彼女の濃い~ぃ1h④
アタッカージョブ『遊撃戦士』。
軽い身のこなしでモンスターの攻撃を躱し、防御の薄い部分を狙い効果的なダメージを与えるのを得意とするジョブである。
テンマルは会話に“ゴザル”の語尾をつけることで、スカウトというジョブでありながら自分は『シノビ』であると公言……、いや、主張している。
せめて武装に忍者のような物があれば、仲間も諦めてシノビと認めるのだろうが、ダメージ優先で使用する物は遠距離なら『ボウガン』。近距離ならば『スペヅナ』と呼ばれる変形ダガーである。パーティー戦闘においては遠距離からの攻撃が中心……というより遠距離のみなので、仲間からの感想は『猟師』一択でありシノビのシの字も言われないのが現実だったりする。
サービス開始以降、導入された和風テイストの武装は曲刀のイメージが強い『太刀』仕様のみ。テンマルの念願が叶うのは限りなくゼロに近い現状なのであった。
実際のところ、スカウトと呼ばれる対象は現実においては『偵察兵』と称される兵隊。ゲーム的には“盗賊”と同一視されると思えばいい。それが忍者の類似の存在と認められるかは、個人の好みが優先するだろう。
そしてテンマルの内心においては、“似たようなもの”とは到底認めるに値しない事柄なのであった。
「せめて……、手裏剣が導入されれば……なのでゴザル」
今日も今日とて何時もの嘆きを軽くたたき、テンマルは仲間全員から売却用の素材をまとめて持たされ、買い取りを専門にしている店へとやって来ていた。
買い取り屋『オカガニ』。
『トリオン・オブ・ラビリンス』ではプレイヤー間でのアイテム売買を推奨している。しかし、プレイヤー同士で直接アイテムをやり取りするのは禁止している。
それはアイテムを持ち逃げしたり、口約束で売買金額をねじ曲げたりといった詐欺強奪の犯罪行為を防ぐ意味からなのだが、一方で売買する事で発生する市場価値の変動を調整しやすくするためでもある。
売買のデータをシステムが仲介する事で、市場の総計を絶えずチェックしているのである。
「イラッシャイ! おやテンマルさん、今日はどんな出物だい?」
テンマルが買い取り屋のカウンターで売買選択ボタンを押すと、座ってるNPCが対応を始める。この時点でテンマルは第三者からは消えたように見えるだろう。窓口の前を塞いで大人数の買い取り行為を滞らせないようにする処置である。テンマル自身の感覚では窓口で買い取りNPCと対面しているのだが。
「えーと『鬼の鉤爪』が326。『鬼の肉縄』24。『鬼の出臍』が──」
このゲームの特徴として、ドロップアイテムの種類の多さがある。極端な言い方をすれば、一体のモンスターからのドロップアイテムを全種類集めれば、そのモンスターの解体標本になる。それほど無駄に多いのだ。
プレイヤーが生産プレイで利用できるのは、その中でほんの一部に過ぎない。だが利用できない素材ではあってもNPCには非常に喜ばれる物もあり、買い取り価格が高い物もある。プレイヤーの間では、そういう物は“買い取り専用”と区別され情報サイトにまとめられたりする。
「多いねえ。“長期狩り”かい?」
「いんや、“四半日”程度でゴザル」
「なんじゃそりゃあ?」
本来ならばゲーム時間で三日間、現実時間で三時間は狩り続けなければ集まらない量である。
「オーガの襲撃が近いのかねえ?」
「さあて、拙者には分からんでゴザルよ」
買い取りNPCはテンマルがオーガを大量に狩ったのだと推測したのだろう。だがテンマルらにとっては特に狩りのペースに変更は無い。単にドロップする数が異常だったのである。ここでその部分を話せば誤解は解けるのだろうが、あえてテンマルは言葉を濁す。
もしドロップ数がバグだった場合、NPCからサービス側に知られ、早々にパッチがあてられてしまうかもしれない。
現実の今日はオーガガ島で過ごす予定なのだから、その間くらいは好い目をみたいというのが本心だからだ。
加えて、まだ新人のマヤヤに初期の活動で困らないくらいの資金を稼がせたいといった部分もある。
このゲームのサービス方針で、“どんな状況でもデータの巻き戻しは無い”というのが売りの一つになっている。
つまり、パッチがあてられるまでの稼ぎは没収もされないのだ。
この方針によるゲーム全体への影響は、主な場合プレイヤーの所持金の異常な多さに繋がるのだが、だからといってゲーム内でインフレには繋がらないのだ。理由はやはり、この買い取り屋というシステムである。
売り買いするアイテムの価格はプレイヤーが所持する金額や市場に溢れるアイテム数で変動し、一部のアイテムの価値が暴騰もしなければ暴落もしない。そう調整されるのである。当然、莫大な所持金を持て余すプレイヤーも発生するが、それが新たなクエストの発動条件となり、楽しく散財できるようなシステムなどもある。
このシステムの全容はプレイヤーに公開はされていないが、今のところ、それに露骨な不満を抱くのはチートプレイで優越感を得たいという外道組みだけなので、一般プレイヤーには関係ない。
そういう悪質な連中など、湧いてはシステムに葬られ湧いては葬られの繰り返しであった。
「ふむ、まあいいか。鬼退治を頑張ってくれたみていだからな。爪は買い取り価格が下がっちまってんだが、他はだいたい上がり気味だ。全部合計して685,800.Gだな」
「了解でゴザル」
NPCの口調はともかく、価格はシステムによる計算だ。特にゴネる必要もない。
「でだ、50万以上も稼いだアンタに、“ちょいと頼みたいこと”ができたんだけどよ。話、聞いてくか?」
買い取りが終わり、待ち合わせ時間までどうしようか? と予定を考えていたテンマルへ、不意打ちがひとつ。
テンマルの前にシステム通知ウィンドウが立ちあがり、クエスト発生を知らせたのである。
限定クエスト【オーガ秘密部隊の捜索】(C)。
達成報酬:200,000.G
【概要】
モタルサ西方の小村が複数、音信不通となっている。西の街道を通過する商隊も数が激減し、何らかの問題が発生しているは確実である。
しかし、問題の詳細はいっさい不明。
モタルサ内ではオーガガ島からオーガの別働隊が動いているのだという噂が囁かれているが、確証は得られていない。
現在モタルサ内の自警組織は北方の敵対勢力への牽制で動けないため、有望な冒険者と判断された者へ依頼が出されている。
「捜索範囲が広くてな。別件で西に行く冒険者にはついでで言付けでいるんだが、今のところ好い情報は無い。というか、“帰ってこれない”結果なのかもしれねえ」
そんな注釈までつけられた。つまり、かなり危険なクエストということである。
「(そんな限定クエスト、サイトで見た記憶もないでゴザルな。最近導入のものであろうか?)」
テンマルの場合、古参プレイヤーではあるが廃人ではない。膨大なクエストを全てこなそうなどといった偏執さも無いので、偶然知ったものを調べる以外サイト巡りもしなかった。実はこのての情報には案外疎いのである。
「(まあ、達成できぬでも困るわけは無かろう、でゴザル)」
受けて困る事も無いだろうと、特に気にせず『Yes』の選択をしたテンマルは、今度こそ買い取り屋を出て道を行く。ふと、マヤヤに仮想の味覚を試させてやろうと菓子屋へ足を向けた時には、既にクエストの事など記憶のスミに埋もれていた。
そして結局、テンマルは最後まで気づかなかったのである。
クエスト名に付属した、“(C)”が表す事の意味に。