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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、三年生、冬
16/29

15 せまる

2012.3.14ブログ掲載 テーマ:喧嘩

『シリーズ表集3 瞳 春子と不思議な物語 三年生、冬』という紙媒体に収録しています。2012年5月6日発行

 狭い。

 その話題は、急速に教室の内情を、他人を、春子にとって身近なものにした。



 「春子ちゃんって、好きな人いないの?」



 ぽかんとして見返すと、ルミカちゃんはどこかうっとりした表情をして、こちらを見つめていた。

 ルミカちゃんは少し変っている。ふわふわしていて、どこか浮いた雰囲気。たまに空気が読めないと言われることがあるけれど、そう周りが苛立っているときも、分からないというように、ぽかんとしてやり過ごす。カレンちゃんとマキちゃんは、そんなルミカちゃんを「天然」と呼ぶ。

 春子は、そんなルミカちゃんをどこか別の方向に神経が働くタイプなのではないかな、という見解を持っているのだが。

 二月十四日が近付いているだけだった。午前中の二十分休みに何故か春子の周りに集まったクラスの女子、カレンちゃん、ルミカちゃん、マキちゃんのお三方は、好きな人が誰だの、チョコレートを渡すだの渡さないだのと盛り上がっていた。

 ルミカちゃんは春子の右隣、カレンちゃんは春子の目の前の席に後ろを向いて座り、マキちゃんはカレンちゃんの右隣に座って同じように後ろを向いている。

 春子は話についていけず、聞き手に徹していたのだが。

 ほわんとしたルミカちゃんに訊かれて、うーんと首を傾げる。困ってしまった。好きな人間はたくさんいるけれど、彼女たちが言うのは「特別に好きな男の子」のことだ。クラスの大半と付き合いがない春子に、そんな人間がいるはずもない。

 「いないよ」

 「えーうそ。言いなよ~」

 うそて。うそじゃないし。

 ルミカちゃんとカレンちゃんに揺さぶられ、春子は目を白黒させた。いないものはいないのに、にやにやして挟み撃ちにされても仕方ない。

 何も言わない春子をどう見たのか、ルミカちゃんはいいことを思いついた、とぱっと顔を明るくした。

 「ルミカの好きな人を教えるから、春子ちゃんの好きな人、教えてよ」

 「・・・うちのお兄ちゃんじゃないの?」

 「えっ!なんでわかったの?!」

 先ほど盛り上がっているとき名前を伏せていたけれど、普段の態度でバレバレだ。カレンちゃんも苦笑している。

 そんな中、慳貪(けんどん)な顔をしているのはマキちゃんだ。

 「春子ちゃん、ひとの好きな人をみんなの前で言うのはむしんけいだよ」

 「む」

 ぐっと春子は黙る。確かにそうだ。

 しかしルミカちゃんは全く意に介さず、ふんわり言った。

 「え、いいじゃない。みんなで好きな人の話をしていたんだし、ルミカも言うつもりだったし。春子ちゃんのお兄ちゃんなんだから、協力してもらいたいし」

 えっ、と春子は瞠目した。協力 って何だろう。

 ルミカちゃんの助け舟に、マキちゃんは目をぱちくりさせたが、ふっと口を歪めるように笑った。

 その笑みに、嫌悪感を抱いて、春子は戸惑う。

 マキちゃんは笑っているのに、その目線は鋭いのだ。

 「カレンちゃんもルミカちゃんも好きな人言っているのに、春子ちゃん言わないのずるいよ」

 あまりの言い草に、春子は呆然としてしまった。カレンちゃんとルミカちゃんに好きな人がいて、それを言っているから、何故春子が好きな人を言わなければならないのだろうか。

 しかも、そう言うマキちゃんは「好きな人いない」一点張り。それでもカレンちゃんとルミカちゃんはマキちゃんに同意するように、不満げに春子を見てくる。

 雲行きが怪しい。

 「ねぇ、言っちゃいなよ」

 「もしかしたら、藤沢君とか?だから言いにくい?」

 藤沢君はカレンちゃんが好きな男の子である。春子にとって〝目立つ男の子その一〟ぐらいしか印象がない。

 首を横に振る。

 「違うよ。いないだけだもの」

 「えー」

 えーて。そんな非難されても。

 尋問の迫る雰囲気に目を白黒させている春子に、わざとらしくマキちゃんはああと声を上げた。

 「もしかして、高橋とか?」

 はい?と思って、さすがの春子も苛々としてマキちゃんを見る。春子の間違いじゃなければ、マキちゃんの笑い顔は意地悪そうだった。

 「運動会のときちょっかい出したり、二人で花壇に行っていたらしいじゃん」

 「あーそっか?!」

 ルミカちゃんが嬉々として声を上げるとともに、春子は仰け反りそうになった。

 高橋君はクラスの鼻つまみ者で威張りんぼうな男の子だ。

 確かに、運動会では高橋君と接触する機会があった。しかし、まさかそんな風に解釈する手段になるとは。好きでも嫌いでもないし、高橋君は春子のことは嫌いらしいし。

 と、いうか、何故彼女たちは、春子本人の言葉は信じず、「春子の好きな人」をあれこれ詮索し、創出しようとしているのだろう。先程からクラスの男の子の名前しか出ていないし。春子の知っている男の子は少ないが、兄の友人のカズキさんだっているし、サッカークラブの男の子の中に顔を知っている人もいる。男の子はクラス以外にもいるのだ。

 何でこんなに狭い範囲で考えるのだろう。

 それでも、ああだ、こうだと話しかけて、春子自身が関与していない「春子」を決定してくる。黙ったまま苛立ちを募らせる春子は、だんだん自分を包囲している壁が迫ってくるような圧迫感を覚えた。逃げられない獲物であるかのように、憔悴し絶望する。

 狭い。

 しかし、それを認識した途端、クラスの中の話し声も、ぐっと引き寄せられた。

 急に教室の気配を身近に感じて、春子は他にも人がいるのだとはっとした。教室には色んな子がいた。寒いから外に遊びに行っている子は少なく、教室内で折り紙をしている子や、何だか分からないが戦ってじゃれている子もいる。ざわつく教室の(なか)は狭い。

 狭いが、春子たちもこの中に一部だった。

 唐突に、話の内容とこの状況が一致した。彼女たちは、クラス内での春子を位置づけて決定しようとしているのだ。

 春子は違和感にむずむずする。嫌な感じもする。こんな心もとない気持ちになるのも初めてだ。だけど、これは普通なのかも知れない。

 それでも、春子は嫌だった。

 勝手に決めつけないで。

 「いないって言っているのに、信じてくれないの」

 楽しそうにきゃっきゃしていた三人が驚いたように春子を見つめた。

 不満の極みみたいに黙り込んでいた春子の目から、ポロッと涙が零れたからだ。

 硬直して見つめるカレンちゃんとマキちゃんに、あっけらかんとして言ったのはルミカちゃんだった。

 「春子ちゃん、本当に好きな人いないんじゃないの?」

 そしてくるりと春子に向き直ると、ルミカちゃんは自分まで泣きそうな顔をして言う。

 「ごめんね、春子ちゃん。本当に好きな人いなかったのね」

 さっきまでそれが不満のようだったのになんという変わり身。

 多少面食らったが、きゅっと手を握ってきたルミカちゃんに春子はうんうんと何度も頷きかけた。分かってもらえた。なのに、何故涙は止まらないのか。頷くたびに両目からポタポタと涙が落ちた。

 気まずそうな顔をしていたカレンちゃんが身を乗り出して、花柄のハンカチで春子の涙を拭いた。

 「ごめんね」

 そのとき、ぼそりと言うのが聞えた

 「それくらいで、そんなに泣くことないじゃん」

 力無く春子がマキちゃんを見ると、マキちゃんは憮然として春子を眺めていた。

 そうこうしているうちに、予鈴が鳴る。

 「ごめんね」とカレンちゃんとルミカちゃんに左右からぎゅっとされてぎょっとし、ぼーっとしている間に二人は離れて、また休み時間に、と三人は自分の席に戻っていった。


 ふと春子は空になった隣の席を見た。先程までルミカちゃんが座っていた。憔悴して悲しい気分だったのに、ふんわりしてなんだかあやふやな気分になっている。

 複雑な思いを持ちつつ、そういえばこの席にはいつも男の子が座っていると、ぼんやり思う。ああ、その人も教室内の一部、一人。誰だったろう、誰だったけ。むら。むら・・・

 バトル鉛筆を手にした色白の少年および席主が勢い込んで帰ってきたとき、春子は彼をじっと見つめて名前を思い出そうとした。

 席主は驚きに満ちた表情で、席の手前で停止し、春子を見つめておそるおそる訊ねた。

 「なに」

 「むらさきくん」

 「村田だし!!」

 ああ、そうか。

 冷や汗をかくような心地で、春子は前を向く。

 村田君は怪訝そうに春子を見て、着席する。

 「で、なに」

 「なんでもないの」

 「変なやつ」

 そして、春子の横顔を眺めて、訊いた。

 「遠野、泣いたの?」

 「うん」

 それ以降はふーんと言ったきりで、何も訊いてこない。筆箱に鉛筆をしまっている。

 何でそんなこと訊いてきたのだろう、と思って、春子は自分が名前を覚えていなかった相手が自分の名前を知っていたことに気付いて、愕然とした。

 こりゃ、いかん。

 教室内の一部、それを知らない。自分もその一部なのに。

 泣いたのって訊いてくるくらいなのに、フェアじゃないと感じて罪悪感を持った。

 そのことをよく考えようと黙想しているとき、自分の足元を大きな目をした小鬼のようなものが走り抜けた。


 春子は、脱妖怪の孫という異質な出自を持つ。

 それゆえ、他の人が気付かない、そんな存在に気付く。


 今のはたんに教室を通りすがった変なやつだろう。結構、おかしなやつや変なやつの気配はどこにでもある。そういう世界と、人間の世界は隣り合わせだ。春子はそれを理解できる分、広い世界を生きてきた。

 と、春子はたった今、それをはっきり認識した。

 この教室内での位置づけだったり、あの三人にとっての春子。そんな自分があるということを、初めて認識した。


 小鬼のようなやつを目で追うと、やつは教室の角に走り込んで ふっ と消えた。

 それを見届けて、春子は姿勢を正す。


 何かが腑に落ちたように、すっきりと視界が開けた気分になっていた。さっきの出来事でいろいろな感情を経験したように思う。随分疲れるが、悪いばかりではない。

 しかし、晴天に黒い雲が翳ったように不安が差す。

 他人との「近しい」感覚を理解し始めたと同時に、春子は察知していた。無視は出来なかった。春子は真正面から受け止める性分である。

 沈んだ気持ちにで、先程の出来事を思案する。

 マキちゃんは、どうやら春子のことが気に入らないらしい。


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