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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、三年生、冬
17/29

16 幻影残香

2012.3.27ブログ掲載 テーマ:遊園地

『シリーズ表集3 瞳 春子と不思議な物語 三年生、冬』という紙媒体に収録しています。2012年5月6日発行

 空の色は茜色。一色にして多彩ではなし。

 影はしかし、規則正しく春子の上を横切る。


 春子は観覧車を眺めていた。円形の乗り物には、太陽と月の絵がそれぞれ交互に描かれおり、本体の回転に合わせて次々に昇る。

 春子は遊園地にいた。赤と白のパラソルが、ソフトクリームのワゴンが、白馬と馬車のメリーゴーランドが、影を作って遊園地を遊園地たらしめている。

 人ひとりいないが、遊園地内の乗り物は、規則正しく動く。ブルーの車体のジェットコースターは、曲線を描くレールに沿って、園内中を走っている。色とりどりのコーヒーカップが、入り乱れてくるくると踊っている。

 ああ、そうか。

 春子はぼんやりと、気づく。一人で来れるわけがないから、どこかに家族がいるはずだ。

 あたりを見回す。家族は見当たらない。

 探さなくっちゃ、と、春子は一歩を踏み出した。


 茜色の空は遊園地をぼんやりと包み込んでいる。船の形をしたアトラクションも、空中ブランコも、どこか茜色がかっている。

 春子は遊園地内を歩き回りながら、家族の姿を探す。おじいちゃん、お母さん、お兄ちゃん、お父さん。

 茜色に染まった樹木に人影を見たと思ったら、赤いモジャモジャ頭のピエロのパネルだった。

 違ったか。

 パネルを見上げて、ふと思う。そういえば、変なやつも見かけていないな。


 春子は脱妖怪の孫、という異色の出自をもつ。

 それゆえ、妖怪じみたものや、不思議な現象によく遭遇する。


 遊園地にも、そういうものがあるはずだった。

 しかし、さきほどから異界の気配も感じていない。

 ここは本当に、何もない場所なのだ。

 春子はパネルから目を離すと、再び歩き始めた。動いている乗り物に、もしかしたら家族は乗っているのかも。そう思いながら、遊園地をもう一巡しようとする。


 誰もいない、のと、何もない、のは同義なのだ。

 お化け屋敷の前を通り過ぎ、インフォメーションの小屋を覗き、走り過ぎるジェットコースターの座席に目を凝らす。

 どんなに探しても見つからない人影に、心細くなる。

 変なのもいない。何もいない。遊園地があっても、遊ぶ気になれない。ただ、茜色の空が圧し掛かるくらい広くて大きいだけで、春子に何ももたらさない。

 誰もいない。何もない。遊園地があるだけで、ここにいることに何も意味なんてない。

 誰もいないんだったら、遊園地なんて、何の意味なんてないのだ。


 メリーゴーランドの近くまで来て、春子ははっとして足を止めた。

 メリーゴーランドは金色の装飾を茜色に染めて、明るい光を放っている。木馬や馬車が、ワルツに合わせて華やかに回転している。

 春子は目を見張った。

 馬車に、カレンちゃんとマキちゃんが乗っていた。

 二人は向かい合って、笑いながら話をしている。

 春子はそこに立ち尽くした。ぎゅっと掴まれたように、胸が痛くなった。

 楽しげな二人の間には入っていけない。ここで、折角人を見つけたのに、しかも自分の知り合いなのに、その空間を壊してはいけない気がした。

 まるでガラス張りの向こうのことのようだ。そして、マキちゃんは春子のことをあまり好きではないはずだ。

 声をかけることは、憚られた。


 春子は踵を返して、走った。

 メリーゴーランドを後にする。観覧車のそばを通り過ぎる。ミラーハウスの前を横切る。垂直落下アトラクションの影を踏みつけ、三拍子の音楽に惑う。ああ、さっきのメリーゴーランドのワルツがついてきているのだ。

 出口を目指して、がむしゃらに走る。

 ジェットコースターの青が視界の端を横切る。ゴーカートの動き回る走行場を通り過ぎて、コーヒーカップの回転のそばを通り過ぎる。インフォメーションの小屋なんて無視する。

 出口はどこだろう。

 あたりを見回す。


 帰りたい。


 何処に帰りたいのか分からないまま、走り惑う。



 走る春子の進行方向に、赤いものが見えた。

 春子ははっとして、立ち止まる。

 それは白塗りの顔。派手な赤と白の縞模様の衣装を着た、背の高い人物。

 赤いモジャモジャ髪をしている、ピエロ。


 ピエロは一つお辞儀をすると、陽気な身振りをしてみせる。

 腕を広げ、左右に動いてみせる。ぱっと手を開いて、腰に手を当ててポーズを作ってみせる。

 笑い顔の化粧。道化は楽しげにしている。

 手招きをして、道を案内しようという素振りをする。腕で進行方向を示し、さあ、おいで、と。


 あの人について行けばいいのかな。


 春子はふらりと一歩、踏み出した。

 が。



 「春子ちゃん!!」



 え、と思う間もなく、春子のそばを、矢のような速さで何者かが跳んで行った。

 唖然としている目線の先で、赤いピエロがわたわたと逃げ出す。

 それを追って行くのは、菱形の模様がついた衣装を着た道化だ。ポーンポーンと跳ねながらすごいスピードでピエロを追っている。

 春子は呆気にとられていたが、駆けてくる足音に気付いて振り向いた。

 「春子ちゃん、大丈夫?!」

 それは女の人だった。春子には高校生くらいに見える。色素の薄いふんわりとした長い髪に、桜色に染まっているふっくらした頬。黄色地に花柄の、透け感のある生地のワンピースを着ている。

 春子は首を傾げた。柔らかい雰囲気の綺麗なお姉さんだったが、小学生の春子にそんな知り合いはいなかった。

 いるはずもなかったが、なんだか春子はそのお姉さんを知っている気がした。

 それは自分が寂しいからだろうか。春子ちゃん大丈夫、だなんて親しげな心配の言葉をかけられて、少しほっとしているのだ。

 「お姉さん、誰?」

 近くまで来ていたお姉さんは軽く目を見開いて、しまった、という顔をした。

 「そうだった。分からないよね」

 そして、ふわりとかがみ、春子と目線を合わせる。

 動いたときに香った(かおり)に、春子の記憶が刺激された。が、何故だろう、混乱して思い出せない。

 優しげな茶色い瞳が、春子を捉える。

 「春子ちゃん、ここがどこだか分かる?」

 「遊園地」

 「うん、でもね、ここは夢の中なの」


 春子は驚きに目を瞬かせた。

 頭の中がクリアになる。太陽のない茜色の空を、誰もいない周囲を、無人の乗り物たちを、見回す。

 変なやつも、そう、いない。


 「おっとっと、春子ちゃん、とまって」


 あたりを見回しているうちに、自分自身がくるくる回っていたようだ。お姉さんが春子の肩を止め、春子と向き合うように体を向ける。

 ぱちりと目が合ったお姉さんに、春子は確信をもって訊いた。


 「ふつうの夢じゃ、ない?」

 「うん、そう」


 お姉さんは頷く。


 「春子ちゃんは、いつも自分だけの夢を見るよね」

 「うん」

 「だけど、私は春子ちゃんが作り出した、夢の中の人物じゃないの。分かるよね」

 「うん」

 目の前のお姉さんは、春子の頭の中で作られていたものではない。春子とは別個の、知性と精神を持つ、一人の人間だ。

 この夢をずっと夢だと思っていなかった。夢だと教えてもらった今、納得できることがたくさんあった。誰もいないけど稼働している遊園地。夕方でもないのに茜色の空。夢ならではの、非現実だ。

 だが、普通の夢とは違う点もあった。

 これが夢だと認識した今も、この夢は揺るがない。春子は普段、起きている時に他人と相対するように、お姉さんと相対している。

 この遊園地も、ただ春子の頭の中で起こっていることではないようだった。

 そして普通に眠っている状態で夢を見ているだけなら、別個の自立した精神をもつ人間など、ここにいるはずもない。

 また、これは重大な問題だが―――どうやって目覚めればいいのか分からない。


 「あのね、簡単に言うと」


 お姉さんが切り出す。

 お姉さんが指で宙をなぞった。すると、そこからもくもくと白い雲が出てきた。雲は小さな人の形になる。小さな人の頭の上に、ぽつりぽつりと小さな雲が続き、その上にそれより少し大きい雲をぽかりと浮かべさせる。

 「これが夢ね」

 春子は驚きながらも、お姉さんが人の上に浮かべた雲を指さすのに頷く。

 お姉さんはそれの隣に、もう一人、小さな人と夢とを作り出した。

 最後に、最初の人の夢と、もう一人の夢をちょんちょんと突いて繋げた。

 「この人が春子ちゃんだとするでしょ」

 片方の白い雲の人を指す。

 「今、こんな風に、春子ちゃんの夢は、別の人の夢と一緒になっちゃっている」

 もう一人の白い雲の人を指し、ひとつになった夢を指した。

 春子はあんぐりと口を開けて、固まった。

 「そんなことあるの」

 「あるの」

 驚きだ。

 「個人同士の夢が繋がっちゃって、夢の中の出来事が強くなっちゃっている。同じ夢を、二人の人間が現実だと感じていたから、普通の夢より重たくなっちゃっているの。だから、今、春子ちゃんは夢から覚めにくい状態になっている」

 春子は口を噤んで、眉根を寄せた。やはり、あまり良い状態ではない。説明されるくらいだし、何より春子はこの夢の内容が嫌だった。

 誰もいない遊園地なんて。

 言われたことに表情を暗くする春子に、お姉さんは悲しそうに微笑む。

 「信じられない、かしら」

 「信じる」

 春子の即答に、お姉さんは目を見開く。

 即答した理由は簡単だった。一つ目に、状況が異常事態であると直感していたこと。二つ目に、対処法が分かるのは目の前の彼女なのだろうと予想がついたこと。

 三つ目に、「春子ちゃん」と、呼ばれたこと。

 この三つがどういうわけか繋がって、春子の相手に対する信用を固めていた。

 お姉さんの瞳を見据えて、春子は心の奥底から望んだ。


 「帰りたいの」


 お姉さんは、その言葉にしっかり頷いた。




 ゆっくりと、浮上する。

 深い水底から、光が見える方に、昇っていくかのように。

 あともう一息、ともがいて、目を開ければ―――



 見慣れた白い天井が、視界に飛び込んできた。



 不機嫌な心地で、春子は体を起こす。曜日と時間の感覚が曖昧だが、部屋がすっかり明るいとなるともう朝のはずだ。それでも、春子はしばらく体を起こしたままそこに佇んだ。現実と、眠りの境目が混乱していた。

 夢を見たんだ。なんだか嫌な夢だった。いや、それでも。

 夢の内容を思い出そうとしたところで、部屋のドアが勢いよく開き、母の怒鳴り声が直に響いた。


 「春子?!まだパジャマなの?!遅刻するわよ!!!」


 む?


 七時にセットしてある目覚まし時計が八時を指しているのを見て、春子は珍しく叫び声を上げた。



 授業中、春子は算数の計算そっちのけで、夢の内容を必死に思い出した。

 人ひとりいない遊園地で、家族を探し回って。メリーゴーランドにカレンちゃんとマキちゃんがいるのを見つけたけれど、声はかけられなくて。出口を探し回っていたときに、ピエロと出会った。

 それから謎の綺麗なお姉さんと出会って、夢がただの夢ではないと知った。

 「帰りたい」と訴えた春子に応じて、お姉さんはまず、春子が最初にいた場所を聞き出した。春子が観覧車の影がかかる場所を教えると、そこまで来て、お姉さんは春子が最初に立っていた場所の背後を確認した。

 ミラーハウスの出口があった。

 それから、お姉さんは菱形の派手な衣装の道化を呼んだ。ぽんぽん跳んで矢のような速さでやってきたその道化は、身振りはおかしかったが、黒い仮面をしていて、春子は少しおっかなく思った。

 道化はしかし、ふざけながらミラーハウスを指し示し、先導をつとめた。どうやら彼が案内役であるらしい。お姉さんと春子はその後に続き、鏡だらけの道を歩いた。

 道化についていく間、春子はふと思い出して、お姉さんに訊ねた。

 「あのピエロは何だったの?」

 「あれはね」

 あの茜色のピエロが気になっていた。お姉さんは少し考える素振りをしてから、言った。

 「夢のもっと深いところに連れて行こうとしたの。春子ちゃんを」

 「もっと深いところ?」

 「夢はね、たくさんの人が見ていて、それぞれ少しずつ繋がっているの。結果として全部繋がっているから、夢だけ独立している世界もある。夢だけの世界は〝深いところ〟というのよ。あのピエロはその夢だけの世界に生きるものなの。夢生の者は夢生の者の感覚や考え方があるみたいで、夢の主である人間を夢の深いところに引っ張りこんだりする者もいるの。引っ張り込まれた人は、だいたい夢の中を彷徨い、目覚めなくなってしまう」

 春子には難しい話だったが、理解できることもあった。

 「夢の中で生きているのにも、それの考え方があるんだね」

 「そう」

 妖怪には妖怪の考え方があって視点があるのと、同じだ。

 「二人分の夢がくっついて、夢が繋がる出入り口が広がったから来たんだと思うわ」

 「何で、二人の夢がくっついちゃったんだろう?」

 お姉さんは少し目を見開いた後、そのまま黙ってしまった。


 やがて、一枚の鏡を道化は両手で指し示し、おどけてみせた。

 「ここを通れば目が覚めるはずよ。真っ直ぐ、怖がらないで進んで。大丈夫よ」

 春子は頷いて、鏡の前に立つ。早く帰りたかった。

 気付いて、振り向いてお姉さんを見る。

 「助けてくれてありがとう」

 お姉さんはふわりと微笑んで、首を振った。

 「ううん、信じてくれてありがとう」

 そんな仕草が、言葉が、誰かを想起させるように感じたが、結局春子は思い出せなくてもやもやする。

 しかし、彼女は最後にこんなことを言った。

 「あ、私に会っても、私のこと喋らないでね、お願い」

 鏡を通る間際に、慌てて言い添えたことだったから、詳細は聞けなかったけれど。


 それから、目が覚めた。

 何事も、なかったかのように。


 うーむ、と春子は頭を抱える。おそらく、この時、先生には春子が算数の計算におそろしく苦悩しているように見えたことだろう。

開いた教科書に焦点合わせないまま、春子はじっと俯く。夢が本当だったのか、それとも夢に過ぎなかったのか、判断がつきかねていた。目覚めてみれば、何でもないただの夢。夢の中でどんなに大変だったとしても、だ。そして夢はいつもそんなものだ。

 しかし、あのお姉さんは?夢、で済ませていい存在だろうか。

 「私に会っても」ということは、春子が会ったことがある人なのだろうか。

 そこが分からなかった。


 「・・・遠野?どこが分からないの?教えてやろうか?」

 「む?」


 顔を上げると、隣の席の色白少年、村田君がおずおずと春子を窺っていた。

 村田君も春子が算数の計算に異常に苦悩していると思っていた。




 「春子ちゃん、一緒に更衣室行こうよ」

 春子は少し、躊躇った。

 村田君が思いがけず算数が得意だったため、まったく算数の授業に集中できてなかった春子は村田君の教えでなんとか計算を乗り切った。冷や汗かいた。当てられたのだから尚更である。持つべきものは隣人。

 次の授業は体育だった。体操袋を持ったカレンちゃんが誘いに来る。カレンちゃんの後ろにはおもしろくなさそうな顔をした、マキちゃんがいる。

 どう答えようか、遠慮気味になっていると、ふわ~っとルミカちゃんがやって来て、春子の腕をすんなり組んだ。

 「さ、早く行きましょ」

 当然のように腕を引くルミカちゃんに春子は呆気にとられたが、問答無用にルミカちゃんは進む。振り向けば、カレンちゃんは苦笑していた。

 体育の授業の時は更衣室を使う。教室から少し歩くし、休み時間も少ないが、ルミカちゃんは悠長だ。ルミカちゃんはにこにこしながら、最近自分が買ったシールのことを話している。春子はシールを買ったことがないから、うんうんと話を聞く。

 ルミカちゃんと横に並んで、歩きながら横姿を見る。普通の日本人より色素の薄い髪が、丸い頬の輪郭をふんわり縁取っている。

 「ね、春子ちゃんシール帳持っていないの」

 ふわりと髪の毛を揺らし、ルミカちゃんとぱちりと目を合わせた時、春子は思わず大きな声を上げそうになった。


 茶色い瞳。この香り。


 「春子ちゃん、どうしたの?」


 きょとんとするルミカちゃん。かろうじて声を抑えた春子は必死に首を横に振る。

 「何でもない」

 「そう?そうなの。・・・あら?わたしは何を話していたかしら?」

 忘れちゃったわ、とふんわり笑うルミカちゃんに頷きかけながら、春子は混乱する頭をどうにか整理しようと考えた。

 つまりだ。そっくりなわけだ、夢のお姉さんと。

まるで、彼女(・・)がそのまま、高校生になったように。


 ルミカちゃんはにこにこしながら話をするだけで、夢の話をする気配はない。いつも通りだ。

 一体どういうことなのだろう。

 お姉さんは春子のことを知っていた。春子は知っているような気がして、どうしても思い出せなかった。

 だけど年齢がどう考えても違う。

 常識的に考えて同一人物あるわけが、と考えてかけてから、春子は夢の中の有り得ない遊園地や、お姉さんが白い雲を出していたことを思い出して考えを改めた。

 

 夢の中だ。何が起きてもおかしくはない。

 もし、彼女が、現在目の前にいる彼女の成長した姿(・・・・・・・・・・・・・・・・)だったとすれば・・・



 うぬぬ、と春子は頭の中で唸った。

 普通に人間社会を生きるための常識が通じない。そこにはそこの事情がある。春子もよく知っているはずのことだが、やはり、認識外にあった世界と相対するとなんだか本当かいという気分になる。

 しかし、春子はおかしなことを真正面から受け止める性質(たち)である。

 あの夢は自分の頭の中だけで起こったことではなかった。

 ルミカちゃんを横目に見ながら更衣室に入り、着替え場所を確保する。夢の中は一体どうなっているやら、と、諦め気味に溜息をついた。

 ルミカちゃんは何かほかの方向に神経が向くのだろうと、前から思っていたではないか。



 しかし、現状のぽーっとしているルミカちゃんを見るに、夢の中で「私に会っても喋らないで」と言われたことに何となく納得してしまうのである。今のルミカちゃんに失礼かもしれないが、夢の中のお姉さんは、もっとしっかりしていたのだ。

 今は、きっと夢の中のルミカちゃんは関係のないことなのだろう。

 春子はきゅっと唇を噤む。

 お願いされたのだから、黙っていよう。

 お姉さんの言うこと、信じる。

 しっかり、秘密を守るからね。



 そんな春子の決意も知らず、ルミカちゃんは更衣室でも話し続ける。今度母親とポプリを作るのだと楽しげに話す。

 すぽんと体操着に首を通して、ルミカちゃんは声をひそめて言った。

 「いい香りのができたら、春子ちゃんにあげる」

 「いいの?」

 「うん。あ、でも」

 ルミカちゃんはほとんど誰もいなくなった更衣室で、悪戯っぽく言った。

 「カレンちゃんとマキちゃんには内緒ね。お誕生日にあげるんだ。ポプリのこと喋らないでね、お願い」


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