萌香のアバターメイキング①
時刻は20時過ぎ。夕飯とお風呂を済ませ、先程宿題も済ませた。できる限り自分で進めたが、分からない所はネットの神様達に助けてもらった。各教科の先生は丸々書き写すと何故か見破ってきて手痛いペナルティーを課してくるのだが、この位なら大目に見てくれる。
それが分かっているからこその、学生なりの処世術であった。
更には今夜放送の深夜番組のチェック。“貴腐人”には及ばないが、架空の“男”をカッコイイと思える位には腐ってる自覚がある萌花である。その系統は録画してスマホにエクスボ。明日学校で観ようと設定する。
「あ、〈逆ハレ牢獄〉の新シーズンも始まる。撮りよ撮り!」
逆ハレ牢獄とは、極普通の町娘を装いつつも、実は世界を股に掛ける女盗賊であるヒロインが、盗みに入った場所で出会う地方領主や大商人、果ては国の王子の目に止まっては監禁紛いのヤンデレ愛に囚われるという、一般人には意味不明の女性向けアニメである。
愛される事に喜びつつも、犯罪者として捕まれば中々ハードな虜囚愛に晒される事となるので、結局逃げまくる結末となる。
アニメの元となったゲームでは、一度捕まれば病みラブ生活がドロドロ描かれるマルチな展開となっており、どのお相手が好みかで派閥ができていたりもする。一応タイトルどおりに逆ハーレムもあるのだが、それを好みと公言すると各派閥からマジの刺客が派遣されると真しやかに語られていたりする。
親には絶対知られてはならない乙女の秘密チェックも終了し、21時前には萌花はベッドに入る。約束の時間には早いが萌花はちゃんと自覚していたのである。
自分が、キャラメイクについ、何時間も費やしてしまう体質だという事を。
しかもチュートリアルは普通にやって現実時間で1時間。鈍くさいなら2時間は使うと、予めネットで情報を仕入れてもいた。故に、更に余裕を1時間みているものの、萌花にとっては安心できる時間とも言えないのである。
だがしかし、ならアニメチェックはとっとと済ませ。というのはまた別の話である。
ともあれ、ベッド脇にB5サイズのノートPC大のVRダイブ用ハード〈D≒R-kit〉、通称キットを置き、頭部に伸縮素材の端末ベルトを巻けば準備完了。キット本体に起動時間を設定し、朝の7時に目覚めるようにする。
これで後はスタートボタンを押すだけで、誘眠機能が作動して夢を通してのゲームプレイとなる。機能のお陰で夜中にトイレでゲーム中断という事は滅多にないが、念のためトイレも済ませてある。他に忘れた事は無いなと指差し確認までして、ようやっと萌花はゲーム『Trillion of Labyrinth』の世界へと旅立つのであった。
『Welcome to Trillion of Labyrinth』
ワザと人間味を無くした合成音で迎えられた萌香は、細部は省略されてはいたものの、ほぼ全裸の状態で白い霧が立ちこめる空間に立っていた。
この姿は今年の新学期、学内で行われた身体検査のデータを元に構成された仮想の身体である。ニューゲームとして始めるにあたり、現在の身体データを基礎にイロイロと調整していこうというのが、アバターメイクの基本となるのだ。
『新しい世界へようこそ。この世界、Trillion of Labyrinthで貴女は古き姿を捨て去り、まっさらな姿を得る事ができます。特に貴女の場合、より高貴な資質をお持ちです。場合によっては世界発の、新たな種族の祖となれるやも知れません。さあ、貴女の本当の姿を思い浮かべると良いでしょう……』
霧の向こうから届く女性の声は、公式サイトによればゲーム世界を創造した女神の声なのだと書かれている。実際には既に人気も無くなって引退してしまった声優なのだが、それも萌香が生まれて間もなくの事だ。逆に萌香にとっては新しく感じる魅惑ある声であった。
因みに、萌香が購入してもらったTrillion of Labyrinthのソフトは幾つかグレードの違う商品が売られている。萌香のは最上位のグレードであり、このグレードだと複数の種族を掛け合わせた新種族を設定する事が可能となる。
既存の種族に加えて、過去に誰かが創造済みの種族は選択するだけのラインナップに並んでいる。それをサンプルに微妙に変化を付けるも良し、全くゼロから創り上げるも良しと、本気で時間を忘れそうになるメイキング作業なのである。
萌香が最初気になったのは、各種族の総勢力だ。現在選択可能な種族が一覧表示されたのだが、どの種族が多い少ないかでパーセントで追記されていたのである。
最大勢力は“人間”扱いの種族である〈プレナ〉。突出した特徴は無いが癖のある欠点も無いので、初心者が遊びやすい利点がある。更に言うとTrillion of Labyrinthのスタンダードグレード。つまりソフト代自体は無料の最低グレードで選べる唯一の種族でもある。故に……。
「プレナは無し、と」
親に義理立てるつもりは無いが、ワザワザ最高グレードのソフトを用意してもらったのだ。ならば少しは変わった種族を選びたい。まだ厨二気質を引き摺る年頃である。目立つ個性は大事な選択要素なのだ。
プレナに次いで多いのはエルフ系種族だ。ただしそれは複数種あるエルフの種族をひとまとめにしたもので、各種族の数としてはかなり少ない。その中での代表格はプレナに比べて物理攻撃が弱く魔法攻撃は強い〈エルフ〉。魔法特化型の〈Hエルフ〉。基本性能はエルフと同等だが、使用する魔法に癖がある〈Dエルフ〉となる。種族性能の個性はともかく、萌香も良く知る種族であった。
変わったところでは〈海エルフ〉や〈火山エルフ〉などがあったが、要はDエルフの亜種扱いと判断できるものである。
「お手軽に新種族って感じなのね。あと不思議、何故ドワーフが居ないのかなあ?」
ファンタジー物ならばエルフとドワーフはセットと言っていい種族分けである。だから萌香の疑問も至極当然と言える。だがこれには、VR環境故の問題が関係した世知辛い大人の事情があったのである。
この時代の和製ドワーフは、元々民間伝承で語られた妖精や、某ファンタジーの巨匠のデザインを遥か斜め上に解釈されたモノと化していたのである。男ならば髭だらけの総ジジイ。女ならば10歳未満の総幼女。そんな色物である。単にゲームキャラとして使うならばそれでも良い(?)のだが、VRで自分の身体として使うならばどうなるか?
色物キャラの要素は置いておき、いわゆる“小人”という観念から、現実の身体との差異が大きすぎて“使えない”プレイヤーが続出したのである。
これが反対に、巨大な身体であればそこそこの慣れで動かせる者もいるところから、VRの七不思議と呼ばれる現象の一つであった。
萌香の疑問をゲームシステムが律儀に広い、ドワーフ関連のヘルプがズラリとウィンドウ化して並ぶ。それをひと読みした萌香は、ならばゲーム内初のドワーフになれるかと、己の姿を見直した。
仮想の姿の元となった現実の萌香は、はっきり言って小さい。
15歳になったばかりの萌香は年齢よりは遥かに若く見える容姿なのである。身長は150にギリ届かず。容姿も凹凸の確認が難しい上に体型も中性感大盛りなので、着る服装では余裕で“男子”と間違われる。
今の仮想で再現された身体は単なる長髪ストレートではある。これは自分が余りにも哀れなので、学則で可能な限り髪を伸ばしたデータを反映させた結果だ。しかしその結果は、実際には膝裏まで伸びた髪が汚れるから下手にしゃがむ事もできなくなるのを誘発しただけだ。なので害が多いからまとめてみれば、見た目は2つの巨大なお団子を頭に乗せた、まるで“熊の人形”のようなシルエットの有り様である。
図らずもその姿は、永遠幼女枠のドワーフ(女)のサンプルデザインに酷似したものだった。
寧ろ、シニョンを解いてストレートとなっている仮想の姿は、『ドワーフはヤメロ』と強く主張しているようである。
「……うん、ドワーフも無いね」
萌香は心の声に素直に従った。
こうなるともう、萌香自身が予想したように全てにおいて悩む事となる。そして案の定、タップリと時間を費やす事となったのである。
そして2時間後。
「よし、これでお終い!」
ようやっと萌香のアバターは完成した。
【キャラネーム】モエ
【種族】ワラビット(小型有袋類系獣人)
【ジョブ】神術師:Lv1
【職能】-未習得-
【アバタースキル】(一覧)
┣【アクティブ】
┃ ・-無し-
┣【パッシブ】
┃ ・複々武装装備可能
┗【オプション】
・人害補填(新人キャンペーン):Lv-MAX
【ジョブスキル】(一覧)
┣【アクティブ】
┃ ・神さま助けて(必殺技):Lv1(接・遠)
┃ ・ヒール(魔法):Lv1(接・遠)
┃ ・ディ-ポイズン(魔法):Lv1(接・遠)
┃ ・ディ-モーブ(魔法):Lv1(接・遠)
┣【パッシブ】
┃ ・信仰:Lv1
┃ ・献身:Lv1
┗【オプション】
・習得経験値5倍(グレード特典):Lv-50制限(1stジョブ)
【装備】無し
“ワラビット”とはワラビーをモデルとした獣人種族である。という事になった。実は最初に普通の“カンガルー”をモデルにした獣人“カルフット”を選択したのだが、どうにも大型種扱いなのか萌香の感覚ではろくに動けない。なので何か小型の種族と混ぜ合わせようと試したら、ウサギ系の獣人とミックスした時に“ワラビット”と新種族認定され、そのまま採用したのだ、
新種族という事で萌香自身がモデル化されたのか、萌香からの体型的な変化と言えば、頭頂部近くから生えたウサギよりはやや短めの長耳と尾骨あたりから生えた腕程のサイズの尻尾。後は臍の位置にできたポケットくらいである。
基本色なのか灰がかった薄茶の体毛に自動変更されたのだが、それは余りに地味と、光沢を強めて青みのある銀色に変えた。
スリーサイズの変更もかなり変えれたのだが、生まれて初めての過剰な女性体型を体験した萌香は、早々に“自分には無理だ”と断念し、心で泣きながら元に戻した。
(おっぱい大きいだけで何であんなに肩が痺れるかなあ!)
乳房の性質は大きく2種類ある。アジア系に多い“脂肪型”は軽く、欧州系に多い“乳腺型”は重い。そういう性質の違いだ。ならば軽ければサイズの負担も減るのだが、脂肪型は柔らかいので形が崩れやすく、それは“垂れやすい”と同じ意味ともなる。逆に乳腺型は硬めなので“張りを保ちやすい”という結果となり、ハッキリ言えばこちらの方が女性男性を問わずプレイヤーの理想のおっぱいのイメージが強い。
サービス側の大多数も同じ意見であり、アバターに使用されるモノは乳腺型一択の扱いなのである。
別に重さまで再現する必要はないじゃん。という意見もあろうが、そこは馬鹿馬鹿しい程の拘りの賜物としか言いようがない。
そんな内情は知るよしもなく、それでも多少は未練の結果か、自前より少しはボリュームを持たせたB程度のバストとウエストは細めにまとめあげた。腰から下は細めで長めの数少ない自慢の脚なので弄っていない。腕は脚とバランスが合うように細めに変わったが、“細い事は良いことだ”の脳内補正が入ったので受け入れる。
髪型はこの場で変更もできるが、選択できる物の中で気に入ったものが無いので無難に後ろでゴムでまとめたスタイルとする。現実と同じように自分で結えるとヘルプにあったので、そうするまでの間に合わせである。単にストレートに流さなかったのは、ゴムを初期アイテムで得るためである。まとめたのは一房なのでゴムは一本だけかと不安になるが、“ゴム”というアイテムさえあるなら本数は無限扱いであるので安心する萌香だった。
「それにしても、初期装備はおろか下着も着てないのって、変な感じ?」
ある程度アバターの姿が決まった時点で萌香に疑問が生まれる。普通、一番最初は個人の好みとは全く無縁の変な装備を着ているのが、この手のゲームの基本仕様とも言える。
萌香がサイトで最初に観たような、如何にもジョブを表すようなデザインの衣装ではなくとも、何かしら“布の服”っぽい物を着ていてもいいのに。と考えるのは当然だろう。
その疑問に答えるように、またも自動でヘルプが立ちあがる。
それによると、これからのチュートリアルで得るスキルや装備を選択していくので、今は何も持っていない状態なのだと分かる。年齢制限があるにも関わらず完全な裸体を晒しているのも、なまじ精巧なアバターを造っているため、着衣による補正も充分に機能するからである。
そして、それらの説明に納得すると同時にすっかりチュートリアルがあるのを忘れていた事に気づく萌香だ。
慌ててゲームの経過時間を確認すれば、もう2時間近く使っているのが分かる。しかもゲーム自体は開始していないので現実時間の2時間だ。チュートリアルを最速でこなしても予定している待ち合わせにはギリギリだろうと考えて、更に慌ててアバターメイクを終える萌香であった。
と言っても、見逃しが無いかの確認はしっかりしたので、結局は更に5分経過してからなのだが。




