彼女の濃い~ぃ1h⑨
都市国家モタルサはサークル状の城壁に囲まれた街である。
街の中には大小様々な規模のオアシスが点在し、住人の生活はそれらオアシスを中心に幾つかの小集団で別れている。
小集団のほとんどは“町内会”と判断して構わない存在だ。故に冒険者との接点もほとんど無く、プレイヤーが足を運ぶ場所でもない。
プレイヤーが集まる場所はモタルサの中心部だ。街一番の巨大なオアシス周りに集まったモタルサの行政機関と、それらの運営を補助する巨大総合マーケットを営む行商人達が集まる場所。物理的にも比喩的にも、正に中心となる部分に、プレイヤーが集まる拠点も存在するのだから。
『ロレンス酒場』は、特に目的もなくゲームにログインしたプレイヤーが集まる溜まり場の一つである。成人済みのプレイヤーには文字通り酒場として機能し、未成年にはイロイロな、公式非公式関係無い情報が集まる場所として、メジャー扱いで機能している拠点の一つなのである。
まるでどこぞの巨大百貨店屋上のビアガーデンのような店内は、実に多くのプレイヤーでごった返している。現実ならば、自然に高まる喧騒で隣り合う者同志の会話もままならないだろうが、そこはゲームの便利なところ。公の会話やパーティー限定の会話、それぞれの設定を変える事で聞こえてくる音量の調整から意識できるできないまでもが自在である。
当然、周囲に声が漏れないように『内密モード』で話せる機能も万全である。
そんなモードで、酒場の壁際近くのテーブルを一脚、無事に確保し、文字どおり顔を突き合わせるようにしてボソる野郎が三人。イワオ、テンマル、カッツェの準廃人トリオである。
「(まさか登場するなり注目されたとは、迂闊だったなあ)」
「(最近の神術師は“総・姫化”、滋養治士も大半が“嬢化”してるんだゼ。しかも独り者は皆無だしさア……、飢えてんだよ、ミンナ)」
「それ以前に、ここまで個人を祭り上げてよくサービスから警告が入らんでゴザルな」
「(まあ基本、ゲーム内展開だしなあ。現実みたいに修羅場やストーカーが出ても、そう深刻な結果にはならん。ウザイ事にはなるけどな)」
「(いや、滋養治士は基本からして危ない仕様でゴザルからな、悪フザケする馬鹿は絶対いるでゴザルよ)」
「(分かっているなら話は早い。お前たち、俺らはマヤヤ達の防波堤だ。『ウェルカム・タッチ』以外は厳禁だからな)」
「「(らじゃー!!)」」
そんな、極秘の会話が一段落した時、酒場の雰囲気が大きく変化する。その変化の出所へイワオが視線を向ければ、約三時間を経て再開するウスネとマヤヤの姿があった。
二人の姿は別れた時と微妙に変化している。若草色のポンチョは二人とも同じであるが、中の装備は一新されていたのである。葉脈デザインの妖しさはそのまま、ウスネが身に着けているのはギリギリでマイクロビキニではない、といった布地でしかなかった。現実ならば動けば“こぼれる”状況だろうが、さすが仮想現実、絶妙なズレ具合で露出を抑える仕様であった。これで開けっぴろげに身体を曝すならば、むしろ健康的ですらある。だが股下スレスレの透けポンチョで脚部以外を隠すデザインが、そんな部分を台無しにしていた。
因みに、滋養治士は基本脚部は素足である。裸足で大地を踏みしめる。自然の営みを象徴するジョブなのである。
そしてマヤヤであるが、初期装備の時の地味で素朴なデザインは欠片も存在しなかった。
かといって、ウスネのように裸体同然の恰好というわけでもない。いや、ある意味裸体その物かもしれないのだが。
トップスは布一枚。首もとから鳩尾までの前身頃を隠す、“◇”の形の布一枚である。“涎掛け”と言えば分かるだろうか? 首ヒモで結んでいるだけなので、大きく動けば捲れるだろうし、歩く様でも布地の脇下から揺れ見える“部分”もある。ポンチョがなければマヤヤの両斜め後ろには野郎共の人集りができたであろう。
ボトム部分は、よく凝視したとしても悩むデザインだ。要は、服に見えないのである。ノーマルな大きさのタオルを腰に巻き、端で解けないように結んだ“モノ”。そんな布にしか見えないのだから。
そしてそれは、例えに終わらず事実を指す表現でもあった。結んだ端は左脚付け根のサイドフロントに位置しているので、歩く事で露出する脚の肌色が凄い事になっていた。
酒場中が二人への注目していると言っていい。
女性密度が皆無なゲームではないが、それでも注目されて当然といったレベルなのである。
ウスネはともかく、マヤヤがそれを自覚していないのは丸わかりだが。
そして、イワオはマヤヤの態度から今後の行動の難易度を悟っていた。
『ここまで羞恥心と無縁なのか』と、驚いていたのである。
(というよりも、自分の“商品価値”を認めてないのかね?)
あまり人間に当てはめたい価値では無いが、社会において“女である”事には、売買に結びつく価値が確実に存在する。当人にその価値を利用する気が有る無いに関係せずとも、価値を自覚できなければ、最悪、誰かに理不尽に利用、または搾取されるのを防ぐこともできないのである。
イワオが視線を移せば、ウスネはわずかに苦笑いであった。
なかなか、先は長そうな問題である。
「おまたせ~にゃ。マヤヤのレベルに合わせて防具を用意してたんで、遅れた~。でも悪いと思わない。むしろアンタ達にはご褒美だと思うから!」
「異議なし、でゴザル」
「右に同ジ!!」
「トキヤはやっぱり遅れるようだ。約、後1時間くらいか。待つか抜きでパワレベの再開かは、判断任せるぞ」
「じゃ、再開でーにゃ」
「「はやっ!」」
「この状況でマヤヤを晒す選択なんか、無いにゃー」
「だわなあ、んじゃ、適当なクエスト受けに行くぞー」
「「「いぇっさぁー!!」」」
「よろしくお願いしまぁす!」
酒場を騒がせた一同は、早々に現場を退散した。何人かの“隠密系スキル”持ちがウスネ達から姿を隠して追跡しているが、クエスト対象の迷宮に入ってしまえば関係無い者は全員弾かれることとなる。迷宮を構成するエリアは、多くのプレイヤーが混在できるMMOエリアからは全く独立した別エリアとなるのである。
そうなれば、“そこ”に途中から入れるのは同じパーティーに登録してある者だけである。ただし“隣の国”である別エリアのトキヤがクエストに参加するには、最低でも同じ地方の中、つまりモタルサがあるモンモ地方に戻る必要がある。
「(クエストの選択は何でもいいけど、時間制限無しのやつでね~)」
「(お、何で?)」
「(マヤヤがレベル20に成れば魔法がガラっと変わるから。後、そろそろ他の誰かもレベルが上がるでしょ。そのタイミングでマヤヤを『唐揚げ定食』専用に“調教”しないと、だしにゃ~♪)」
「(おお、それは“臼ネコ”の時の“アレ”と同じやつでゴザルか!)」
「(おおおっ、“臼ネコ”が唯一“女らしく”見えるアレかァ!!)」
ウスネが軽い身のこなしで螺旋を描き宙を舞い、カッツェが無様に錐揉みながら蹴り飛ばされる。実に見事なローリングソバットであった。
「(ええっと、“ちょうきょう”って何? ウスネちゃん)」
「(ああ、深く考える必要は無いぞ。ジョブ仕様だ、ま、その仕様が人によっちゃあ悪ノリになるんたが……、寧ろ“悪い結果になる”なら手間要らなそうだよなあ)」
「(……?)」
イワオの説明に“首カックン”と小首を傾げるマヤヤである。
「(ふっふっふっ、マヤヤ乙女化計画。本格的に“指導”開始にゃーよ♪)」
当人を前にして、不穏なワードを堂々ホザくウスネであった。
その当人の反応がいまいち過ぎて、内心膝をつきかけていたのは誰にも言えない秘密である。
※『姫』と『嬢』を指す女子プレイヤーの実態にはノーコメントですw
ええ、皆の平和のた・め・に♪