7.謎の呪文オトーリ
宿に帰り着く頃、あたりはすっかり暗くなっていた。
夜ごはんの準備をしているのか、キッチンでフライパンを華麗に回していたカズさんは、俺たちが帰ってきたのに気づいて、ニコニコ顔でお出迎え。
「どやった?」
2人は、顔を見合わせ、どや顔でバケツに入った魚を見せた。
ジャジャーン!という効果音付で。
「おお~、でかした!ようやった!アオブダイやなぁ。刺身にしたる。
この赤いのは、唐揚げやな。2人ともシャワー浴びてき。準備しとくさかい」
「はーい!」
基本的には素泊まりのはずだけど、どうやら会費500円で晩御飯もご馳走してくれるようだ。
「ゆいまーる」と書かれた年期の入った貯金箱にチャリーンっと500円玉を入れ
ナギサと交互にシャワーを浴びたり、カズさんの料理の手伝いをした。
大きな食卓に、どどーんと泡盛の一升瓶と、沖縄料理がずらーっと並んだ。
ゴーヤーちゃんぷる・豆腐ちゃんぷる・パパイヤサラダ・アオブダイのお刺身に魚汁。
1匹だけの小さな魚の唐揚げ…
どれもおいしそうだ。
「さっ、たべよたべよ。いただきまーす!」
「タケル、ほらあんたが初めて獲ったお魚よ。海の恵みに感謝して食べなさいよ」
初めて獲った赤い魚は、頭と尻尾を落され、10センチくらいの唐揚げになっていた。
パクっと、一口。う、旨い!まったく臭みは無く、カリっと揚がった衣が絶妙だ。
ナギサちゃんの獲ったアオブダイは、お頭付の立派なお造りになっている。
あまい!コリコリした身は、噛めば噛むほど甘みが滲む。
ナギサちゃんの言ったように、海の恵みに感謝していた。
「なぁ、タケル。宮古にはオトーリっていう飲み方があるんやで、知ってるか?」
カズさんの放ったオトーリという言葉は、初めて聞く単語だった。
その謎の呪文オトーリとはこういうことのようだ。
まず一人が挨拶をする→泡盛一気飲み→順番に隣にいる人が泡盛一気飲み→
1周回ったら今度はその隣の人が挨拶をして泡盛一気飲み→以下ループ
と永遠と、口上を述べ、泡盛を一気飲みするという、宮古島に昔から伝わる風習だ。
「分かったな?じゃあまずは、新入りのタケルからやな。バッチリ頼むで」
と、いきなりのむちゃぶりである。
「分かりました!では、いかせていただきます。コホン。
今日那覇から宮古島に来て、カズさんとナギサちゃんに出会い、
キレイな海で泳いで魚突いて…、夜はこうしておいしいご飯をご馳走になって…
今日という日を一生忘れません!
感謝します。すべてのことに感謝です。ありがとうございます。
今、俺…、ほんと幸せです。この幸せが永遠に続きますように。
では、皆さんとの出会いに…… 乾杯!」
グラスに入った泡盛を一気に飲みほす。
カズさんとナギサちゃんは、俺の挨拶に最高得点の「100点」を付けてくれた。
こうして、それぞれ泡盛を飲みほしながら夜は更けていき、次第に泡盛の一升瓶が空になろうとしていた…