三匹娘の初クエスト③
遅ればせながら、モエ達がジョージの店でどのような装備を入手したのかを記しておこう。
モエの装備は神術師のジョブに似た印象だ。
ただ高性能のジョブ装備を調達したかというと、そうでもない。単に色んな部位の装備を合わせて見た目だけを似せているのである。
それはワラビットという種族仕様で腹部を露出するのを逆手に取ったデコレーションだ。
既存の服飾名で言えば胴装備は水着のカテゴリーとなる。内容はセパレート仕様でトップスはホルターネックの臍上丈のタンクトップタイプ。そしてボトムは短パンにも見えるスパッツタイプ。
所謂、“タンキニ”と呼ばれる種類の水着となる。
『Trillion of Labyrinth』というゲーム内においても夏の定番イベントは外さない。寧ろプレイヤーメイドでデザインの多様性を得られるせいか、現実よりも遥かに多い種類が気軽に手には入ると言って良い。
モエはその中から青地に白のゼブラ模様をチョイスし、ジョージの職人スキルによって過剰な強化処置付きを得たのである。
ただ、イベントでもないのに水着姿で彷徨くのは単なる痴女だ。なので同系色のショールにマント。巻きスカートも用意し、同様に強化している。
イメージ優先ならば、頭部を覆うベールは既製のジョブ装備のみとなるのたが、ジョージがヤッツケで組み合わせたカチューシャとレースのスカーフを合わせて、ソレっぽく仕上げてある。
頭頂部の長耳を隠さないように、後頭部を隠すのみで済ませている。
そして大きめの布地で全身がダブ着いた印象なのを利用し、腕や脚にはゴツいプレート系の鎧を着けている。
両腕は肘から先が、また腿の半ばから爪先までと、モエに専用化してサイズまでピッタリとした、銀色に輝く騎士鎧のパーツである。
『Trillion of Labyrinth』は10年の歴史を持つ事で、既にジョブ的な括りに収まらない装備が氾濫している。
金属鎧ならば物理前衛ジョブの専用装備の扱い共言えるのだが、“神官戦士”や“僧兵”等、後々増えたジョブもあって装備制限は緩められていた。
モエが装備する鎧もその対象で、元は“ユニコーン騎士団専用装備”と言う名称で過去に導入された女子プレイヤー専用の装備だったりする。
装備する条件は“女性限定”のみだ。一応、年齢での制限は一切無い。無改造でもそこそこの防御力を備える良い装備である。
だが、この装備の名称と過去の汚点を知る女子プレイヤーほど、着たがらない不人気装備でもある。
理由は敢えて、記さないでおこう。
基本武装はモエの身長程も有るミスリル鋼の儀礼錫杖だ。先端にある直径30cmの円盤型シンボルには“¥”マークを胸に刻んだ12枚の翼の黒い天使が浮き彫りにされている。
これは〈東日本魔王商工会〉のフォートフラッグである。中々におぞましいデザインである上、実は戦闘モードでは変形して槍の穂先になったりもする。ジョージ渾身のお遊び武器であった。
続いてミュラの装備に行こう。
ミュラの胴装備は一見するとチャイナドレスを連想する物だ。
身体にフィットするデザインでノースリーブに裾は足首丈。首は詰め襟で、合わせは首元正面から右の脇の下へと斜めに流れ、そのまま右のサイドを腰まで降りて行く。合わせの終わりはスリットとなり、脚部をほぼ全て晒し出せるようなっている。
本当に、デザインだけなら古典的なチャイナドレスの仕様なのだ。
しかし装備のカテゴリーからすると、この装備は鎧となる。
何せ、布地の代わりに小さな鎖で編まれているチェーンメイルなのである。素材は〈フェザンチウム〉と言い、チタン鋼の上位に位置するレア合金だ。勿論、現実には存在しない空想金属である。
インゴットが水に浮く程軽いが、ミスリルよりも強靭。というのが売りである。ただしプレート系装備にすると逆に脆くなり、金属糸にすると柔軟性に欠ける。そんな面倒な仕様である。
東日本魔王商工会の職人が太さ1mm、直径4mmの環状に成形するのが一番強度を保てる事を発見し、何故かチャイナドレスとして試作した上に死蔵していた珍装備をミュラが発見。更にジョージが強化処置をして提供したのである。
配色は赤と緑のマジョーラカラーに金縁という派手な物だ。
そしてチェーンメイルとしては細かいが、生地として見れば荒い網目状だ。なので凝視すればミュラの地肌を確認もできるが、見えてはいけない隆起部位の先端にはシッカリ体型に合わせた板金が配されているので心配は要らない。と言うより、当人は気にしていないので問題無い。
脚部には同じくフェザンチウム製のニーハイソックス型チェーン装備を着け、ウォーピックを模したデザインの金属靴を履いている。
この金属靴は蹴撃士のジョブ装備である。
ミュラのレベルが低いので性能は推して知るべしだが、物理ダメージ以外ではジョージが命中すれば複数の弱体効果を発揮する凶悪付加を施してあるので、場合によっては高レベルでも圧倒できる武装と言える。
名称は改造時に〈コバルトン・メリー〉と変更されている。聞く者によっては不安を煽る危険な名称であった。
身軽に動けるようにと、頭部と腕部には黒い革製ベルトが巻かれているだけだ。これはレア素材であるフェザンチウムの物が用意できなかった為の間に合わせだ。
しかしレベル相応の攻撃程度なら刃を通さない高品質の防具には変わりない。
その戦闘力の一端は、ベテランでレベルも高い〈G☆I〉を吹き飛ばした事でも判るだろう。
そして最後にマリアの装備だ。
基本、3人の中では他の2人と統一性の有る余り物を選ぶ趣向なマリアである。
しかし片や“シスター”、片や“チャイナ”である。合わせる共通項といったら大人しい言い方ならコスプレ、更に突っ込んだ言い方ならば特殊な衣装で個性を出した“接待業のお姉さん”くらいしかない。
なのでジョージの推薦で、ジョブ的に便利な意味での外見の装備を選択した。所謂、“和装”。花魁と呼ばれる物である。
花魁とは江戸時代の超高級娼婦の事を言う。21世紀の現代の金額に換算すれば、一晩で数千万を稼ぎ出すトップアイドルだ。
現代では肩や胸元を晒け出す淫靡な色気を演出するのが当然と描かれるが、実際は華美な装飾が大量に配された長裾デザインの着物を纏ったものである。
例えとして上げれば、まだ10歳程度の子供が年相応の浴衣をちゃんと着て、その上に大人用の大きな“バスローブ”を羽織った感じ。と言えば分かるだろうか。
実は案外、肌の露出は少ないのだ。
その当たりを再現したのか、マリアの着付けは舞妓風に項や襟元が多少広く開いたものの、肩を丸々出すようなものでは無い。
ただ、中に着た浴衣に該当する物が今風の一種、“ミニ丈浴衣”なせいか、正面からの生足の露出は多めである。
だが元々のデザインも、着物の前は開けて下着扱いの襦袢を見せるスタイルだ。時代に合わせれば生足を見せるのと、そう変わったものでも無い。
強いて言えば、着物の裾をウェディングドレスのスカートの如く、長く長く引き摺るのは室内限定の行為だ。外では腰まで託し上げ、というのが通常となる。それを関係無く外でもやってるのはゲーム仕様というしか無い。
まあ、演出でもなければ土や埃で汚れないので、問題も無いのだが。
さて外見の説明に手間をとったが、ジョージが推薦した理由は見た目だけではない。本質は機能性である。
妖精使いというジョブは使役する都合で妖精に関する触媒アイテムを携帯する必要がある。火の妖精なら熾火となる物、水の妖精なら水筒のような物となる。
また、ゲーム仕様という事で地水火風などの属性を持つ魔水晶を携帯する事でも良い。
しかし全属性を所有していれば全系統の魔法を使える事になる万能性には、それなりの制約も設定されている。その一つが触媒アイテムに設定された移動制限ポイントだ。
妖精の力を最低限で使える物でも1ポイント。効果の高い物なら10~20ポイントと設定されており、ポイント数が大きい程にアバター自体の移動速度が遅くなるのである。
だが最も遅くなったとしても、普通の歩幅で歩く程度のスピードは出せる。なので、妖精使いの大半はアイテムストレージの許す限り、触媒アイテムを所持しての固定砲台となる事がお薦めとされている。
ジョージの用意した花魁装備は、そのアイテムストレージを“複数個”、所持できる機能が付加されている。言わば独りで数人分のアイテムの同時使用ができるのだ。
マリアの場合、両腕の袂と前結い帯の三ヶ所に増加処置が施されており、自前のストレージを加えて四連使用が可能となる。
妖精使いにとってその意味は、4体の妖精の同時使役が可能であるに等しい。
現状マリアが使役する妖精は1体なので宝の持ち腐れにも思えるが、その妖精に関する魔法が4つ同時に使える意味にもなるわけで、初心者にとっては破格の機能と言っていい。
更に有り余るストレージには、大量のMP回復ポーションが餞別として収められてはいたりする。
身内贔屓が過剰に行われた結果、と言えるだろう。
尚、マリアが選んだ着物の色は当然“黒”。しかし喪服には見えない。
何せ、派手な金糸で”奇術師の恰好の千手観音が鳩を出す図”な柄が織られている着物だ。目に痛い程、煌びやかな代物である。
と、ここまでモエ達の新装備をざっと記した。各装備の素の性能や強化や付加を合わせれば、更に説明が必要となるのだがここでは割愛する。
何故ならば、ここまでやったは良いが、現状、彼女等のクエストでの活躍には必要無い要素だからである。
その理由は、先ずクエストの舞台である場所である。
〈廃都ルツボ〉。太古の時代に滅んだ都市国家で、現在は廃墟となった家々に魔物が住み着く人外の都である。
地下に築かれたドーム都市でもあり、『Trillion of Labyrinth』に精通するベテランプレイヤーでも知る者は極僅かな、隠しエリアの扱いとなる。
このエリアに発生する魔物〈エクセルスライム〉から、現状レア過ぎる素材がドロップする事が判明した。
モエ達が受けたクエストは、その素材収集のサポート役なのである。
このエリアの特徴は、“特定の条件を有している対象にしか魔物が反応しない”という物である。
その条件は、『プレイヤーが女性である』『初心者である』、そして最重要条件の『二十代未満である』の三点だ。
この内、最低二点の条件を満たしていないと魔物は現れない。そして三点の条件全てを満たしていないと、例え魔物が現れても、望んだ利益を得られないのである。
東日本魔王商工会がこのエリアを知ったのは偶然だ。そしてエリア解放による正式導入前に使用できるようになったのは、プレイヤー同士の交流による幸運による。
ただ、利用の自由を得られたものの、満足する結果を得る方法は独自のトライ&エラーとなる。
採集においてはフォート内筆頭の〈G☆I〉が担当し、現実の時間で2日、ゲーム内で2ヶ月未満を費やして出せた結果が、上記三点の条件だったのである。
『プレイヤーが女性である』と『初心者である』の条件は比較的簡単にクリアできた。
良くも悪くもベテラン揃いのフォートである。割り切った思考を有し、セカンドアバター用にVR機器込みで調達してくる強者も居たのだ。
だが、最後の条件で止む無き挫折を味わった。しかも、『二十代未満』とは女性には最も深い部分を抉り削って神経に触る条件である。男性メンバーの大半は悪条件によるささやかな採集で納得するも、当の女性プレイヤーが頑として参加しなくなってしまったのだ。
これにより、フォート独自による採集活動は頓挫状況に陥った。
勿論、他の手を模索する者はいた。知人友人の伝手を辿り、条件に見合った何も知らない新規プレイヤーを調達して送り込む。
外道の行いだが物欲に漲った連中には“馬耳東風”だ。結果は、友人として絶交。親類から縁切りと、洒落にならないペナルティーを受けたのだから自業自得である。
そして、現実での猶予は後1日。もう自前で生け贄を用意する時間も無く、満足するストックを得られないまま、アップデートを迎えるしかないのかと、密かに絶望気味の〈G☆I〉含む一部の職人等であったのだった。
そこに現れたモエ達〈テトラペッツ〉である。
救世主扱いされるのも当然であろう。
「他人事なんだが……本当に彼女等、納得してクエスト受けたのかい?」
「「当然!」」
エリアへの案内役である、鰐型獣人の大男が〈G☆I〉に何度目かの確認をとる。
彼自身は〈東日本魔王商工会〉とは関係ない人物なのだが、廃墟ルツボへの移動条件を満たす数人でもある。彼と〈G☆I〉、そして〈テトラペッツ〉の合計7人でパーティーを組まなければエリアに入る事もできないので、この採集クエストへ参加する事になっているのだ。
ただ、一度戦闘を経験すれば途中で抜けても問題ない。なので、今行われている初戦が終わった時点で、彼はパーティーから抜ける予定だ。
彼が抜ける事で人数が減るが、別のプレイヤーの追加はできない。既にエリア移動の条件が無くなっているからだ。同じ理由で途中退場はクエスト自体の放棄となる。
放棄によるアイテムロストは無いが、〈G☆I〉にとってはこのクエストが採集の最後のチャンスである。可能な限り、それこそマリアが考え無しにした『ログアウト時間まで』の契約を最大限に活用する算段である。
「きゃああああああああ!!」
「うっひゃああっ! クスグッターイ!!」
「ちょっ~、これはっ、予想……外っ、っ、っ、かもぉ~!」
クエスト開始3分後。数多の高性能装備を身に纏ったモエ達は、その恩恵の欠片も無く無残な姿で頑張っていた。
エクセルスライムの特徴は物理ダメージを与えない。出来る事は相手を包み込んで行動不能とする事。そして、溶解能力で装備を一時的に破壊状態にする事である。
予め、その事をちゃんと〈G☆I〉は説明している。そして破壊対象にならない衣類型のアイテムを支給している。
が、そこは素人。説明の内容を理解はできずに、単にアイテムとして受け取っただけで行動を始めてしまった。
現状、男性プレイヤーの眼前では3つの巨大ゼリーに埋まって、みるみる装備を剥がされて行く有り様である。
直ぐにも救出すれば、まだ装備は半壊で済むだろうが、虎獣人のスパロウは手元の時間経過を確認するのみで動かない。
これも検証の結果だが、効率的なアイテムドロップには、魔物がポップしてから“何秒後から”という約束事が有るのだ。それが過ぎるまでは、如何に愛娘を日々愛でるフェミニンな親父属性の持ち主でも、非情な決断を下す仕事人となるのである。
「うーん……。“人のふり見て我がふり直せ”じゃねーけど、俺も外道な事してたんだなあ……」
かつて自分の恋人に仕出かした行為に、多少の反省の独り言を呟く案内役。
物欲に燃える男達。名状し難い感覚に悶える少女達。共にそれを聞きとめる余裕など無いために、知られる事無く呟きは虚空へと消える。
やがて倒された魔物からは無惨となったモエ達と大量のドロップ品が落とされ、野太い歓声がエリアに轟く。
それを見届け、案内役は『じゃあ、俺はこれで』とパーティーを抜けてエリアから去る。
その去り際、当人達には知られる事無く“つついっ”と胸の前で十字を切る案内役である。
奇しくもそれは、ギルドの受付嬢からのものと同じ仕草の、“冥福を祈る”な憐れみであった。




