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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
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彼女の濃い~ぃ1h⑥

 イワオは『唐揚げ定食』という名のフォートに所属し、そのサブリーダーをしている。

 “フォート”とは、『砦』を英語読みしたもので、プレイヤー同士で構成する集まりの場所を言う。他のゲームでは『ギルド』であったり、『クラン』であったりと、要は“仲良しサークル”を指すもので単にトリオン・オブ・ラビリンスでの呼び方に過ぎない。


 『唐揚げ定食』に所属するメンバーは現在32人。しかし、ほとんどが既に名前だけの存在で、実際にゲームへログインする者は片手で数えるほどしか居ないのが実情である。


 居なくなった理由は様々だが、一番多い理由は『仕事の都合』である。

 『唐揚げ定食』は、とある高校のとあるクラブメンバーが創立したのもので、居なくなった者の大半はそのクラブに入っていた者達なのである。

 大学までは普通に参加もしていたのだが、さすがに社会人となるとイロイロな面で不都合がでたようで、社会人として生活基盤が確立するまでは、と実質休眠状態となっていたフォートなのである。


 現在の『唐揚げ定食』は、リアルタイムで“そのクラブ”に所属する花梨(ウスネ)が、その休眠状態の状況を知った上で利用しているのだ。

 トリオン・オブ・ラビリンスで古参フォートとなる『唐揚げ定食』は、ゲーム内における優位性がかなり高い。MMOゲームでは先行する者が有利なのがあたりまえなのだから。


 因みに、サブリーダーであるイワオの本名は『渦閨巌騎』(うずねや・いわき)。ウスネこと渦閨花梨の実兄(29)である。


 巌騎と花梨のゲーム暦は、トリオン・オブ・ラビリンスに限って言えば同じである。幼少期から仮想空間で通学する花梨は、VR環境に対し慣れている。近くに同世代の友達が作れない環境故に、年が離れても同じ状況で遊んでやれるようにと、クラブ連中も巻き込んで、巌騎は花梨にVRゲームをさせていたのである。


「ちょっと見ないうちに、少しは“改善”できたのかねえ」


 妹のクラスメート。マヤヤである柔波に対しての最初の印象である。花梨にとっては仮想空間越しの幼なじみなのだが、現在進行系なのも含めて花梨の説明する様子は難解な暗号であった。特に幼い頃の花梨の説明は、果たして同じ国に生まれ、同じ家で暮らし、たまには同じ布団で寝ていた者なのかと疑いたくなるほどに理解できない、未知の演説である。

 柔波当人を紹介されても、正直、過去に聞かされたどの情報とも一致する部分がなかったのである。


 だが、柔波から得たインパクトは強烈で、その後に花梨から頼まれた事にはいっさいの反論もできなかったのは、確かである。


『お兄さん、お背中流しますね~』


 風呂場で、やたらと長閑な口調で言われた時は脳が現状を認めなかったからなあ……、と、当時の事を思い出す巌騎である。

 巌騎は掛け湯を頭から被る派で、二回も被るとしばらくは濡れたお陰で目を瞑りっぱなしにする。何十年と入り続けた風呂場なので、ほとんど見えなかろうが困らないのである。

 だから、柔波の行動は本当に不意打ち過ぎた。


 慌てて顔を扱き、水気を拭って声の方を見てみれば、既に一糸まとわぬ裸身を晒した柔波がボディーソープを含ませたタオルを泡立てている。『はい、向こうを向いてくださいね~』の言葉に素直に従ってしまったのは、この状況で年頃の少女の肢体を凝視したら、『確実に社会的に死ねる!』と見えない誰かが巌騎の耳元で怒鳴った幻聴があったおかげである。

 もっとも、それで巌騎は早期解決の手段を失い、シュッシュッと甲斐甲斐しく背を洗われた挙げ句、『反対側いきますね~』の最後通告を受ける事にもなるのだが。

 背後から伸ばされた、タオル持つ柔波の手が脇腹から胸板へと擦り流れる。柔波の腕はゴムのように伸びはしない。腕が伸びる分、当然背後からは柔波の身体が近づき、密着してくるのだ。


 正真正銘、()きたての熱々の餅が“二つ”。押し付けられたそれが背中に貼りつく錯覚を覚え、『おひょひゃわええぇぇぇ!』と不様過ぎる悲鳴を上げた挙げ句、家族全員のゴミを見るような視線に晒され、わずかな時間だが誤解からの人間未満の扱いを受けた。


 あの体験が無ければ、後になって悶える花梨の苦労する姿は、思い過ごしと笑い飛ばしていたろう。と巌騎は改めて思う。


 花梨の話によって、多少改善はしているのだと聞いてはいた。

 今日の行動で、巌騎自身を含む男への対応も、一応は年相応にも思えている。だがその背景を知る者としては、結果はいささか怪しい方向にズレているようにも感じていた。


「なんつーかなあ、まあ、男への距離感を学ぶには……プラスなのかな?」


 同世代の男子への性的興味。それが育っているのは好い兆候だ。問題は、当人の羞恥心が皆無である事。そしてその感性から来る無防備過ぎる行動。最後に自分の魅力への無自覚である。


 普通の、というと語弊が悪いが、他人に好まれる容姿の女性は、それだけで危険な目に遭う可能性がある。柔波は確実にその可能性が高い。要は美少女だ。それが無自覚でも男との距離感無しに近寄るのだ。

 どう呑気に想像しても、近いうちに柔波は襲われるだろう。“自分は柔波に惚れられている”、そう勘違いした男にだ。


 巌騎自身、認めるのは悔しいが、漠然と思いこんでいるのだ。

 『自分はいろんな女性に好まれる』と。

 これはもう、男全員がかかっている不治の病と言っていい。理性で“そんなことは無い”と分かっていても、ダメなのだ。

 そんなところに柔波のような者が近づけば、勘違いされるのは間違いない。そして、一方的に片思いを暴走させて、ようやく気づく。『自分は男とすら思われてない』と。

 後は反転した想いが暴力を誘発するだけだろう。どんな結果になろうとも、柔波が暴力に晒される事だけは確実だ。


「仮想でしかできない、花梨の策か。上手く行くと良いけどなあ」



 回想を途中で切り上げるイワオ。それは目的地に着いたからである。

 イワオの前に建つ二階建ての建物は『Adventurer's office』と雑な英字で書き殴られた看板を掲げる、いわゆる『冒険者の店』というやつである。

 国家に縛られない独自の法とモラルで運営される、民にもっとも有益な公共機関であると銘打った組織、という設定の場所である。


 ぶっちゃけてしまえば、ホノボノとした様々な雑用から殺伐とした大量虐殺まで、知恵と暴力で解決するなら何でも斡旋する倫理ゼロの集団が集まる場所である。


 オーガガ島へ行くためには地下迷宮を通る必要があり、その地下迷宮はフリーのフィールドエリアではない。クエストを受けて初めて行ける事になる特集エリアなのである。

 一部の迷宮を除けば、迷宮と名の付く場所は特集エリアに分類される。そこに入るため、イワオが代表としてクエストを受けていたのだ。


「──はい、クエスト、【オーガガ島戦力削減】の完了報告ですね。オプションの追加金額を含めて、合計170,000.Gの報酬となります」


 西部劇をイメージさせるモタルサの“冒険者の店”は何処までもアメリカナイズなのか、店内はカウンター式食堂(ダイナー)風につくられ、長いカウンターの向こうでは多くの職員が書類と必死の格闘をする様子が見える。まあ、そういう設定なのだろうが、なのだが。

 そんな背後の惨状など関係ないといった雰囲気で、カウンターには受付嬢が七人、ニコニコと冒険者を相手に向けて「いらっしゃいませー」と愛想を振り撒く様子も見える。


 イワオの率直な印象は、店の雰囲気はダイナーというよりも地方の小さな郵便局だ。ならなんで、欠片ほどダイナーなどという発想が出るか? それはやはり、格闘する職員の中に、書類以外の、ホカホカと湯気をたてる料理皿を持っている奴がいるせいだろう。

 何故か奥の一画が厨房となっており、パスタやハンバーグ、ジョッキ生やらフルーツパフェなど喫茶店的ラインナップを手に、書類相手に動く職員以上の勢いで格闘する様子が目に映るのだ。


 何人かのプレイヤーは、注文した料理を手に店の外へ。店の前はオープンスペースとなっており、6人がけの丸テーブルが何脚も置かれているので、そこに座って食事をしながらゆっくりクエストを選ぶプレイヤーも多かったりするのだ。

 というより、それらテーブルも店のクエスト受け付け窓口の一つなのである。


 変な部分に妙に拘るのは、このゲームのデフォルトである。


「んならクエスト完了もテーブルで済ませてえよなあ……」


 何故か支払い手続きはカウンターで行わなければならない。本当に変な部分に拘るゲームである。


「申し訳ありません。店長の方針なので~♡」


 イワオのボヤきにNPCの受付嬢が律儀に反応してくる。

 “突っ込まれるのを前提かよ”と、サービス側の拘りに呆れるイワオであった。


 そして、改めて報酬の詳細を確認。基本報酬が4万Gのクエストであるのに対して追加報酬がトンデモナイ。イワオは遥か昔に同じクエストを消化した時の記憶を掘り起こすが、その時は追加で5千Gも入れば良かったような、なはずだった。


「時代が変わったんかねえ?」


「それにしてもイワオさん、“屠殺師”(とさつし)とかシャレにならないスキルでも習得しましたか? これもうオーガでD級スプラッタでヒャッハーな感じでしょう?」


 どうやらやはり異常らしい。とイワオは思い直す。未だかつて、NPCからこんな突っ込みをされた覚えがない。というよりも、もしかしたら中身が人間(スタッフ)に入れ代わったのかもしれない。


「質問の意味が分からないなあ、ていうか“屠殺師”って何だ屠殺師って。そんなスキルあるんかい?」


「ありますよ。お手軽に習得するなら、キキキル地方のヨクシャオーク集落奥の『オーク幼稚園』を一週間狩り続ければ……それはもう、“お・手・軽”に」


「やめろーーー!! それ以上言うなああーーー!!」


 聞くだけで外道な所業と分かる怖さであった。


 因みに、ヨクシャオークとはオークという魔物の地方亜種である。基本のオークは全高2メートルほど。肥満体男性の胴体に豚と人間の顔を融合した印象で、生理的嫌悪感を最大限に誘発するデザインで造ってある。

 女性プレイヤーの攻撃でクリティカルが発生すると『ゴホウビデスッ!』と悲鳴をあげたりする。

 当然、近寄りたくないモンスターランキングでブッチギリのワースト1を獲得しており、三年連続で殿堂入りしたにも拘わらず、十年経った今も不動の一位に名を残している。


 そんな悪名高いオークなのだが、亜種のヨクシャオークだけは例外扱いされている、と断言できる。


 成体でも全高40センチ程度の小型種で、変にデフォルメされてもおらず、ピンクの子豚が後ろ脚で立っているデザインなのだ。鳴き声は某電気ネズミであったりイロイロ変身したりするトナカイモドキに激似であったりする。はっきり言って“愛らしい”。というか、その一言につきる。


 そんなオークの集落での、『幼稚園』である。感性は人並みのイワオにして、現地に行ったら悶え死ぬだろう。おそらく。

 そしてその場所で一週間の狩りともなれば……。


「どんな外道が作ったんじゃい。教えろ! 社会的に抹殺してやる!!」


 本気の殺意を会得したイワオであった。


「質問の意図が判りかねますぅー……」


「今更中身がNPCだとか思っとりゃせんわあ!」


 しばらく喧々囂々のモンスタークレイマー騒ぎとなったが、どこをどうしてかイワオは受付嬢の中の人の“名刺”をゲット。ようやく今回のクエストについての話へと移行した。


「となると、特に変わったプレイはなさらなかった、と」


「そうだな。まあ、俺含めて廃人寄りが集まってるから、ノーマルなオーガなら7連続チェーンもしてるが……別にドロップ率が上がるわけでもないよなあ」


「そうですねえ。そんな変数入れてませんし」


「……あんた、それ非公開条項なんじゃね?」


「……オフレコで……。後この書類に同意のサインを」


「ん?」


 それは『今から五分ほど遡って過去ログを消去してもいい』という内容の同意書であった。


「ぜってーサインしない」


「お願いしますぅぅぅ! もう後がないんですぅ! このままじゃ減棒されちゃうんですーーー!」


「常習犯かよ!!」


 さらにしばらくの後、結局、中の人の個人メアドと自撮りをゲットしたイワオであった。




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