リベンジ
世界を内包せし巨大なる神・原初の巨神
インドにおいてはヴィシュヌ神、
中国においては盤古神、
西欧においてはヤハウェ、
あるいは、ヤハウェが自らに似せて、
つまり自分と同じだけの大きさで創造したアダム・カドモン、
(それが原罪で大きさを失ったのが我々人類の祖先アダムだという)、
宇宙だけでなく、異次元、神界、霊界など、全てを含んだものが世界であり、世界のほうが、宇宙より広いのだ。
俺達の住むこの世界は、
その『体が世界で出来た神』ヴァーストゥ・プルシャの見ている夢でしかないのかも知れない。
「世界を内包したものが、あんな小さい場所に封印されているというのは、少し信じがたいのですが?」
「人は---夢を見るとき、自分が世界になっているわけではないでしょう、あくまで夢の中の一出演者にしかなりません、だからその『出演者』にアプローチして、夢から起こす事は、可能でしょう。」
「つまり、藤咲に眠っているスリーピング・ビューティを起こせば」
「この世界が、一切合財、瞬時に消滅する可能性が有ります」
「確定事項ですか?」
菊花は静かに首を横に振る、
「わかりません、この世は原初の神の見ている夢なのか、それとも神が我々の見ている夢なのか、誰も答えられないでしょう‥‥‥話が観念的になりすぎましたね、簡単に言ってこの世界を滅ぼす最終兵器が眠っている、そういう理解で良いと思います、」
「今回は大々的に動いても良いのですか?」
「ええ、議会の全会一致が得られました、ただし皆、他のことに人手を割かれ現在手一杯な状態ですので、闇鮫の一族最高の人形使い『百本腕』である貴方に任せることになります」
屋敷の玄関にたどり着いた俺は、
あたりを見回す。
「皆、池の側の休憩所にいる」
庭の警護班の一人が教えてくれた。
俺は、彼に手を上げて礼を言うと、そっちに向かって行く、
大きな屋根付きの、池が見えるベンチに、彼女達が待っている。
「お帰り」
と紅茶を飲んでいる早月が言う
「待たせた‥‥準備は?」
「今、葛原がやっています、あと数分で終わるでしょう。」
「そうか‥‥‥‥ん?」
瑞恵が、複雑な表情で俺を見ている。
「その顔は、早月に聞いたか‥‥‥けど、納得いったろ?、俺が深夏と意識がつながっている事も、俺を主人と決めたことも」
「それよりか、自分の尊敬している人物が、貴方の分裂人格の一つだって事にショックを受けたみたいよ」
「ああ、安心しろ、兄妹みたいなもんだ。それに、特に深夏については、俺が初めて動かした人形に産まれた人格で、俺の成長と共にあったからな」
「成長?、バイオドールが?」
驚いている瑞恵、
彼女も知っているらしい、
紫乃のように、バイオドールは一定年齢で固定された状態で術者と御対面するのが普通だ。
「最初、彼女は、特殊任務用に子供の年齢で作られたのさ。その後、徐々に成長させて今に至るって訳だ」
「まだ誰を彼女の魂にするか決まっていない時期だったわ。」
早月が俺の後に続いて説明する。
当時は相当な騒ぎになったのだ。
いきなり何の訓練も無しに深夏を動かした鬼才、
それが敷地の隅で病床に伏せっている『役立たず』だったからだ。
「死にかけて気がついたら深夏になっていたんだ、俺の責任じゃない」
「まあ、おかげで無駄飯喰らいが一人減ったから、大助かりになったけど」
「それは認めるよ、それまでかかった薬代が未だに返せてないのもな」
「闇鮫に戻る気はないの?」
「こんな時以外に俺は必要あるまい?、彼女達は、俺がいなくとも立派に役目を果たす‥‥‥‥俺の能力じゃやっぱり足手まといさ」
俺は、俺の素の能力でなんとかやっていける所で、生きていくしかない。
ふと、気がついて尋ねる。
「彼女達に何か不都合でも起きてるのか?」
「それは別にないわよ」
俺の後ろに人の気配---
「早月様、準備が整いました」
「葛原、命が惜しかったら、気配を消したまま鬼太の後ろに立たないほうが良いわよ」
「は?」
「まだ深夏達に余裕があるから良かったものの、鬼太の命に危険と判断されたら、全員で貴方を消しにかかるから」
「は‥‥‥こ、これは失礼を‥‥‥‥」
「俺一人のときはからかうのも構わないですが、彼女達がいるときはやめてください、脊髄反射的に暴走したら止める暇が有りません」
彼に悪気はない。
ここの連中は悪戯っ気が多いから気安く驚かそうと思っただけだろう。
しかし、『彼女』達にはそれはきかない。
『俺の命を脅かす状態や間合い』に入ったら条件反射の様に相手を倒すことだって有る。
今回はたまたま『彼女達』が気配を俺に知らせてくれただけだ。
同時に多人数のバイオドールを動かす利点でありそして欠点。
こちらが何かに集中して、ほかの情報を自分の脳がカットしたいとき、
『彼女達』は、自動的に、俺の必要情報以外をカットして伝える。
(もちろん、後で引き出せる事は出来る)
もしも俺の知り合いが敵側に洗脳されて俺を殺そうとした場合、
俺が気づいて止める前に殺してしまう可能性だってある。
これが、俺が『彼女達』を人形として使いたくない理由のもうひとつなのである。
相変わらず晴天の、影鮫家の庭、
そこで簡単な藤咲学園の見取り図が広げられ、作戦を練ることになった。
「今回はヘリで上から侵入していくのか‥‥‥‥しかし、この見取り図が正解である保障は?」
「碑瑠乃校長のお墨付きよ」
俺は怪訝な顔を早月に向ける。
「何故、彼女の手に見取り図が?」
「あの学園の校長よ。それに、彼女も藤咲の人間だと言うこと。」
「‥‥‥なるほど、自分で『確認した』ってところか」
「黒巫女に乗っ取られるまでは彼女、あそこの管理人でもあったらしいわ」
「初耳だな」
「水野政道校長の顔の広さは私にも初耳だったわよ」
「所詮、俺等は蟻江音学園都市にとってはただの一生徒でしかないってわけか?」
「影鮫、闇鮫の人間ですらあれの奥をはかりかねてるわ」
「世の中、広いな」
「今回は皆、変化の術を使わずにあそこに入ってもらいます」
早月の説明に俺は眉をひそめる。
「出来るのか?」
「菱摘から研究中のスピリットオーラ増幅装置を借り受けました。これがあれば一度入った人間なら大丈夫になります」
緋路実が作戦要項を見て声を上げる。
「あたしは校門前で車上待機?」
「今回は増幅器で貴方を『鍵』として使わせてもらいます、しばらく機械の上で窮屈でしょうが、お願いいたします」
ふう、と溜め息をつく緋路実、
「しゃーないな。親父からは最大限協力してこいって言われてるし、戦闘はあたしじゃあ能力不足だろうし」
「大切な役目です」
チーム編成を見て、俺は一つの疑問を感じた。
「なあ、ドールの五人はそのままあそこに入れるのか?」
「貴方が操っている、貴方の魂が彼女達の魂であることに変りはないわ」
「ふむ‥‥‥‥」
「どうしたの?」
考え込む俺の姿を見て早月が訊いてきた。
「俺が入ってなきゃこんな手間はかからないと思ってな」
せめて、俺にもう少し戦闘力があれば‥‥‥‥
「紫乃のコントロールを取り戻すには、貴方がどうしても必要なのよ、だからVIP警護の布陣をしくの、逆にこれ以上の人手は裂きたくないのだけれど?」
「影鮫最強の5人を預かるんだ、これ以上は望むべきも無し、さ。」
「だ、そうよ、実耶子」
早月が実耶子のほうを向く。
何の話だ?
実耶子は、なんだか苦しいような不思議な表情をしている。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」
立ち上がる早月、
「さて、作戦は一時間後よ、準備しといてね」
俺は、右手にゴムナイフを握り締め、戦闘体勢に入っている。
対峙している相手は、倉田緋路実、
男の魂を持ちながら、女の身体に生まれた者、
仮性半陰陽の身体、
少し調べたが、仮性半陰陽は、
最初は外見は男のものだったのが、医療の検査で女性だと判明。
その後手術で外見を女性に戻すと言うパターンが多いらしい。
そして、彼女は姫沙羅祇流武術の使い手---
格好は、同じく戦闘服、
ただし、素手だ。
俺、黒鮫鬼太相手じゃ、十分すぎるらしい。
ちょっとくやしい、
俺は、鏑木師匠に習った格闘術を仕掛けていく、
ナイフを振るう、
当たらない、
振るう、
当たらない、
相手は絶妙な間合いで避けていく、
俺はゴムナイフを下から斬り上げ、途中で軌道を変えて首を狙う‥‥‥
ありゃ?
俺の視界が天地逆さまになってやがる、
反射的に全身の力を抜いて、呼吸を短く吐く、
どこが地面についても、瞬時に受け身にできるように‥‥‥‥
ふわっと‥‥‥‥
ふわっと‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
と、思ったら、ふわっと深夏に受けとめられた。
うわ、なさけなっ!
深夏は、俺を静かに地面に降ろすと、その場を離れる。
押さえ込んだつもりの恐怖が、深夏とのリンクを作用させちまったか‥‥‥、
俺の持っていたゴムナイフは、緋路実の手に有った。
気づかないうちに奪刀されちまっている。
緋路実は涼しい顔をしていた。
はあ、と息を吐く俺、
「次、リンクを使って42式、いくぜ」
今度は、緋路実がナイフで構えた。
さっきとは打って変わって真剣な顔‥‥‥‥
俺は静かに一歩踏み出す、
すぐ近くに緋路実の顔があった。
驚いている緋路実の顔、
縮地でつめた間合い、
瞬時に拳を打ち込んでくる緋路実、
俺は、それを、手首への下からの突き上げ右拳で逸らす、
そのまま右腕は肘打ちとなり緋路実への顔へ伸びる、
とっさにスゥエーでかわす緋路実、
だが、同時にそれは、胸の部分が露になっていると言うこと、
そのまま肘を下に落とす---
とん、と軽く下に押すと、ぺたん、と尻餅をついてしまう、
緋路実はそのまま後ろ受け身で回転して身体を起こす。
「まいったな、適いやしない‥‥‥‥結構くやしいぞ」
「それは俺の台詞だ、本来の俺の攻撃力は最初お宅が涼しい顔で捌いたあれだ‥‥‥これでも死に物狂いで練習したんだぞ」
「後のは『特級メイド』、桑野深夏の技か?」
「ああ‥‥‥だが俺の身体で使えるのはいいとこ4割だ、実物は、その倍以上のキレがある」
「それでも軽くやってあれ程か‥‥‥とんでもないな‥‥‥‥」
「闇鮫や影鮫の使い手の連中も、人間業を超えてる」
「影月刀も、か‥‥‥‥」
「瑞恵もな、一級メイドだから」
はあ~~~っ、と緋路実がため息をつく、
俺も同じだ。
自分じゃあどうやっても届かない位置にあるものを認識したときのため息、
「お前さんはいいぜ、素でそれだけの技が使えるんだ」
と俺が言うと、緋路実は、
「あんたの方が、いつでもそれだけの技を引き出せるんなら実戦で生き残れるだろ」
と言い返した。
「‥‥‥‥なあ、早月の姫様はどうなんだ?、ドールの身体に入ってるんだろ?」
「‥‥‥よくわからん、俺が聞いた限りじゃ、生身の時点でも深夏クラスのドールと十二分にやりあえたって話だがね」
「今はそれ以上か‥‥‥‥」
「あれの本気はまだ見たことがない」
俺は時計を見る、
「そろそろ時間だ‥‥‥行こうぜ」
自衛軍用のヘリに乗っている俺とドール達五人。
時計合わせは既に終わっている、
時間を確認、
緋路実が裏藤咲学園の『鍵』となる時間だ、
そして、同時に、体内感覚が歪んでいく奇妙な感触、
通信機から呼び出しがかかる、
「鬼太だ」と俺が答えると、操縦室から
「指定の位置につきました、私には見えません、誘導をお願いします」
と返ってきた。
入る資格が無い人間には、存在すら分からないって事か‥‥‥
つい、と千恵美が動く、
操縦室に行き、「操縦桿を」と操縦士に言う、
横から右手で操縦桿を操り、降下ポイントまでヘリを誘導していく。
リューニアが通信機を通じて、他のヘリに呼びかける、
「こちら『ハーレム・ボーイ』ただ今から降下する、以後は各自、順番に我らの降下ポイントに追随して下さい」
「こちら『女神姉妹』了解」
「こちら『おしかけメイド』了解」
「こちら『宇宙人鬼娘』了解」
「こちら『猫耳少女』了解」
‥‥‥‥‥なんちゅうコードネームだ‥‥‥
先に深夏、パルミラが飛び降り、
次に俺がロープを伝って降り(彼女達に抱きかかえてもらうのは俺のプライドが邪魔した)
そして、瀬留奈、リューニア、千恵美の順に飛び降りる。
かくして『ハーレム・ボーイ』チームのヘリは離脱、
次々と後陣に道を譲っていく、
俺達はそれを確認することなく、
屋上のドアに走る。
パルミラがドアの錠前に手を翳す、
「開け」
の一言で、
がしゃり、ぎいっ、
勝手にドアが開く。
このレベルで『開錠』の魔術が使えるのは、こいつと、あとは師匠のウォーレンぐらいのものだろう、
ドアが開いた先には、真暗な世界と、嫌に広い石造りの階段、
‥‥‥‥地獄へ通じる穴か
彼女達五人は俺を守護するように取り囲み、
俺を中心に、下に向けて走る。
階段を走り降りて行くその都度、
怪しい気配と、ギャアギャアと言うおぞけの立つ泣き声と、
殺気の入り混じった存在が感じられて、
次の瞬間、
消える、
パルミラが、「消えよ」と言う、
リューニアが、鬼火を投げる、
千恵美が、銀の針を投げる、
深夏が剣を振るい、
瀬留奈が銃を撃つ、
それだけで、消えてしまう。
俺だったら、使える道具を全て出し切って、
一日がかりでようやく、一匹倒せるか倒せないか、の化物だろう。
気配でわかる、
彼女達とリンクをしている今、それだけでの事が解り、
なおかつ、彼女達の技で奴らを絶対的に滅ぼしているのが解かる、
振り向く必要もない、
普通の俺だったら、一週間は警戒を解けない、
彼女達とリンクをしている今、
俺自身が、どれだけ脆弱な、ふがいない存在か解かる。
いや、本当は、それが解かるのが嫌だから、彼女達とのリンクを自ら制限している事も、
どんな綺麗事な理由をつけても、結局一番は、俺の弱さを直視したくないからなのだ。
ふっ、と前を走っているパルミラが止まって、片膝をつく、
俺は跳んで彼女の肩に足をかける、
彼女がバネとなって俺を飛ばし、
今まで右にいたリューニアが俺の前に飛びだし、
パルミラがすぐさま右に着く、
深夏は罠のある場所にマークを打ち込んでいく(後から来る実耶子達の為だ)
そうやって、たっぷり30分は走っただろうか?
既に俺の体力はかなり削られてきた、
心臓はバクバク言って、
息もぜいぜいだ。
がんばれ俺様!‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
く、くそ、もう体力が‥‥‥‥、
ふわっ、
ちくしょう!、後ろから深夏が俺を『お姫様だっこ』しやがった!、
身体の限界が来たら、自分の身体が言うことを聞かないように、
ドールの彼女のサポートも強制的になる、
止まらずに、俺を抱きかかえたのは、
プライドを捨ててでも、ここは走り抜けないと『やばい』地帯だと自分自身解かっているからだ。
リンクしている深夏の『脳』を通して自分が『判断している』のが解かる、
彼女達の『脳』を使って演算した、いくつもの自分の考え、逡巡が瞬間的に現れて消えていくのが解かる。
(リンクしている五人の脳による超高速の演算処理により実際は全く間が存在しないのだが)
俺一人なら、おそらく何もかも放り出して、
ひえええ!、と叫んで逃げ出す程のレベルの危険だと解かる。
くやしい、
が、仕方がない、
が、くやしい、
仕方がない、くやしい、仕方がない、くやしい、仕方がない、‥‥‥‥
めいわくばっかりだ。
いや、落ち込んでいる場合じゃない。
今の自分は、彼女達とのリンクの深さを最大にしたまま、
自分の身体の回復のために残りの集中力を使わねばならない、
交感神経抑制--
副交感神経亢進--
細胞賦活--
新陳代謝亢進--
自分の身体のコントロールに専念しろ、
よし!、
深夏が俺を降ろす、
見上げると、真っ白な石造りの大きな扉があった。
再びパルミラが扉に手を翳す、
「石の精霊よ、我に力を貸し与え給え、白き石の扉、汝の僕を、主たる君が名と力をもちて開かせ給え」
今度は正式な呪文を唱える、
ごごごごご、
ゆっくりと扉が開いていく、
扉の中に一歩踏み込む俺達、
「到着‥‥‥か?」
黒巫女達と戦闘になり、紫乃だった時の俺が『殺された』場所。
「ダミー‥‥‥じゃあ無いようだな」
「ようこそ宴の席へ」
はっ、と見上げる俺達、
一人の女が立っていた、
黒巫女と違い、藤咲の制服を着ている、
『紫乃』だった時の俺の首を跳ねた女
「よう、会いたかったぜ、赤松美冴」
なんとか緊張を隠して笑顔を見せてやった。
「失礼ですが、初対面ではありませんかしら?」
「気にすんなよ、あんたは知らなくてもこっちが知ってるなんてのは、あんたにとっちゃあざらに有るだろ?」
藤咲の女学生二大派閥の片方の長、赤松美冴、
財力、知力、美貌共に学園のトップクラスだ。
「ええ、確かにそうでございます。けれど、プロフィールが解からないと傀儡にした後で人に紛らわせるのが難しいもので」
ざわ、と回りに人の気配---
列柱の並ぶ大広間に立ち上がったのは、黒巫女ではなく、人の姿。
俺の中で、ぎちっ、と何かがきしむ音がした。
「てめえ、自分と同じ学園の生徒を‥‥‥‥‥‥‥」
「はい、ご協力いただいております」
「魂を封印して操るのは『協力』とは言わねえよ」
「拒否されたときの後始末が色々と面倒だと思いまして、最初から快く協力いただけるなら手間も省けます」
彼らの手には、カッターナイフ、包丁、鋸など、
家庭でお気軽に使える凶器が手に手に握られていた。
「本来罪もない、藤咲学園の生徒‥‥‥貴方に殺せますか?」
美冴の顔に浮かぶ笑顔---
次の瞬間、一斉に飛びかかる生徒たち、
だが、彼らは急に硬直すると、糸が切れた人間のように次々と倒れ、
動かなくなっていく、
美冴に浮かんだ笑顔が消えた。
「‥‥‥貴様、何をした?」
「自由意志ではなく、操って傀儡にした者を送っても、俺には効かねえよ」
「『操り糸』に介入しただと?‥‥‥‥貴様、『人形使い』か?」
俺は答えずに、美冴を睨んでいる。
「馬鹿な、有り得るはずが無い!、これだけの数の『操り糸』に一人で介入出来る人間がいるはずが無い!」
じゃああああっ!、
ぎしゃああああっ!
数方向からの、魔獣の気配---
パルミラが倒れた生徒たちに防御結界を張り、
リューニア、深夏、千恵美、瀬留奈が、それぞれ銀の短剣を一閃させると、
ばしゅうっ!
瞬時に蒸発する魔獣、
彼女達は連携して生徒たちを守り、俺を守り、
魔獣達を次々と撃破していく、
その目まぐるしい戦いの中、俺は微動だにせず美冴を睨み付け、
それを睨み返している美冴、
「その五人は、影鮫の一級のドールか?‥‥‥その完全な連携は、お前が一人で操っていると言うのか?、魂を転移させること無しにか?」
驚きの顔から、徐々に唇の端が吊り上がってくる、
く、くくくくくっ、
と笑い出す美冴、
「くははははっ、そうか、春雨紫乃の『中身』はお前か!、闇鮫最高の人形使い『百本腕』か!。私に『久しぶり』と言ったのはそういうことか!」
今までの清楚なふりは消え、
狂喜が美冴の身体を支配する。
「あははははっ!、そうか、おまえ、私が斬った首の痛みはもういいのか?、人形に加わったダメージはそのまま人形使いにも残るそうじゃないか?」
ごぼ、ごぼぼぼっ、
ざばっ!
中央に有る泥の池から、盛り上がってくる土の塊、
泥の泡。
それがはぜると、中から女の肢体が放り出される、
どさ、と石畳の上に転がる、
「取り返しに来たのだろう?、春雨紫乃を」
のろのろと、女の肢体は起き上がる、
紫乃だ、
「返してあげるよ、浮遊霊の魂を込めてね」
嘲りの表情で美冴が笑う、
ふんばりどころだぞ、黒鮫鬼太。
紫乃とのリンク期間は短過ぎた。
その間に、紫乃としての自我が、俺の魂の別人格が彼女の魂の『核』となっていればリンクを復活できる、
出来なきゃあ‥‥‥深夏達が五人総掛かりで紫乃をもう一回殺さなければならない、
俺は、紫乃とのリンクを復活させるために、意識を集中させる、
‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
やべえ!、駄目みたいだ、リンクできねえ!
瞬間、紫乃が動いた!、
レベルの違う魔獣ならば、逡巡の間はほとんど影響が無い、
だが、
同じ影鮫の最高級のバイオドールが逡巡の瞬間をついてこられたら---
その五人の隙を着くことが出来る、
紫乃の美しい顔がすぐ目の前にあった。
間に合わない----
一瞬、死を覚悟した俺は、だが、優しく紫乃に抱き留められた。
「何!?、どういうことだ!?」
驚いている美冴、
だが、俺にも訳が解からない、
まるで恋人の様に俺を抱きしめた紫乃は、
ゆっくりと手を離し、美冴のほうに向き直る。
「深夏を使って、下位リンクを」
静かな声で、俺に背を向けた紫乃が言う。
深夏経由でのリンク?
‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
あっ!
紫乃との、リンクが、深夏にあった!
深夏の最深層意識に、俺を通さずに使うリンクがあった!
「お前‥‥‥‥‥‥」
「こうしてお話しことが出来るのは、ドールとしては初めてになりますね、以後、よろしくお願いします、マイ・マスター、私を使うときは口頭での指示ということになります、他の皆に比べて扱いづらいかもしれませんが、一生懸命ご意志に沿うようにがんばります。どうか可愛がってくださいませ」
「こんなことが有っていいのか?‥‥‥‥‥」
「ポートの割り当てを変更すれば、他の皆と状態を交換することが出来ます‥‥‥五人の内のいずれかが、今の私のように口頭指示のみ受け付ける形になってしまいますが」
ぎしゃあああああっ!
俺を狙ってきた魔獣を、
ばしゅっ!
抜き手の一閃で、あっさり消滅させてしまう紫乃。
「おのれ‥‥‥それが『百本腕』の力なのか!」
はっ、と上を見る美冴、
閃く白銀、
ぎやああああああっ!、
ぐええええええっ!、
飛び出した二体の黒巫女が、実耶子と早月の剣を受け、蒸発する。
「しまった!」
思わず俺は叫んだ。
「行かせるな!、早月!、実耶子!」
だが、俺の叫びもむなしく、美冴は跳び退り、
闇の中へ消えていく、
「追うんだ!、二人とも!、早く!」
実耶子が闇の中へ飛び込んで行き、早月は結界に剣を突き立てる、
「なにやってんだ!、俺等は放っておけ!、遠回りの意味が無くなっちまうだろうが」
「お前達の力がいる!!」
そう叫び返す早月、
一瞬、凄まじい光が早月の剣から発し、
ぱきいいいいいいん!、
美冴の側と俺達の側を隔てる結界が消滅した。
「くぅ‥‥‥」
がっくりと膝をつく早月、
「早月!」
深夏が駆け寄り、早月をお姫様抱っこする、
パルミラ達は、残りの全ての魔獣を殲滅した。
俺と、早月を抱き上げた深夏、そして5人のドールは、
美冴を追って闇の中に身を投じた。




