインの羨望の眼差しを背後に感じるが、ティーナが凄いのであって、俺は大したことは無いんだけどね。
「中級の電撃呪文を使っていたし、さすがはお嬢様、良いのを引っ張ってくる。俺も初級のファイアーボールは使えるんだが、戦闘に役立つレベルじゃないからな」
別の騎士がそう言うが、ふむ、ここにも魔法使いがいたか。鎧を装備しているから気づかなかった。
となると、格好だけで魔法使いがいないと判断するのも早計か。
実は俺、凄いんじゃね? とちょっと思い始めていたので、自戒することとする。井の中の蛙、大海を知らず、ってヤツだ。
結局、その日、会敵はせず、野営となった。
「斥候は出してるけど、油断はしないでね。なんと言っても敵の領内なんだから」
食事も済んで一段落した時、ティーナがこちらにやってきたので、聞くことにする。
「ティーナ、ここは何領なんだ?」
「あ、ううん、それが…」
ティーナが申し訳なさそうに言い淀む。
「ああ、情報統制? ま、それなら別に教えてくれなくてもいいけど」
「ごめん」
「いいよ」
「ユーイチは指揮さえ執ってくれればそれでいいし、あとはみんながやってくれるでしょ?」
「任せろ。ユーイチの分まで叩き斬ってやる」
レーネがやけに意気込んでいるが、戦争だからなあ。守って欲しいけど斬って欲しいわけでは無い。ゲームと違って人間相手だと血がドバドバ出るし。
ま、甘っちょろいことを言ってたらこっちの命も危ないので、黙って任せておこう。
「頼むわね。カーティス卿の読みでは、数日のうちにスレイダーンの国境防衛隊が動いてくるそうよ」
つまり、本格的な攻勢がやってくると言うことか。
帰りてぇ…。
「そう。コイツが逃げないよう、見張ってるわ」
リサが言うが、お見通しかよ。
「ふふ、じゃ、そっちも任せた」
「ええ」
敵が奇襲を掛けてきたらどうしよう? と心配になってなかなか寝付けなかったが、いつの間にかぐっすり寝入っている俺。
パーティーの野宿と違って、見張りの番が回ってこないので、そこはありがたいかも。安心して眠れる城や宿のベッドが一番だけどな!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この先で敵を発見した。こちらから仕掛けるぞ。そのまま行軍して、突撃の命令を待て」
スレイダーンの国境を越えて四日目の昼、広い草原に出たところで騎士隊長がそう指示してくる。
「よーし、ようやくか、腕が鳴る」
レーネは気合い入ってるけど、隠れた作戦は命を大事にだぞ。
パーティーのみんなにバリアとコンセントレーターの支援魔法を掛け、命令を待つことにする。ステータス表示の呪文は行軍前から使用中だ。
さすがにこの場の兵士は何百人単位なので、兵士全員に魔法を掛けるのは俺のレベルと魔力では無理と判断して、パーティーだけにしている。隊長から文句も言われなかった。
「突撃!」
少しして命令が下り、俺も他の騎士達に合わせて馬を走らせる。敵がすぐに見えた。
「うお、結構多いな…」
ずらっと槍をこちらに向けて構えた敵兵が横に並び、後ろにはさらに大勢の敵兵がいる様子。
味方の部隊は、スピードを落とさない。
え? このまま行ったら、あの槍に刺さっちゃうよね?
馬上であの槍を剣で叩き斬れるのかな?
それが出来るのかどうかはともかく、俺は樫の杖しか持っていない。
俺には無理だと思ったので、早めに呪文をかましてあの前列の槍隊をどうにかしておくことにする。
まずはド派手に、分かりやすい炎の範囲攻撃呪文だろうな。
俺が前に見た戦場のファイアーボールで味方は恐れおののいて半壊状態になってたし、実に効果的だ。
「唸れ風よ、炎の魔神イフリートの名をもって灰燼と化せ、ファイアストーム!」
上級呪文をまずは惜しみなく使う。
MP消費が激しいから全部これで行く訳じゃ無いけど。
馬上で呪文が使えるのは確認済みだ。と言うか、ラインシュバルトの城の草原でかなり練習した。
俺の杖から赤い閃光が前に飛び、一気に炎の柱となって、敵の槍隊を中心に燃え広がる。
「うおおっ!」
「な、なんだ?」
「炎だ!」
「あ、熱いっ! ひいいっ」
うむ、対人で攻撃呪文を使うのは心が痛いが、上手く混乱してくれたようだ。炎に巻き込まれなかった槍兵も、慌てて逃げ惑い始めた。
これでいきなり槍に突き刺されて俺が死ぬという展開は無くなったと思う。
だが、後ろにはまだ剣を持った兵士達がたくさんいるし、敵が多いなあ。
俺の進行方向の敵を戦闘不能にさせるべく、次の呪文を唱える。
「絶望よ、怨嗟よ、慟哭よ、悪夢を呼び起こさん! ナイトメア!」
オズワードの悪魔が使っていた闇属性の状態異常呪文。単体攻撃でも使用可能だが、ここは範囲指定だ。
この呪文ではHPを減らせないが、パニックでまともな行動が取れなくなるから、こういう局面では役に立つだろう。とにかく、俺に攻撃してくる敵がいなければそれでいい。
無双して褒美をもらうとかそんな野心はございませんのよ。
「な、なんだ、こいつらは」
「お、お化けだ!」
「や、やめろお、来るなあ!」
「おい、何を言っている?! しっかりしろ!」
おお、なんか、綺麗に決まったな。範囲内は五人だけだったが、一人もレジストしてないや。
気になったので、敵の歩兵を分析してみる。
兵士 Lv 3 HP 43/43
【弱点】 特になし
【耐性】 無し
【状態】 恐慌
【解説】 スレイダーンの下級兵士。
その多くは徴兵された農夫や街人や奴隷である。
ろくに戦闘訓練を受けておらず、士気も低い。
むう、やっちまった感……。
この人達って、武器を持ってても、俺にはダメージ、当てられない気がするね。
やー、どうかな…。
とにかく、炎の上級呪文は封印だ。ダメージは240近く行くので、オーバーキルだし、それでなくとも殺しちゃまずい。
ナイトメアが一番良いだろうな。
それと、パーティーチャット呪文を使う。
あの老執事セバスチャンに酷い目に遭わされたから、開発しておいた呪文だ。
ネトゲみたいに、パーティー指定で念じるだけで会話できるが、他の者には聞こえない。
とは言え、すぐ近くのメンバーにしか使えないので対セバスチャンとしては厳しかったりする。
お城は広いし。
声の届く範囲だけだから、鍛えないと使えない呪文だとエリカにはバカにされたが、こういう喧騒の場所では役に立つじゃないか。
『魔法チーム、攻撃呪文は禁止だ。相手は低レベルの農夫だ。ナイトメアやスリープなんかで頼む』
『ん』
ミオはすぐ了解してくれた。上級魔法も使っていないし。
『ええ、そうですね』
クレアも了承。聞いてないけど、聖職者って対人の攻撃呪文なんてあるのかね? アンデッドは余裕だろうけど。
『はあ? 敵は敵でしょ。低レベルだろうと、電撃が一番使いやすいっての。ここで使わなくていつ使うのよ』
案の定、エリカは反発してくる。
『忘れたのか。低レベルの敵を倒しまくると、カルマが上がりまくって、色々面倒になるぞ』
『む、上等よ。それって、聖職者だけでしょう?』
むう……ここは。
『いや、執行対象になるらしいし、穢れたエルフって、里に入れるのか? ダークエルフとかになっちゃうんじゃねーの?』
ダークエルフは単に色が黒いだけの別人種の気がするんだが、方便でそう言っておく。
『えっ! そ、そうなの?』
エリカは知らないようで、ここはもう一押しだろう。
『さあな。お前が実験してみればいいんじゃね? 自分で』
『冗談! 絶対にしないから』
よし、これで大丈夫。
「草よ伸びよ、罠となりて敵の足を掴め! ウィードトラップ!」
うわ、エリカが攻撃的ではない呪文を使ってる。しかも俺に教えてくれてない呪文。
『お前、そう言う役立ちそうな呪文、なんで隠してたんだよ。俺との決戦用に取ってたのか?』
問い詰める。
『む、長老に教わってたけど、単に忘れてただけよ。地味すぎるし』
さいで。
さっそく俺も草罠の呪文を使ってみたが、熟練度が低すぎるためか、兵士の足に絡みついてつんのめらせる程度。
エリカの方も敵一人を動けなくするだけで、ちょっと効率が悪い。
「ここはナイトメアが一番だな」
元々、戦場の恐怖も相まって、パニックになりやすい。もっと純粋な恐怖を与える呪文があれば一番効率がいいのだろうが、またそれは今後の研究対象にしておくとして、今はナイトメア連発だ。
ミオも一度、草罠の呪文を唱えたが、やはり同じ結論に至ったようでナイトメアを使い始める。
周囲で戦っている騎士も少し感心した様子。
「ふうむ、魔術士がいると戦いやすいな…」
「これほどとは。さすがはティーナ様がお連れになっただけはある」
「よし、敵兵が乱れているぞ。今がチャンスだ。蹴散らせ! 突撃! 突撃!」
騎士隊長が命令を出し、俺たちの騎兵部隊が敵陣を深くえぐり、押し込んでいく。
「む? レジストされた?」
後方から前に出てきた敵の騎兵にナイトメアを使ったが、片方の騎士がレジストしてきた。
騎兵は密集していないので、一度に二人掛けるのがやっとだ。
草罠の呪文だと、足の形からして馬には効きづらいだろうし、困ったね。
「魔術士を倒せ!」
うげ、しかも俺をターゲッティングしてるし。




