5.理想郷
「よーし、タケル、準備はオッケー?いっくよー!」
「OK!しゅっぱーつ!」
自転車に乗るのは、高校生以来だ。
古民家の建ち並ぶ集落を抜けると、そこは見渡す限りのサトウキビ畑、
その先には、青い海と青い空がどこまでも広がっている。
「ナギサちゃん!気持いいねー。なんか俺幸せだよ」
「うん!気持ちいいねー。私も幸せだよ。アイラブみやこー!」
ゆっくり自転車を漕ぎながら、いろんな話をした。
ナギサちゃんは、いろんな国の海でダイビングをしたけど、宮古島の海が一番キレイだという。
ハッピーゲストハウスに泊まりながら、そのうち仕事や家を探して、住むのが今の目標であると。
「宮古島はねー、世界の中心なんだよ。世界のおへそみたいなもんね。
気づいてる人や、パワーのある人は、ココに集まってきてると思うんだよねー」
途中、よく分からないような事をさらっと言ってたのが、印象的だった。
20分程漕いだだろうか、遠くに見えていた海が目の前に広がっていた。
「さぁ、着いたわよ。ここが私とカズさんの秘密の場所よ!」
端が見えない程続く、真っ白な砂浜。
さえぎる物が何もなく、見渡す限りの海と空。
海の色は、エメラルドグリーンとコバルトブルーのコントラストがなんとも言えない美しさで、
海の中にある無数のサンゴ礁が、はっきり見える程透き通っていた。
感動した。言葉を失い、自転車をほったらかし、無意識に砂浜まで歩いていた。
「あぁ……、ここだ。ここに来たかったんだ……」
そこには小さいときから、頭に想い描いてた、理想の景色が広がっていた。
海辺までいくと、ビーチの上からでも、トロピカルな魚達の泳ぐ姿が見えた。
あたりに人は無く、俺とナギサちゃんの貸し切りだ。
「感動もんでしょ?さぁ、泳ぎましょ!私着替えるからちょっとあっち向いてて。こっち向いたら殺すわよ」
「は、はい…」
ナギサちゃんは物影で着替えるでもなく、その場で着替え始めた。
無人島にでも行ったかのような錯覚を覚えた。
2人は水着に着替え、シュノーケルセットを装備し、海の中へ入って行った。
「大物がいたら、そのモリで突くんだよ。コツはギリギリまで近づくことよ」
海の中は、濁りなく完全に透き通っていて、遠くの魚まで見える。
入ってすぐに、魚の群れや、小学性くらいの大きさはあるだろうごつい魚たちが見えた。
色とりどりのサンゴや、岩のように大きなサンゴ、トロピカルな魚達。
テレビの中でしか見た事のない美しい世界だった。
ナギサちゃんは泳ぎ慣れてるのがすぐに分かる、美しい泳ぎだ。
まるで、人魚やイルカのように足ヒレが優雅に前後する。
泳ぎながら、ナギサちゃんは目の前のサンゴの間にいる、大きな青い魚を指さして、こぶしをクイクイっと突き出し合図した。
(ははーん、この青い魚を、モリで突けってことだな、こんなに魚いたら取り放題だろこれ…)
60センチはあるだろうその青い魚は、サンゴの間でじっと身を潜めていた。
モリのゴムを目いっぱい延ばし、1メートルくらい潜り、その魚目がけて、渾身のパワーでモリを放った。
サクッ!!
生まれて初めて放ったモリは、その隣2センチくらいを泳いでいた赤色の小さい魚に刺さっていた…