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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、二年生‐三年生春
4/29

4 壁にご注意

2011年4月10日ブログ掲載 テーマ:東京駅

『表集 蛇山夏子小編集』

2011年6月12日 発行 文学フリマにて販売

 春子は壁の前にいた。

 東京駅の地下街には、レストランやブティック、雑貨屋などが軒を連ねている。現在、一部改善工事中で、ところどころに工事中箇所を覆う仮壁が道を狭めていた。


 これも、そんな壁に見えなくもないが。

 春子は壁をぺちり、ぺちりと叩いて、何か変だと首を傾げた。



 “東京都からお越しの、遠野(とおの)春子様、遠野春子様、お母様がお探しです・・・”


 呼ばれてしまった。

 だが、春子はなお、壁の前で壁にこだわっていた。

 何故なら、壁の向こうに母や父、祖父や兄がいるお土産屋(みやげや)さんがあるはずなのだ。


 春子は父方の実家に行くため、東京駅に寄ったのだった。父と母がお土産を選び、祖父がぶらりと歩いている間に、兄と東京駅の地下街に探検に行った。

 キラキラしたアクセサリーを夢中になって見ている間に兄とはぐれた。とはいえ、「ここに戻って来なさい」と言われたお土産屋さんの前に行けば、家族と合流でき、何の問題もなかったはずだ。

 幸い春子は来た道を覚えていたし、一人で戻れた、はず。

 ところが、元来た道を戻って来て、春子がぶつかったのが、壁だった。


 精神的に越えなくてはならない壁ではない。

 物理的な壁だ。

 物理的な壁なのだが、何か変だ。

 春子は元々、壁のある向こう側から、真っ直ぐ道を通って来たのだ。

 つまり、元々、この壁はなかったはずなのだ。


 春子は左右の店舗を見て、壁の前で考え込んだ。

 右は猫のグッズを売る雑貨屋、左はキャラクターグッズストア。絶対この道を通って来た覚えがある。

 しかし、春子の目の前には壁がある。

 おかしいではないか。


 春子が壁にぶつかって、考え込んでいる間に、サラリーマンやOLが真っ直ぐ壁に向かって歩いて来ることがあった。しかし、彼らは壁の前まで来ると立ち止まり、少し驚いた様子で壁を眺めてから、踵を返して元来た道を戻って行く。早々に、道ではなかったと思うようだ。

 小学二年生の春子は、ピンクの旅行用リュックサックを背負い直して、気合いを入れて壁と向き合った。断固として、この理不尽な壁を突破してやろうと思ったのである。


 ぺちり、と壁を叩く。おかしい。ぺちり。ここには壁はなかったはずだ。ぺちり。

 道があって、真っ直ぐ行けばおみやげさんがあったはず。

 ぺちり。

 春子はここを通って来たはず。

 ぺちり。

 なんだ、お前は。

 ぺちり。

 何かちがうものだって、わかってるんだぞ。

 ぺちり。

 おもしろそうだけど、お母さんが呼んでるんだぞ。

 ぺちり。

 通せ。

 ぺちり。

 とおせー。

 ぺちり。



 ぺちり、ぺちりと壁を叩くが、壁は壁らしく全く動じない。

 それでも断じて屈しない気持ちでぺちりぺちりとやっていると、背後から声を掛けられた。

 「これ、何をやっておる」

 春子は振り返った。

 出掛け用の千鳥格子柄のコートに、茶色いハンチング帽。がに股で年の割にはすっくと立ち、丸い腰の後ろに両手をやり、杖を持っている。しわくちゃの顔は温和そうだが、耳の先は尖っていて、どこか得体の知れない妖怪じみた雰囲気を醸し出す。

 それは春子の祖父だった。


 「おじいちゃん、これね」

 春子は憤然として、壁を指差した。

 「全然動かないの。」

 祖父は壁に近寄り、ふむ、と眺めて、春子と同じようにぺちぺちと叩いた。

 納得したように頷くと、春子を見やる。

 「回り道したら、良かろ」

 「いや」

 「なんでじゃ」

 「だって、これ、春子を通さないの」

 「そうかも知れんのう」

 「いや」

 「強情じゃのう」

 祖父はじっと壁を見てから、春子に「こっち向いておれ」と雑貨屋のショウウインドウに向き合うように立たせた。

 祖父は春子と問題の壁の間に立ち、自分も同じように雑貨屋の方に向くと、何気ないように、しかし語りかけるような調子で呟いた。

 「わしだったらのう、向かいの玩具やら何やら売っておる店の方に壁を作るのうー。出入り口が三つもあるからのう、一つ塞いだら出入り口が二つだったか悩んだり、三つ目の出口だと思って外に出ようとした人間がびっくりするんじゃなかろうかのー。」


 地下街に響く、いくつもの足音の中。

 祖父と春子は暫く猫の雑貨を見ているふりをした。

 やがて音の響きが広がって抜けていったように感じて、ぱっと春子は振り向いた。

壁はなくなり、東京駅の地下街が続いていた。



 参ろう、と威厳たっぷりに言うと、祖父は老人とは思えないほど軽い足の運びで、すたすたと歩き始めた。

 春子は小走りで祖父の横につき、「あれは何だったの?」と訊いた。

 祖父は「壁じゃ」と答えた。

 「ぬりかべと言われてたかのう。最近の人間は無視するのが得意じゃから、まともにぶつかってくることがなくなったのじゃろ。その代わり、人間の多い場所に堂々と壁のふりしているのを楽しんでるようじゃ」

 春子は祖父がキャラクターグッズのお店の出入り口を一つ塞ぐよう壁に唆していたのを思い出した。どうなったのか確認したかったが、壁があった場所はもうずっと後ろの方で見えなくなってしまった。

 「今度ああいうのに遭ったら、ああいうのが何したいのか考えてみい。それで折衷案を提案してみるのじゃ。案外それでうまくいく。」

 「はい」

 「偶に危険じゃから、気を付けるんじゃ」

 「はい」

 祖父はぷくぷくと笑った。

 「それにしても、久々にまともに遭遇した人間じゃったからかのう。やけに、機嫌が良さそうじゃったぞ。」



 春子の祖父は祖母に恋して妖怪を辞めた、脱妖怪なのだという。

 普段は縁側か、縁側に面した窓のそばにいて、背中を丸くして座っている。

 丸いなぁ、と思うくらいで、春子は祖父が面白いことをよく知っている以外は、そう変わった祖父だと思ってない。

 だけど、こんな風に壁の機嫌が解るくらいだから、やっぱり「脱妖怪」なだけあるのだろう。

 すごいなぁ、と思う。

 脱妖怪の孫の春子だって、壁の機嫌なんてちっとも解らない。



 「見えて来たのう。おったおった」

 祖父が愉快そうに言った。


 見覚えのある東京駅の改札前のお土産屋さんと、家族の顔が見えて、春子は駆け出した。

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