彼女の濃い~ぃ1h③
西暦二十一世紀も中盤。
人の生活の基本は変化せずとも、暮らしの端々は微妙に便利となっていた。
それでも、総じて人の感性に変化などない。
そんな、時代。
世には『仮想現実の体感』、略して『VR』という疑似環境が一般化し、第二の現実として受け入れられつつあった。生活の様々な部分で活用されるこの技術は、特に教育やゲームというジャンルでは現実以上の現実と称されるほどにもなっていた。
こういう環境ともなると、現実の環境を補完するような使われ方も当然のように行われ、特に少子化が改善せずに分校を維持するのも不可能という環境でも、遠隔通信から仮想空間内での“通学”という状況も行える。
日本においては、実に三割近くの生徒が実際に通学不可能の環境で暮らす状況となり、幼少期は仮想空間内でしかクラスメートと会えない事が実情となっていたのである。
マヤヤ。本名、『真島柔波』も中学卒業までを仮想空間内で終わらせた一人であった。
柔波は、派遣救命医として地方へ駐在した父親について過疎化した小さな村へとやってきた。当時二歳。母親は既に離婚しており、シングルファザー環境で、基本的に年相応の“女性”としての感性に触れず育つこととなる。
村にいる女性は大半が老境を迎えた“お婆さん”ばかり。達観というか、枯れた感性に囲まれて、村人全員から孫のように可愛がられた柔波は、実に穏やかな性格を育みつつも、女性としての羞恥心からは遠く離れて育ってしまったのである。
「普通に爺さん達とお風呂入って、背中の流し合いとかね。まあ、微笑ましいよ。小さいうちなら。でも中坊時代とか、と言うか中学卒業してからも普通にとか。それはオカシイ」
一歩譲って、村人全員が家族扱いならば問題は無い。現に、爺さんだけじゃなくって、親父さんとも普通にお風呂してたらしいし。
そう、ウスネ、本名『渦閨花梨』は自答する。
花梨は柔波と同級生であり、共に仮想空間内の中学まで“幼なじみ”として付き合ってきた。高校進級を機に二人は現実の高校で出会い、より密度の高い親友となっていったのである。
仮想空間越しとはいえ、ほぼ生まれた頃からの付き合いな柔波の異常に花梨が気づいたのは、高校生活もひと月を過ぎ、花梨の家に泊まるというイベントの晩である。
花梨の自宅がある地域は、山間部で険しいながらも人の出入りは普通にある小集落だ。小さい子供のうちは、思いがけない事故を心配しての仮想空間内通学となったが、高校ともなればそれらの危険へも対応できると、自宅からの自転車通学に切り替えていた。
花梨には年の離れた兄が一人いる。今年三十歳となる兄は山を二つ越えた県の中心都市にある商社へと勤めており、自家用車で毎日通うのが日常となっている。たまには花梨を送り迎えもする、そこそこ仲のよい兄妹なのである。
柔波のお泊まりイベントは花梨の兄の送迎サービス付きで行われ、渦閨家の団欒に混ざり楽しい食事を終えた頃までは平穏だった。
問題はその後、兄が風呂へと入った時である。柔波は自分の日常どおりに、送り迎えの礼を込めて、兄の背を流そうと行動したのである。
“何時もどおりの恰好で”。
渦閨家一同、唖然の一言であった。
一悶着の後、事情を知った渦閨家夫婦と兄は苦笑いで終わったが、花梨だけは危機感に襲われた。
わずか一ヶ月であったが、柔波の周りに起きていた違和感が一斉にフラッシュバックしたのである。
一日中雨の日に、花梨は柔波と電車で帰った。花梨は父親が自動車で迎えに来る最寄りの駅まで。柔波は高校を機に一人暮らしを始めたアパートのある駅まで。約二十分は一緒に通えるルートである。
普段はガラガラな電車も、雨の日はさすがに人で混む。が、乗る駅の都合で、大概二人は座り続けれる。そういう時、妙に柔波へと密着する客がいたのである。痴漢か変質者か?! 花梨がそう思いつつも、当の柔波は平然としている。困った表情でもなければ、恥じらっているとか我慢しているわけでもない。
結局、その日はそのまま別れ、次の日も普通に過ごしたので記憶の奥に埋もれていった。
花梨達が通う高校は結構古い造りの建築で、『どうしてここが?』といった感じに設備が壊れる事がある。
その日、花梨と柔波が振り分けられた斑で理科室の掃除を担当する日。理科室の天窓近くにあるカーテンレールがコンクリの壁から剥がれ落ちた。高さは天井近くで3メートルはある。修理工具はあるものの、何故か脚立が行方不明で修繕ができなかった。その時である。
「加藤君、私を肩車してくれる?」
班の中では一番の長身である男子の加藤へ、柔波が平然と言ったのである。柔波は小さい頃より年寄りよりは器用だという事で、村の大工作業を手伝っていたらしい。
コンクリに穴を空ける電動ドリルの使い方など、実際、班の中では一番器用に使いこなしていたのだ。
花梨が唖然とする中、股下ギリギリまでスカートを託しあげた柔波は、しゃがんだ加藤を跨いで肩車をさせる。チラッと見えた。生パンダ。いや生パンだ!
なかなかセンスの好い、パステルピンクの地に青の星のドットが鮮やかな、花梨好みのシロモノだった!
グッジョブ柔波! まるで遠目には穿いてないように見えるぜっ!
つい、状況も忘れて内心で讃えてしまった花梨である。
花梨を含め絶句する斑のメンバーを置き去りに、柔波の行動はまだエスカレートした。
「ちょっと届かないね。加藤君、汚いけど私の足の下から手で押し上げてくれる? そう、重いけどゴメンね。で、そのまま私を持ち上げるように……、はい、いいよ」
肩車の姿勢から、加藤が柔波を両手で持ち上げるような恰好になった。加藤が両の掌を上に向けて自分の肩の高さで固定、柔波がその掌を踏み板にして立ち上がったと言えば分かるだろうか。
柔波は掌から加藤の肩へと足の踏み位置を変え、浮かせた腰は、今度は加藤の頭の天辺へと据える。つまり、加藤は頭に柔波の尻を乗せているのである。
「届いた~。すぐ作業しちゃうから、ちょっと耐えてね加藤君」
「いやっ、ゆっくりでいいぞ! 真島。慌てると危ないからな!!」
妙に弾んだ加藤の声である。
柔波は加藤の視界を塞がないようにと、スカートは腰上まで完全に託しあげていた。丸見えである。ただでさえ全員が見上げているのだ。鼻の下伸ばした加藤も含め、嫌でも視界に映ってしまう、驚愕の光景であった。
作業終了後、無事に柔波が床に降りたとたん、加藤が花梨に、ついでに他の男子全員からタコ殴りにあったのは言うまでもない。
柔波は、何故加藤が死にかけたのか分からなかったようだ。因みに加藤は打撲傷を多く負ったが、出血したのは鼻の粘膜からのみである。
その他、記憶に引っかかる程度でも柔波の危険な行動は山ほどあった。
そして花梨は悟る。『このままでは、柔波は絶対致命的な傷を負う』と。
それから一ヶ月、花梨は可能な限り柔波の軽率な行動を諫め、そのリスクを語るようになったのだが、柔波はいまいち本当に理解しているのかが怪しい。
花梨の一ヶ月の努力によって得た唯一の成果は、同世代の男子の裸体にはそれなりの性的な意識での興味を持ち始めた事だ。同時にそれに関する羞恥の心も発現したが、ある意味同世代男子への人見知り化みたいなもので、却って扱いが面倒になった。
そして、自分の行動や同世代以外の男性には相変わらずの状況である。
そうして花梨が選んだ最後の手段が、仮想現実の舞台である『トリオン・オブ・ラビリンス』であった。
例え、一線を二歩も三歩も百歩も越えたって、仮想現実なら実害は全く無い。勿論、そういう行為による精神的な傷はできるかもしれないが、むしろ柔波の場合、そうでもしないと貞操観念が育たないんじゃないかとすら思う、既に努力の限界を感じていた花梨なのである。
全ての行為は、最終的には柔波の、マヤヤのためである。
そう親友を気遣う真心を改めて思い直し、自分も少しは休もうかと、マヤヤの隣のベッドでスリープにはいる花梨、ことウスネである。
そして三時間後。
いくら羞恥心が少ないとはいえ、自分の知らぬうちに剥かれて放置という状況にはマヤヤは怒った。
それが貞操という観点ではなく、無許可のイタズラといった状況に対してであったことに、いまいち納得のできないダメージを累積させるウスネの心情である。