彼女の濃い~ぃ1h⑦
何処からともなく“カラーン……カラーン”とチャペルが鳴り、マヤヤの意識は瞬間的に覚醒した。スリープの機能が無事終了した証拠である。
どうして見知らぬ部屋で寝ていたかは、分からなかった。
だが、自分とは違う息遣いへと目を向ければ、隣のベッドでは花梨……ではなく、ウスネが寝ている。それが確認できた事で、今居るここは『トリオン・オブ・ラビリンス』の中なのだと、柔波、いやマヤヤは思い出せた。
「そういえば……迷宮から出て一休み……だったっけ?」
意識せずに身を起こしてみれば、タオルケットがスルリと落ちる。マヤヤはその感触に違和感を感じた。
「……なんで……裸?」
まさか局所的の微妙な凹凸に合わせてタオルケットの落下の摩擦が変わるとは、仮想の身体の再現度に偏執狂じみた情熱が注がれたと分かった瞬間である。
寝ているウスネは別として、いくらマヤヤでも裸のままで部屋を彷徨く趣味はない。まだ慣れないウィンドウを苦労して立ち上げ、唯一所持している服、初期装備を装備していった。
滋養治士の装備は現実のように着れないだけで、案外現実と大差ないパーツで構成されている。上半身用のトップス。下半身用のボトムス。後はフード付ポンチョのイメージのオーバートップである。
マヤヤ的には“Tシャツ”と“ホットパンツ”、その上に“パーカー”を羽織るといったイメージであった。
だが、実のトコロは……。
が、その前に。滋養治士とはどのようなジョブかを説明した方がいいだろう。
『滋養治士』とは、その字面から予想できるように回復に特化した能力を持つジョブである。
だが、回復という意味では一般的に“超”がつくほど有名なジョブ、『神聖術師』が既にいる。このジョブは神の奇跡の力を借りてパーティーメンバーのHPをガンガン回復できる魔法を有し、それに腹を立てる魔物のメンイターゲットにも成りやすい王道ジョブだ。“腹を立てる”の概念が戦闘に加わると、真っ先に血祭りの対象になるジョブでもあり、場合によってはコロコロとその仕様が変わっていく傍迷惑なジョブとなる事もあり、トリオン・オブ・ラビリンスでも神聖術師は能力が千変万化したジョブという歴史があった。
結果的に、現在の神聖術師は初期のデザインの面影も無く、武闘僧兵に並ぶ肉弾ジョブへと変貌していた。武闘僧兵との丸被りも不味かろうと、攻撃力は皆無ではあるが殴られても殴られても死にはしないゾンビのような肉の壁となりはてていた。一時は壁役ジョブの守護騎士よりも死なない有り様でもあったのである。
回復ジョブはよく白衣の天使と混同され、“姫”が生まれる温床でもあるのだが、このような惨状ではどんな夢見がちなバカでも神聖術師に夢を見ない。
多くのプレイヤーが嘆いたが、それよりも切実に嘆いたのがサービス側であった。しかも夢を捨てきれない真正のバカも多かった。
その夢の成果として、サービス開始後三年後に新ジョブとして登場したのが、滋養治士だったのである。
滋養治士と書いて“バライド”と呼ばせるように、自然の力を魔法として現すデザインであり、“バライド”はファンタジーでは有名な“ドルイド”から捩られた呼び方だ。
そして、“自然”というキーワードからか、その“意匠”も自然物をイメージしたものがメインになっている。
マヤヤがTシャツやホットパンツと認識しているものは、大きな葉を重ねて縫い合わせたような物なのだが、よくよく見れば、細かい“葉脈”による網状となっていて、“シースルー”なのである。肝心で危険な部分は自重されているが、光の加減では体型が完全に透けて見える。
パーカー認識のポンチョも、直着の上下よりは多少目が詰まっているものの、逆に葉が虫食いにあったようなワンポイントがチラホラ配され、かなり危険なデザインなのである。
この行き過ぎたデザインは、登場当初からゲーム内で話題となった。熱狂と非難、両極端の派閥を生んで。
だが滋養治士誕生から七年、現在の滋養治士の立ち位置を見れば、どちらの派閥が勝者となったかは、分かりすぎる程分かるだろう。
「……ウスネは、まだ20分は起きないのね」
スリープ中はアバターの頭部上にカウントダウンが表示される。分の表示までなので誤差は60秒近く発生するが、大まかに判断するのには困らない機能である。
「いきなりレベルが上がったから……、イロイロ変わっちゃったかな?」
空いた時間を活用しようと、自分のステータスを表示するマヤヤ。
ゲームプレイの基本を知るためのチュートリアルを、ウスネに強引に中断されたマヤヤである。が、その中断もひと通りの操作方法は学び、実践として最初のチュートリアルクエストを終わろうか、というタイミングだ。
その後の六時間耐久迷宮プレイで記憶としては怪しいが、その都度ヘルプで確認しつつなので何とかなった。と、マヤヤは思っている。
「えっとダメージ減少魔法の『紬蟻の衣』、敵の行動阻害魔法で『生蔓の縛鎖』……あれ、回復魔法の『舞華雪』、スキルレベルが上がって“遠隔化”してる?」
魔法ジョブならば『魔法』が。物理戦闘ジョブならば『必殺技』が。戦闘で使い続けることでスキルポイントが累積し、一定値になる事でレベルアップが上昇するようになっている。スキルレベルの場合、その威力や効果が上昇するのだが、その他アバター自体のレベルが上がることで特殊な機能が追加的されていくものもあるのである。
滋養治士の場合、魔法のほとんどが初期は“接触”限定であり、対象に触れていなければ魔法が発動しないようになっている。本来のチュートリアルが終了すれば回復以外の魔法はレベルが上がって“非接触”での行使が可能となるのだが、マヤヤの場合、それをできないどころか知らない状況で引っ張り回されていたのであった。
レベルの認識が間違っているところからも、そのあたりの危うさを匂わせていた。
「これなら……キス無しでも癒せるのかな?……、あ、ダメね。舞華雪は『徐々に回復』で、今のスキルレベルだとHP2づつしか回復しない……ものねえ」
慣れと練習とスキル上げ、と称されて、オーガと直接の戦闘を担当し、怪我をした男子四人にはたくさんキスをする事となったマヤヤである。
マヤヤの感覚では四人の外見が全てであり、“中の人”にまで想像を広げる事などできていない。なので漠然と“自分と同世代”と思い込んでいたこともあり、触れる事への恥ずかしさはかなりのものであった。
マヤヤ的でのせめてもの救いは、触れることで全員が笑ってくれたことである。実際は“ニヤケている”が正しいのだが、そこはマヤヤ補正であるのでしょうがない。
「結局は『博愛の口づけ』しかないのね。……もっと強く触れた方がいいのかな? それとも、く……唇にスルのがいいのかしら? ちょっと、耐えれるようにも練習しないとかな」
どこまでも地雷を踏もうとするマヤヤである。
「……マヤヤが盛……、や、成長してるにゃーぁ……」
「ひやあ!」
何時の間にか目覚めていたウスネからの突っ込みである。
「あっ……、あっ! そう! ウスネちゃん! 何勝手に脱がしてくれたのよ!!」
「えーっ、だってマヤヤが『寝るの~? パジャマ無いの? じゃあ裸でいいや~』なんて言うからさあ、希望は叶えないとだし~」
真っ赤な嘘である。
「そっ、そんな事言わないから! 私パジャマ派じゃ無いもん!! ジャージ派だもん!!」
事前情報に大穴ありなウスネであった。
結局、約30分は姦しい怒鳴り合いともジャレ合いともつかない押し問答が続き、待ち合わせ時間には大幅に遅れる二人なのであった。