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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
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彼女を巡りて1h③

 ウスネは一人、宿に居た。

 モタルサの街はそれなりに過ごした過去もあるが、ここは本来フォート『唐揚げ定食』のホームがある地域では無い。ウスネにとって、ただ彷徨くことで情報を得られる街では無いのである。

 なので使う手段は知己へのメール一択である。女にとって“口”は最大の武器。連絡先とするのも、その武器を最も効率的に使う強者達が集うところだ。


 その場所とは、女性プレイヤー限定フォート『絡繰りマスカレア』と言う。構成人数はたった5人。しかしフォートに所属しない外部メンバーとなると、実に『トリオン・オブ・ラビリンス』の女性プレイヤーの七割を超える、とも言われている。


 このゲームは明確な自治機能を置かない仕様なので、基本、自分の身は自分で守れとなる環境だ。であるからこそ、女性同士の互助会のような機能の集約場所として、『絡繰りマスカレア』は機能していた。


 もっとも、運営しているのは少数のプレイヤーであるし、互助会機能に参加するプレイヤーはあくまでも一般人ばかりである。主な機能も、精々が女性特有の人生相談に限定されているような、そんな緩やかな場所であった。


 実のところ、単なるフォートから互助会的な活動へ移行した当初は、持ち込まれる異性関係や人間関係の問題を無闇に肥大化させ、社会的暴力で個人を攻撃する単なる集団ヒステリーの“お騒がせフォート”であった。

 社会的弱者の集う場所、不幸な女の最後の砦。そんな看板を掲げた『絡繰りマスカレア』は、女性の不遇を謳う内容から表立って反論するプレイヤーがいない環境を逆手にとり、ゲーム内の思想統率すら画策しかけたのである。

 結果、『一部のプレイヤーの独善による支配は望ましくない』と、サービス側から前代未聞の横槍が入り、主義主張を曲げない一部の女性プレイヤーは残らず『トリオン・オブ・ラビリンス』より放逐された。


 一時はその経緯をネタに、ゲームに興味の無い世間を巻きこみ騒がせたが、ものの半年もせずに沈静化。逆に女性の理性的行動にそぐわない愚か者と断じられ、社会の波に沈んで逝った。


 そんな荒事を経験したからなのか、現在の『絡繰りマスカレア』は女性プレイヤーの個人的な問題を、秘密裏に解決してくれる場所として重宝されている。


『……ウスネさん。正直、『絡繰りマスカレア』(“うち”)は現在“恋のお悩み相談室”って感じなのよぅ……』


「ううう、知ってますにゃあ。でもほら、『最近彼氏が“変な道具”(アイテム)に興味もっちゃって』とか、『特殊な魔法つきでないと燃えないのって変ですか?』とか、如何にも相談してきそうじゃにゃあですかあ」


『……確かにね。というかウスネさん。貴女まだ高校生よね、まだその手の話には早いと思うのよ。先ずは相手に求めるだけでは無──』


「しまった! ヤブヘビぃぃ!」


 女性プレイヤー限定である理由が透けて見える会話である。

 とはいえ、このての情報は前もって有ると無いとで大きく違う。教育という形態で知識を得ることは可能であるし、安全面や衛生面には耳タコレベルで教え込まれる。だが逆に、それが強くなりすぎて行動自体に恐怖を与えているのも事実である。

 それも悪いと経験的に知っている先達が多い『絡繰りマスカレア』は、人生の先輩としてより実践していくようなレクチャーも施していたりするのである。

 その実践が個人の経験なので、やはり、多少の偏りがあるのはしょうがないが。


 ウスネがマヤヤに対して行った知識と行動の源泉は、主に『絡繰りマスカレア』の先輩等からのレクチャーによる。

 そのレクチャーをウスネ自身が少しでも実践していれば、教えられた中にはちょっとしたイタズラ混じりのジョークもあったと分かったのだろうが、そこは後の祭り……というより、今後のマヤヤの健闘を祈る。である。


 ともあれ、『絡繰りマスカレア』本日の御指南役から、小一時間余りウスネが乙女の心得を再教育された後、ふと、思いがけない情報を得る事に成功した。


『そういえば……貴女の言うような事をお手伝いしているプレイヤーの話、前に聞いたかも?』


「そ……そのお方は?」


『都市国家カルグーヤで隷調教師(ブレイマー)のエヴァラさん。錬金術職人でもあってね、依頼による受注生産一品物の秘薬(ポーション)を作るらしいわ』


 『隷調教師』とは、ファンタジー系のゲームでは『魔物使い』や『テイマー』など、ゲームに登場する敵となるモンスターを操り、自らの武装とするジョブの『トリオン・オブ・ラビリンス』版の呼び方である。

 何故このような怪しい名称なのかと言うと、『隷調教師』の場合、操る対象がモンスターに限らず、敵対するNPC全てが該当するからなのである。

 それらには、“人間”扱いの物もいる。クエスト内容によっては魔物を操れない状況もあり、絶えずNPCを支配している場合も多くある。ゲームデザインもそのような扱いで、『トリオン・オブ・ラビリンス』の世界では、精神的にヤバいジョブ一位だというのが共通認識だったりする。


 加えて錬金術職人は、プレイヤーが選択できる職人用のサブジョブの一つである。が、ここではサブジョブの説明は省く。

 錬金術職人は既存のポーション類をプレイヤースキルで強化した物を作成したり、特定の素材を融合精製して新しい効果のポーションを作成する事ができる。

 『職人』と名の付く者が作成するアイテムは、サービス側が予め用意した物の再発見をするだけに留まらない。素材の組合せで新たな性能のアイテムを生み出し、サービス側へ登録する事で“本当に”新たなアイテムを作り出せるのだ。故に、未知の情報を独占して所持するプレイヤーも極少数、存在するのである。


 その職人世界の中でも、錬金術職人は特に職人同士の切磋琢磨が激しい。

 薬剤という即効性と使用の手軽さ、外見の工夫がほぼいらない液体の形状。ほんの僅かな成分の違いで、独自の名称を付けてサービス側に登録し、手っ取り早く知名度を上げようとする輩が実に多いのである。

 実情を知らない新人を実験台(えじき)にしようとする危険人物も、また多い。


 ポーションの効能の大半は回復魔法系ジョブと被る傾向もあるので、当人らの危険度も相まって、外面の知名度の割に内面は全く知られていない、摩訶不思議な職人なのであった。


 当然、ウスネの認識も『近寄ったら危険』の一言に尽きる連中である。


「……そ……、その類の人は……」


『はい、先方と連絡ついたわよ。暇だからすぐ会えるって』


「え、でもちょっと街を移動する余裕が無いかなーーって?」


『ウスネさんはモタルサでしょ。彼女も今モタルサに居るから。迎えを出すから“ロレンス酒場”に逝きなさい。だそうよ』


「いま、なんか言葉の意味違いましたよね?」


『あら、次の子の相談が入ったみたい。じゃあウスネさん、貴女の問題が速やかに解決するよう祈るわ。それでは、ごきげんよう』


 まるで自動応答のように一方的に通達されて、回線を切られたウスネである。


 宿の中は別エリアだが、窓から覗く外の風景は紛れもなくモタルサの街並みのリアルな映像。天には星が散りばめられた夜の暗幕。地上には松明や魔法の明かりで浮き上がる通りの格子模様。その模様の明かりの一際明るい場所、街の中心のさらに中心である場所がロレンス酒場だ。


「なんか……ハメられた気がする」


 実はウスネ、錬金術職人エヴァラとは、まんざら知らない仲ではないのであった。

 例えばそれが、どんな仲かは置いとくとして。


「……あー……、はぁ」


 このため息が明確な答えとも言えるが。



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