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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
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彼女の濃い~ぃ1h⑤

 アタッカージョブ『魔法剣士』(クラウン)

 軽い革鎧と刺突に適した細身の直剣(エストック)を基本の武装とし、スカウトと同様ヒット&アウェイの攻撃スタイルを有するジョブである。

 スカウトと違う部分は、威力は弱いが発動の早い属性魔法を使えることだろう。『火』『水』『土』『風』、その効果を剣身にまとわせて斬ると同時に魔法の効果を上乗せしたり、剣身分の長さの塊として射出もできる。

 魔法の威力が微妙なので、初期から中盤では素早い攻撃だけが目立つだけだが、レベルが70を越えたとたん、劇的に化ける大器晩成型のジョブである。


 カッツェはその大器晩成に魅了されて魔法剣士を選んだ。

 それというのも、自分でも嫌と言うほどわかるのだが、とにかく、カッツェは物覚えに苦労する質なのである。

 特にVRの場合、自分の身体を本当に動かすことで、様々な人間以上の行動を取ることになる。変な言い方ではあるが、現実ですら苦労して身体を動かすことに慣れたのだ。さらに、ゲームで別の身体を動かすとなると、いったい何年かかるのかと本気で悩んだのである。

 だが大器晩成というならば、それまでは“どんなヘマをしてもショウガナイ”というタテマエが使えるではないか。そんな究極の後ろ向きな希望に縋れたのである。


 呆れてはいけない。カッツェ当人にとっては本気の事だったのだから。


 結果から言えば、その目論見は取り越し苦労で終わる。仮想の身体を動かすにには脳の運動中枢を必要とはしていない。移動と行動を思考することを機械的に膨大な行動サンプルから当てはめる作業をシステムが代行して行うのである。

 カッツェの心配を余所に、本当にの身体を動かすより遥かに楽に動けたのであった。


 それこそ、少しでもジョブに有利な性能を得ようと種族を速さと魔法に適した種族、『ブラゲラ』にしたり、ステータス配分に二日間悩んだりと、今思えばバカとしか思えない黒歴史である。

 因みに、ブラゲラは両棲類の特徴の獣人でカッツェはアマガエルに似たデザインを選択している。他の獣人と違い、頭部が完全にカエルであって全体的な雰囲気も小太り体型を解消する調整はできなかったりする。これで瞬間的な移動能力は全種族中最高であるし、魔法の発動成功率もいい。

 なんとも、サービス側の意図的な何かを感じる謎種族であった。


 “カッツェ”という名はドイツ語で『山猫』を指すのだが、その部分にカッツェ本人は未だに気づいてはいない。当然、カッツェを知る仲間がそこに突っ込まないのも、友愛の証であろう。


「ううん……、こう、いい装備がないゼ……」


 自分磨きに厳しいカッツェは、一時解散し別れた後、この街では行きつけのプレイヤーショップへ直行していた。


「お、そりゃあ聞き捨てられねーなあ“ゲロスケ”。ToLナンバー1の店とか嘯く(うそぶく)気はねーが、オレの作品は大概自慢できるもんばっかだぞ」


 カッツェの呟きに店主のプレイヤーが反応する。

 プレイヤーショップとは、プレイヤーが職人となってアイテムを生産、それを販売する店をいう。このゲームでのショップを開く資格は厳しく、基本転売は不可。ショップを開くプレイヤー当人が作成したものしか売りに出せないようになっている。買い取りは買い取り屋があるので当然不可である。

 つまり、店を出すような者は総じてプライドが高いのである。それも異様に。


「あっ、悪ィ。そういう意味じゃないんダ。性能じゃなくてさ、“目的”に合った装備が無かったんだヨ」


「なんだそりゃあ?」


 アタッカージョブの特徴として、注目されるのは基本攻撃力となる。つまり武器が対象となり、防具系は弱体化に繋がらなければ何でもいいと、二の次扱いされるのである。ジョブは違えどカッツェとテンマルが全く同じ革鎧を使っているのもそのせいである。


 だが今、とある最優先の目的のために、カッツェは“とある形態”の防具系装備を渇望しているのである。もちろん、現在の装備より劣る物は論外だ。それをするのは自分磨きを信条とするカッツェの根幹に触れる禁忌であるから。


「装甲より布地が多く、できれば胸部と手は露出してるデザインが欲しいんダ。でも“コレ”より防御力が落ちるのは無しナ」


「……なんだその変な要望……、いや待て」


 呆れた反応をするものの、何かに気づいた店主は手元にウィンドウを展開し、そこからゲーム内コミュサイトを立ち上げる。

 『ゲーム内コミュサイト』とは、要は現在プレイしている者が好き勝手な事を書きこんでいる情報掲示板である。ゲームの外のサイトと内容は大差ないが、VRは体感時間の経過が現実より速い。その誤差を認識するとイロイロ問題も多いためにゲーム内のみで完結させるような場所が作られているのである。


 ほんの十数秒、店主は幾つかのサイトを閲覧したかと思えば、実に“悪い目つき”を浮かべてカッツェに向き直った。


「こぅのド助平」


「ちっ! 違ぇーーーヨっ!」


 店主が開いたウィンドウには、如何にも隠し撮りというアングルで“あるアバター”が写されアップされていた。

 言わずもがな、のマヤヤである。


「──天使降臨!? 我等の女神、滋養治士(バライド)に新人参入。中の人のビッチ度は如何に? 情報提供ヨロ。どんな些細なものにも報酬だします──。だと。ゲロスケの反応だと、こりゃ大当たりかね」


「なんじゃそりゃアー!?」


 店主が諳んじた(そらんじた)キャッチコピーに、カッツェも慌てて同じサイトを立ち上げる。サイト立ち上げがゲーム内時間で約7時間前。ウスネがマヤヤをチュートリアルエリアからオープンエリア、つまりMMOエリアへと引っ張り出した直後である。

 その後すぐにオーガガ島の迷宮へ直行したので、アップされている追加情報は少ない。が、迷宮から帰還し、散開したあたりから秒単位でのアップとなっていた。

 ウスネがマヤヤを連れて宿に入る動画画像まであり、『新人ちゃんは“Gラブ?”』などとタイトルがついていたりもする。


「うわーーーおぅ……」


「んじゃまあ、お得意さんにはサービスすっかねえ」


 カッツェが絶句している間に店主がウィンドウを操作。店頭に並べた商品が一部入れ替わり、正にカッツェが望んだデザインの防具が置かれた。


「名付けて『南国風素敵革紐鎧』(ブラジリアンズ)。見た目はともかく、防御性能はフルプーレトにも負けねーぞ」


 縦横斜め、いろんな方向へ革の紐が伸びる形で全身を覆うデザインである。革紐と革紐の隙間は素肌が露出しており、確かに防御性能には不安を感じるものがある。たがカッツェの第一印象としては──


「緊縛? 亀っこ……」


「ちっげーよっ!」


 みなまで言わせず、の勢いで店主が突っ込みを入れた。


 アイテムステータスのウィンドウをカッツェに強引に見せながら、同時に表示している装着イメージ画像を指差す店主。

 それは決して合意同士でなければ完成しない人間拘束方法の一種ではなく、言うならば胴体部に隙間の多いミイラといった印象である。

 四肢は革のベルトが全体的に巻かれ腕ならば肩から手首まで脚ならば腿から足首までを完全に被っている。胴体部の場合、腹部をサラシで巻くように完全に防御しているものの胸部のデザインは“X”の字で交差する革ベルトだけである。胸部の重要な部分は、男女の区別なくベルトの微妙な形状で隠される。重要な部分なのでカッツェが真っ先に聞いた質問である。


「必要素材はエンシェントドラゴンっちゅう、素材のレア度だけでの高位防御力だ。金額は軽く30,000,000.G。これでも原価ギリだぞチクショウ!」


「スゲー! でも買えネーーー!!」


 何時の間にか、大声でバカなかけあいをする二人の周りには見物人が集まっている。カッツェのカエルという外見のせいか、大道芸かと勘違いしている者チラホラであった。


「だがっ、一つ条件を呑むんなら、コイツはタダでくれてやろう!」


「おオ!」


 そしてその場で、野郎二人が顔を突き合わせ、他人に声が聞き取れない小さな囁きでの交渉となる。

 その様子から『公開ホモだ』とか『カエル愛好家(フロッキー)でもアレ無い』とか陰口が叩かれるが、幸か不幸か当人たちには聞こえてない。


「(コレ着てゲロスケが楽しむ時の“スクショ”の提供、そんだけだ)」


「(うっ!)」


「(なぁに。ゲロスケの画像はいらねー。むしろ写んな。ゲロスケの主観視点で、新人ちゃんが写ってりゃいいんだよ)」


「(ううっ!)」


「(つか、それで新人ちゃんのデータが揃えば、今度は新人ちゃん用に最強装備を提供すんぞ……いい取引、じゃね?)」


「(うううっ!)」


 しはらく悩むカッツェである。

 そして、やがて。


「(スクショの公開は無シ。マヤヤちゃんの装備はタダ……は無理でも俺が買える程度に安くすル)」


「(商談成立! つか、新人ちゃんの名は“マヤヤ”ってのか)」


「(しまったーーーァ!)」



 こうして、カッツェは少々黒く煤けつつも、この日の時点で最強ともいえる防具を手に入れたのであった。


「んじゃまあ、これからも『ジョージ武具店』をご贔屓に~」


 早速着替えたカッツェの姿に、周囲から『ボンレスハムか?』やら『カエルのジャーキー?』やら『百舌の速贄?』(はやにえ)などと、残念な感想が述べられるものの、これでカッツェはマヤヤと最高のパーティープレイができる事に有頂天。


 種族特性により、正に宙を舞うようなハイジャンプを繰り返し、集合場所へと跳んでいくのであった。




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