エピローグ・1
「お~お、青春だわね」
と、校長室の窓からその様子を見て溜め息をつく早月。
「影鮫さん」
と呼ぶ声に早月が振り返ると、
藤咲学園校長・碑瑠乃津紀代、越智園学園校長・水野政道、
そして越智園学園の生徒・倉田悠乃がいた。
「そうやって惚けていないで、今回の事件の真相をキチンと説明してください、今回の私は我等が『物の怪の一族』の長・久世童子光永より命を受けています」
悠乃は真剣な眼差しで早月を見ている。
「ヴァーストゥ・プルシャを無事封印し直した事以外に、何か?」
「あの時、エルナティスさんが私の目と耳にリンクしてくれていたんです。あの時私が見たものは---」
--回想--
凄まじい光、悠乃は自分の意識が飛んだと思ったとき、
ふっ、と意識が戻ったのを感じた。
圧倒的な闇、闇、闇、‥‥‥‥
「---ここは‥‥‥‥‥」
そう呟いた次の瞬間、
--ヴァーストゥ・プルシャの中です--
どこからともなく聞こえる声。
「エルナティス!!」
--あなた方の『目と耳』では見ることが出来ないでしょう、変わりに私が『見聞きした』ものを貴女の脳に送ります--
そして、闇のスクリーンに二重投影するように、新しい映像がかぶる。
宇宙だ、
映画で観る様な、あるいはプラネタリウムの中のような、
全天に星の煌めく宇宙が映る。
(これが、神の内包する宇宙‥‥‥私達の世界とシンクロしていると言う‥‥‥‥)
「どうなるの?、私達‥‥‥」
--私達は全ての事をやり終えました、ここから先は手を出すことが出来ません、黒鮫さんに全ては託されました--
「黒鮫くんに?、どういうことなの?」
--私達は見守るだけです‥‥‥ザッ‥‥私は‥‥ザッ‥‥‥‥貴女達に‥‥ザザッ‥‥‥目と耳を貸す事で精一杯です‥‥後は--
次の瞬間、ザーーー、と通信が切れた様なラジオの雑音のような音と共に、エルナティスの声が聞こえなくなる。
そして‥‥‥‥
「あれは‥‥‥‥‥」
宇宙の中に、光のシルエットが浮かんでいる。
そのシルエットは、女のものだった。
豊かな胸のライン、細い腰のくびれ‥‥‥‥
全てが、淡く白い燐光に包まれ、
静かに水中をたゆたう様に、長い髪をなびかせている、
(あれが、この神のコアの部分‥‥‥‥)
「世界をない方せし大いなる存在よ!」
その光のシルエットに向けて呼びかける者の姿、
「赤松美冴か‥‥この宇宙の中で、動けるのか‥‥‥」
エルナティスでさえ、まともな活動をすることが出来ないこの世界で、
彼女は光の女神に呼びかけ続ける。
「我を生け贄に捧げます、どうか目を覚まして下さい!」
まるで、嵐の中を懸命に耐えているかのように
彼女の服も髪も、風雨に晒されているようにたなびく、
二重に観える映像の中、
ばさり、と巨大な山のような大きさの物が悠乃の横を通り過ぎる、
「なんだ‥‥‥‥これは」
はっ、
エルナティスの目から見た映像に、
自分がいるのがわかった。
小さな、小さな、光点
エルナティスの能力で、それが自分であることが解かった。
その小さな光点に掠めるように、美冴の髪の毛の一本が目の前を通った事も。
「‥‥‥‥まさか!」
この山のようなものは、彼女の髪の毛か?
「‥‥‥でかい‥‥‥こんな‥‥‥‥」
その時、
光の女神が動いた、
「おお-----」
歓喜に沸く美冴、
だが、女神はまるで、美冴の事を無視して、
横を擦り抜けて飛んでいく。
「か、神よ!、どこに行かれるのですか」
慌てて追おうとする美冴、
だが、女神との距離は開くばかりでいっこうに縮まらない。
「待ってください!、待ってください!!」
ぱしっ、
弾かれる美冴、
その瞬間、悠乃が理解したのは、
女神と、美冴の大きさの違い、
自分と美冴の違いと同じように、
女神が、圧倒的な大きさを持っていることが解かった。
悲鳴を上げて吹き飛ばされる美冴。
ある距離から、彼女は近づくことが出来ない。
光の女神は、美冴との間を隔てたずっと向こうにいた。
両手に、何かを掲げ持つ。
なにか、とても大事なものを、
おそるおそる、
壊さないように、
そして愛しそうに‥‥‥‥‥、
女神の掌の中には、シャボン玉のような光の膜に包まれた、
小さな光の粒があった。
女神は、決してその光の粒には触れない、
それでも、女神は、幾重もの光の膜に包まれて守られたものを、
大事そうに、
愛しそうに、抱きしめ、
頬をすりよせる。
「なぜ、私のほうを向いてくれない!、私は、私は‥‥‥自らの命を贄にしたのに!」
金切り声を上げる美冴、
光のボールを大事そうに胸に抱いたまま、
ゆっくりと美冴の方に振り返る、光の女神、
「なんなのです!、それは‥‥‥‥‥」
焦点が、その光のボールに合っていく、
ボールの中に、ある小さな、小さな光の粒‥‥‥‥
光の粒の姿がどんどんアップになっていく。
それは‥‥‥
「ばかな!、なぜそいつが!、」
叫ぶ美冴。
エルナティスの目を借りて、その正体に驚愕している悠乃、
「あれは‥‥‥‥黒鮫鬼太?‥‥‥‥」
静かに、玄室の床に倒れて眠っている、鬼太の姿。
そして女神の世界が、ゆっくりと淡い光の中に包まれていく。
「‥‥‥世界の終わり?、いや‥‥‥この柔らかく、暖かい光は‥‥‥‥‥‥‥」
--回想、終わり--
「そして、その後私達は玄室で目を覚ました。ほどなくして他の皆も目を覚ました。茫然自失した美冴と、三日間意識を失い続けた黒鮫君を除いて、世界は変わらなかった」
悠乃の言葉が終わってから、少しして、静かに水野校長が口を開く、
「‥‥‥エルナティスさんも、余計なことをされましたな」
碑瑠乃校長が続く、
「神族は、組まれた因果を知ることができるそうですから、自分の恋が貴方に仕組まれたものと気づいているのでしょう、それでもどうにもならないのが赤い糸です、あれは彼女の私達への皮肉なのでしょう」
「‥‥‥‥どういうことです?」
「藤咲の裏世界へは、人間は魂と肉体のずれが有るものが入ることの出来る世界、女の身体に男の魂、またはその逆、あるいは両方の性を持つもの、ただし、普通の人間でも、ある条件下で入ることが出来ます」
「‥‥‥‥それは?」
「胎内に男児を妊娠している女性‥‥‥女性でありながら男性の魂も内包しているからです」
はっ、とする悠乃、
「まさか‥‥‥黒鮫鬼太の母親か!‥‥‥‥」
水野校長が頷く。
「妊娠した彼女のお腹から出ている赤い糸を見たときは、驚きました、それは即ち、ヴァーストゥ・プルシャが恋をするという事ですからな」
早月が口を開く。
「協議の結果、保険をかけることになりました。二人を‥‥‥神に人間の呼称は合うのかどうか解かりませんが、二人を合わせ、ヴァーストゥ・プルシャが鬼太に恋をさせれば、すくなくともこの世界を、鬼太のいるこの世界を消してしまう事はないだろう、と。」
「今回、計らずもそれを証明したわけですが」
「‥‥‥‥あなた方は‥‥‥」
「悠乃、鬼太から彼の小さいときのことを一通り聞いていたでしょう?、おかしいとは思わなかったかしら?、影鮫・闇鮫両家は無駄飯食らいを放っておくほど慈善家ではないのですよ」
高い薬代をはらって生かしておくよりも、
一思いに楽にしたほうが本人の為‥‥‥
そう考えるのが普通である。
「なぜ彼を生かし続けたか‥‥おわかり?」
「‥‥‥‥わたしは、これでもある程度風水に詳しいの。」
「あら、物の怪の一族が?、珍しい」
「馬鹿にしないでください、日本屈指の呪術者、安部晴明は狐と人とのハーフです」
悠乃は続ける、影鮫家の邸宅に入ったとき、奇妙な違和感を感じた、と。
本館なのにもっとも大事な位置にそれがなかった、と。
「風水的には、鬼太が押し込められていたといっていた『離れ』‥‥あれが本邸にあたるのではないかと思ったわ?」
「正解‥‥‥病弱な彼を守るため、影鮫家の敷地中、もっとも妖魔・魔獣に対してガードの高いあそこを鬼太の住む場所としたのです。」
「影鮫のガードの総力を挙げて、なおかつ最高級の薬を使って、彼を生かし続けたと?、それほど大事な人間なのに、黒鮫くんは『冷遇され続けて、根性がひんまがっちまった』って言っていたわ」
「大事にされすぎて、甘えん坊になっても困りますからね、自立を促すためですよ」
「彼の命が10年持たないっていうのは?」
「人間の身体で、宇宙神の愛を受け切るにはキャパシティが足りなかった、というのが最初の見解でした。」
闇鮫・影鮫の術医・霊医・法医はすべてそういっていたが、
しかし早月には一つの目算があった。
予想でしかないが、それでも絶対の自信があったという。
「ヴァーストゥ・プルシャの思い人がそんなに簡単に死ぬわけが無い‥‥‥‥‥‥‥予想通り、彼は人形使いの能力を発露、そして自分の身体のコントロールにそれを向けることで、健康な身体を手に入れました」
はあ、と一つため息をつく悠乃。
「もう一つ、いいかしら」
「内容によりますわ」
「鬼太の人形、彼女達の自我、鬼太の別人格と言っていたけれど、私も法術として『式神』を使う手前、そんなことが有りえないのは知っている、彼女達は、誰なの?」
「‥‥‥‥自分の身体に居ながら、数体の人形を同時に操る、これについては間違いなく鬼太の能力と言っていいでしょう、彼が闇鮫・影鮫史上、最高の人形使いであることは間違いありません。しかし、意図的にリンクを切ってなお彼女達が持っている意志、あれは別人格では有りえません、見ていたでしょう?、彼女達が実耶子に敵意を抱く、あるいは嫉妬しているのを」
「では、彼女達は‥‥‥‥」
「自分の作った物語の人物に恋をする創造主もいるでしょう、その恋人に自身を投影する事も、あるでしょう」
「水野校長‥‥‥あなたは全て知った上で‥‥‥」
落ちモノ学園の校長は、静かに笑っている。
「越智園の男子生徒は、自分が『落ちモノ美女』に惚れられた主人公であることを教えられることはない、当人も気づくことはない‥‥‥彼が越智園学園に入る際に知らせた注意です、彼も、それを了承しているはずです」




