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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、二年生‐三年生春
2/29

2 「蛇の道は蛇」ともいう

2011年2月6日ブログ掲載 テーマ:和解

『表集 蛇山夏子小編集』

2011年6月12日 発行 文学フリマにて販売

 春子は、蛙と兎ががっしりと握手しているのを初めて見た。


 兎の飼育小屋でのことである。


 緑色の金網越しに、蛙と兎は向き合っていた。今は蛙の前足が金網の中に伸ばされ、耳の先が黒っぽい、白い兎が自分の前足を片方上げて応じていた。

 蛙の水かきが付いた星型の手が、白いふさふさした毛並みの前足をしっかり握っている。


 「疑って悪かったな。今後ともよろしく頼むよ」

 「心配には及ばない。君たちの憂慮を理解しているつもりだ。こちらも名誉回復のため、力にならせてもらうよ」


 思いがけなく、男らしい声で、男らしいやりとりをしている。

 春子はしゃがんでそれを眺めていて、ふむと考えた。

 どうやら何だか物の怪っぽいやつらは、種族の代表のようなものらしい。こうやって、互いに不都合が生じると意思疎通ができる物の怪じみた同士が、話をつけに来るようなのだ。

 それだと、あれ?

 春子も話が解かるから、物の怪っぽいやつなのか?

 まあそれでもいいや、と春子は思う。


 そもそも春子は飼育小屋に兎を見に来ていたのだ。

 生き物がうごうご動き、行動するのを観察するのは面白い。

 春子は学校の昼休みにこうして生き物を観察するのが好きだった。観察畑のコスモス、そこにいる虫たち、サッカーゴールに止まる鳩、観察池の魚。今日は、兎の飼育小屋だ。

 それぞれには、なんとなく他とは違ったやつがいる。具体的に何とはいえないが、あえていえば行動の雰囲気だ。兎小屋だと、耳の先が黒っぽい、トトと呼ばれている白い兎である。


 トトは悠然とキャベツを食み、五羽いる兎の中で一番堂々たる体つきをしている。五羽いる家族の長だから、というのもあるかも知れないが、春子はそれとも少し違う感じを受ける。


 時々、トトは春子を流し目でチラっと見る。

 春子はトトをじいっと見る。

 トトは後ろ足で耳を掻いてみたりする。

 なんだか意図を感じる。

 金網越しの、視線と視線の交差で、意思の応酬をする。

 春子も「脱妖怪の孫」という立場なので、ちょっと普通の人とはずれた人間だから、トトを変わっているとか言えない。もしかしたらトトも気付いているのかも知れない、と思う。


 ペタ、ペタ、と何かが跳んでやって来た。

 児童が遊び回る校庭を背に、しゃがんでトトたち家族を見ていた春子はその来客を関心を持って見つめた。


 それは白と茶色の斑な体の、大人の女性の拳大の、蛙だった。

 蛙は真っ直ぐ飼育小屋を目指し、そばまで来ると、金網越しに呼び掛けた。


 「おい、よくもやってくれたな。どうしてくれる」


 男らしい低い声だった。

 金網の中のトトが耳をぴんと立てて、赤い瞳で蛙に注目した。


 「何だ騒がしい。言いがかりならヨソでやってくれ」


 こっちはもうちょっと渋めな感じだ。

 春子はトトと蛙を交互に見た。どうやら蛙が何かしら抗議しに来たらしいことは解かる。

 冷静だが、怒気を含ませた声で蛙が言った。


 「我らの水辺にお前らの(あくた)が七日に一遍捨てられる。あれはどういった嫌がらせだ。微生物どもの分解も間に合わない。水辺は汚染されつつある。めだかたちは早々に棲めなくなるだろう。どうしてくれる」


 耳の先が黒い兎は、寝そべって冷静に、蛙を見据えていた。


 「違う」

 「何が違うんだ?お前らの糞の匂いがプンプンしているんだぞ」

 「確かにそれは、我らのものなのだろう。違うというのは、それを捨てたのが我らではないということだ。人の子の仕業であろう」


 虚を突かれたように、蛙は黙った。そして、今金網に気付いたかのように、つぶらな瞳を上下させて兎小屋を見た。

 トトは蛙のその様子を静かに見守った。


 春子はトトと蛙の会話から、蛙の本拠地がめだかのいる観察池であることと、飼育委員の中に兎の世話をいい加減にやっている人がいることを察した。兎小屋の中を掃除したゴミを、ゴミ捨て場まで持って行かず、近くの観察池に捨てているのだ。

 酷い。と思うと同時に、春子は自分がやったわけではないのに申し訳なく思った。


 やがて、蛙は落ち着いたように、沈んだ声で言った。


 「すまねぇ。つまらない嫌疑をかけた。頭に血が上って、あんたらが檻の中にいることを忘れていた」

 「小屋だ」

 あ、そこは訂正するんだ。


 そして、蛙が金網に近付いて行き、トトも金網まで寄って行って、冒頭の和解が成立したのである。


 「悪かったな」

 「いや、こちらも協力させてもらうよ」



 「聞いていただろう?一役買ってくれないか」


 金網越しに赤い目で見つめられ、春子は自分に言われたのだと気が付いた。

 蛙は胡散臭げに春子をじろじろ見る。


 「こいつ信用できるのか?」

 「さあな。でもこの人の子は、我らの話を聞いていた。人の事は、人の方でどうにかして貰わねばならん」


 渋くて低い声は、蛙を説得する。蛙は不承不承納得した。

 春子はその様子を見て、しっかり頷いてみせた。


 「わかった。やれそうなことは、やってみるよ」

 「頼んだぞ」


 トトの耳がぴょこんと動いた。


 その領域の中で、ちょっと違うと思うやつ。

 そのちょっと違うところって、他の領域のちょっと違うやつと話が通じるところにあるのかも知れない。


 その後、春子はあまり苦労せずに成果を挙げた。

 飼育委員会の先生に、まあ言うなれば告げ口したのである。


 飼育委員の生徒は上級生だから、ちょっと怖いなと思いつつ、職員室に行って飼育委員会の担当の先生に「飼育委員の人が観察池に兎小屋の糞とかを捨てているらしい。見た人がいる。先生に言って欲しいと言われた」ということを言ったのだ。一応半分くらいは嘘ではない。

 先生は春子の小さな恐怖心と良心を察して、後は任せてと春子を安心させてくれた。

 どうやら先生は、すぐに動いて飼育委員の中に該当者を見つけて止めさせたらしい。


 春子は直接、どうなったのか聞いていない。

 だけど、数日後、兎小屋を見に行ったらトトも他の兎もいつも通りうごうご活動しており、その中で寝そべっていたトトがちょっと春子の方を向いて、


 「不当投棄が止んだと蛙が言っていた。ありがとよ」


 と、あの渋めの低い声で教えてくれたのだ。

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