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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
12/69

彼女を弄る1h③

「ウスネちゃん!?」


 復帰したマヤヤの驚きの声がルームに響く。

 自業自得の制裁で意識朦朧とするウスネにとっては、それはある意味、贖罪が成せた福音のようなものである。


「あうう~。よかっ……た」


 そう一言残し、“ガクリ”、と至福の表情で意識を手放したウスネであった。


「おおマヤヤ、やっと復帰できたか。あの“状態”にはさすがに経験ないんでなあ、何時まで待てばいいのか悩んだ悩んだ」


「ま、検証と暇潰しはできたでゴザルが」


「うん、経験値貯まったナ!」


「え……、ええっと?」


「キナスルナ、“コレ”は“花梨”(ウスネ)の自業自得だ」


 意味が分からないが、慈愛の精神溢れる口調でマヤヤに語る野郎共。

 ウスネはと見ると、頭部にデフォルメ演出の巨大なコブを作り、それでいて至福表情を貼り付けたまま失神、何故か腰と尻尾がピクピク細かい痙攣をしているのが謎であったが、とりあえず、深刻なダメージには見えないマヤヤである。


「マヤヤ、復帰して早々悪いが、お前のステータス調整をし直すぞ。この馬鹿がいじった部分とか全部な。……というか、この調整デフォルトが作れないのがキツいよなあ……」


「えーと……」


「あー、そうだな。もしかしたら、またさっきみたいな感覚に襲われるかもしれない。レベルは大分下がるだろうが、な」


「ひえ!」


 実のところ、『ハラスメント設定』の基準は存在しない。強いて言えば、最初にVR環境からトリオン・オブ・ラビリンスでアバターを作成した時点が、そのプレイヤーにとっての基準となる。

 そしてその基準も、日々どころかゲーム内で逐一当人にとっての最適へと自動調整されていくのである。


 マヤヤがトリオン・オブ・ラビリンスを始めて、ゲーム内で半日。現実では30分も経過していない。だが既に、初期の調整とはかけ離れた状態になっている可能性が高いのである。


「まあ、数値的な目盛りで調整できるし、その中間から始めるから酷い結果にはならんだろう」


「ええええっと、必要なんです……よね? ……お手柔らかに……です」


 マヤヤの許可を得てステータスを確認するイワオ。先ず未成年フィルターをオンにして、インナーを表示させる。トップスの表示は露出多めの装備の影響で非表示と変わらないが、ボトムの腰に微妙な“横紐”が現れ、無事“パンツ”を穿いた状態になったのを確認する。


「マジに危なかった……」


 わずかな時間であるが、マヤヤがインナー非表示のまま公衆の面前にいた事を悟ったイワオである。全身的な露出も多く、隣にウスネが居たこともあって看破されたとは思えないが、後で追加でウスネの折檻が決まった瞬間である。


 続いてハラスメント設定の再設定。一度全身全ての反応を中間位置へ揃え、徐々に感度を確認しつつ変更していく。目安はマヤヤの体感のみなので完璧に修復というわけにはいかないが、マヤヤ本人が対応に困らないなら問題ない。


「全くの無反応も、それはそれで困るんですねえ……」


 一度は知ったほうが良かろうと、腕の一部を強めの設定にして触れたり触れさせたりさせてみる。マヤヤの場合、接触の感覚が鈍いらしく、中間からわずかに設定を強めただけで、他人に触れている感覚が消えたらしい。


「なんかイワオだけ役得だと思うゼ」


 第三者から観てみれば、大男が肌面積多めの少女の身体を撫で回す構図、である。事情を知らない者が見れば通報確実な状況でもある。


「ほう、確かに、正直に、社会的立場を無視しての感想ならば、俺は実に喜んでいるぞ。だが己の賢者総動員で自制もしている。もしお前等が、一度もマヤヤに変な声をあげさせようとしないと誓うなら、交代してやるぞ」


「無理でゴザル。拙者はまだ社会的生命に未練タラタラでゴザル」


「頑張れイワオ仙人。俺は合コンに本能で望む主義ダ!」


「イワオさん、お手数かけます。私、ちゃんとイワオさんの願望どおりの身体になりますから!」


「その誤解を伴う発言は、絶対外では言ってくれるな……」


 しかも強ち間違ってもいない発言なのが悩ましいイワオである。


 結果から言えば、マヤヤの体感はほぼ元に戻った。数値的なものとしては平均よりはかなり敏感となる設定で、人によれば過敏と称してもおかしくない。イワオの主観だけで言えば、マヤヤは精神面でかなり鈍い。その鈍さが仮想の肉体に強く影響している感じがする。通常の反応にするための補正で、見た目の変化を感じる事はなかったのだろうが、さすがにあのパラメータで個性の範疇の普通の感性だ、とは思えない。


「なあ、マヤヤ。プライバシーだし公言する気も無いが、しばらくハラスメント設定のパラメータをチェックされてくれないか?」


「はあ……私の身体、まだ何処かおかしいですか?」


「いや、それを確認できるのはマヤヤ本人なんだがな……、ああ、俺のした調整具合の確認がしたいんだ! マヤヤに対して“責任”があるからな!」


 イワオにすれば、半分は直感でしかない発言である。自分を含め、ハラスメント設定のパラメータなどそう注目した事のないものである。

 だが、仮にもVR技術ではプロのサービス側が用意したものである。普通の体感を得ようとした状態が、ほぼ最高値に後一歩、といった配分に落ち着くのは、何か違うと思えたのである。


「はあ……、そういう事でしたら、お任せしますね」


「ああ、ありがとう」


 相変わらずの無防備ぶりに、心配と同時に安堵もするイワオであった。



 その後、案外と長い時間をかけてウスネが復帰、クエストの再開となる。

 行程は最初と変わらない。適当に迷宮通路を進み、ゴミが多くなる方へと進めばルームに辿り着く。二度目以降はウスネがキレてサポート無視の暴れる事もない。マヤヤも気絶するほどハングローチを怖れもせず、戦闘後の回復にも慣れがでていた。

 『G』を怖れる性格はともかく、マヤヤが即効で気絶したのは、やはり過剰に設定されたハラスメント設定の影響である。『G』に対する過去の何かしらの恐怖が強化されてフラッシュバックしたのだ。その精神攻撃ともいえる負荷に耐えられず、意識表面で一時記憶化したものが希薄化するまで、意識をシャットダウンさせたのである。


 そうして、四体目のスカベンジオーガも倒した時にマヤヤのレベルが21になった。


「えっと、“更新”、ですね。ささ、皆さん登録どうぞ、です!」


 こっち方面での学習をしてくれないマヤヤ、設定変更で触感がマイルド方向へと劇的に変わり、露骨に不満をぶちまける馬鹿二人、である。

 二度目のセクハラプレイ……、もとい滋養契約を済ませたマヤヤの、ほんの少しの変化にウスネが反応する。


「マヤヤぁ、何か違和感あるにゃあ?」


「ふえ? ……特に無いよ」


「んー、やっと、“女の害になる系男子”を体感できるようになったかと思ったんだけどにゃあ」


「聞き捨てられん暴言キタでゴザル!」


「自分でも何処か納得しちゃった部分に悲しくなったゾ!」


 露骨に貶められた該当男子二名である。名残惜しそうに両の掌をワキワキさせている時点でイロイロ駄目な事を証明していた。

 なので、相手をする必要もなし。と、ウスネの関心はマヤヤの変化だけに集中している。


 滋養治士として、平然とした対応を取るマヤヤの姿は、自分と過去の同類からはズレた印象が強い。

 基本、滋養治士を選んだ後発組は、滋養治士がどんなジョブなのか、ある程度事前情報として知っている。ほとんどが第三者情報なので話題を集めたいだけの過激で偏りのある内容だが、総じて実態を含むものなのだから、そこに魅力を思えたのなら問題は無いともいえる。

 つまり、滋養治士のプレイに魅力を感じた者は、滋養治士という免罪符を利用して自分の中の“ムッツリ”な部分を発散したいという願望が、個人差付きで、“ある”。退廃的とされて抑えこんだ感情の中の“ある部分”を『滋養治士だから、“この位”は“許さないと”』という、理性の枷を外すための鍵として欲するのだ。

 であるから、やはり、多少は顔に出ているはずなのだ。その行為に対する、何らかの反応が。

 例えマヤヤの場合、ウスネの強引な誘導で強制的に滋養治士にしたのだとしても。


(何となく、不満な顔をしてたように見えたんだけどなあ……)


「やっぱ可憐な乙女は野獣を知ってこそ乙女ってやつかしらねえ……」


 そんな疑問から、ついウスネの口が滑る。そして間髪入れず“ガシリ”と頭が鷲摑かまれ、ギシギシギシギシと仮想の頭蓋が軋みをあげていく。


「痛い割れる痛い割れるいたいわれるイタイワレル!!」


「我が愚妹は、本当に懲りんなあ」


 さて、状況はともかく、今イワオはウスネにそう強い攻撃行為をしていない。ウスネの腕力では外れないほどの力を込めてはいるが、イワオ的には卵を割らないよう“持っている”だけだある。

 故にこの状況は、単にウスネ自身が、実情“より”痛みを感じているだけなのである。

 今回のマヤヤのトラブルへのペナルティーとして、ウスネもマヤヤ同様にハラスメント設定で過剰体感な設定にされていたのである。罰の期間はこの迷宮クエストが終わるまで。


 マヤヤに比べてゲームへの慣れがある分、感覚の変化への耐性はあるのだが、アイアンクローのような痛覚での継続ダメージの技となると分が悪い。

 ガッチリと動かない頭部を起点に釣り上げられた魚がビクンビクンと尾を振るように手足を震えさせたかと思えば、すぐにグッタリと果ててしまった。


 イワオは数秒で果てた亡骸をポイと捨て、ゴミの山を消すための番号選択へと関心を移す。ここら辺のドライな対応は、やはり兄妹故の遠慮の無さというものなのであり、決してイワオに鬼畜属性があるためでは無い。


 そしてここでも全問正解。既に報酬の桁が恐ろしいことになっていた。


「もうクエストもクリアもしてるしなあ。予定変えて一度戻るか?」


「まだ二時間も経ってないでゴザルよ。街は街で大変になるような気がするでゴザル」


 テンマルの予想は正しく、モタルサではマヤヤ関係でサイトが乱立。祭り状態真っ最中である。


迷宮(こっち)クエスト(こっち)で明らかにおかしいけどナ」


 追加報酬枠の過剰収入の他、女子組としては所持を遠慮したいハングローチ素材、やはりモンスターよりも汚物の印象があるスカベンジオーガの素材。それらも大量放出中である。

 自動配分で自分のストレージに入れたくない女子組を慮って、分配方式を『撃破配分』にきりかえている。これは、そのモンスターに累積させたダメージの多い者へドロップ品が入っていく方式である。本来はパーティー戦闘以外の大規模乱戦モードで使用する配分方式で、参戦したものの、ろくに戦闘行為へ貢献もせずにランダムでオイシイ報酬を掠め取っていく者対策のひとつである。

 これならば、パーティー内においてはモンスターにダメージを与えないウスネとマヤヤは実質的に配分からは除外される。過剰回復によってヘイトをもらい、結果的に自力でモンスターを倒してしまえば配分対象に数えられてしまうが、滋養治士の即時回復能力は神聖術師(プリトン)には遥かに及ばない。それ以前に、性根が芯から腐りかけでも古参で準廃人プレイヤーの管理戦闘能力は、ただの一匹も後衛へ流すことは無いのである。


「また弾けるぅ! カッツェ! 今度はマヤヤを剥こうって魂胆かーー!」


「冤罪だーーーゼ!!」


 もっとも、戦闘の度にこんな掛け合いが行われ、その能力が正当評価されていたのかは謎であるが。

 と言うよりも、大量のハングローチを、実質一人で殲滅祭り中のカッツェは、その貢献にも関わらず、ウスネによって最低辺に貶められている。


 加えてその担当配分により、カッツェのストレージには大量のハングローチの素材が溢れていた。


「今回初めて見るようなもんもあるなア……」


「どれどれ?」


 イワオがカッツェの入手アイテム一覧を流し見る。そこには『不観の黒羽』(ふかんのくろば)なる未知のアイテムが。


「えーと、区分は『武具素材』で、対応職種は『木工』?」


「む、ちょっと拙者にも見せるでゴザル……、これは『クリーピングアロー』の素材でゴザル!」


 『クリーピングアロー』、“這い回る矢”と称する特殊な矢で、射手が目標を定めて放つと、“最短の軌道以外”を通って目標の死角から命中する珍妙な矢である。矢が使用されたのを観たプレイヤーの経験談によると、『矢が射られた瞬間、地面スレスレや壁スレスレを這うようにジグザグと飛び回り、獲物の後頭部から眉間に飛び出す感じで命中してた。マジ気持ち悪い』と評されている。

 モンスターの中には結界やバリアーのような障壁で身を守るものがいて、その障壁を破壊してからでないと本体にダメージを与えられないタイプがある。過去、それらのモンスターにクリーピングアローを射ったら、矢が障壁の周囲をグルグル飛び続け、障壁の“穴”ともいえる箇所から本体に命中したという。しかも障壁持ちのモンスターは本体のHPが少ないようで、数本射るだけで倒せたりもする。まさに天敵のような矢なのであった。


 惜しむらくは、現存している情報ではモンスターからのドロップでしか現物が無い事で、時価になるが一本十万Gほどで取引もされていたりする。


 そんなレア物だ。プレイヤーが作れるような情報などない。では何でテンマルが知っていたかと言うと。


「“木工”で“武具”となると、『作成:矢』の定番なのでゴザル。で、遠隔攻撃スキル持ちは、使用する武具の必要素材鑑定が、少しはできるのでゴザルよ」


 テンマルの鑑定によると、『不観の黒羽』はクリーピングアローの矢羽根の素材扱いだった。ひとつ鑑定できた事により、クリーピングアローに必要な素材一覧も判明した。矢尻には『汚鬼の鉤爪』、()、またはシャフトには『汚鬼の筋』である。これらの素材があり、木工品作成のスキルレベルが足りていれば、クリーピングアローは自作できる事になる。


「ま、拙者シノビにゴザル。チマチマ内職に精を出すのはローニンの役目。餅は餅やでゴザルなり」


 つまりは『スキルが無い』、である。


「帰ったら帰ったで、何かトラブルありそうだよなあ……」


 スカベンジオーガ担当であるイワオとテンマルのストレージには、クリーピングアロー素材の残りが余さず大量にある。

 “汚鬼”の名が表すように、鉤爪と筋はスカベンジオーガからのドロップ品なのであった。


 これで矢を作らないという選択は無い。

 少なくともゲーム内で明日。ちょっとした価格破壊が起きるのは確実であった。


 と、そこに。


「お、トキヤから連絡が来た。迷宮入室位置はランダムだが、モンスターにかち合う位置にはならん。トキヤには待機させて俺達の方から迎えにいくぞ」


「「「「はーい!」」」」


 そろそろフォート『唐揚げ定食』の雰囲気も掴め、マヤヤも砕けた口調へとなりつつある。

 調和が整う雰囲気で、しばらくぶりにフルメンバーパーティーではあるが、それはそれで、また別のトラブルが表面化するスタートだったのである。



いかん、なんか文章量にムラがぁ……。


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