3、強行採決でクローン法制定?
チャイムが鳴ると、先生が慌てたように教室に入ってきた。
顔は汗だらけで、タオルで汗を拭きながらの入室。それでも、次から次へと流れる汗は止められないらしい。
ちっとは痩せればいいのに。
「みなさん、大変なお知らせがあります!」
教壇に立つなり、大きな声で言い出した。声だけは大きいのに、それ以上に大きな声だから、生徒たちが一斉に黙った。
もちろん私も黙った。
「先ほど、クローン法が決まりました!」
だから?
私たちには関係ないってば~。
「その内容ですが、勝手にクローンを作ってはいけません」
あたりまえじゃん。てか、作れないって。
「作っていいのは、それなりの機関にお勤めしている、技術者のみです」
みんな神妙に聞いてるけど、これって聞いてるフリだけだよ。
だって、作りたくても作れない現状があるじゃない。クローンを作る技術なんて私たち高校生にはないんだから。
「そこのところは、高校生である皆さんには関係ないと思われるでしょう」
よく分かってるじゃん。
「しかし、現実に高校生でも作れるだけの技術を持っている人もいるので、一応念のために言いました。大丈夫、このクラスにそんな優秀な人がいないのは知っていますし、分かってますから。僕は安心しいてますよ」
ちょっと! それ、けなしてるよね。
絶対にけなしてるよ。分かってる?
わかって言ってる?
自分の生徒をよくもそこまでバカにできるよねぇ。
言われてもしょうがないけど。
「さて、一番大事なことはですね。今の技術で、どのようにクローンが作れるかと言うことなのです。それは、どんな小さな遺伝子からでも作れるということなのです」
知ってるよ。
昔は、遺伝子から作れるとかいっても、そんなに簡単じゃなかったらしいけど。今は、髪の毛の先っぽでもしっかりと作れちゃうって聞いてるよ。
「ということで、人の遺伝子をちょっともらって作ってしまうことも簡単なのです。しかし、これは重罪に値するのです」
「先生!」
声の方を見れば一乃上が手を上げている。
「なんですか、一乃上君」
「どうして重罪なんですか? クローンを作ってどんなことが起ると言うのですか?」
そりゃお前。本人は昼寝してて、クローンに働かせるみたいな……。
「そうですね。先生が考えるに、クローンを作って犯罪を犯させ、大金を手に入れて、そのクローンを消す。つまり、クローンを抹殺する。なんてこともあるでしょうね」
「でもそれじゃぁ、自分に激似なんだから、捕まりますよね。変装させて、銀行強盗でもさせるんですかぁ?」
「……確かにそうですね。大金をもらってクローンを作って、できの悪い子供を抹殺する、なんて事はどうでしょう」
教室のいたるところから、小さな悲鳴や怒声が起こった。
先生、それは言ったらダメでしょ。
マジ、NGワードだわぁ。
「いえいえ、これは先生の妄想ですから。気にしないでください」
どんな妄想を抱いてるんだよ。
「そして、クローン法では、『むやみに自分の遺伝子をばら撒いてはいけない』ということになりました」
それってなんだろう?
一体、自分の遺伝子をばら撒くってどういうことなんだろう?
という感想は私だけではなかったらしい。教室のあちこちで『どういう意味だろう』とか、『じゃ、ひとりエッチとかできねぇじゃん』などという不埒な発言まで飛び出した。
「みなさん! 遺伝子をばら撒くとは、つまりですね。ひとりゴニョゴニョをするなということではなく」
「キャー。先生、エッチー!」
今だとばかりに女性が黄色い声を上げ、教室中が騒ぎ出した。
「そんなことではありません! みなさん、こういうときだけ嬉しそうにしないでください!」
『嬉しそう』だとか、どこまで発言を間違えてる先生なんだろう。
この発言が国会議員の口から出てたら、大事になるのに。教師はいいよね。
「つまりです。髪の毛や鼻くそ、つばや痰、切った爪など、自分から作られたものはむやみに捨ててはならないと言うことです」
「え~。ムリじゃん!」
またしても教室中がパニックだ。
「無理なことはありません。髪の毛は結べはいいのです。鼻くそだって、ほじったらティッシュにくるみ、ゴミ箱へ捨てればいいのです。つまりですね、モラルですよ、モラル!」
モラルって力説してるけど、一番モラルに掛けてそうなのは先生なんだよね。
「でも先生、勝手にクローンを作ってはいけないわけだから、自分の遺伝子をそこらにポイポイしても問題ないじゃん」
教室のどこからか、みんなの意見を代表する声が上がった。
「世の中にはですね。愉快犯というのがあるのです。楽しければ、法律を犯しても構わない的な輩です。要するに、自分の技術や頭の良さを誇示したくて、人のクローンを作ってしまうなんて人もいないとはいえないでしょう。だからこそ、自分が気をつけるのです」
なるほどね。そんなに頭のいい人がそばにいるとは思えないけど。
いや、絶対にいないけど。
「と言うことを考えて、この法律は作られたわけです」
「ムダな法律だな」
ボソッと呟く声がした。
確かにムダだと私も思う。思うけど、面白いからいいか。
あ、この感覚が愉快犯の感覚?
……違うか、あはは。
「皆さんが加害者になることは危惧していませんが、被害者になることは大いにあると思っているのです! だからこそ、私は皆さんに声を大にしてお話したのですから、注意してください!」
てか先生。そこまでバカにするか?
加害者になることはないって断言してるけど、自分の生徒をそこまでバカよばわりか?
まぁ、外れてはいないけど。
ということで、バカバカしくもくだらない法律が、仰々しくも制定されたわけだ。
そして、いよいよ一乃上勝利は真面目に勉強しないとヤバイと顔を青くしてる。
だって、ヤツが言うには
「超資産家だからね、法律なんて曲げることは簡単にできるんだよ。法律に引っかかるようなことをしても、警察の偉い人を知ってるし、お金を出せばなかったことにしてくれるのさ。だから、もし俺が万引きで捕まっても、どうって事はないのさ」
と言うことらしい。
以前、万引きの話をしていたときに一乃上が鼻の穴を膨らましながらコメントしてくれたんだけどね。それを聞いて、どれほど腹が立ったことか。
でもさ、今は逆に溜飲下るって言うのかな。
へっ! ざまぁ、って感じ。
超資産家だから、親が警察をごまかせるわけだし、子どものクローンを作ったところで犯罪者にはならないって事でしょ。
良かったじゃない。
一乃上君。頑張って勉強してくれたまえ。あっはっは。
と、思いながらカンナを見たら、やっぱり同じ事を考えてるらしく、私に向かって『やったね』って親指立ててウインクしてる。
お互い、庶民でよかったね~。