彼女の濃い~ぃ1h⑧
都市国家モタルサから都市国家ゴリンドへ。移動馬車での都市国家間の移動には、平均して片道二十分が設定されている。裏話的な事を書くとサービス側担当者は1~2時間を設定したかったらしい。が、さすがにそれは長すぎると、移動の行程を演出できる程度の長さに収まったのだ。
ではその演出は? というと。
『きしゃあーーーーー!!』
移動馬車を襲うモンスターとのランダムエンカウントである。
エンカウントから十分間、間を開けながら襲ってくるモンスターから移動馬車を守りきれば無事到着。ダメならば高い確率で行きの街へと送り返され、低い確率ではランダムで適当な、目的地以外の街へと放り出される。
なかなか意地の悪い仕様なのであった。
当然、トキヤはモンスターに襲われる。
今回のモンスターは地域が荒野なせいか、恐竜系の大型種が一体である。名は『フレンドリードーザー』。外見は典型的な首長竜である。
草食恐竜をモデルにしているせいか、モンスターでありながらプレイヤーを殺さない、温厚な性格という設定である。だが同時に草食恐竜の特性で、群れていないと不安で暴れるという性格も設定されている。その設定の相乗効果か、フレンドリードーザーは馬車に乗車するプレイヤーを何人か、拉致って確実に何処か遠くの街へ運ぶという習性を持つこととなった。
たった一人の乗客であるトキヤは、当然、その対象になったのである。
だがしかし、フレンドリードーザーは目的を果たす事はできなかった。
トキヤを巻き取ろうとして伸ばされた長い首、その先端の小さな頭部。トキヤに触れるか触れないかのタイミングで、トキヤの左腕が消えたように素早く振られる。“ドガン”と派手な衝突音が鳴り、フレンドリードーザーの頭部が跳ね飛ばされて、千切れて消えた。
守護騎士の防御的必殺技、『カウンターバッシュ』である。
ゲームの種類に拘わらず、壁役ジョブが使う技で多いのが、盾を振って攻撃する『シールドバッシュ』である。トリオン・オブ・ラビリンスにおいては、守護騎士というジョブに必ずしも盾は必須ではない。なので、防御行為全般に結びつけれる形で、こうなっているのだ。
それが、モンスターを一撃で葬れる結果になるかどうかは取りあえず置いておくとして、なのだが。
守護騎士トキヤ。レベルは89。ジョブ特性として防御に秀で、逆に攻撃には乏しい能力値に偏っているのだが、プレナという平均的なステータスの種族故に、多少の融通を効かせて他の種族よりは万能未満な行動もとれたりする。
それが、モンスターを一撃で葬れる結果になるかどうかは取りあえず置いておくとして、なのだが。
大事なので二回記す(コピペ)。
襲撃を撃退して以降、後はノンビリとした時間が流れ、トキヤは岩窟都市国家ゴリンドへと到着した。
この都市国家は名の如く、巨大な大岩が一つの都市、そして国となっている設定の街である。主な住人はドワーフ。次いで多いのがドワーフの従僕種族であるノームだ。ノームは岩や土に同化して行動できる妖精族で、その能力で鉱脈を探し同時に坑道も作る。ドワーフはそれを活用して武具や細工物、時代無視の便利機器を作っていたりするのである。
因みに、この都市国家はゲームサービスが開始されて以降、バージョンアップの度に微妙に有り様を変化させている。それは街の施設の追加や撤去。都市の外観その物の変化と多岐にわたり、古参のプレイヤーには時代の変化を露骨に自覚させるものになっている。
「……絶対、いつか動いて暴れるよな……」
都市入口前の停留エリアにてゴリンドの外見を確認したトキヤは、ついついそんな呟きを洩らしてしまう。
が、それもしょうがなかろう。
岩窟都市国家ゴリンドは、サービス開始当初は単に巨大な“円筒形の岩”だったのである。それが、バージョンアップの度毎に凹凸が増え、細かい化粧掘りがつけられ、現在では片手を持ち上げた雪ダルマのような有り様となっている。しかもダルマの頭と思える部分の右側頭部には、高層ビルを造る時に使用するような大型クレーンにて“パーツが追加”され、流れから左側頭部にも追加されるのは予想に容易い。
「ていうか、『招き猫』かよ……」
そう、現状のゴリンドは、片耳の無い猫の置物といった外見なのである。
サービス側の裏設定では、ゴリンドはゲーム内においての最大のマルチマーケットとして機能している街である。であるから、『千客万来』の象徴である招き猫の意匠を取ることで更なる飛躍を目指している。という感じであったりするのだ。
プレイヤーが知ってどうする? な設定なのではあるが……。
閑話休題。
街の傾向から、ドワーフの武具は金属製が中心になる。
だが、ノームが掘り起こしてくるモノには、たまに鉱物化した巨大な骨塊、つまり化石なども含まれる。
元が生物の素材のせいか、金属製とは違う変わった特性が発現したりもするので、一部のドワーフが扱っていたりもする素材なのであった。
トキヤには、何故かそんな変わり者のドワーフの伝手がある。そして過去に、オーガの生体素材を使用する“変わった装備”の作成クエストを発生させていたのであった。
「でもスッカリ忘れてた。なんせ三年近く放置してたもんなあ……」
クエストが発生したのがゲームを始めて半年後、その後二年間、空き時間ができたらオーガ狩りを繰り返し、それでも素材の必要数に半分も揃わず、心が折れて放置したクエストだったのである。
今回、マヤヤのパワーレベリング途中でオーガ系装備を作成しようと思ったのも、現在使っているレア金属製の重装鎧よりは軽く、しかも防御性能は上がるといった良いことずくめの公開データを、“改めて”知った故である。
最初にその情報を知ったのは、クエストを受けて燃えに燃えてた始めも始めの頃。そして挫けて、改めて確認した五年後の今日の情報。過去のバージョンアップの何処かで仕様変更があったのか、現在でも最強装備に近いデータとして内容が変更されていたのであった。しかも、軽く使用者の情報を集めようとしたら、未だ誰一人として、オーガ系装備を所持していると公言するプレイヤーはいなかった。
装備作成に必要な素材が、入手難易度や必要個数を含めて尋常じゃあないとはいえ、そこまでとは予想していなかったトキヤだ。
「『鬼の心玉』、レアドロップ過ぎて、本当に集まんなかったものなあ」
クエストを受けた最初の頃の一ヶ月間、素で“心玉”と“心臓”を読み間違え、普通にドロップする『鬼の腑』のカテゴリーでの心臓を可能な限り集めまくった。666個の必要個数まで後百個という時、ふと、ようく目を凝らして確認し誤読に気づいた。そして一週間は落ち込んだ。そういう曰わくもある素材である。
マヤヤのパワーレベリングを始めて、最初のオーガから“心玉”が2個ドロップし、クエストを思い出すと同時に『ラッキー』と喜んだ。ストレージの心玉の数は498個。これは『ついでに少し集まればいいか』と、そんな余裕の気分でいたのだが、意外にも異様なペースでドロップするようになっていた。昔の記憶ならば一日中狩っても3~4個のペースが、今日に限ってはオーガ一体から最低1個、多ければ4個もドロップし続けたのである。
フリーでドロップするならばパーティーメンバーでランダムに割り振られるのだろうが、鬼の心玉に限ってはオーガ装備のクエストを受けてない者にはドロップすらしない。同じジョブであるイワオがクエストを受けていたのなら、トキヤ同様にドロップしたのかもしれないが、このてのドロップは当人にしか確認インフォメーションが流れないので確認しようがない。
逆に言えば、トキヤがこの素材を集めているのも仲間は知らないだろう。可能性のあるイワオを除き、であるが。
ともかく、今日倒したオーガが92体。ドロップした心玉は268個。あっという間にノルマを達成してしまい、これまでの長かった苦労は何だったのかと、過去のトキヤ自身に問いたい気分なのてあった。
そんな複雑な心境で、五年ぶりにクエストを受けたドワーフの店の暖簾をくぐる。
「おう、トキヤか。どうだ! 見事素材は集められたか!?」
さすがNPC、そんな長期の放置プレイも関係なく、つい昨日、クエストを発注したかのように『オーガ装備』の流れを再開した。
「この街の連中は“ステンレス”だ“ミスリル”だ“デーヤモンド”だと鉱物素材じゃなきゃあ武器じゃねえみてえにほえるがよ、ワシに言わせりゃ、んなもん小せえ事に拘るだけの皺ばっかり多い縮みフ●リみてえな馬鹿共の──」
長々と装備の蘊蓄とハブられ愚痴をたれるドワーフ店主を余所に、すっかり忘れてしまった過去のクエストログを確認するトキヤである。
「えっ!?」
そして、仕様変更に伴い、微妙に変更されていたクエスト内容に、少々唖然とするのであった。