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門前の攻防

「ふむ、そこの二匹は人の言葉を話すと聞いたが本当か。」

「・・・・・・事実だ。」


残念貴族の発した問いに渋々ながら答える薫。

関われば間違いなく面倒ごとの種になることが目に見えていたので関わりあいたくなかったが、残念ながら相手はこちらを完全にロックオンしており、関わらない、という選択肢は早々に潰されていた。

それゆえに無視することもできず、苦々しい思いで返事をしたのだった。


「ほう。今喋ったのはそこのスライムだな。・・・・・・オークのほうも喋るのだろう?」

「・・・・・・ああ。」


武蔵もこの期に及んで状況が理解できていない、ということはなく、漂いはじめた不穏な空気を敏感に感じ取っていた。

あの残念貴族が現れた直後から高まりはじめた啓達の緊張感。

はじめはあの残念貴族が奇妙・・・・・・いや、珍妙な格好をしていることからくるものだと考えていたけれど、啓達の警戒心を孕んだ緊張感と同種のものを『入場許可証』を準備した兵士からも感じ、いずれもその対象が残念貴族に向けられたものであることに気付くに至り、何かよくないことが起こる予感を遅まきながら感じ取った。

脳筋のカテゴリに片足を突っ込んでしまっている故に人の心の機微には疎いが、こういった緊張感に対しては逆にしっかりと反応できるのだ。


残念貴族はおもむろに懐に手を入れると、金色に光るつぶてを三つ地面に放り投げた。


「金貨三枚でそれらを買い取ってやろう。ありがたく思え。」


残念貴族が放ったつぶては金貨だった。

なるほど確かによくよく見れば薄い円盤状の金属の表面になにやら凹凸がついており、コインの体裁が整えられていた。


啓は金貨三枚を拾い上げるとまじまじと金貨を見つめる。

現代日本で製造されている硬貨と比較すると随分と粗雑な作りに思えるが、とはいえそれほど悪いとも思わない。

この世界のお金を初めて見たことでわいた好奇心を満たすためだけに拾い上げ、見つめて見たものの、貴族に対する返事はすでに決まっていた。


「断る。」


ドライであることがアイデンティティーであるかのように扱われることの多い啓だが、『他人』に対して情が薄くとも、『仲間』に対する情が薄い訳ではない。

故に、明確に拒否をした。


「そうか。」


啓の返答に対して残念貴族は短くそう返した。

その対応に啓はまたしても肩透かしをくらうことになった。

てっきりこちらの対応を値上げ交渉の為の駆け引きだと勘違いした対応をとってくるものだと思っていたのだ。

しかし、これで残念貴族がおとなしく引き下がった訳ではなかった。


「――お前ら。殺してしまえ。」


残念貴族はその後ろからついてきていた、いや、連れてきていた人物達に、まるでゴミを捨てておいてくれと言っているかのような気軽さで啓達を殺すように命じた。


「「「「なっ!!」」」」


啓達はあまりの急展開に一様に驚きの声をあげる。

さすがにこのパターンは誰も想像していなかった。

同時に自分達が一気に窮地に陥ったことに思い至り、先程まで以上に緊張感が増していく。


残念貴族の後ろに控えていた人物は三人。

いずれも十代後半の少年少女。


先頭に立つ少年。金髪に白い肌。整った容姿に胴を覆う浅い傷がいくつも刻まれた革鎧と、心臓をより強固に守るためであろう使い込まれて少しくすんだ金属製の胸当てや、籠手、具足が戦いがある日常に身を置く者の雰囲気をその身に纏っており、腰の剣に手をかけてすらいないというのに武蔵以外の三人は気圧された。


その後ろの青いローブを羽織った少年も、その隣にいる薄いピンクのローブを羽織った少女も彼と共に戦ってきたのであろうことは容易に推測できる。

彼らの姿は見るからに剣士、魔法使い(攻撃担当)、魔法使い(回復担当)といった風貌であり、必然的に彼らの職業が何であるかが想像できる。

即ち―冒険者。

自らの命を賭けて魔物と戦うことを生業とする職業。

魔物とはいえ幾多の命を奪ってきたであろうその刃が自らに向けられようとしている現状は、厄介ごとなどという言葉では到底足りない危険な状況だった。


こっちは平和というぬるま湯にどっぷりと浸かってきた現代日本人である。

極々一部の犯罪者でもない限りは人の命を奪うだのなんだのという話はドラマやゲームなどのフィクションの中だけの話として生きてきたような人種だ。

普段冷静な啓でさえも身の危険を感じて恐怖しているのだろう。顔色が悪くなっている。


これは俺がどうにかしないといけないな。

武蔵は身動きのとれなくなった三人を横目で見ながら静かに決意する。

武道とはいえ、これでも小さい頃から戦いの中に身を置いてきた。

威圧ですらない『ただ在るだけ』の自然体の人間相手に気後れするほどやわな根性はしていない。

ただ、なんの心得もない人間ではどうにもできないほどの明確な力量差があることは事実としてある。

――自分はどうか。

元の体であれば相手が無手であっても敵わないだろう。

それだけの実力差があることに気付けてしまったのは幸か不幸か。


(戦いの中でこんな曖昧なものに頼りたくはねーけど・・・・・・)


武蔵はこの場を切り抜ける手段として、オークと化したこの体の身体能力に望みを賭けることにした。


「ちょっと待ってくれ。」


しかし、剣士の少年が残念貴族の命令に異を唱えたことで、武蔵の賭けは一時棚上げになった。


「俺達は取引相手があんたに害をなそうとしたときの為の護衛として雇われたはずなんだが?」


少年は自分達が雇われたときの条件と命じられたことの差異に不快感を露にしている。


「ヒトモドキが不当に私の金銭を得ようとしたのだ。身の危険を感じて護衛に殺させるのになんの問題がある?」


さも当然のことのようにいい放つ残念貴族。

『ヒトモドキ』とは啓に対し、あるいは陣に対しても使われたのであろう。おそらくは人間族ではない亜人に対し侮蔑する言葉なのだということぐらいは容易に推測できる。

その言葉を聞いた周囲の誰もが残念貴族を苛立たしげな目で見ている。

どうやら亜人をヒトモドキと称するのが一般的、というわけではなさそうだ。


(今のうちに逃げるぞ。)


こちらから意識がそれている間に逃げ出そうと提案したのは武蔵だ。

どのみち戦って勝つことはできない。

ならば仲違いしている間に少しでも距離を稼ぐしかない。

どのみちそう長くはもたないだろうが、全力で妨害にまわれば自分以外の三人を逃がすことは無理ではないかもしれない。

そう思っての提案だった。


啓達は武蔵の内心まではわからなかったが、逃げられるチャンスであることは理解できた為に、タイミングを合わせて一斉に駆け出す。


「!!冒険者資格を剥奪されれば貴様の妹は助からんだろうな!!」


「くっ・・・・・・ウォータースピア!!」


こちらが逃げ出したのに気付いた残念貴族のとっさに放った言葉は魔法使いの少年に対して効果はてきめんだったようだ。

速やかに水で作り出した矢を撃ちだしてくる。


魔法使いの少年が行動を起こした理由は残念貴族の言葉の中に集約されている。

より詳しく説明すると、魔法使いの少年には病気の妹がいる。恐らく少年はその薬代や治療費なんかを稼ぐために冒険者をやっているが、ここで残念貴族の命令に従わなかった場合、ギルド長あたりに圧力をかけて冒険者資格を剥奪される。

そうすると少年は治療費を稼ぐことができなくなって妹を失ってしまう。

・・・・・・最低最悪なやり口だ。


「あっ!」


魔法使いの少年は思わず声をあげる。

それもそのはず。少年の放った水の矢は殺せと命じられた啓や陣にではなく、武蔵の頭に目掛けて撃ち出されたのだから。

動揺からくるコントロールミスだった。


「何っ!!」


これに一番驚いたのは、当然と言えば当然ではあるが武蔵だった。

剣士を警戒し、啓と陣の身を案じながら相手に背を向けて走っていたが、少年の声に顔を向けてみれば自分の眼前に水の矢が迫ってきているではないか。

武蔵は避けることができなかった。


「こん、ちくしょーー!!」


叫び声と共にそこに割り込んだのは武蔵の頭の上に乗っかっていた薫だった。


ズブリ


鈍い音と共に水の矢が薫の体に突き刺さる。


「か・・・・・・」


べチャリ


地面に落ちて湿った音をたてる。


「薫――――!!」


武蔵の叫び声が響いた。


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