誤算
今回は2日連続で投稿です。
街は4メートル程の壁に覆われた、ぶっちゃけ中世の街の外壁と言われて思い浮かぶスタンダードなものだ。
石灰岩のような灰色のブロックに石灰とおぼしき白いものでコーティングされた外壁。
なぜコーティングされているのがわかるかと言えば、所々、いや、そこら始終コーティングが剥がれて地の部分がむき出しになっているからだ。
それはともかく、街に入るため門へと赴く。
門を守る二人の兵士の視線が突き刺さる。
そのうちの一人がさりげなく門の内側に何事か言っているので、下手すれば攻撃態勢を整えているのかもしれない。
いわゆるモンスターであるスライムとオークを連れているのだから仕方のないことか。
この世界でテイム(魔物の使役)がどの程度一般的なものなのか判断する術を持ち合わせていないのが痛かったが、どのみち薫と武蔵を置いて街に入る訳にもいかないのでどうにかしたいところだった。
「すみません。この街に入りたいのですが。」
これまでで影の薄いドワーフの陣が口火を切る。
人としてカウントされるであろうドワーフであるということと、社交性を考慮した人選である。
「身分を証明できるものはあるか?それと、そこの魔物は従魔か?」
兵士の一人がこちらを見透かすような目をしながら訊ねてくる。
「あいにくと無くしてしまいまして。乗っていた馬車が魔物に襲われ、馬車ごと馬が逃げ出し、荷物も馬車の中に置いていたためにほとほと困り果てていたのです。
それと、確かに彼らは従魔です。」
「それは災難だったな。財布も・・・・・・ないか。通常であれば身分証の無い者は銀貨一枚を払って身分証の仮発行を行うんだが・・・・・・こういう場合は、冒険者登録が一番手っ取り早いか。」
どうやら入れてもらえる流れで話が進んでいるようだった。
セキュリティはかなり甘そうだ。
自分達が入るぶんには助かるのでありがたいけれど。
「で、その従魔たちには従魔の印がないようだが。」
ゆるゆるセキュリティで簡単に入れるぞ、と思ったのもつかの間、できれば回避したかった質問がきた。
予想はしていた。仮に魔物をテイムするのがそれほど珍しい技術でない場合、野生の魔物と区別するために何かしらの印がつけられるだろうと。
しかしながら、それがどんなものかがわからない以上、どうすることもできなかった。
「それはですね・・・・・・」
「馬車を失って後、野生の魔物であった彼らが私たちに従属したのでそのまま連れてきたのです。テイムするのも初めてで、このような形でするとも思っていなかったので、テイムに関する知識もなく、誰か知識のある方に頼ろうと思った次第です。」
一瞬言い淀んだ陣に代わり啓が答える。
「それが事実だとしてその魔物たちが人を襲わない保証はあるのか?」
「それは・・・・・・」
陣が言い淀んだせいでこちらの話を疑われてしまった。
兵士の切り返しに啓も言葉を詰まらせる。
「―人間を襲ったりなんてしないよ。」
こちらが嘘をついている可能性を疑い、警戒が高まる中、不意にかけられた声。
「・・・・・・え?」
兵士の視線は声の主、すなわちスライムの薫に向けられていた。
さすがに訓練された兵士といったところだろうか。口を動かした訳でもない(そもそもないからね)し、ましてや人型でもない薫が声の主だとわかったようで、そちらを凝視していた。
が、やはりスライムが喋ったというのが信じられないのだろう。あんぐりと口を開けて固まっていた。
「・・・・・・スピーカースライム、か?」
薫が喋っても、わずかに眉間にしわを寄せただけで平静を保っていたもう一人の兵士が問いかけてくる。
「あいにくと俺がどんな種類のスライムかなんて知らなくてね。それはそれとして、俺とこっちのオークはこの人間たちを気に入ったからついてきただけだし、人を襲うなとも言われてるから、危害を加えられなけりゃなんにもしないよ。」
「喋った・・・・・・!?」
兵士の問い掛け(実際には独り言だったようだが)に薫が答えると、その兵士もまた隣の兵士と同様に驚愕の表情を浮かべた。
「・・・・・・どうしたっていうんだ?俺はスピーカースライムっていう喋るスライムなんだろう?」
一度は納得したはずの兵士が驚いているのに疑問を感じて再度口を開く。
「・・・・・・スピーカースライムは主人が教えたいくつかの言葉を喋ることができるスライムだが、お前のように普通に会話ができるなどという話は聞いたことがない。ひたすらひとつの言葉を喋るか、状況に関係なく覚えた言葉を適当に喋るかしかできないはずだ。」
なるほど。スピーカースライムっていうのは九官鳥みたいなスライムってことか。
そりゃ確かに九官鳥と普通に会話ができたら驚くのも無理はないか。
「これ、俺が喋ったらもっとびっくりするよな?」
「「「そう思うなら喋るなよ!!」」」
不意に呟かれた武蔵の言葉に三人の激しいツッコミが入る。
案の定、先程にも増して驚愕の表情を浮かべる兵士たち。
最初に驚いていた方の兵士なんか、アゴが外れんばかりに開いている。
(あっちゃー)
武蔵の予定外の行動に薫は内心頭を抱えた。
薫自身が喋るのまでは予定通りの行動だった。
こちらの喋る一から十までまるごと全部が嘘であるためにできるであろう不自然さを、喋るスライムという存在を隠したかったが為のものだったと誤認させるための薫のシナリオ。
実際に兵士たちがそこをうまく勘違いしてくれたかどうかは微妙なところではあるが、思っていた以上にスライムが喋ることに対する衝撃が大きかったようで、そのままなし崩し的に色々なことがうやむやにできそうで内心ほくそえんでいた。
だというのに、武蔵の余計な一言が過剰に衝撃を与えてしまったようで、なぜだか嫌な予感がしてならなかった。
ガタン
唐突に鳴ったのは門の覗き窓にはめられた板の音。
窓といっても木の板で、中が暗いこともあってこちらから覗くことはできない。
が、どうやらずっとこちらの様子を伺っていた人間がいたようだ。
というか、薫が喋りはじめてから視線が強烈になったので、薫は壁の向こうからの監視の存在に真っ先に気付いていた。
その反応が思っていたよりも強烈だったからこそ、当初の予定通り武蔵は喋らせまいと思っていたのだが。
(とんだ誤算だな。)
そして、中の人間に動きがあったことに気付いた冷静な方の兵士は軽く舌打ちすると、四人を再び見透かすような目で見た後、身分証の仮発行の手続きを行うからと四人を案内した。
四人を案内する兵士の態度が嫌な予感が正しいものだと暗示しているようだった。