第四話 老執事セバスチャン
2016/11/22 若干修正。
戦が近いということで、急遽、実家に呼び戻されたティーナ。
そして彼女に一緒に付いて来た俺だが…。
そうだよね、向こうにしてみれば、俺なんてお嬢様にたかってくる虫でしかない。
歓迎はされないどころか、排除されてもおかしくないか。
ギロッと鋭い眼光で睨まれ、恐怖で金縛りになるかと思ったが、何とか耐えた。
さすがにティーナの客を殺しはしないだろう…と思うんだが。
やるとしても、この人通りがある玄関ではあるまい。
「ほう。我が眼光を物ともしませんか」
いや、ジジイ! いきなり客に特殊能力みたいなもん使ってんじゃねえよ!
熊みたいに大きく見えたぞ、今。
「では」
むっ、この感覚、ステータス呪文を掛けられた感じ。
こいつ、魔術士か?
「む、Lv35ですか…それもなかなかの魔術をお持ちのご様子。しかし、その程度で当家に足を踏み入れようなど、笑止千万!」
いや、ティーナの客なんだけど。そりゃ奴隷上がりだけど、今は騎士階級だぞ。
とは言え、なんかこのままだとバトルになりそうで、その前に逃げるが勝ちだな。
「あっ! ティーナ!」
「むっ!」
よしっ! 後ろを確かめたな?
その隙に!
ユーイチは逃げ出した!
しかし、セバスチャンに回り込まれてしまった!
おい! 何てスピードだよ。本当にジジイなのか、こいつ。
「どこへ向かわれるおつもりで?」
「いえ、ちょっと用を足しに」
「おお、これは気がつかずに失礼しました。お手洗いはこちらになります」
今度は真面目に案内するつもりらしい。
その背中にアナライズを掛けてみる。
チッ、きっちりレジストしてきやがった。だが、俺よりずっと上のレベルだな。こりゃ。
「ふふ、意趣返しでございますかな。やはり魔術士の方は技が多い。無論、同レベル以上の戦士の前には膝を屈することになるでしょうが」
「でしょうね」
一対一で勝負なんてされたら、魔術士が不利に決まっている。魔術士は後衛としてパーティーの中で活躍するものだ。
「こちらがトイレでございます。どうぞお使い下さい」
狭い密室、ここで襲われたら確実に仕留められてしまうが、どうもこのジジイ、俺をビビらせたり、力量を測るのが目的らしいし、大丈夫だろう。
このジジイが本気を出して排除に掛かっていたら、俺は一秒と持っていないはずだ。
本当に用を足して、トイレを出る。魔道具で自動水洗とか、現代のホテル並みの設備にちょっとビビった。
「それでは、こちらへどうぞ。ユーイチ様が滞在中にお過ごしになる客間にご案内します」
セバスチャンに付いていく。ワインレッドの絨毯が敷いてある長い廊下だ。黄金の凝った装飾の燭台や等間隔に並べられている美術品など、高級感のプレッシャーが半端ない。
「何でもお客様は、悪魔と戦われ、見事勝利を収めたとか」
セバスチャンが世間話をしてきた。
「あれはギリギリの戦いでしたけどね。割と抜けていた悪魔だったので、アイスウォールを上手く使って倒せました。もちろん、みんなの協力が有ってこそですけど」
「ほお」
客間に案内してもらったが、広い。
内装も豪華で、こう言うの、ちょっと落ち着かないんだよね。
「お茶をどうぞ」
「どうも」
ややぬるめのお茶が、陶磁器のティーカップに注がれていた。一応、毒味の呪文を無詠唱で使って安全を確認して、飲む。
美味しい。
「お代わりはいかがですかな」
「頂きます」
喉もちょうど渇いていたし、飲む。ふむ、こんどは少し熱いお茶か。量も先ほどより少ない。
コイツ、出来る執事だ。
となると、俺をこの客間に釘付けにして、ティーナに会わせまいとするかな。
早めに合流した方が安心だ。
「ティーナのところへ行きたいのですが」
「分かりました。ではこちらへ」
おや、あっさり認められた。付いていく。
んん? 地下?
老執事が階段を降りて行くので、胡散臭いなあと思いつつも、仕方なく付いていく。
「どうぞ、お先に」
鉄扉が開け放たれているが…。
「この先に、本当にティーナが?」
「ええ。もちろんですとも」
嘘臭ぇ…。
「私めの言うことをお疑いでしたら、どうぞご自分でこの城を歩き回ってお探し下さい。もっともその場合、警備兵がどのように扱うかは存じ上げませんが」
それって、付いてこなきゃ、侵入者扱いして殺すって脅しじゃん!
汚ねえな、おい。
選択肢は二つだ。
A、早々に誤解を解いて、タダのお友達、タダの客であることをアピールする。
B、ティーナとの親密さをアピールして、重要人物であることを認識させ、身の安全を確保。
…Bだな。Aは、誤解が解けなかったら、俺の小賢しい保身と見られてさらに評価が下がり、排除の可能性が高くなる。
くそ、なんでここに来て、生死の選択を迫られてるんだか。
「言っておきますが、セバスチャンさん、私はティーナと将来の約束を交わしております」
「ぬうっ! よもやそこまでとは。しかし、その事については、私では無く、お館様や奥様に直接お話し下さいませ。では、お入りを」
「むう」
念のため、中に入る途中、こっそり防御力アップのポーションを飲んでおく。
そこはがらんとした殺風景な広間となっており、四方が石のブロック壁に囲まれている。
ところどころ、何か杭でも打ち込んだのか、メコォッとへこんでいるが。
案の定、誰もいない。
ガチャン、と後ろの鉄扉が閉まり、セバスチャンが服を脱ぎながらこちらに向かって歩いてくる。
「当代でこの部屋を使うのはロベルト様、アーサー様に続いて、あなたが三人目でございます、ユーイチ様」
何で嬉しそうなんだよ、お前。
それより、ロベルトは知らんが、アーサーの名は聞き覚えがあるぞ。
「アーサー・ライオネル、ティーナの婚約者、ですか?」
爽やかなイケメン騎士だったが、やたら奴隷を嫌っていて、ティーナとは仲違いしてしまった奴。
「左様でございます。ふむ、そこもご存じの上での凶行でございますかな?」
「いや、手を付けたわけでは…」
どこまで誤解されているのか、不安になってくる。
「婚約者がいるのを承知で誘惑するなど、言葉だけでも同じ事。それでは、僭越ながら参らせて頂きますぞ」
上半身裸になったジジイが、くそ、ジジイのくせに体ムキムキじゃねえか。
近づかれたら、終わりだ。
向こうもその気のようだから、こっちも遠慮無くアイスウォールを奴の足下に出す。
うおっ!?
ジジイが回り込もうとしたところを狙って続けざまにアイスウォールを出したが、残像を出して動くジジイ。
残像って。
やだ何コイツ、凄い!
「正直、期待外れでございましたな。あなたの持ち技なら、初手で上級呪文、ファイアストーム程度は打ち込んで頂かないと。魔術士は間合いを詰められれば、それだけで終わりでございます」
俺の目の前にぬっと顔を出して言うジジイ。
「くっ」
アッパーカットを放ってくるのが見えたので、首を後ろに引いて、何とか躱した。
「ほう?」
今度は左回し蹴りが飛んでくるので、床を蹴って後ろに跳ぶ。
「甘い!」
「うえっ!」
ジジイが前に跳び、間合いを詰めてのストレートパンチ。避けようとしたが、腕が伸びて見えた。
「ぐっ!」
胸に食らった。みぞおちを狙ったのかもしれないが、とにかく助かった。
このローブは俺とダルクとミミで考え出した特別製、小さめだがミスリル製の胸当てがローブの下に隠されている。
その金属の胸当てを拳で思い切り殴ったのだから、骨折してもおかしくない。
俺が食らったダメージは30くらいだが、向こうもそれ以上の相当なダメージが行ったはずだ。
だが、ジジイは涼しい顔をしている。
化け物かよ。
「ふむ、下に鎧を着込んでおられましたか。さて、魔術士は鎧が身につけられぬと思いましたが…」
ジジイが少し迷ったか、立ち止まっている。その隙に、薬草を懐から出して食べ、バリアを重ね掛けする。
もっと早く出したかったが、間合いを詰められる恐怖で、アイスウォールを連発してしまった。
「ふうむ、バリアとは。せっかく隙を作って差し上げたのですが、この程度の御方でしたか」
ムカつくぅ。だが、正直、勝てる気はしないね。
回避率アップのポーションを持ってきておけば、いや、リュックごとフル装備で有っても、無理そう。
目潰し呪文、行くか?
いや…、絶対、効かない気がする。
スリープやナイトメアの状態異常系もダメそう。俺のレベルが上でも掛からないだろうな。
デスはまず掛からないと思うが、殺しちゃったら問題だし。
ジジイが余裕を見せてこちらの攻撃を待ち構えているので、仕方なく、ファイアボールの中級呪文を無詠唱で放ってみる。
「笑止!」
あっさり避けるし。
突っ込んできたジジイが左右のパンチを続けざまに放ってくる。一発一発がボッボッと、風圧まで出て重そうだが、体を斜めに変えたりしてギリギリ、避けられた。
レーネやティーナの特訓のせいで、回避だけは上がってるんだよなあ。
そのまま回避を優先して、ジジイが大振りに来たところを、ゼロ距離でのライトニング。
さすがにこれは避けきれずに食らったジジイだが、さっぱり効いた感じが無いし。
「ふむ、躱しながらの呪文攻撃とは、私がこれまで相手にしてきた魔術士とは少々、格が違う様子」
お、認められたフラグっぽいね。
「ならば、少々、こちらも本気を出してお相手せねば失礼に当たるというものでしょうな」
ゴキッゴキッと首やら肩やら拳の骨を鳴らすジジイ。
「い、いやいや、こっちはもう限界、マジ無理ですから」
「問答無用!」
「はうっ!」
腹に強烈な一撃。
「ぐはっ、げ、げほっ」
うえ、石床にぽたぽたと。俺の血が。
え? 何コレ、俺はここで死んじゃうの?
「て、手加減は…?」
忘れてたというオチ?
「手加減はもちろんしております。そうで無くては、一撃で終わってしまいますからな」
ああ、この世界の手加減のレベルは寸止めとかじゃねえんだよな。忘れてた。
「さあ、愛の力とお覚悟がお有りなら、血を吐いても立ち上がれるはず!」
いやいやいや。
ティーナに対して多少の好意が有るのは事実だけど、そんな結婚を申し込みに来たわけじゃ無いし。
「そんなものは―――」
「おっと、ご発言にはお気をつけを。無いのであれば、お嬢様にたかる有象無象の害虫として処分することになりますぞ」
ティーナと将来の約束を交わしたなんて言わなきゃ良かったよ。
薬草を食い終わったので、立つ。
立ちたくないけど、立つ。
「ふむ、多少は骨がありそうですな。む。お嬢様がお呼びです。上に参りましょう」
「た、助かった…」
言いつけてやるぅ。
セバスチャンに服装を直され、皆が待っている広い客間の方へようやく案内してもらえた。
「ああ、ユーイチ、遅かったわね。何かあったの?」
「聞いてくれよ、ティーナ! アイツが、アイツが!」
「んん? セバスチャン、まさか私の客に何か嫌がらせでもしたの?」
「ご冗談を。私はただ、お手合わせを願い、少々戦場には不向きと判断致しましたので、稽古をお付け致した次第で」
物は言い様だなぁ、おい。
「もう、稽古なら私がきちんとやるから、あなたにはユーイチの準備をやって欲しいの。騎士としてのね」
「左様でございましたか。これは勘違いをしておりました。お許しを」
「頼むわよ」
「はっ」
「えっ? それで終わりなの?」
「時間もあまり残されていないもの。ゆっくりしてもらいたいけど、まずは戦を乗り切らなきゃね」
ティーナが言うが、そうだった。戦を乗り切れなければ、俺はそこでジエンド。
………。
「そうだな。話も色々聞きたいところだが、うん、僕も手伝うよ」
ルークが言う。鎧を脱いで今は普段着だが、格好良さがあふれ出てる。
「いえ、お兄様はうちの騎士団の訓練があるもの、セバスチャンさえ貸してくれればいいわ」
「分かった。邪魔はしないよ」
にっこり笑うルークは、俺とティーナの時間を気にしてくれたようだが。
「んん?」
首を傾げる当のティーナ。
それから別室に案内され、やっぱりセバスチャンとマンツーマン。
萎えるわぁ。
せめてティーナなら良いのに。
「それでは、騎士の心得から参りますぞ」
横には積み上げられたハードカバーの本が何冊も。いつもならワクワク興奮するのに、なんだろう、さっぱり食指が動かないや。
「はあ…」
「返事はハイと、元気良く。お館様にお目を掛けて頂きたいのであれば、まずは騎士としての礼節をですな―――」
「いえ、戦場で死なない最低限でいいですから」
「む。なんと嘆かわしい。そのような心がけ。これはまず、性根から叩き直す必要がありそうですな」
ジジイがそう言って拳の骨を鳴らす。
ひい。
俺は慌てて言い訳した。
「い、いえ、先生、学ぶ時間が限られているため、そんな事をしている暇など有りません。騎士として必要な知識、その優先順位の高い物から、お願い致します!」
「おお、これは失礼。よろしい、みっちりと、素早く、必要な知識をお教え致しますぞ」
本当にみっちりやられた。
だが、座学の方は余裕だ。覚えることも多かったが、騎士道の基本を理解していれば、自ずと細かい応用も想像が付く。
セバスチャンも感心して褒めてくれる。
「いや、お見事でございます。農夫の子と伺っておりましたが、いえ、今は詮索致しますまい。そろそろ夕食のお時間でございます。食堂へ参りましょう」
名門の侯爵家の食事。
さぞ美味しい物が並んでいるだろう。テーブルマナーがちょっと心配だが、ようやく一息付けそうだ。
「ああ、ユーイチ。どう? そっちは?」
「ああ、ティーナ、うん、知識の方はなんとかなりそうだ」
「そう。じゃあ、あとは、兵士と指揮ね。ピラミッドでお金は手に入れているし、そこは傭兵で良いでしょう」
「ん? 俺は下級騎士として、君の部隊の下に付くんだと思ってたが…」
「私もそのつもりでいたんだけど、お父様の指示で、別々にさせられたわ。あなたは王宮直属でもあるし…」
「そうか。まあ、それは仕方ないか…」
「でも、近くには配置するという話だから、多分、問題無いわ」
「分かった」
「ユーイチ、傭兵ならば、私達を雇え。金貨一枚でいいぞ」
レーネが言う。相場が適正かどうかは分からないが、みんなが一緒なら心強い。
「分かった。じゃあ、レーネとミネアとリムに頼もうかな」
「ちょっと。私を仲間はずれにするのはどう言う意味かしら?」
エリカが文句を言い出すが、分かってるのかね? 戦場だぞ。
「ユーイチ様、私も雇って下さい」
クロまで言い出すし。
「ダメだ。子供は戦場には連れて行かないぞ。大丈夫だ、クロ。ここにいれば、安全だ」
戦はスレイダーンが相手なので、前線から少し離れたこの領地は戦場になる心配は無い。
「いえ…」
「クロちゃん、あなたは私達の無事を祈ってて。戦が終わったら、また一緒に冒険しましょう」
ティーナが言う。
「あ、はい!」
クロも俺達とまた一緒になれると言うことで納得してくれた様子。
テーブルに食事の皿が並べられたが、俺だけ、メニューがなんか違う。
念のため、毒味の呪文を唱えたら、うっすら赤く光った。
「うえ、毒」
「ええ?」
「ご安心を。後で毒消しを服用なされば問題の無いものですので」
セバスチャンが平然と言い放つ。これにはさすがにティーナが怒る。
「ちょっと、まともな物を出しなさい」
「お嬢様、これはドラゴンのステーキ、体力を付けるにはこれ以上無い代物です。ユーイチ様の事をお考えでしたら、ここはお収めを」
「むう。本当にドラゴンのステーキなのね?」
分析してみる。
【名称】 ドラゴン・ステーキ
【種別】 料理
【材質】 ドラゴンの肉
【耐久】 10 / 10
【重量】 5
【総合評価】 A
【解説】
グリーンドラゴンの肉を焼き上げた物。
身は硬めだが、滋養強壮に優れる。
軽い毒性有り。
「ああ、確認した。まあ、毒消しを食べれば問題無いよ」
「ん、平気。むしろAランクで羨ましい」
ミオはそう言うが、味次第だろう。
「そう」
食べてみると、まあ、そこそこの味に仕上がっているので、硬いのを頑張って食べた。食べきれない分は、みんなにも味見させたが、ミオ以外は、もう良いと一口で止めてしまうし。
いいんだいいんだ、今は生存が最優先。生存が…グスン。
それから一週間、乗馬や剣の訓練、指揮の練習をやって、準備を整えた。ティーナの父は多忙を理由に一度も食事には姿を現していない。
その事については、ティーナの母親のマリーンが釈明してくれた。
「ごめんなさいね、ユーイチ。あの人ったら、結婚の申し込みを嫌がってるのよ。戦が終われば言い訳もできないから、それまで我慢ね」
マリーンが笑って謝ってくれる。髪の色は明るいオレンジで少し違うが、顔立ちはティーナによく似ている。美人だ。
「ああ、その話は時期尚早だと思いますので」
セバスチャンにあんな話をしてしまった以上、全くその気は無いなんて言えないし。
「そう。私としては早くても全然構わないのよ」
「は、はあ」
ティーナには俺がセバスチャンとどんな会話を交わしたかはすでに話してある。ちょっと困っていたティーナだが、アーサーとの婚約が解消できるのではと、期待しているようだ。
俺が馬に満足に乗れるようになってから三日が過ぎた。
ついに挙兵の時となり、ラインシュバルトの城から俺たちは騎士団と共に出立する。




