彼女を巡りて1h④
トキヤは馬車で再びゴリンドへと移動していた。
『呪い』を調べるといっても、プレイのほとんどを戦闘やクエストに費やしてきたトキヤには、“伝手”とよべる対象自体に宛が無いのである。
その状況での“最善”となれば、第一はパーティーに参加しないこと。これにつきる。マヤヤとより親密になる目的でウスネの誘いに一も二もなく乗ったが、そのマヤヤを困らせるのであれば本末転倒である。
「オレ、今回はパーティーから外れとくか」
『呪い』の解除に奔走してくれることは嬉しいが、トキヤの基準は、やはりマヤヤである。あまり自分に手間をかけられるのも、というより、マヤヤにお荷物のように映る自分を見せたくない心情からの発言だった。
だが、イワオからの指示はマヤヤとトキヤの両方を“どうにかしよう”というものであった。
イワオから、マヤヤにはゲーム環境と日常生活での“体感時差”が出ないよう、長時間のスリーブ休憩を取らせる連絡をもらい、大体8時間の空き時間があるのを伝えられた。
それだけあれば、仲間は何か情報を探し出すかもしれない、意外に妙な人脈がある連中なのは、トキヤも良く知ることなのである。
そして、トキヤに出されたものは、再びゴリンドへ行くという指示である。
「そもそもクエストはゴリンドで受けたもんだろう。何か『呪い』に関係するものが有るとすれば、ゴリンドが一番可能性が高い」
そうイワオに言われ、納得するしかないトキヤである。
今回はモンスターの襲撃も無く、すんなりと到着したトキヤは目的の鍛冶屋『鎧骨屋』の店先に立つ。
が、すぐに中へは入らず、移動の間に起きた“変化”を考える。
【装備属性:火艶・剛力・他者魅了・異性魅了(Lv3)・理性弱体(Lv2)・堕落誘発(Lv4)・呪い(Lv3)・輪廻(cd/11:45:34)】
『火』が『火艶』へと変化。意味はわからないが、『呪い』の傾向からマトモな変化ではないのだろうと、トキヤは予想する。
その予想は正解で、このスキルを有する者が武器や魔法で攻撃した異性対象は『知力』での自動抵抗に失敗すれば装備の一時破壊を発生させる。というものだ。発動者は当然トキヤであり、異性、つまり女性ならば、プレイヤー、NPC、モンスターの区別無く装備全てを燃やされる事になる。一時破壊なので30分経過すれば装備は復活するが、それまで装備交換を不可にされるため対象は非常に大変な事になる。ご丁寧にも、このスキル発動演出なのかインナー表示まで強制解除されるのが、意地が悪い。
幸いなのは、プレイヤーがプレイヤーを攻撃できるエリアが少ないことだろう。通常戦闘が可能なエリアはプレイヤー同士の攻撃が可能だが、同じパーティーの場合攻撃不可の対象になるので問題は無い。ただし、無差別範囲攻撃の場合はパーティーメンバーにも微量なダメージ判定があるので、対象扱いにはなる。そういう部分での注意は必要である。
以上の効果を知るには、一度、その影響を発動、及び顕在化させる必要がある。それによってスキルの説明ヘルプが追加される仕様になっていたのである。
トキヤはそれを他のスキルで確認していた。そして、説明できる物は仲間に説明している。
『異性魅了』の効果は検証で出した推測のとおりであり、補足としてはスキルが発動成功する度に経験値を獲得、レベルを上げていくことである。1レベル毎に抵抗値がトキヤの知力に25%分をプラスしたものとなり、強化されることになる。
『堕落誘発』は対象の『知力抵抗』を下げる効果である。こちらは1レベル毎にトキヤの知力の10%分が対象の知力を削り、『修羅の波動』の影響下に置きやすくするスキルといっていい。
そして、ここまでがイワオ達に言えたことであり、以下は秘密にした内容である。
『堕落誘発』の対象は、発動者の任意の選択による個人となる。
トキヤが発動にも気づかず、無意識に選んでいたのはマヤヤである。発動の自覚は何度目かでトキヤ自身得られたが、その後も対象を変える意識は持てなかった。つまりトキヤは……、ということである。
『他者魅了』は対象を選ばない効果であり、プレイヤー、NPC、モンスター全てに影響を及ぼす。だが、異性魅了への細分化で女性プレイヤーはカウントされず、戦闘やNPCとの接触も最低限なのでレベルが上がるほどの経験値が貯まっていない。野郎連中にはレジストされまくりなので経験値対象にもなっていない。今のところ、貯まった経験値はテンマルから供給されたものだけであった。
『剛力』も他者魅了と同様の状態である。経験値が貯まればレベルが表記されるのだが、戦闘が無いので未表記状態のままだった。
そして、『理性弱体』『呪い』『輪廻』は、トキヤ本人に影響を与えるスキルであった。
『理性弱体』は、レベルが表記されてはいるが、トキヤのどのステータスに影響しているかは不明である。ただ、文字通りトキヤの理性に影響しているのは確かで、年齢相応の欲望が肥大化しているのをトキヤは何となく自覚できている。どの欲望が? と問われても、冷静に答えれるわけがないのはしょうがなかろう。
ただ言えるのは、現状独り、仮想とはいえマヤヤと物理的に“離れられた”のはトキヤ的には精神的に好都合といえた。
『呪い』も、レベルがあり、それが上昇する毎にスキルが増えるか変化するのは分かった。まだレベルが上がり、新たなスキルが現れるのも分かっていた。が、増えるスキルが何なのかはトキヤにも分かっていない。
そう、トキヤは分からない。だが、今それに種明かしをするならば、どのようなスキルが追加されるかは未定なのである。『修羅の波動』の派生ともいえる追加スキルは、追加可能となったその時点で、トキヤの深層から抽出されるからだ。信号化された願望に相応しい能力の形態として、スキル化するのである。トキヤにとっては不本意だろうが、今のトキヤの異性への願望が顕著化している故の、偏ったスキルの現れ方なのである。
そして最後の新たなスキル『輪廻』。これは発現したばかりのせいか、ヘルプで確認もできない状態である。だが、秒読みのカウントダウンがなされている時点で、想像は容易い。
余りに容易いので、トキヤは誰にも言えないと口を噤んでいるのであった。
この時、トキヤが考えていたのは『オーガの王の降臨』である。自分のアバターデータを使ってモンスターとして現れるのか? もしくはアバターそのものが乗っ取られるのか? そのようなイメージである。
それが正解なのかは、まだ誰にもわからない。
そんな現状では隠している内容も、『鎧骨屋』にて何か新しい事が分かれば仲間に言えるかもしれない。ハッキリした答えでは無くとも、ヒントがあれば解決への方向性が分かる。
そんな希望を思いながら、状況を振り返ったトキヤは鎧骨屋のドアを潜り、そして意識を一瞬手放した。
真っ白となった思考。それもしょうがないだろう。
何故なら、ほんの数時間前までそれなりに活気のあった鍛冶屋が、まるで何十年も放置されていたような、蜘蛛の巣だらけの廃墟と化していたのだから。
クエストの依頼主であったドワーフはおろか、ネズミの気配すらない廃屋を見つめ続けるトキヤ。
トキヤがイワオへと現状をメールできたのは、十数分を呆然と過ごした後の事であった。




