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影鮫家

校長から聞いた話は意外なものだった。

越智苑学園が、落ち物美少女と関係の深い学校だというなら、

聖・藤咲学院は、性別のずれた人間と関係の深い学校だという。

別名『性倒錯学院』

『聖・藤咲』か、なるほど、確かに『せい・とうさく』学院だ。

「もちろん全ての人間が、ではありませんがね」

「ああ、わかるよ、ここと同じだろ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「どうした?」

「その顔で、その話し方は合いませんな」

複雑な表情で校長がつぶやく、

「鬼坊、ちゃんと紫乃の脳データには言葉遣いや仕種も焼き付けてあるんだから、それを使いなさい」

と、ユメが言うが、俺は鼻で、ふん、と息を吐いて言う。

「ほっといてくれ、せめて事情を知っている人間の前では元の俺でいたいんだ」

「‥‥‥まったく面白いわね貴方、高位の人形使いでさえ、かなりの精神力を使わないと、本体の仕種は使えない、普通は人形の『脳』に引っ張られるはずなのに、こうも簡単にやっちゃうとは」

感心されても嬉しくねえ。

俺は校長に説明を続けるように促す。

ここ、『落ちモノ学園』の生徒は、あくまで普通の、

少しの可能性を校長に見いだされた人間を集めてある。

その可能性が発露して落ちモノと出会うのは一部、

やはりほとんどは普通の人間として終わる。

「うちは、意図的に集めている部分も有りますが、藤咲学園は、ほぼ自然にそういう人間が集まってくるそうです、ただし100人に一人とか、そういう割合で」

ある一部の人間に、起きる性別のずれ。

素性を隠し、女装した美少女として高校に通う少年、

仮性半陰陽で、小さい頃男として育てられたが、

有る年齢から自分が本当は女だと判明して、以後女性として生きるようになった者、

男装の麗人、

魔法で女に変えられてしまった男、

そんな人間が通っている、という。

「そこの校長が、そういった人間が学校生活の出来るように便宜を図り、また、そういう人間にしか行けない結界の張ってある場所があります‥‥‥一種の聖域ですな」

「そういう場所に行ける様に‥‥‥か」

「はい」

「あたしもあと一人二人、人手が欲しい所だったから」

「裏方か?」

「まあね」

と、にこにこ笑いながらの早月。

「仕事はあんたのサポートか」

「余った時間で、『黒巫女』の調査をしていただきます」

と、校長が言う。

「‥‥‥‥エルナティスに喧嘩を売ってる連中のことか?」

「そうです、藤咲にもその末端が居るという情報が入りまして」

「‥‥‥あの女神にフォローなんているのか?」

「彼女の力なら必要はないと思いますが、他の生徒に影響が出ないとは限りません、何かが起こる前に、調査と対策の検討はしておいたほうが良いでしょう」

桑原の家にホームステイしているというエルナティス、

俺は、彼女が人外の力を行使するのを何度か見ている。

一人で、生身で空中を飛翔し、

倒壊した建物を、まるで時間を逆転再生するがごとく直し、

天候を自在に操る‥‥‥‥

女神、神族の力。

彼女は、5万年前、海に沈んだ謎の王国シュドレアスを司っていた女神。

おそらく、この越智苑学園中、もっとも強い能力を持った存在だろう。

かつて『破壊の女神』と言われた存在。

俺達『地べたはいずっている人間』では滅多にお目にかかれないはずの存在、

しかし、ここ最近、俺は毎朝ご尊顔を拝しているわけだが。

「しかし、女神に喧嘩を売るなんて、訳のわからん連中だな、桑原といる限り、人の世に害をなす事なんて無いだろうに」

「いつの世にも、手を出さなくても良い相手に、欲に駆られて手を出す輩はいるものです」

「確かに、俺等も人のことが言える立場じゃないか」

落ちモノ美女目当てに学校に入った俺が文句を言っても説得力の欠片もない。

「確か‥‥一旦人形を使い出すと、なじむまでは本体に戻れないのでしたな、黒鮫君の本体は、このままここで預かりましょう」

「‥‥‥そうだな、ノーマークな分ある意味、影鮫家の保管庫よりも安全なのかもしれんな」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

早月が暗い表情をしているのに気がつく。

しまった、無神経だった。

「‥‥‥すまん、早月」

「ううん、気にしないでいいよ」

寂しげに笑う。



封印された破壊の女神・エルナティス

俺の知っている情報を言えば、

世界でもトップレベルのトレジャーハンターが、地中海の片隅の小さな島の洞窟の奥で、

財宝とこいつを発見。

しかし、同じくこいつを追いかけていたKGBと追いつ追われつの騒動になり、

ようやく日本に空輸したと思ったら、

飛行機を攻撃されて、運んでいたこいつを落っことし、

結果、落ちた先が桑原の家の屋根‥‥‥‥‥

これが顛末だ。

まあ、これこそが『正しい落ちモノ』のあり方だと俺は思う。

しかし、あれが本当にトレジャーハンターの間で伝説になっていた、

『破壊の女神エルナティス』なんだろうか?

一つの大陸を作り、文明を作り、飽きたらその文明を滅ぼし、

最後には生息していた動物(人間も含む)ごと大陸を沈めちまったっていう存在なんだろうか?、

もうちっと氷のような冷たい女だと思っていたが、

彼女の行動を見る限り、

『慈愛の天使』としか思えねえ。


もちろん俺は彼女の行使する不思議な力を何度も目にして、

見て見ぬふりをしている。

別に四六時中、彼女を監視しているわけじゃない

彼女が力を使う前後、どうしても周りに影響が出るために、

俺はそこに様子を見に行ってしまうのだ。

俺のような訓練を積んだ人間はあまり彼女には近づきたくないんだが。

‥‥‥なに?

感覚を閉じておけば良いんじゃないかって?、

そんなことを長く続けていたら、他の危険を感知できなくなっちまう。

俺も少々危険な立場に立っているからな。

だから、なるべく彼女とは離れていたい。

しかし、今回の仕事は彼女がらみ、

前途多難だなあ‥‥。



そして放課後の越智苑学園、

俺(紫乃)は早月と共に、影鮫家へ行くことになり、

出口へ向けて歩いていく、

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

すれ違う奴、すれ違う奴、全員振り返って、

そのあとでこう囁き合う。

(おい、あんな綺麗な娘、この学校にいたか?)

(一人は交流学生の影鮫早月さんで、もう一人は‥‥‥俺のデータにないぞ?)

(エルナさんや菱謫さんとタメをはるぐらい奇麗だぞあれは)

(何者だ?)

この身体、耳がいいから聞こえちまうんだが、

やっぱり目立ちまくりじゃねーか、

「影鮫さ~ん!!」

向こうから、真島他、クラスの男共が走ってくる、

駆け寄ってきて、隣の俺の顔を見て、おや、という顔をする。

「あれ、黒鮫といっしょじゃないんですか?、この人は?」

真島が不思議そうに訪ねる。

そうだろな、

この人形の着ているのは、ここの制服だ。

でも、見たことのない顔、

まったく、目立たない顔なら、『こんな奴いたかも』で済むはずだってのに、

「特殊研究科の春雨紫乃です、彼女と鬼太とは親戚なんです」

俺は、あらかじめ用意していた答えを喋る。

「特殊研究科って‥‥‥まさか特研!?、あのトレジャーハンターチームの?」

こくりと頷く俺(紫乃)、

真島達は、驚きを隠せない。

だろうな、

人の口に戸は立てられないという、

どんな秘密でも、いつか、何かの拍子で表に出る。

だが、この学園のやっていること、

様々な落ちモノの美女との関わりは秘さなければならない。

だから学院はもう一つ、噂になりやすい、『秘密』を表に出した、

それが、特殊研究科、

公式には、年齢に関係なく、人材を集めてトレジャーハンターチームを作ったという事にした、

一応、形式状、ここの生徒と言うことにしてある。

年齢は問わない、

活動内容は極秘、

だが、極秘と称して時々わざと、見せる、

わざと、目撃させる。

その結果は、

『色々な秘密兵器を開発しているらしい、米ソの10年先を行くそうだ』

『このあいだKGBとやりあったそうだよ』

『魔物を狩る部隊がいて、闇の勢力とにらみ合ってるんですって』

『このあいだ裏山でUFOを回収した、って話だよ』

‥‥‥‥‥等々、

色々な噂が飛び交うことになった。

これにより、落ちモノ関係の事件は、すべて、これと結びつけて考えられ、

『落ちモノ』そのものを目的とした学園であるとは、気づかれない。

驚いて俺(紫乃)を見つめる真島達に、

俺は紫乃の脳データ通りの仕種で、にっこりと笑いかける、

あ、あはははは、と赤くなって頭をぽりぽりとする男達、

「そ、そうですか、いや驚いたな、まさか特研の人と顔を合わせるなんて思わなかったから」

「黒鮫君が調子悪くして早引けしたから、かわりに早月さんに呼び出されたんです」

「そうなんですか?、いや~黒鮫『君』も人が悪い、こんな美人がこの学校にいたの教えてくれないんですよ~」

「ふふ、ありがとう、でも特研にいることはなるべく伏せておかなきゃいけないんです」

女らし~く答える。

「そ、そうなんですか?」

いや~、判りやすいリアクションだ、

野郎共の鼻の下がきっちり2センチ伸びてやがる。

つっても気持ちは十分すぎるほど良く判る、

俺でもやっぱり鼻の下は伸ばすだろうから。

「あ、でも特研ってことは、もしかして年上っすか?」

「いえ、私の年は15です」

「そうなんですか?‥‥‥やっぱり特研のみんなって俺等と同じ年代なんすかね?」

「そうでもありませんよ、下は小学生ぐらいから、上は60~70代ぐらいまで、幅がありますから」

「や、やっぱり特研って、007ばりの任務とか、こなさなきゃ行けないんですか?」

「そのあたりは、内緒です、私は比較的支障の無い事務関係の仕事だから出てこれたんですけど」

「な、なるほど‥‥‥」

「紫乃、もう帰らなきゃ」

「はい、では失礼します」

俺達は挨拶をして退出する。


外に出ると、黒塗りの高級車がお出迎えに来ていた、

早月おかかえの運転手が後部座席のドアを恭しく開ける。

「お久しぶりです、久我山さん」

と、初老の運転手に挨拶すると、

「お久しぶりでございます鬼太様、今回も見事な作品でございますな」

これまたご丁寧な挨拶が帰ってくる。

「梅造の最新作だそうだ」

早月と二人で後部座席に乗り込む、

走っている車の中で、ちらちらと、車の内装に目が行く俺に、

「この前のお披露目の時に来たのとは別の車よ」

と、早月が言う。

「どうにも、こういう車の中は落ち着かない」

この床の敷物なんかすげえ高級そうだ、

汚したらクリーニングに幾らかかるんだろうか?

「お披露目のしきたりなんだから、我慢なさい」

あきれ顔で早月が言う。

「前回も、前前回も聞いたな、それ」

「前回も、前前回も、貴方が言うからよ」

「で、今回はどのくらいかかるんだ?」

「すぐ終わるわよ、私の仕事を手伝ってもらうんだから」

「‥‥‥また、あいつが出てくるのかね」

ふと思い出して早月に尋ねる。

「多分ね」

暗~い気分になる。

やたら俺‥‥‥というか俺の動かす人形に突っかかってくる奴がいるのだ、

『お披露目』の度に実力を試すとかなんとか言って、

俺(の操る人形)に挑戦してくる。

その度に俺は退けるのだが、更にそれを逆恨みにして、突っかかってくる。

困ったもんだ。

ある理由が有って、それを咎めるわけにはいかない、

悪いのは、俺のほうなのだから。

そうこうしているうちに、影鮫の当主の屋敷についた。

闇鮫と、分家の影鮫の二つの家は、それぞれに闇の世界に深い関わりを持つ。

どこまでの深さを持つかについては、末端の俺には良くわからん。

何せ、普段の俺は、この家の門すらもくぐる事が許されない身だ、

唯一許させるのは、こうして人形の『お披露目』をするときぐらいのもの。

しかも入るのは、俺自身じゃなく、人形としてのみ、

俺(の、人形)が中に入ったのは数回しかない。

かなり緊張してしまうのは仕方がない、

ここの連中の能力は、化物だ。

普段の俺なら、簡単に殺されて、

しかも自分が死んだのにすら気づかないような技量の持ち主。

だが、今は普段の俺とは違う。

俺が入っている人形、梅造の作った傑作は、

彼らと互角以上に渡り合うのだ。

久方ぶりに、門を潜ると、

ずら~~~~~~~っ、

と、使用人や、早月の配下のものが並んでいる。

「お帰りなさいませ早月様」

と、一斉に礼。

その前を当然の様に通り過ぎていく早月、

俺は落ち着かない気分でその後ろについていく。

玄関には、メイドが控えている、

「お帰りなさいませ、早月様」

「ん」

そっけなく答える早月。

「紫乃に部屋を用意してあげて」

「かしこまりました」

ささ、どうぞ、とメイドに促され、俺は早月と別れる。

今回もえらい豪勢な部屋に通された、

ホテルだったら一泊20万は取られそうな『高級すうぃーとるーむ』って奴だ。

「本日はこちらにお泊まり頂きます、それと、湯殿の準備が整っておりますのでお入りになさってください」

「了解しました」

俺は鞄を置くと、見回す‥‥‥‥

前回もそうだったが、やっぱりこの部屋にはバスルームはない、

「大浴場にいかないと駄目かしら?」

「しきたりでございますので」

やっぱりか。

「浴室に案内していただけます?」

「かしこまりました」

浴室は前にも行ったが、かなり前なので道順はもう覚えていない。

ここの家はでかすぎるし、迷路みたいな屋敷の作りになっているため、

気をつけないと、確実に迷う。

時々、潜り込んだ泥棒が、行き倒れになって発見されるそうだ。

メイドの後に付いて、浴室への『道程』に入る、

廊下を曲がったりくねったり、降りたり、登ったり、

相変わらずややこしい。

おや?

俺は足を止めると、廊下の隅に目をやる。

直系20センチほどの水晶球が飾ってある、

あれはひょっとして‥‥‥‥‥‥

「ねえ」

「はい」

メイドは俺が足を止めたので振り向いて待っている。

「あの水晶、いつ飾られたのかしら?」

「つい先日でございます」

「覗いていい?」

「ご自由に、ただし、そこの赤い線より近づくのはご遠慮なさったほうが良いかと」

少し距離を置いて覗いてみると、

水晶球の中には、一人の美女がいた。

風貌は、昔のどこかの国の御姫様、

とてもたおやかで、触れれば折れてしまいそうな印象が有った。

水晶の中は、牢獄のようである、

その御姫様は部屋に鎖で繋がれている、

悲しそうな顔で、俺のほうを見て、

俺の方へ弱々しく手を伸ばし、

俺に何かを訴えかける。

た・す・け・て

と、彼女の唇が動いた、様に感じた。

俺は、思わず一歩踏み出し、

にやりと、その御姫様の顔が、邪悪に笑った。

ぶんっ!!

横薙ぎに来た何かを、

だがしかし、俺(紫乃)は平然と退ってかわす。

ばちん、と巨大な虎バサミのような物が、

俺の眼前で、大きく合わさった。

数瞬、巨大虎バサミは『揉み手』をして、手の中に何もない事がわかると、

ずるずるずる、と水晶球の中に吸い込まれて消えていく、

水晶球の中で、女が憎々しげに俺を見る。

俺はにっこり笑って、邪悪な姫君に手を振る。

振り返ると、メイドがあきれ顔で俺を見ている。

「紫乃様、屋敷の備品で遊ばないでくださいませ」

「あら、わかってらした?」

「歩法を使って、相手の届かない位置から騙しをかけていらっしゃいましたから」

「成程、あなたはバトルメイドかしら?、魔術も使える?」

はっとするメイド、

なんで知ってるのか、ってな顔だ。

「この間、魔術と42式格闘術を使うメイドに会ったのよ」

「そ、そうですか‥‥‥」

「ところであれ、『とらわれのマリー』のトラップでしょ」

「良くご存じで」

「何故わざわざあんなところに?、食われちゃった人間はいないの?」

「実耶子様のご命令で、私達には『備え』が無い限り決して近づくな、と」

「実耶子様、ね‥‥‥‥」

なるほど、俺を引っかけようとしたわけか。

「紫乃様、あれが『とらわれのエリー』ではなく、『マリー』であると、何故お分かりになったのですか?」

不思議そうな顔で俺(紫乃)を見る。

『とらわれのエリー』とは、大昔、王様の嘘に怒った魔女が、

その娘の姫君を攫って、水晶球の牢獄に閉じ込めてしまった、

その姫の名前がエリーである。

水晶に閉じ込められた姫、エリー、

通称『とらわれのエリー』だ。

王様は、娘を取り返そうと、大勢の軍隊を送り込むが、

魔女の魔法ですべて撃退されてしまった、

その後、

勇者やどこぞの国の王子様などが、それを救い出そうとして、

魔女の城に潜入したが、

そいつらを騙し、喰らってしまうのが、魔女の作ったトラップ、

『とらわれのマリー』である。

さっき俺(紫乃)を喰おうとしたのがそうだ。

おとぎ話じゃあ、助けに来た最後の王子が、見事本物のエリーを救い出し、

『めでたしめでたし』になったわけだが、

1942年、あるイギリスの大学の考古学教授が、

古本屋で偶然発見したと言うこの物語の最古の文献では、

実はまだエリーは発見されておらず、

王子や勇者達は、すべて『とらわれのマリー』に喰われてしまったというのだ。

今現在流布しているおとぎ話は、改変されたものなのだ。

つまり、御姫様は未だ水晶球の中の牢獄にとらわれており、

今も王子様が助けに来てくれることを待ち続けているという。

文献の発見以降、裏の世界ではトレジャーハンター達(主に男)が、

血眼になってこれを探す事になった。

ちなみに『マリー』の方は今までに数点、発見されており、

故にエリーもいるだろうと、

最も信憑性の高い伝説の御宝の一つに数えられている。

「本物の『エリー』の行方を知ってるんです、それ以外は必然的に偽物、という事になります」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

しばらく、ぽかん、としていたメイド、

「ええっ?!、本当に!?」

おい、急にどアップで近づくなって、

「教えてください!、エリー姫は、どうなったんですか!?」

「‥‥‥‥あなた、あのお話、好きだったの?」

「はい、小さい頃からずっと‥‥‥だから、あのお話のラストが本当は違うと聞いてすごくショックだったんです‥‥お願いです、教えてください!」

「‥‥‥‥悪いけど、守秘義務があって話せないの」

「‥‥‥そんなあ」

「特に、私が『エリー』を探してるのを知っていて、引っかけるためにわざと『マリー』を置いておくなんて所には、とても恐くて言えないわ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

ばつが悪そうな顔をするメイド。

「貴方が悪いわけじゃないわよ、貴方は上の命令に従うだけだもの、だけど、上に話は筒抜けになってるでしょうから、当然あなたにも話せないの」

がっくりと肩を下げるメイド、

「さ、浴場の方、案内して」

「はい‥‥‥‥‥‥‥‥」

実は、助け出されたマリーは今、

越智苑学園で、

彼女を助け出した(というか巻き込まれた)少年と、

幸せそうに学園生活を送っているが、

少年の身が危うくなるので伏せてある。

多分、影鮫、闇鮫の当主達なら知ってるだろうがな。

更にしばらく歩いて、ようやく浴場の入り口についた。

『女』と書いてある暖簾をくぐるのは、少々抵抗を感じる。

来る度に思うんだが、脱衣場だけでも、無駄に広い、

よっぽど金が有り余ってるんだろうな。

さて、脱衣動作などは、紫乃の脳データに任せて、身体に勝手を動かして行く。

一応、男に戻ったときに、癖がついてオカマと言われないように、

人形の脳データのストリーミング記憶(一回こっきりつかったら後は頭から抜け落ちてしまう)使用だ。

鏡の前に立つ、

素っ裸で。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

だ~めだ。

すっげ~奇麗なんだが、

今乗り移ってる基本の脳が女の物だから、

ぜんぜんぐっと来ねえ、

男として悲しいものが有る、

いや、今は女なんだけどな。

こういうものを見て、男がみなぎらないってのは、

EDの苦しみにも似ている、

いや、みなぎるための男そのものがないんだけどな。

「はあ~~っ」

ため息を一つ。

男の時だったら、来まくりなんだがなあ。

しゃーない、

ここから、更に落ち込む事態になるんだ、

覚悟を決めろ、俺よ。

俺は、そのまま扉を開いて浴場に入る。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

ここに入るのもこれで都合六回目か。

あいかわらず、どこかの健康ランドも裸足で逃げ出す広さと派手さだ。

下手すると、ここでも迷いかねん。

とりあえず、奥の方、中央の湯船に進むと、

「お~、きたきた」

「ほお、流石は梅造の傑作ね」

「本当、羨ましいスタイルだわ」

こちらを見る、大勢の裸の女達、

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

ちくしょう、男の身体だったらなあ、

先程も落ち込んだが、

今は、更に落ち込む。

そこには、影鮫・闇鮫を代表する使い手の女達が待っていた。

こいつら、腕のほうも一流なんだが、

容姿のほうも一流だ。

本来こいつらの風呂を覗こうと思ったら、

命が幾つ有っても足りない、

実は、この風呂場、覗かれないように最新のセキュリティシステムが配備されてるが、

覗きの予防のためじゃねえ、

覗こうとする野郎共の、命の安全のためだ。

例えば、覗いている目に向けて、飛んでる蠅ですら射落とす棒手裏剣が、

岩にすら突き刺さる重さとスピードを持って飛んできたら、

避けられるか?

睨まれただけで心臓を止められる呪殺の法をしかけられて、耐えられるか?

少なくとも、あのセキュリティを抜けられる技量の持ち主なら、

かろうじて命は助かる、

そのためのセキュリティだ。

こういう相手の入っているところへ、

堂々と一緒に風呂に入るなんざ、滅多にない役得なんだが、

女の身体じゃなあ、

やっぱり全然ぐっと来ねえ。

しかし、向こうからは、

「やっぱり、お肌奇麗ね~」

「内股にほくろが有るわね」

「黒髪もつやつやよ」

と、値踏みをするような声、

いや、値踏みしているのだ。

これも、梅造の作った人形の『おひろめ』の一環なのだ。

彼女達に、この人形の基本性能を知っていてもらわなければならない。

眠っている状態でなく、

人間が動かしている状態のものを、である。

さすがに、素っ裸は男達に問題がでるので、

ここだけは、女性限定である。

「名前は?」

「春雨紫乃です」

「中身は鬼坊ね」

「‥‥‥はい」

「操作感覚はどう?」

「自分の身体とは比べものにならないほど軽いです」

「湯船に入る前に、身体を洗いなさいな」

「はい」

‥‥‥‥‥‥‥来たか、あれが、

洗い場に座る。

石鹸を取って、身体を洗おうとすると、

「背中、流してあげるわ」

後ろに座る気配、

振り向いて、声の主を確かめる。

「彩様?」

古武器の使い手では影鮫随一の、

闇鮫の唐津とは双璧をなす、桐土彩きりと・あや

もう40近い年のはずだが、外見は20代後半にしか見えない。

「たまには、お披露目以外でも屋敷に来なさい、なかなか機会がなくて寂しいわよ」

つつーーーっ、

ぞわわわわわわわっ、

俺は、声を出すのを耐える。

「ふふふっ、やっぱりツルツルのスベスベだわ、ず~~っと触ってみたかったのよねえ♪」

そういいながら紫乃の背中を洗い出す。

「そ、そうですか?、彩様も、ぜんぜんお奇麗ですが」

「ありがとう♪、御世辞でも嬉しいわ」

つんつん、

「ひょえっ」

いかん、声が出た。

「筋肉のつきかたも、理想的だし感度も良好だし、」

こっ、これが!、これが嫌なんだ!、

男だったら、これほどの天国はないだろうが、

女の身体の今、これは、同性に触られるのは、

男が、男に触られるのと同様、嫌~~な寒気が走りまくる。

しばらく、彩様は紫乃の身体を触りまくる、

むにゅっ、

「きゃっ!!」

「う~ん、柔らかいわ~、Cカップくらいかしら」

ち、乳を揉むな!!、乳をっ!!

「はい、背中はおしまい、前洗うからこっち向いて」

まだやるのかっ!!、あんたわっ!!




「はい、ぴっかぴか~♪」

全身を彩様に洗われ、

げっそりとする俺(紫乃)

あやうくマット洗いまでされそうになったが、なんとか逃れた。

まったく、そういうのは、

俺が男の身体にいるときにやってくれっていうんだ。

つかれた足取りで、湯船に入る。

「きゃ~~♪、あたしにも触らせて~~」

「本当~、お肌つるつる~♪」

「ひいいいいっ!」

お、おまえら、集団で来るかっ!、集団でっ!!、

総攻撃に晒され、完全にグロッキーになった俺、

「じゃあ、あたし達、先に出るから♪」

「ゆっくりはいってらっしゃい♪」

「後で、道場で合いましょうね~♪」

そう言って出ていく、使い手の女達、

よ、よかった、やっとでゆっくりできる。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

ん?、

ま、まだ一人、残ってる?‥‥‥‥

あの顔は‥‥‥

「実耶子?」

俺が呼ぶと、彼女はちらりとこちらを見て、

そして、ぷいっとそっぽを向く。

やっぱり、嫌われてるわなあ。

昔は、それ程嫌われてるわけでは無かったんだが、

俺が人形を使うようになってから、向こうが俺を避けるようになった。

俺の人形の『お披露目』の度、実耶子は挑戦してくる。

本気で俺の人形を壊そうとして、

しかし、今の所、毎度俺は彼女を退けて、

挙げ句、彼女は、普段から俺の使う人形を壊そうと、

あらゆる手を使ってくる。

さっきの『とらわれのマリー』も、その一環だ。

酷い話だが、責める気にはならない、

うんざりしてはいるがな。

あえて言えば、彼女だけは、

影鮫の中でも一般的な常識の持ち主と言っていい。

外見は女でも、中身は男の俺と、

お披露目の時には素っ裸で風呂に入るんだから、

酷いセクハラを受けてるのと一緒だ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

しーん、

こ、この空気、いやだなあ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「早く、出ていってくれない?」

「えっ?」

怒ったような口調だ。

「彩様に、タオルを取らたの」

あっ、

彼女が先に上がったら俺に見られるわけだから、

ずうっと、彼女は湯船に入りっぱなしなわけだ、

早く俺(紫乃)が出ないと、

彼女は茹だってしまう。

「す、すみません!」

そそくさと、湯船から出て、

さっさと脱衣場に行く。

‥‥‥また、印象を悪くしちまったかな?、

俺が一体目の人形を得てから、

俺の本体が彼女に合うことは、なくなった。

まあ、どの面さげてあいつに会えるのかってのもある。

とりあえず、服を着て‥‥‥‥

ん?、

置き手紙がある。

なになに、

『紫乃へ、道場へは道着を着ていきなさい、なお道着は何種類かあるので好きなものを選びなさい』だって?

どれどれ‥‥‥‥‥‥

:キャビンアテンダントの服。

アホかっ!

:透け透けネグリジェ。

こんなんで屋敷の中を歩けるかっ!、

:スクール水着

なめとんのか!、

:レオタード。

キャッツアイじゃねーっつうの!。

:女王様(ロウソクと鞭のオプション)

そんな趣味はねえ!。

:エレベーターガールの服

いいかげんにしろ!、

:ナース服。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

あ、あいっつら、

かんっぺきに俺(紫乃)で遊んでやがる。

まったく、

今まで着ていた越智苑の制服を着ていこう。

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

しかし、

今までの服の流れからして、

どうしても『コスプレ』って感じがする。

いや、

そう思わせるために、わざわざ他のコスチュームを置いといたのかも知れない。

とにかく、着よう、

素っ裸やナースの格好で屋敷を歩き廻るわけにもいかん、

再び鏡を見る、

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

いまさらだが、似合ってるな。

何着ても似合うんだろうな、この身体、

さ、出よう出よう。

俺が出ると、

ちょうど、隣の男湯の出入り口から、

男達がぞろぞろと出てきた、

全員、鼻にティッシュをつめている。

俺を見ると、

「よ、黒鮫、久しぶりっ♪」

しゅたっ、と右手を上げて挨拶、

俺(紫乃)は、ジト目で男達を見る。

「そっちでずっと聞いていたんですか?、あたしがヒイヒイ言ってる所‥‥‥‥‥‥」

「いや~、声だけってのも、なかなか興奮するもんだぜ」

「ああ、その奇麗な顔を見ながら、ヒイヒイ言ってる声を思い出すだけで、御飯のおかわり三杯はいけそうだ」

額に手を当ててため息、

怒ることは出来ない、

何故なら、男の身体だったら、間違いなく俺も参加してるからだ。

「明日はもう早月様のお仕事の手伝いだそうだから、今日の九時に道場に来なよ」

「‥‥‥‥わかりました」




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