影鮫の離れ
強烈な殺気を放つ、実耶子。
彼女の後ろには、斬り落とされた校門の門柱、
彼女が持っているのは、白蝋棍、
藤咲で俺(紫乃)を殺そうとした武器、
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ぞわわわわ~~っ
俺の背筋を怖気が走る。
まま、まさか、早月の奴、こいつを俺の迎えに出したのかっ?
そんな事したら、真っ先に俺を殺しに来るだろうが!、
紫乃を操っている時ならまだしも、
生身の時の、本体の俺と実耶子じゃ話にならない、
間違いなく殺される----
びゅうっ!
風のごとく、実耶子が消えた、
紫乃の時なら目で追えたが、今の俺じゃあ、消えたようにしか見えない、
観念した一瞬---
ぶしゃっ!、
‥‥‥‥‥‥‥‥?
緑色の粘液(血?)を噴き出して、足長の黒巫女の上半身が消えた。
そして、次々と手長・胴長・顔長の黒巫女が真っ二つとなった、
ごえええええええっ!!
上半身だけになって、断末魔の悲鳴を上げている顔長の頭を
ごりっ!、ぐづしゃっ!
足で踏み潰した、
静かに、たたずんでいる実耶子‥‥‥‥‥
さっきまで渦を巻いていた、強大な殺気は、
跡形もなく消えていた。
そして、校内で響いていた銃声も、止んだ。
どうやら、この四体が司令塔の役割をしていたらしい、
安堵した俺は、金縛りが解けたように、がっくりと膝を着いた。
そのまま、地面に倒れ込んでいく、
「鬼太!」
意識が薄れていく片隅に、駆け寄ってくる実耶子の姿が見えた。
カチ、カチ、カチ、
聞いた覚えのある音だ。
枕元の時計の音、
小さい頃の嫌な思い出だ、
身体が弱かった俺は、黒鮫の一族から疎まれ、
影鮫家の離れの小屋に一人追いやられた。
『お役目』をすることの出来ない人間は、必要ない---
熱で、日がな一日、蒲団で横になっている日々
腕には点滴がずっとつけられ、
その跡は今でも腕に黒ずみとなって残っていて---
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「‥‥‥う‥‥」
俺は目を覚ました、
そして、一瞬、俺の息が止まった。
「ここは‥‥‥‥」
天井!、いつか見た天井!!、
子供の頃にみた!!
回りを身回す、
あの柱も、襖も、障子も、棚も、窓も‥‥‥‥‥‥
同じだ!!
あの部屋の景色と‥‥‥
俺が影鮫の屋敷に近寄りたくない一番のトラウマ……
俺は、起きようとして‥‥‥‥
ぐら、と景色が回る、
どさり、と、うつ伏せに畳に倒れ込む、
なんだ?、身体が言うことを聞かない?
「う……ぐっ」
腕に、力が入らない、
そんな、
それでは、まるで、
あの時のままじゃないか!!!
がら、
襖が開く音、
「鬼太!!」
隣の部屋から飛び込んできた、女性の声、
俺を助け起こし、蒲団に仰向けに寝かす、
「まだ、起きては駄目よ!」
外れてしまった点滴を、手慣れた様子で俺の腕につけ直していく、
「み‥‥‥みーや」
俺の声に、はっと、俺の方を向く女性、
そうか、考えてみれば俺ももう高校に通う年だ。
彼女も俺と同じ年だ。
大きくなるだろう、成長するだろう、
こんなにも綺麗に---
「‥‥‥骨折は私が整復して、骨細胞に影鮫の賦活法を掛けたから治癒しているけど‥‥‥体力は回復していない。まだ寝ていて。」
彼女は俺の身体に優しく蒲団を掛ける、
蒲団からはみだした右手をとって、蒲団の中に入れる、
ひんやりとした、彼女の手の感触、
俺は、彼女の手を握ると、自分の額に持っていく、
「鬼太‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「冷たくて、気持ちが良い」
昔はずっと、こうやって、彼女の手を氷嚢がわりに使っていたっけか。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
はっ、
「みーや、いや、実耶子!、あれからどれくらい時間が経った!!」
くそ、頭がぼけて、肝心なことを今の今まで忘れているとは!!
「‥‥‥16時間よ、ここは知っての通り影鮫家の離れ、黒巫女でも入ってこれないわ」
「他の連中は?」
「大丈夫、影鮫の屋敷で保護してもらってるわ」
「紫乃人形は?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
実耶子の顔に影がさす、
「藤咲の裏の世界に置いたままよ、いくら彼女達でも、自分の身しか守れなかったわ」
「奪還の決行は何時だ?」
「‥‥‥‥‥そんなに彼女が大事?」
「‥‥‥何を言ってるんだ?」
俺は彼女の言動に耳を疑った。
「そんなの影鮫の『使い手』のおまえが一番解かってる事だろう?、浮遊霊を詰め込まれたら、とんでもない戦闘力を発揮するんだぞ、破壊は極めて難しいとなりゃ、こっちでコントロールを取り戻さないと‥‥‥‥」
「‥‥‥そういうことを言ってるんじゃ、ないわ」
なんだ?、なんなんだ?、
はっ、と実耶子が縁側を向く、
セーラー服の胸ポケットに手を入れ、夜叉舌剣を取り出す、
柄の金具に銀鎖を繋げる、
臨戦体制だ、
「私よ、実耶子」
「早月様!!」
すらり、と実耶子が障子を開ける。
縁側から見える庭に静かにたたずんでいる、美貌の女性。
「鬼太の意識が戻った様ね」
「早月様!、まだ彼は体力が完全ではありません!」
「‥‥‥一刻の猶予もありません」
「承服できません!!、いくら早月様のお言葉でも‥‥‥」
う!、と実耶子が呻く。
ぶわ、と、早月の身体から噴き出す殺気、
ついこの間、言葉だけで実耶子を震え上がらせた彼女が、
今度は殺意を当ててきた!、
実耶子の身体から、冷や汗が噴き出し、彼女の膝が、がくがくと震えているのがわかる、
「‥‥‥‥承服‥‥‥できません‥‥‥‥」
「お、おい‥‥‥実耶子‥‥‥」
馬鹿!、何故どかないんだ?
しかも、夜叉舌剣を構えた?
こいつ、本気で早月と向かい合うつもりか?、
なんでだ?!
万に一つも勝てないってのに、
やばい‥‥‥‥‥
「俺は行く!、時間がない!!」
早月の殺気に半ば金縛りにあいながら、俺は必死で叫ぶ、
「駄目よ!!、貴方はまだ‥‥‥‥」
「闇鮫の最高位の『人形使い』を、嘗めてもらっちゃ、困る」
俺は、目を閉じながら、自分の内部に意識を張り巡らせる、
中枢神経、よし。
眼球、水晶体、ガラス体、眼球運動筋、よし、
脊髄神経節、よし、
上肢筋肉、調整、筋紡錘、固有感覚を増幅、
下肢筋肉、調整よし、
体幹筋肉、調整、
脈拍、よし、
自律神経、よし、
各種内臓器官、調整、
ゆっくりと、立ち上がる、
「お‥‥‥鬼太‥‥‥‥」
驚いた目で俺を見つめている実耶子、
そして、早月は‥‥‥‥‥
笑ってやがる、
「なるほど、人形使いとしての能力を、自の身体に向けるか、鬼太‥‥‥‥幼少の頃はずっと寝たきりだったお前が、通常の生活を送れるようになった秘密はそれか」
男の、元の身体の『龍鬼』の口調だ、
「‥‥‥‥見せたくなかったがな」
と、俺が言うと、だろうなと早月が返す。
「お前の身体はどの医者にみせても、影鮫・闇鮫の裏の医師ですら、10年もたない言われた。それも寝たきりでな、」
「‥‥‥どっちなんだろうな?、この身体を動かそうとして人形使いの能力を得たか、それとも、人形使いの能力があったからこの身体を動かせたか」
「さあ?、とにかく自の寿命さえ引き延ばしたお前の力がなければ、紫乃は取り返せないだろう」
くるりと、後ろを向く早月、
「外で待つ。早く来い。それと実耶子、今回のことは不問にする」
ちら、と実耶子の方を見て、
「お前が思っているより、鬼太は強い奴だぞ」
と言った。
「‥‥‥早月様‥‥‥」
呆然と、去っていく早月の後ろ姿を、
腰が抜けたまま見ている実耶子。
影鮫からの車、(またこれもド派手な高級外車だ)に乗って、
影鮫の広大な敷地の中を、
屋敷の本館に向かう俺達(早月、実耶子、俺)
車の中で、腕を組んで、目を閉じている俺、
ふと、視線を感じて目を開ける。
実耶子が俺を見ている、
その感情は『心配』に見える、
疑問だらけだ。
影鮫の道場や、藤咲じゃあ、あれほど人に敵意を向けてきたってのに。
「‥‥‥‥まだ細かい所のチェックをしてる、多分、八割までいつもの調子が出るだろう」
静かに、こくりと頷く実耶子。
車は、影鮫家の本館に着いた。
さっさと車を降りて門をくぐって行く早月、
その後に続く実耶子、
そして、俺は、おっかなびっくりとくぐる。
門を入って少し歩くと、
警護の『使い手』に付き添われた緋路実がいた。
「緋路実、無事だったか」
「‥‥‥‥誰だ?、あんた?」
そうか、そうだったな。
「この姿ではお初にお目にかかるな、鬼太だ、黒鮫鬼太。バイオドール『紫乃』の魂の本体だ。」
「あ‥‥あんたが?‥‥‥『影鮫の姫さんの写真』の中の一人の」
「そういうことだ、他の連中も無事か?」
こくりと頷く緋路実、
「あたしは屋敷の中に入れなかったけど、彼女達は入ることが出来たんだ」
これは、俺も驚いた。
「‥‥‥そりゃすごいな、まあ彼女達の実力を考えりゃ、当たり前か」
屋敷の入り口を見る。
実耶子がこちらを向いて立っている。
「鬼太、油を売ってないで早く入って」
少し拗ねた顔をしているように見えるのは、気のせいか。
「入れない」
はっ、として俺の顔を見る、
「俺には荷が重い‥‥‥外で待ってるよ」
影鮫の屋敷、ここは、入るだけでも一定以上の実力がいる。
こう言うときは、つくづく、
俺自身はこの『稼業』の中では最低ランクの能力しかないのだと感じる。
「‥‥‥‥ごめんなさい、待っていて」
「ああ。」
屋敷に入っていく実耶子を見送る。
「驚いたな‥‥‥『影月刀』の鞍馬さんのあんな顔、始めた見た」
ん?、
なんの事だ?
「あんた、黒鮫って名乗ったってことは、影鮫・闇鮫の眷属なんだろ、入れないのか?」
‥‥‥うわ、痛いところを突いて来たな。
「前にも言ったろ。身体能力は、一族中最低ランクさ、人形使いの能力が出るまでは御荷物扱いだったよ」
「大変、だったんだな‥‥‥‥以前の着替えの時に、お前の話題を出したら紫乃の顔が曇った、あれは中身がお前だったからか、」
ぎく、
「どうしたんだ?」
「あ、いや‥‥‥着替えを、男の俺が見てたって知ったら、嫌な気分になるだろうかと思ったが、意外にさばさばしてたんでな」
「あのな、俺は元・男だったんだぞ、男相手だったら別に‥‥‥‥」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ぼっ、
急に赤くなる緋路実の顔、
「どうしたんだ」
「考えたら、逆だ。俺は紫乃の身体を見たんだぞ、お前の裸ならともかく、あれはちょっと、きつい、」
「‥‥‥そうなのか?」
「あんたは、恥ずかしくないのか?」
「魂が紫乃の中に入っているときは、『器の脳味噌』に大きく左右されるんでな、悲しいかな『さっぱり』だ」
「男のあんたとしては、悔しいだろうね」
「まったく‥‥‥けど、だったらあんたこそ、相当苦労するだろ、その『身体』のせいで」
「わかってくれるのか?」
「要するに魂・脳味噌ともに男なんだろ、その点、俺よりは苦労が多いはずだ。俺はいいさ、ちゃんと人形から男の身体に戻れるんだから」
「‥‥‥‥なあ、男の『人形』ってのは無いのか?」
「ああ、黒鮫・影鮫の歴史には存在しない。『人形』は女だけ、操る『人形使い』は男しかいない、理由はわからん、ただ単に技術が失われてしまったのか、それとも元来そうなのか」
「‥‥‥‥そうか」
「自分が男の身体に入れれば‥‥‥そう思ったんだろ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「安心しろ、俺もそう思う、男前で成績優秀・スポーツ万能の身体に入れりゃってな、世の中そんなにうまく行かないさ」
苦笑する緋路実、
ふと思ったことを緋路実に尋ねる。
「なあ、あんた、その容姿だ。男に告白されたりするのも一度や二度じゃないんだろ?」
「‥‥‥‥まあね、電車で痴漢にも何度も会った‥‥‥指をへし折ってやったけど」
「姫沙羅祇流の使い手なら当然か」
「‥‥‥きたよ」
屋敷の玄関を振り向くと、
エルナティス、菱摘恵美奈、棚橋瑞恵、倉田悠乃が出てくるところだった。
「鬼太さん?」
と俺の姿を見た瑞恵が言う。
「何故貴方が?」
「黒鮫だからだよ」
「また首を突っ込んできたのですか?」
「最初っからさ」
怪訝な顔をする瑞恵に、
「紫乃の『中の人』だぜ、俺は」
「えっ?」
「あら、解からなかったのですか?」
とエルナティスが口を開く。
「私はてっきり、皆さん最初から解かってらっしゃるのだとばかり」
おう、さすがは女神様、
人形の外見じゃなく、中身で見てたか。
「そんな‥‥‥確かに私は貴方と紫乃さんが一緒にいるところを‥‥‥」
はっ、と瑞恵の顔が驚愕に彩られる。
「‥‥‥ま、まさか‥‥‥」
今までの中では最大級の驚愕だろうな。
「‥‥‥闇鮫・影鮫の最高位の人形使い『百本腕』って‥‥‥貴方なの?」
あー、確か‥‥‥そんなような呼ばれ方してた事があったっけか‥‥
そうだ、と頷くと、
「貴方が『百本腕』!?」
横にいた菱摘が急に大きな声を出す、
「な、なんだよ‥‥‥‥」
「お祖父様が影鮫家と闇鮫家にそれぞれ『百本腕』の精密な生体データを取らせて欲しいと何度も何度も何度も頼んで、全部断られたのよ!」
「そらそうだ、『人形使い』自体がかなり希少だからな、そのなかでも俺はかなりの『レアモノ』らしい」
がしっ、と菱摘が俺の両肩を掴む。
「それが同級生だったなんて‥‥‥‥今度是非私の家に遊びに来てくださらない?」
「その金銭欲丸出しの顔をなんとかしてから誘ってくれ」
「何を言うのよ!、この真剣な目を見て!」
「‥‥‥‥『カネ』って文字が浮んでるがな」
「あら、なんの事かしら」
「それに、水凪が絶対誤解すると思うぜ」
「うっ‥‥‥‥」
世界最高レベルの財力と科学技術、機械工学を持つ菱摘の後継者として、
申し分ない才能とカリスマを持って生まれたこの女のアキレス腱が水凪だ。
「誤解されるような状態になると、必ずと言って良いほどタイミング良くあいつが現れるからな。おまえさんこの間の『住倉のおぼっちゃん』との誤解、やっと解けたばっかりなんだろ」
うー、と言って菱摘のプリンセスが頭を抱える。
『赤い糸』で結ばれた相手の男には、どんなスーパーガールでも、とことん弱い。
しかも、運命の神様が後ろでサイコロを転がして遊んでしまう。
「鬼太」
俺を呼ぶ声に振り向くと、
早月が玄関に立っている。
「菊花おばさまが呼んでいるわ、話が有るって」
「当主が?、しかし、おれの力じゃあこの中には‥‥‥」
はっとして、俺は空を見る。
「どうした?、黒鮫?」
話しかけてくる緋路実の声にも答えられないほど、動揺していた。
「‥‥‥‥なるほど、そういうことか‥‥‥‥」
「そういうことよ、それだけの事態って事ね」
女達全員が、きょとん、としている中、
やがて、空から回転翼の音が聞こえ、
並んで飛んでいる3機のヘリコプターの姿が見えてくる。
だだっぴろい、影鮫の屋敷の庭の一角に着陸する、
そして出てきたのは5人、
桑野深夏、
パルミラ・ベルナージ、
伊藤瀬留奈、
リューニア・フォルト、
千恵美・アルジット、
「‥‥‥深夏先輩‥‥‥」
驚いている瑞恵。
瑞恵の尊敬する『お姉様』こと超一流のメイドに、
魔術師ウォーレンの秘蔵っ娘と言われる魔女に、
世界最高峰のトレジャー・ハンター、
人に味方する魔族にして、『王』の寵愛を受け、王の魔力を制限なしで借り受けることが出来る者、
裏世界最高の『使い手』の一人と言われる者、
全員が、越智園学園の主役になりえるだろう美しさを持っている。
その五人が、一気にここに集結したのだ。
彼女でなくても、これを見たら腰を抜かすだろう。
「さ、早くお行きなさい」
早月が促す。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺はかなりうんざりした表情をしていただろう。
五人の美女達は、俺の周りに立つ。
俺は、影鮫の玄関から、建物に入っていく、
俺の歩調に完璧に合わせるように、五人は俺を守って進んでいく。
「‥‥‥どういう事なの?」
その様子にあっけに取られている瑞恵に早月が言う。
「全員が、『百本腕』黒鮫鬼太の操るバイオドールよ」
後ろからでも、瑞恵声にならない驚愕がわかった。
そう、彼女達は、バイオドール、
本来、人形使いは、たった一体の人形しか操ることが出来ない。
それも、自分の魂を人形に移し変える方法で有るがゆえ、
自分の肉体はその間、抜け殻となり、
自分の身体に魂を戻すと、人形は意志を失って仮死状態に戻る。
別なやり方に、浮遊霊を宿らせて動かす方法もあるが、リスクは高い。
闇鮫と全く関係ない人間の人格を宿らせるのだ、
闇鮫を裏切り、自分の家族の元に帰ろうとしたりもする。
なまじ、最強の肉体を持つがゆえ、
あらかじめ、闇鮫・影鮫のあらゆる基本となる戦闘・方術知識を『ブラックボックス』に植え込んであるがゆえ、
敵に回ると極めてやっかいな存在になるのだ。
だから、人形は、『人形使い』が操るのが一番とされる。
しかし、俺の操る人形は例外だった。
俺は、初めて人形を操ったとき、
しばらくの間、自分の肉体に戻ることが出来なかった。
そして、ようやく人形から、自らの肉体に戻った状態で、
俺の身体に魂がある状態でも、人形は意のままに動かせた。
さらに、一定の距離を離して、俺がリンクを切ると、彼女達は、自らの意志で動いたのだ。
また地球の反対側からでも自由に俺は彼女達とリンクを取り付けることが出来、
リンクを切っていた時の彼女達の記憶も自由に見ることが出来た。
俺は、その記憶を見て驚いた。
彼女達は、完全に社会的に独立した人間として生活していた。
人形使いの『俺に対して』最大限の便宜を図ろうとしながら。
即ち、闇鮫の構成員となり、自分達の得意分野を磨き、
闇鮫の中で働き、
それを、俺の為の資金にするという。
今まで俺にかかった薬代はえらく高額で、それを彼女がなんとかしようというのだ。
俺が一番最初に動かした人形は『桑野深夏』
リンクを張ったとき、彼女の部屋に俺宛の置き手紙があった。
記憶を覗けばすべてわかるのだが、それでも彼女は俺に向けてあえて手紙を書いた、
自分の選んだ事なのだから、出来れば自分の我儘を、許して欲しいと。
俺のために働くことを、許して欲しいと。
だから、俺はなるべく、彼女達を遠ざけた。
リンクは限界まで細くした。
何故なら、彼女達は自分の意志を持った一つの人格だからだ、
それが、俺に完全に隷従するなんて、人権侵害も良いところだ。
人形師の梅造によれば、
「それは、お前の魂の中に眠る『別人格』の一人だろう、悩むことなどない」
と言うが、彼女達の自由とプライベートを奪うことはしたくなかった。
病気という枷で自分の自由を奪われ続けた俺は、
自由の無い生活の苦しさを、嫌というほど知っている。
彼女達のプライベートは、俺には無いに等しい。
彼女達が、近くに来れば(半径数百メートル!)、
リンクが最大レベルで、強制的に復活する。
電話も試してみたが、同じように強制リンクが起きてしまった。
唯一、リンク無しで接する手段は手紙だけだった。
リンクしてしまえば、彼女達の、恐らく俺に知ってほしくないことすらも、
だだ漏れになってしまう。
よっぽどの事が無い限り、俺は彼女達を側に呼ばない事にした、
ここで今、それが起きてしまっている。
俺は今、完全に彼女達を操った状態になっている。
目玉が12個、手が12本、足が12本、口が6つ(俺も入る)
この感覚は表現しようが無い、
当たり前に動かせてしまうのだから。
そして彼女達の記憶も、俺の心に『記録』として完全に流れ込んでしまう。
俺は影鮫家の屋敷内を歩いている。
自分の身体はこれほどにと思うほどに重く、
彼女達の身体は、軽く、速い。
「来たか、鬼太」
ひょい、と俺は声の方向を見る、
次の瞬間、
びしっ!
千恵美の手が俺の顔の前に出される、
光がきらきらと、彼女の手からこぼれ落ちる。
俺は、表面上極めて冷静な顔を取り繕っているが、心中は苦虫をかみ潰したような顔である。
「まだ、一人では、屋敷を歩けないな」
と、ここの使い手の一人、和馬が笑っている。
「『糸』にひっかかって、セキュリティ用の攻撃術式を発動させている様じゃあまり体術は進歩してないな?」
「身体がろくに動いてくれないんですよ」
「お前がここに生身で入ったのは初めてじゃ無いのか?」
「できれば、一生遠慮したかったですがね」
「ああ、その状態ははっきり言って目立ち過ぎだ。まるでハーレムの王様だぞ」
苦笑して、和馬と別れる、
しばらく迷路のような通路を歩き、
菊花の部屋にたどり着く。
「鬼太です」
と、障子から呼びかける、
「入ってください」
菊花の声が帰ってくる、
ゆっくりと、膝を付く、
最新の注意を払いつつ、ゆっくりと障子を開ける、
びしっ!
びびびっ!
彼女達が一斉に動いて、攻撃術式を受けとめる。
‥‥‥‥駄目じゃん、俺。
「失礼いたします」
和室の中に、椅子に腰掛けた菊花がいた。
「リンクは完全なようね」
「‥‥‥それを調べるために呼んだのですか?」
「残り五体、失えば大きな損失になりますからね」
俺は溜め息をついた。
嫌になるほど解ってはいるが、それでも訊く。
「コントロールを離れた影鮫のバイオドールは、そんなに、そこまで厄介なものなのですか?」
「それだけではありません。」
「他に何か?」
「藤咲学院に封じられているものがあります」
「‥‥‥‥そんな所だと思いました。」
確かに、ずっと疑問が有った。
例の石版は、役割の一つに『眠っている超常の存在を起こす』という役割があった。
その石版が複数、蟻江音学園都市の一つ、藤咲学園に運び込まれたこと、
今回、あっさりと新品のバイオドール(それも最高ランクの)を俺に託されたこと。
藤咲に内緒で、同じ蟻江音学園都市の姉妹校であるはずの越智園が動いたこと、
越智園学園は、『超常の存在』をハントしていること(ただし美女限定で)
「『石版』が4つ、藤咲の裏世界にそろったことはご存じですね、封印に使った我々の石版も4つ、それらは全て監視下にあり、封印の開放は不可能なはずでした。」
「新たに4つ集まったのは想定外の出来事だった訳ですか、越智園に動いてもらわねばならなかった理由、闇鮫・影鮫が表だって動けずに、こんな手の込んだ手段を取っていた理由は?」
「封印されていたものが、裏世界・闇世界での共同管理になっているが故です。」
「‥‥‥‥共同管理?」
「裏の世界、闇の世界、共に『あれを起こしてはならない』との思惑で一致しています‥‥‥ごく一部のカルトが『あれ』を起こそうとしているようですが」
俺にそれが知らされなかったのは仕方があるまい。
俺が、越智園にいられるのは、俺はある部分で『必要ない』存在だからだ。
俺がいなくとも、自らの意志を持ち、動くバイオドール、
俺が操る必要が無く、闇鮫・影鮫の構成員として彼女達は働いている。
伊藤瀬留奈だけが俺の『補佐』として越智園に入った。
彼女の『成績』は抜群に良く、
俺が瑞恵と『メイドと主の契約』をするためにかかった費用と、彼女を所有し続けるための費用、そしていまだ残る俺の薬代の借金を稼いでくれている。
その他、俺が使う対魔族用の呪文弾や
法術剣や、お守り(ウォーレンの守護水晶等)はパルミラから送ってもらっている。
もちろん、きっちりと代金は払う(ただし、順番はコネで優先してもらっているが、その分代金も上乗せしている)
「‥‥‥『あれを起こすこと』が一番危険なわけですか、五人を使って封印を死守せねばならない程に」
「正確には、六人です、なんとしても紫乃を取り戻して、彼女を加えて‥‥‥‥エルナティスさんや、菱摘さん達も協力していただけるそうです」
「彼女達まで?」
なんだ?、
えらい話が大事になってきたな。
「‥‥‥で、なんなんです?、封印されているものとは?」
「--『ヴァーストゥ・プルシャ』--」




