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春子と不思議な物語シリーズ  作者: 独蛇夏子
春子、三年生、冬
15/29

14 色つきの累卵

2011年2月9日ブログ掲載

テーマ:サングラス

『シリーズ表集3 瞳 春子と不思議な物語 三年生、冬』という紙媒体に収録しています。2012年5月6日発行

 怪しい。怪しい。怪しい。


 怪しい。


 ピンク色のフィルターがかかった日常風景。

 どうも、そわそわしてしまう。


 春子は目をぱちくりとさせ、リビングを見回した。大きなタンス、テレビ、炬燵テーブル、ソファ、絨毯、文房具が収納してある空き缶箱、母が集めているお洒落な電気スタンド。すべてがピンクのレンズを通しているから、まるで、どこか別の場所に入り込んでしまったかのようだ。

 春子はずれた眼鏡をきゅっと元に戻した。なんてことない、ピンクの視界の原因はサングラスだ。といっても子供用のおもちゃ。ピンクのレンズでそれっぽいけれど。この間、母にねだって買ってもらった。テレビドラマに出てくるお金持ちの女の人が、綺麗な琥珀色のサングラスをかけているのが格好良かった。それに憧れたのである。母は春子のそんな色気に寛容だった。

 それにしても、視力が悪いわけでもないのに眼鏡をかけるというのは結構負担だ。度が入っていないのに、ピンクの視界で見続けていると瞼がどんよりしてくる。おまけに鼻に引っかかる眼鏡のストッパーが痛い。

 むぅ、と春子は眼鏡をおでこの方まで上げて、元の視界に少しすっきりした心地で目をしばたかせた。サングラスをかけているのも楽じゃない。あのドラマの女の人、結構すごい。

 しばしサングラスを頭の上に乗せて通常の視界で瞬きするも、改めて春子は決意を固めて、サングラスの視界に戻した。気になることがあるのだ。


 いつもの家の中。

 その風景が、すごく怪しく見える。


 ピンクに染まっているから、でもあるだろうけれど。

 春子はピンクのサングラスを通して様々なものを見るにつけ、お得意の妖怪的感覚がびしばしと刺激されるのを感じていた。


 春子の祖父は、昔、祖母に恋して妖怪を辞めた、脱妖怪なのだという。

 それゆえ、孫である春子は、妖怪的感覚が鋭く、変なものやおかしいものによく遭遇するという体質を持つ。


 ピンクの視界中にあるものは、いつも家にあるもので、日常風景でしかないはずだった。裸眼で見える風景も、普段通りで、学校から帰ってきた春子は何ら意識を持たなかった。

 それが、買ってもらったばかりのサングラスを、どれかけてみようかと装着したら、家の中の何もかもが怪しい気配を発しているように見えるのだ。

 大きなタンスも、テレビも、炬燵テーブルも、ソファも、絨毯も、空き缶箱も、お洒落な電気スタンドも。

 おかしなものに見える。おかしな気配がする。サングラスを、かけると。


 むぅ、と春子は考え込む。

 これは一体、どういうことか。まさか、このサングラスは普段は見えないものや、感じられない気配を感じるようにする機能が付いているのでは。

 それだったらすごい。すごいけれど、春子は戸惑って、不安になった。

 普段生活して過ごしている空間が、本当はおかしなものでいっぱいだったら、どうしよう。気付かないまま、怪しげなタンスを使い、怪しげなテレビでドラマを観て、怪しげなソファに座っている。

 考えてみたら、すごく怖くなってきた。

 もし、そんなことになっていたら、家族全員、大変な危機に曝されているということになる。

 ふと思い出したのは、出窓のそばで背中を丸めて座っているはずの「脱妖怪」祖父である。冬は寒いから室内でぬくぬくしている。

 春子はむっとした。こんな大変なことになっているのに、のんびりしているとは、祖父は一体何をしているのだろう。いつもなら、一番に気付いて、対処するはずなのに。


 ピンクの視界で、リビングとダイニングの間にある出窓を見据える。

 ソファの陰に、祖父が座っているはずだ。




 草色のカーディガンの丸い背中が、庭を臨んで座っていた。短い白髪は綺麗に刈り上げられて、頭の丸い形がよく分かる。後姿であって、その少し尖った耳と鎮座から、ただ者ではない雰囲気を醸し出している。

 いつもの色はピンク色のレンズを通し、染め上げられてますます怪しく映る。


 やや、怪しい奴!!


 と、思って身構えた瞬間、春子はん?と首を傾げ、おかしいぞと逡巡した。

 目の前の人物は祖父であり、祖父が怪しいというか得体が知れないのはいつものことだ。春子はそんな祖父が好きなのだ。それなのに、何故、自分は警戒したのだろう。後ろめたいような、悲しいような気持ちになって、モヤモヤする。

 疑念の先はサングラスに向かって、春子はサングラスを外して手にとった。ピンク色のレンズが春子の柔らかい桃色っぽい手の中に収まっている。

 いつもの色彩が蘇った視界で、全然怪しくないサングラスをしげしげと見た。

 「何をやっておるのじゃ、春子」

 目を上げると、薄目でこちらを見つめる祖父が、いつも通り仏然とした得体の知れなさでそこにいた。


 「怪しくないのが怪しいの」

 「何じゃ、そりゃ」


 春子から事情を聞いて、サングラスを点検した祖父は、「ははん」と納得してじとっとした目で春子を見た。

 「春子、これはのう、色眼鏡じゃの」

 「いろめがね?」

 「まあ、見ての通り、これは色眼鏡じゃが。ちと役割を意識しすぎのようじゃ。春子、字引を持って参れ」

 「はい」

 春子が小学校で使っている国語辞典を持ってくると、祖父は「いろめがね」を引かせた。

 春子はその項目を発見すると、まじまじと見て読んだ。



 いろめがね【色眼鏡】―②あらかじめ心の中でつくりあげておいた、かたよった見方や考え。*



 む。

 つまりだ。どういうことだ。


 「怪しいのは春子の思い込みじゃった、ということじゃのう」

 祖父は考える春子に、あっさりと頷きかけた。

 春子は決まり悪くなって、首を掻く。リビングやダイニングを見回す。クリアーな視界、日常風景は日常風景。春子は知っている。こういう空間にいつ「おもしろいもの」「変なもの」が入り込んでもおかしくはないということを。

 でも、全てが怪しく見えるというのはおかしい。大体、変なものばっかりじゃないから春子は普段生活していられるのだ。祖父が気づかないわけがないし。

全部が怪しい、というのが一番おかしいことだった。それは随分と「かたよった」ことだったのではないか。

 祖父はサングラスを色んな角度から見ながら、多少憐憫のこもった様子で「これものう」と言葉を続ける。

 「色眼鏡としての役割を真に受けすぎて発揮しすぎなんじゃ。春子はそれに影響されたのじゃろ」

 「む」

 春子はサングラスに振り回されたらしい。

 「心配せんでいいぞ。張り切りすぎのようなもんじゃ。使っているうちに、こやつも慣れて直るじゃろ」

 そんなもんかい。

 しかし、春子は心外だった。「サングラスを装着したときに見る風景」を怪しいと感じたのに、そのサングラス自体をちっとも怪しいと思えなかった。気づけなかったことが悔しい。サングラスは素敵なものなのだ。格好良い女の人がつけているものなのだ。それが春子のもので、嬉しくて。でも、それ自体、サングラスは良いものだと思い込んでいたから疑えなかったということだ。迂闊だった。

 祖父の手の中にあるサングラスに、じいっと目を落とす。ピンクの視界にとても戸惑わされた。不安に思ったり、祖父に憤りを感じたり、それが空回りだったり、騙された気分になったり。なんだかモヤモヤする。

 そんなサングラスなんて、不満だ。

 「こんなの買わなきゃ良かった」

 「春子、それも色眼鏡、じゃ」

 やんわり、祖父に諌められる。


 いろめがねってなんだかやだなぁ。


 室内の光を受けて、おもちゃのサングラスのレンズが、キラリ、と光った気がした。春子は溜息をつく。

 ドラマの中で、颯爽と歩いていた女性を思い出す。

 格好良い、素敵なものには色々あるのかな、と思って、春子はまた溜息をついた。

 *『標準国語辞典[新訂版]』旺文社1991.11より引用


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