7.番外編 ―奇跡の宝石―
こんなもんだったのか、俺は。
ここまでだったのか、輝かしい日々は。
足の固定は、まだ外れない。休み時間。あまり身動きも出来ず、頬杖をついている俺。
俺の暗く沈んだ心とは対照的な、雲一つない、真っ青な、空。
スポーツの秋だけに、日曜には、練習試合があるらしい。
よそよしい部活の仲間。手の平を返したよう。
・・・嘲笑っているのか。勝手にすればいい。
虚しい。重い。鉛のように、重苦しい。
そこへ。聞こえてくる笑い声。あいつだ。
とにかく、よく笑う。とにかく、声がでかい。元気。五月蝿い。
小さな、細っこい体のどこから、あのエネルギーが生まれてくるのだろうか。
見た目と性格のギャップが激しい。
しゃべらなければ、可憐な女子高生で通せるぞ。男をみんな、騙せるぞ。
そんなパワーを持った篠田美来を、気付くといつも目で追っていた、自然と。
なんだか、ほっとする。思わず、ふっ、と笑ってしまう俺。
「谷川、数学の宿題やった??」
「う〜ん、わからない所もあったけど、一応。」
「本当?私、今日、多分当たる。谷川って、数学得意じゃん。
答え合わせさせて!!」
他の誰かでもいいのに、篠田は、俺に、わざわざ声をかけたんだと思う。
「ほら。」
ノートを手渡す。
「ありがと!!」
さりげない気配りに、俺は、甘えている。なんかそれもいいのかなと思う。
糸の切れた凧のような俺。風にのって、くるりくるりと迷走中。
「当たってるみたい。ありがと。」
俺は、受け取り、手を上げる。
「おお。」
俺は、ぼんやり答える。
そしたら、ばん、と篠田が机をたたいた。
「何だよ、びっくりさせるなよ。」
驚く、俺。
篠田が、目の前に立ち、俺を見下ろし凝視する。
「谷川。現実から目を反らすなよ。」
耳に痛い言葉だ。苦笑いでごまかす、俺。
「なんだそりゃ。」
「・・・別に。」
篠田は、行ってしまった。
言葉使い悪い奴。
今日は、いらいらする。なんだか喉の渇きを感じる。
俺は、午後の授業を、山下に、『病院へ行く』と言ってさぼることにした。
松葉杖をつく俺は、目立つ。
「谷川。・・・どこ行くの??」
下駄箱で、この声は、篠田だ。・・・面倒だな。
「関係ねえだろ。」
しまった、つい。思いっきり、吐き捨てるように言ってしまった。
篠田にぶつけてもしょうがねえだろ。篠田は、驚いている。
でも、言ってしまった手前、俺は、ぶすっとした顔で、中履きのまま、無視して行こうとした。右足が固定されているので、履き替えるのが面倒だったから。
ぴょこぴょこ歩く俺を、篠田も中履きのまま追いかけてくる。
「いい加減にしなよ。どんなにもがいたって、自分自身からは、逃げられないんだよ。
起こってしまった事は、もう、元の通りには、戻らないんだよ。
そうやっている事で、また、バスケが出来るようになる訳??現実をちゃんと見なよ。」
「・・・。」
「苦しみや、悲しみの、ど真ん中を突っ切って、前に進みなよ。
谷川、あんなに活き活きと、バスケがんばってたじゃない。
たくさんの物を得られたはずでしょ。このままじゃ、過去の谷川まで、台無しになっちゃうよ。」
篠田の目に、みるみる涙が溜まってきた。
きらっと光る。きれいな宝石のようで、見とれそうになる、俺。
でも、そのはかない輝きの奥から、真剣に、必死に、訴えかけてくる瞳とぶつかり、はっとした。真摯に俺を直視し、目を反らさない。俺は、胸をつかれた。
「・・・なんで、お前が泣くんだよ。」
「うるせえ、ばかっ!!」
・・・なんで俺が怒鳴られるんだよ。
そろそろ目立ってきたぞ。他の奴らが、チラッと見て行く。
それにしても篠田はいつも、すぐに泣く!!泣いたり笑ったり、忙しい奴。こんな時なのに、おかしさがこみ上げてきて、必死でこらえた。
「私は、あんたの代わりに泣いてやってるんだよ。
だって、悔しいじゃん!部活の奴ら、あんなに、あんたの事をもてはやしてたのに!!」
「レギュラー争いから1人外れたから、喜んでるんだと思うよ。」
「ばか!!この、糞ったれ!!頭にくる!!!」
何に対して切れてるのか、自分で分かってるんだろうか。それにしても、『糞ったれ』って、言うなよ。女だろが、一応。
「谷川、こんなことで、腐ってちゃもったいないよ。
どん底から、這い上がるんだよ。その為に、逃げたり、自分をごまかしたりしちゃ、だめだ。
寂しければ、その寂しさを、大事にすることだよ。」
「寂しさを、大事にする??」
「そうだよ!!目を反らして、使い捨てるなよ。過去の栄光を乗り越えて、輝かしい未来を手にする為に。」
こいつ、篠田のくせに、すげえこと言いやがる。
芝居がかってやがる。
何か、読んだのか、その影響か??俺の心にずしっときた。
ずしっときたのは、話の内容もあるけど、それだけじゃない、篠田が、何とか俺の心を救おうと一生懸命な姿に、だ。
「谷川、今日はあんたに付き合ってあげる。どうせ、どっか行こうとしてたんでしょ。」
「おまえ、カバンは??」
「教室。いいよ、友達にフォローしてもらう。お財布も定期も持ってるし。」
・・・篠田と気晴らしするのも、いいと思った。こんな日は。
「じゃ、俺のカバン持ってよ。松葉杖あるから、邪魔なんだ。」
「いいよ。でも、今日だけだよ。
今日は、嫌なことは忘れて、ぱあっと遊んで、明日からまた、がんばるんだよ。
だいたい、私にかばん持ちをさせようなんて、谷川の分際で、100年早いっつーの。」
「はいはい、わかったよ。お前、喧嘩売る為に、来た訳?」
「そか、あはは。行こう。・・秋晴れで、ほんっとに気持ちいいねえ。」
篠田は、深呼吸している。
「俺に関係なく、フケる気だったんじゃねえの??財布と定期まで持って。」
「そ、そんなことないよ。」
・・・妖しい奴。さっきまで、泣いてたのに、もう笑ってるし。本当、飽きない。
まあ、いいか、今日は、何もかも忘れて、ぱあっと遊ぶか。
そして、俺は、片足で、変なフォームでボーリングをした。
片足で、カラオケ屋の階段を上った。
その日は、腹の底からすげえ笑った。
・・・後日談。
あの日、俺は、病院ということで、通ったが、かばんを置きっぱなしにしていなくなった篠田は、さぼりとして、こってり絞られた。
ざまみろ。
って、口ではそう言っても、俺は、もう篠田に頭が上がらない。
ありがとうございました。これで最終話になります。
最後まで、スムーズに、楽しく投稿できました。
私も主人公と同じく、今日をスタートに、新たな1歩を踏み出していきたいと思います。
ほんとに、ほんっと〜に、大感謝です!!!




